第21話 富士の遺産3

文字数 4,399文字

「ふんっ。これでしまいにしてやろう。ダークネス……」

 マスターはそう呟くと、全身の金色のオーラが消え、今度は黒いオーラを拳に宿した。

 その直後、マスターはヤマタノオロチの胴体に向けて強く握り締めたその拳を放つ。

「はあああああああああああッ!!」

 マスターは叫びながら拳を連続して叩き込んでいく。その拳から放たれる打撃のスピードが速過ぎて、まるで拳が無数に存在しているかのような錯覚に陥るほどだ。

 普通のMMORPGならあるソードスキルや魔法スキルのような攻撃スキルのないフリーダムでは、個人の持っている力が最大の武器になる。

 確かにお金を使う事で現実世界にあるショップから道具や武具などを購入する方法もあるのだが、所詮は武器防具は補助的な役割で、やはり上位に上がってくるのはそれ相応の固有スキルや武術の実力を持っている者だけなのだ。

 マスターの連続パンチにヤマタノオロチのHPバーは見る見るうちに削れ、ヤマタノオロチは抵抗する暇もなくその場に崩れ落ちた。
 大きな爆発音のような音とともに巨体が地面に伏せ、ヤマタノオロチの周りには土煙が上がった。

「さすが師匠!」
「さすがはマスターだ! ……だが、とても人間技とは思えないが……」

 カレンとデイビッドはガッツポーズをしながら歓喜の声を上げる。

 その圧倒的な力を見れば、ゲームバランスなんていうものが本当にあるのか不思議なくらいだ――。

「――あの老人。一体何者なの!? ヒューマンなのにボディービルダー並みの体付き、そしてエルフ並みのスピード。全てが桁違いだわ……」

 それとは対照的に口をあんぐりと開けたままサラザは驚愕しながら、高笑いをしているマスターを見つめていた。

 ヤマタノオロチが光りとなって消え去ると、そこには古そうな宝箱が現れた。マスターは徐ろにその箱に近づいてと、ゆっくりと蓋を開ける。
 その直後、その場に居た全員にダンジョンの報酬とアイテムが配られる。その後、マスターの視界に。

【トレジャーアイテム 天女の羽衣をドロップしました。取得者を選択して下さい。】

 っという表示が一斉に表示された。

 だが彼は押さずに、周りにいたデイビッドの方に目をやり。

「お主らが狙っていたのはこのアイテムであろう? ならば必要な者が持って行くが良い」
「なっ……師匠!? これは師匠が敵を倒して手に入れた物です。師匠が貰うべきです!」

 その言葉にカレンが驚き、声を荒らげた。

 それもそのはずだ。本来ならば、最もダメージを負わせた者に与えられるのが通例となっている。そのドロップアイテムを、大して手柄も上げていない彼等に渡すことが許せないという感情も無理はない。

 すると、マスターは小さく息を漏らし。納得できないといった表情のカレンを諭すように言った。

「――良いかカレン。物とは必要な者へと行きたがるものだ。確かに、奴を倒した儂にはこれを受け取る権利があるかもしれん。しかし、真にこれを受け取るべき者は、この儂をここに呼び寄せた者だろう。もしも、物にも意思があるとすれば……その者のところへ行きたいという強い思いが、必然的に儂をここへ呼び寄せたのだからな」
「……師匠」
「それが分からぬうちは、お前もまだまだ未熟ということだ……」
「は、はい……」

 マスターから言われたカレンは、なおも不服そうな顔のままだったが渋々ながらに頷いた。

 そこに遠慮しがちにエリエが近付いてきた。

「なら、私が……」
「うむ」

 マスターはエリエに何の躊躇も未練もなくアイテムの所有権を渡した。

「やった~! これで星も喜ぶぞ~」

 エリエは笑みを浮かべながら、その羽衣を手に喜びのあまりくるくるとその場で回転している。

 無邪気な子供の様に喜びを全身で表現しているエリエを見て、カレンはますます不機嫌になり「師匠が倒したのに……」と最後の抵抗と言わんばかりに、小声でぼそっと呟く。その時、落ち着いた顔つきだったマスターの表情が急に鋭いものへと変わった。

 眼前の先には腕を組んでたたずむ、仏像らしき見るからに怪しい物がある。

「あの後ろから風が吹いておるな……」

 マスターがそう呟くと、デイビッドは半信半疑でその仏像の後ろを確認してみる。

 すると、彼の言う通り仏像の後ろに少し隙間があり、そこから微かに風の音が聞こえていた。

「マスターの言う通りだ。この裏にまだダンジョンが続いているみたいだぞ?」
「えっ!?」
「ほんとなの~」

 デイビッドのその言葉に、エリエとサラザが慌てて駆けてくる。

 仏像の前で2人は耳を澄ませてみると、微かに風の音が聞こえた。

「以前来た時には、こんな仏像はなかったよ?」
「私も初めて見たわ――って事は、私達が来た後にできたのかしら~」

 エリエとサラザは顔を見合わせながら首を傾げた。
 まあ、いつエリエ達がこのダンジョンを訪れたのかは分からないものの、間違いなく事件より前であることは想像がつく。

 しかも、出現するボスが別の物にすり替わっていることから考えて、何らかのシステム変更がなされたのは疑いようがないだろう。

 マスターは仏像の前で立ち止まると、サラザに声を掛けた。

「おい、そこのでかいの。儂の反対側に来て手伝ってくれんか?」
「でかっ……誰がでかいのよ! レディーに失礼な老人ね――まあいいわ。逆側を持って移動させればいいのね?」
「ああ、すまん!」

 そう言って2人は向い合うと、仏像に手を掛け、マスターの合図で同時に力を入れた。

 2人はまるで獣の様な雄叫びを上げながら、全力で仏像を持ち上げようと試みる。しかし、仏像は相当重いのだろう。2人の力をもってしてもピクリとも動かない。

 その様子を見ていたデイビッドも急いで駆け寄ると、3人は顔を真っ赤に染めながら渾身の力で仏像を持ち上げようとしている。

「ほら、皆腰に力が入ってないよ。もっと頑張って~」
「もう少しです。師匠、明鏡止水の心を見せつけてやってください!」

 人の気も知らずに好き勝手なことを言いつつ、エリエとカレンは楽しそうに応援をした。

 すると、その応援のおかげか、今までびくともしなかった仏像が徐々に持ち上がる。そこで、マスターが「もう少しだ。男なら気合を入れよ!」と鼓舞した。

「オカマと老人に、負けてたまるかー!!」
「私は女だって、言ってんでしょうがッ!!」

 そう叫ぶと、2人は残っている力を振り絞り、やっとの思いで仏像を移動させた。

 仏像が置いてあった場所には隠し通路があり、階段になっていてどうやらそこから地下にもっと進めるようだ。

「なら、早速奥に進んでみようよっ!」
「止めい!!」
「……ッ!? えっ? な、なんで!?」

 軽快に階段を降りようとしたエリエをマスターが止めた。

 エリエはびっくりした表情で、マスターの顔を見つめている。

「今日はもう。一度ボスとの戦闘を行っておる。このまま再びボスとやりあえば、こちらにも甚大な被害が出ることは避けられんだろう。今日はこの場所で野宿し、明日――再び進むとしようじゃないか!」

 マスターは息を切らして、地面に横たわるデイビッドとサラザの方を指差した。エリエもそんな2人を見て、その意見に渋々了解する。

 徐ろにコマンドを操作しテントを出したエリエは、そこに気を失ったままのエミルと星を寝かせた。

 デイビッドは焚き火を発生させるアイテムを使って暖を取る。

 だが、日の当たらない洞窟の中ではさすがに冷えるのか、エリエは体を抱えるようにして白い息を吐いた。

 それを見たサラザが「大丈夫?」と体を寄せてエリエの背中を擦った。まあ、別の意味でサラザからの体からは煙が出ていた。

「そういえば、お前は儂のギルドにおったか? 初めて見る顔な気がするが……」

 マスターは目を細めて、サラザの顔を興味深く見て尋ねる。

 サラザはその問に答えるわけではなく、逆にマスターに質問をぶつけてきた。

「――それより私はあんたが使った。私の固有スキルの方が気になるわ~」
「ふむ。確かに緊急時とはいえ、お前から技を盗んだのは事実――無理もなかろう。時間にも余裕があるからな。少し儂のスキルについて話しておこう」

 マスターがそういうと、サラザは興味津々な様子で彼の顔を見た。

 興味津々な様子で自分を見てくるサラザにゆっくりとした口調で話し始める。

「儂の固有スキル『明鏡止水』は一度見た技をコピーする能力があるのは、先程己の目で見たからもう分かるだろう」
「そうね~。何となくは……でも驚いたわ~。私のスキルを使うんですもの~」
「このスキルは強力だが、制約も多い。まず、今儂の隣に座っているカレンも明鏡止水の固有スキルを持っている一人だが、未だに発動すらできてはおらん」

 マスターはそういうとカレンの方を横目でちらっと見た。

 カレンは申し訳なさそうに俯くと、悔しそうに唇を噛んでいる。
 おそらく。師匠の様に自由にスキルを使いこなすことができず、歯痒い思いをしているのだろう。それは彼女の表情からして明らかだった。

「『明鏡止水』の制約その一。発動できるようになるまでには個人差がある。制約そのニ。一度使用してから約一日は再使用できない。制約その三。スキル発動中はヒールストーンなどの回復系アイテムの一切が使用できなくなる」
「――回復アイテムが使用できないですって!?」

 それを聞いたサラザは驚きのあまり、思わず手で口を覆った。

 サラザが驚くのも無理はない。フリーダムでは数多くの武器の中で使いやすいものをプレイヤーが選択し装備する。前衛職で唯一、素手で戦う武闘家にとって、戦闘時の敵との距離が必然的に近くなってしまう。

 しかも、武闘家の殆どは攻撃速度や俊敏性を重視する傾向があり。熟練者になればなるほど、軽装備となり守りが薄くなってくるのは仕方がないと言えるだろう。その為、回復系のアイテムの消費が最も激しいのだ。

 だからこそ回復アイテムの一切を使用できないというのは、武闘家にとって相当なリスクなのである。

「大丈夫だよサラザ。マスターは私達のギルドで最強だもん。誰もマスターのHPがレッドゾーンになったのを、一度も見たことないんだよ」

 そう言ってエリエはまるで自分のことのように自慢げに胸を張って話す。そんな彼女に、デイビッドが「お前の事じゃないだろう」と毒を吐いた。

 それに反応したエリエが、デイビッドと再び一触即発の状況に突入する。

「――仲間同士で争ってどうする!」

 すると、いがみ合う2人にマスターが声を荒らげ、なんとかその場は抑えることができた。

 マスターは大きなため息をつくと、テントの方に視線を移す。

「しかし、あのエミルが、あの程度の敵に軽々とやられてしまうとは――いったいなにがあったというのだ。あの娘が何か関係しておるのか?」

 その率直な質問に、その場にいたデイビッドとエリエが急に険しい表情になった。
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