第374話 九條の想い5

文字数 2,448文字

 真っ暗になった不安になった星が咄嗟に隣にいた九條の腕に抱き付くと、それを見た九條が嬉しそうに笑う。

 九條が置いた端末に向かって「プラネタリウム起動」と言うと、腕時計型の端末の中央に付いている半円状の場所から光が発せられた。

 直後。部屋中に星々が散りばめられ煌々と輝いている。それを見た星は瞳を輝かせながらソファーを立って走っていく、まるで空中に星々が浮かんでいるかのように星々が表示されている。

 手を伸ばせば届きそうな星々を見つめながら、星は九條の方を向いた。

「こんなの初めて見ました!」
「そうでしょうね。でも、これはただ星だけを表示するわけじゃないのよ?」
「……え?」

 不思議そうに首を傾げる星に向かって手招きする。星もそれに素直に従って九條の座っているソファーに戻ると、宙に浮かんでいる星々が次々と線で結ばれていく。

 その光景を星は食い入るように見つめている。それは線で結んでいた星々を囲むように、周りをぼんやりとその星座の由来になった動物や物、人物などが浮かび上がる。しかもそれが立体的に現れる為、暗い室内のあちらこちらにぼんやりと光る動物達はまるで今にも動き出しそうなほど躍動的な姿をしていた。

 ファンタジーの本が好きな女の子ならば、そこ光景を目の当たりにして瞳を輝かせないわけがない。星にとっては、プラネタリウムというものを目にするのも今日が初めての体験なのだ――。

 ソファーから前のめりになって、輝かせた瞳で夢中で浮かび上がる星空を見上げている星の肩をそっと抱き寄せた九條が彼女の耳元でそっとささやく。

「――少し落ち着けたら、今度は本物の星空を見に行きましょう……」
「……本当ですか!?」
「ええ、約束するわ。だから今日はこれで予行練習しましょうね。ナレーション! 春夏秋冬!」

 九條がそう叫んだ直後、表示されている星座が一度消え、星々の並びが変わって季節ごとに見える星座が再び表示され直す。そして、部屋の端に置かれている小型のスピーカーから女性の声で見えている星座の解説が始まる。

 それを聞きながら星は次々に移り変わる星々をキラキラとした瞳で見つめながら、瞬き一つせずに食い入るように眺めていた。

 そのナレーションを聞きながらゆっくりと移り変わる星座をソファーに座りながら九條と星が見ているとしばらくして、九條の隣にいた星の頭が九條の肩に凭れてきた。

 九條が星の方を向くと、星がすやすやと寝息を立てている。そんな星を見た九條は優しい微笑みを浮かべ、眠っている星を起こさないようにその小さな体を抱き上げて部屋へと運ぶ。
 星の部屋のドアを開けて部屋に入ると眠ってしまった星をベッドに寝かせた。星はすやすやと気持ち良さそうに眠っている。その寝顔は何の不安もなさそうな安らかなものだった……。

「ふふっ、今日もいっぱい動いたから仕方ないわね……」

 星の寝顔を見ながら口元に優しい笑みを浮かべた彼女はふと星の部屋を見渡す。

 昨日は気が付かなかったが、その質素過ぎる部屋の内装はとても小学生の女の子の部屋――というには無理があった。カーテンは黒に近い紺色で、部屋の端には勉強机と本棚が2つとタンスが置いてある。

 木目調の勉強机の上は綺麗に整理され、上の小さな本棚には教科書や参考書が大きさ別に並んでいる。壁に沿ってL字に並んだ本棚には分厚い本がびっしりと並んでいた。
 しかし、その中にマンガ本などはなく。その全てが文字がびっしりと書かれた本ばかり……伝記やファンタジー物に加え小学生なら読まないような自伝本なんかも置かれている。

 だが、部屋のどこを探しても年頃の女の子が好きな蛍光色でピンクやきいろといった色合いの物やぬいぐるみなどは一切ない。色とりどりのバリエーションがあるはずのランドセルですらスタンダードな赤……小学生の象徴であるランドセルさえ除けば、その部屋の内装はまるで中年男性の部屋のようだ――。

「………………」

 眉をひそめ、無言のままその光景を見渡していた九條が再び眠っている星の寝顔を見た。

「――子供らしくはないと思っていたけど……さすがにこれは行き過ぎね。これじゃまるで、子供の姿をした大人だわ……このまま放置すれば、精神の成長スピードが早すぎて、いつかこの子の精神が壊れてしまう……」

 そう言った九條は自分の拳を強く握りしめたまま、怒りで体を小刻みに震わせている。

「母親はいったいこの子の何を見ていたのか…………」

 星の寝顔を見つめていた目を逸らして、無言のままリビングへと歩いていく。
 真っ暗なリビングの中、ソファーに座った状態で九條は俯いたまま震えの止まらない手を必死に抑えようとしていた。
 
 まあ、それだけ星の母親への憤りを覚えているということでもある。どんな理由があっても、自分の子供を無下にできる母親などいない。それを平然と行っているのが九條は許せなかった。

 もちろん。実際の星と母親とのやり取りを見たわけではないが、星の反応と置かれている状況を見ていれば、その人となりを窺い知ることは容易い。子供に衣食住だけ与えればいい――それで親の義務を果たしている気になっている星の母親に苛立ちを抑えることができなかったのだ。それは彼女の女性としての母性がそうさせているのかもしれない……。
 
 結局、九條の憤りがおさまったのは数時間が経過してからだった。その頃には亡くなった人物に本気で憤っていた自分が情けなくなるくらいには冷静さを取り戻していた。
 
「私とした事が……柄にもなく熱くなっていたわね。でも、あの子がいい子だからどうしても……ね」

 そう口にした九條は一度は止めていたプラネタリウムを再び起動させ、ソファーに寝転びながら頭上に輝く星座の立体映像を眺めていた。

 しばらく星座を眺めた九條は大きなため息を漏らしてゆっくりと瞼を閉じた。

「――護衛対象にここまで情が湧いたのは初めてだわ……まだ私にこんな感情が残っていたなんて……」

 そう小さく呟いた後、九條も眠りに就いた。
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