第80話 襲来者

文字数 6,452文字

 朝、いつものように目覚めた星は、眠い目を擦りながら大きなあくびをすると、横に寝ているレイニールの寝顔を見てにっこりと微笑んだ。

 枕元で寝ているレイニールは、体を丸めてまだ気持ち良さそうな寝息を立てている。

 その後、レイニールを起こさない様にゆっくりとベッドから身を起こして、星は壁に立て掛けていた剣に目を向けた。壁に掛けられた剣は新品同様に綺麗で、部屋に漏れる微かな光りを受けてキラキラと輝く。

(……結局、昨日も助けてもらっただけ……迷惑をかけてばかりだなぁ……)

 星は昨日のキマイラとの戦闘を思い出すと、しょんぼりと項垂れた。
 無理もない。昨日の戦闘を引き起こしたきっかけは、結局のところは尻尾の蛇にまり人質になってしまった自分なのだ。

 もし。星がキマイラに捕まらなければ、その場を素早く離れることもできた。しかし、星が捕まってしまったことで、メンバー達はキマイラとの戦闘を余儀なくされてしまったのは言うまでもない。

 その時、星の頭に不安が過る――。

(もし……負けてたら……)

 星がそう考えると、脳裏に最悪の光景が浮かび上がり、背筋に悪寒を感じた。
 このゲーム内での死は現実世界での死と同じなのは、もう星も知っていることだ。

 今回はデイビッドのおかげで助かったわけだが、それはあくまでも結果論でしかない。1つ間違えれば、星だけではなく仲間からも死者を出していたかもしれない。
 そんなことを考えていると『自分は足手まといにしかなっていないのだ』という事実に、更に気持ちが重くなる――。

「……もっと強くなりたい……ううん。皆と一緒にいるためには、もっと私が強くならなきゃ!」

 そう決心した星は壁に立て掛けてあった剣を取り、扉を開けて飛び出していった。
 部屋を出てリビングにきたものの、朝早いということもあり。まだ誰も起きていないようだ。

 それを見てほっと胸を撫で下ろす。
 もしもこんなところをエミルに見つかれば、何をしにいくのかと問い詰められ、小一時間説教をされた挙げ句に止められるのは間違いない。

 気付かれないように物音を立てずにゆっくりと部屋を出て、廊下を足早に進み急いで城を飛び出した。
 全力で城の城門を通り過ぎると、肩で息をしながら辺りを見渡した。

(……まずは近場で……とりあえず。この森がいいかな……)

 城を飛び出した星は剣を握り締めて、近くの森を目指して走った。しかし、しばらく森の中を進んでいると、ふと今まで軽快に走っていた星の足が止まる。

 今までの道は微かに光りが照らしてくれたのだが、それより先は光りも殆ど届くことのない闇が広がっていた。

(朝早いからかな……? 薄暗くてすごく怖い……)

 星は怯えながら、まだ薄暗い森の中と辺りを見渡す。

       
              * * *


 その少し後に、大きく伸びをしてレイニールが目を覚ます。

「ふわぁ~。あれ? 主がおらん……」

 レイニールは目を擦りながら、壁に立て掛けたはずの剣がなくなっているのを見て、慌てて窓の方に飛んでいって外を見た。

 するとそこには、城の門を足早に通り抜ける星の姿がある。

 それを見た直後、レイニールの中で怒りがマグマのように沸き起こってきて。

「……主? なぜ我輩を置いて遊びに行くのだー!!」

 置いてけぼりを食らったレイニールは激怒すると、窓を突き破って外へ飛び出した。

 外に飛び出したレイニールが星の後を追いかけたのだが、そこにはもう星の姿はなかった。
 それからしばらく上空から星の姿を探していたレイニールだったが、その甲斐も虚しく一向に星は見つからない。

「我輩から逃げられると思っておるのか!」
 
 空から探しても見つけられないことにだんだんイライラして来たのか、レイニールが大きな声で叫び、その体が金色に輝き大きい竜の状態になった。

 そのまま城の近くの森の上を飛ぶと、翼を大きく羽ばたかせ突風を起こして森の木々を揺らす。 


           * * *


 星が気持ちを奮い立たせ、強張って動かなくなった体をなんとか動かそうとした。その時、突如として激しい突風が吹き荒れて周りの木々を激しく揺らす。

「きゃあああああああああッ!!」

 星は悲鳴を上げると、頭を押さえながらその場に座り込んだ。

 森の木々が大きく左右に激しく揺れ、葉が擦れ幹の軋む物凄い音を立てている。その様子がまるで巨大なモンスターが動く姿に見えた。その直後、上空から星を呼ぶ声が聞こえてきた。

「見つけたのじゃ! あ~る~じ~!!」

 星がその声を聞いて見上げると、上空から巨大な金色の竜が星に向かって急降下してきていた。

「――レイ!?」

 星が驚いていると、レイニールの体が再び金色に輝く。

 すると、今度は金髪のツインテールの女の子が全裸で手足を広げた格好のまま、星の上に降ってきた。

「えっ!? いやあああああああああッ!!」

 その叫び声の直後。星の上にレイニールが覆いかぶさるようにして倒れた。

「うぅ~……早く、どいてレイ……」

 星が苦しそうにうめき声を上げて、上に乗ったレイニールに目を向けると、そこには目を回しているレイニールの姿があった。
 どうやら。星を確実に捕える為に、人間状態で落ちてきたまでは良かったのだが、普段よりも強い落ちた衝撃でそのまま気を失ってしまったらしい。

 普段なら落ちてくる際に翼を使って勢いを上手く殺しているが、人間モードだとその重要な役割を果たす翼が消えている為、減速できなかったのだ。しかも、いつもこのモードだとレイニールは体に何も身に着けていない……。

 星は諦めたように大きなため息をつくと、レイニールが起きるのを待った。
 先程は恐怖しか感じなかったが、地面に大の字になって空を見上げると生い茂る木の葉の隙間から光りが溢れ、それが優しい風で左右に揺れてキラキラと輝いて見える。

 その光景を見上げていると、なんだか懐かしく。時間がゆっくりと流れる様な感覚が、心地よく感じていた。
 星が瞼を閉じると、先程より強く木の葉の擦れる音が心なしか大きく聞こえる気がしてとても安らぐ。

 だが、そんな星を現実に引き戻す様に、突然近くの茂みがガサガサと音を立てる。

「……だ、誰ですか!?」

 目を開いた星は震える声で茂みに向かって叫んだ。

 しかし、レイニールが覆い被さっている限り、体の身動きが取れない。
 徐々に茂みから聞こえる音は大きくなる。不安そうな眼差しを向けながら、星は思考を巡らせた。

(……どうしよう。もし昨日みたいなモンスターが来たら私もレイも危ない!)

 そう思った星は、慌てて気を失っているレイニールの頬を手で叩いた。

「レイ! 起きて! 起きてよー!!」
「…………」
「起きてよ! も~!」

 星が叫ぶが、肝心のレイニールからの返事はない。

 上に乗っているレイニールから、再び茂みに怯えたような瞳を向ける。すると、ガサガサと音を立て更に激しく動くと、茂みから1人の男性が姿を現した。

 その男は20歳くらいで髪は短く茶髪で、瞳は茶色で目鼻立ちがはっきりしていて、一言で言うなら『イケメン』だ――。

 っというよりも、どこかテレビで見たことある様な顔をしている気もすると星は感じたが。でも、どこにでもいるイケメンな気もする。つまり、分からないということなのだが……。

 その男の瞳が星を見て、にこっと微笑みを浮かべたその瞬間。星はびくっと体を震わせた。
 男の甘いマスクとは裏腹に、その笑みにどこか影の様なものを星は感じ取っていた。

 星は以前にも男性に騙されたことがあるからか、得体のしれない人間――特に男性に対して恐怖心が増している。

「……いったいあなたは誰なんですか?」

 星はその男性を疑うように目を細めている。

 男性はそんな星を見て、全く動揺する素振りも見せず両手を高く上げるとにっこりと微笑んだ。

「ちょっと待って! 僕は敵ではない。その証拠に、武器を持ってないだろ?」
「……なら、どこか行ってください」
「いや、まあ。お取り込み中なのは見てて分かるけど……」

 男性は星の上に倒れているレイニールにチラッと目をやると、すぐに視線を逸した。

 星は全裸のまま、なおも自分の上で目を回しているレイニールに目をやると、慌ててレイニールの体を揺らす。

 すると、今までならば全く反応しなかったレイニールの体が少し動いた。

「……うぅ~。主……?」

 やっと目を覚ましたレイニールは、不思議そうな顔で目の前の星の顔を見つめている。

 状況を全く飲み込めていないレイニールに、星が「は、早く服を着て!」と叫ぶ。だが、星の期待とは異なり。レイニールは徐ろに立ち上がって、腰に手を当てて大声で笑った。

「はっはっはっ! 我輩に服という物は必要ないのだ!」
「……むぅ~。お願いだから服を着て!」

 星は眉間にしわを寄せながら徐にコマンドを操作すると、アイテム内にあった初期装備の皮鎧を取り出してレイニールに渡した。

 レイニールは「しかたない」と渋々首を縦に振ると星の渡した鎧を着た。

 そのやり取りを見ていた男性が、ふと声を掛けてきた。

「君達は、このゲームをしてまだ日が浅いのかい?」
「えっと……そうでもないですけど……」

 星はまだ彼を疑っているのか、その表情は少し硬い。

 正直。星はここで見ず知らずの人間と、のんきに立ち話をしている必要はない。
 レイニールと合流した以上、エミル達が探しに来る可能性は高い。その前に、少しでも戦いの練習がしたいというのが本音だろう。

 あからさまに嫌そうな顔をしている星に向かって、男はそれを理解していながら言葉を続ける。

「なら君達は……いや、君というのも失礼か、まずは自己紹介からだね。僕の名前はデ……ディーノだ! 君は?」

 ディーノと名乗る男は膝を折って、星の顔を覗き込むようにしてにっこりと微笑む。

 星も名乗られたからには、一般的な常識から言って名乗らないわけにもいかなくなり――。

「……星です。隣の子は――」
「――我輩の名前はレイニールだ! 主と仲良くするなら、我輩も仲良くしてやってもいいぞ?」

 レイニールは星が紹介してる横から、割り込むようにそう言って胸を張る。

 男はそんな2人のやり取りに、思わず声を上げて笑う。

「あはははっ! 友達の事を主なんて変わった子だね。僕も星ちゃんとレイニールちゃんに興味があるんだ。こちらこそ仲良くしてくれると嬉しいな~」

 ディーノが2人の顔を見ると、再びにこっと微笑んでいる。

 屈託のない笑顔を見せる彼に少しだけだが、心を許せるかも……と思った瞬間。星は心の中でその考えを否定した。

(……だめ! 前も同じように思って裏切られたんだもん。エミルさんに言われた通り、知らない人には警戒を解かないようにしないとだめ!)

 星はそう心の中で呟くと、ディーノの顔を怪訝な顔で見つめ返す。

 そんな星とは対照的に、レイニールは興味津々でディーノの顔を見つめている。
 まるでディーノを珍しいものでも見るように見てくるレイニールに、嫌な顔一つ見せずに微笑むと口を開いた。

「そういえばレイニールちゃんの固有スキルはなにかな? もし良かったら、僕に教えてもらえない?」
「……固有スキル?」

 それを聞いて、レイニールは首を傾げる。
 それもそうだろう。元はモンスターでしかないレイニールに固有スキルというものがあるわけがない。

 っというか、レイニールが固有スキルを認識しているかも謎だ――。

 レイニールは驚いた表情で立ち尽くしているディーノのことなど気にかける様子もなく話し出す。

「固有スキルというものは知らぬが、お前は何やら他の者とは違う感じがするのじゃ――なんというか、特別な感じがする……」
「特別な感じ……?」

 そのレイニールの言葉を聞いて、星は腰に差した剣の柄に手をかけた。
 レイニールの言葉を聞いて、星は忘れかけていた襲って来た男達のことを思い出す。

 その瞬間、辺りに何とも言えない緊張が走った。

 何よりも怪しいのは、この男が何故早朝の森の中に居たのか?ということだ――目的があったにしても、誰が敵になってもおかしくない状況下で、例え子供であったとしても、むやみやたらと話し掛けはしない。

 っと言うことは、星かまたはレイニールに用事があったとしか考えられないが、今までの会話から推測しても、ディーノは星とレイニールどちらとも面識はなく初対面なのは間違いないだろう。

 であれば、考えられるのは一つ。前回の男達同様に何かを求めて近付いてきたのかそれとも……その狙いは、星とレイニールそのものと言うことも考えられる。
 以前。学校でも言ってた子供を誘拐しようとしてくる不審者というのに、笑顔で近付いてきている彼は該当するのかもしれない。

 星のイメージだと夜に厚着のコートを羽織って道の端に立ち、近付いてくる小学生に裸を見せる人物。
 身代金要求の為にワンボックスカーで誘拐しようとする人物、または、ワンボックスカーで誘拐した後、体に悪戯をしようとする変態。

 だが、この何れも中年の男か不細工な小太りの男、どちらにしても顔が残念な人達しかイメージできなかったが、目の前の男は身長も高く目鼻立ちもハッキリしていて女性達は放って置かないだろう。

 そんな男がそんな犯罪を起こすとは考えられないが……どちらにしても、不審な点の多い彼を警戒するに越したことはない。

 星はディーノを睨みながら口を開く。

「……あなたが誰かは知りませんが、私とレイに何かするつもりなら……私も本気であなたを倒します!」
「ふーん。なるほどね……まだ僕は君達に信用されてないわけだ」
「……はい」

 頷く星は、不信感に満ちた瞳をディーノに向けて小さく頷く。

 ディーノは少し考えると、困った顔で星に尋ねた。

「……それじゃー。どうしたら星ちゃんは、僕の事を信用してくれるのかな?」
「…………」

 それを聞いた星は考え込むと、しばらくしてディーノの瞳を見つめながら言った。

「なら、私達の見える所に居てください!」
「なんだ。そんな事で良いなら、お安いご用さ!」

 ディーノはにっこりと笑うと、星の目の前に座り込んだ。

 ほっとしたのも束の間、ディーノはまた星に質問してくる。

「星ちゃんの固有スキルは何? すっごく興味があるんだけど、良かったら僕に教えてくれないかな?」
「……固有スキルはソードマスターです」
「へぇー。ソードマスターって言うんだ…………」

 ディーノはそれを聞いて呟き、小さく笑みを浮かべると更に言葉を続けた。

「なるほど、聞いたことないスキルだなー。Sランク以上の固有スキルであることは確実そうだけど、良かったら見せてもらえないかな……そのスキル」
「えっ? いえ、それは……」

 突如として身を乗り出して、星の顔を覗き込んできたディーノから視線を逸らす星。

 それもそうだ。星はまだ固有スキルを自由に使用することができず、運良く発動できたのは富士のダンジョンの洞窟で、がしゃどくろと戦った時だけだ――。

 その時もレイニールが剣の姿からドラゴンの姿へと変身させただけで、特に自分が強くなったというわけではなかった。スキルの能力の全容が分からないうちに、使うわけにもいかない。固有スキルが暴走することも考えられるからだ。

 星が困った顔をして俯いていると、レイニールの金色のツインテールが星の前に割って入ってきた。

「主は教えたくないのだ。それに知り合ってまだ時間の浅いお前に、それを教える事はできぬのじゃ!」

 レイニールは両手を広げて星の前に立ちはだかると、むっとしながらディーノの顔を睨みつけている。

 その威圧感に負けたのか、ディーノはため息をついて小さく呟いた。

「はぁー。まっ、いいんだ。でも少し興味があったから残念だけど、また今度にするよ……」
「……はい。すみません」

 星が小さな声で言って俯くと、突然ディーノの「危ない!」と言う声とともに体が後ろに倒れる 
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