第393話 夢の国へ2

文字数 2,700文字

 ゲートを通り抜けた先は、星が予想していた以上に異世界の様な光景が広がっていた。目に映る全てが輝いていて、至る場所がライトアップされた遊園地はまるで映画のワンシーンを見ているようだった。

 星の人生で遊園地は初めて――テレビなどでは見たことがあるものの。それはあくまでもカメラ越しでの話であり、今の星はそれを実際に自分の視界の届く範囲で見ているのだ。その迫力はまるでVRMMORPG【FREEDOM】の中と同じファンタジー系のゲームのように星の瞳には映っていた。

 ぼんやりと目の前に広がるまるでファンタジーのような光景を見つめていた星に、エミルが優しく声をかける。

「星ちゃん。まだ入り口を潜っただけよ……今日はいっぱい遊びましょう。好きなところに行っていいわよ、私は後を付いていくから……」
「好きなところに行っていいんですか!」

 嬉しそうにそう言って表情を明るくさせた星は、周囲をきょろきょろと見渡したかと思うと、エミルの手を引いて急ぎ足で歩き出す。
 
 エミルに「好きなところに行っていい」と言われたことで、星は感情のおもむくまま興味がある場所へと向かった。なんと言っても遊園地に来たのは生まれて初めての彼女だ。全てのアトラクションに乗ってみたいし、遊園地内にある目に入る全てに興味深々だろう。

 ゲートを抜けてお城の方へと向かって行くと西洋風の建物が立ち並ぶ場所へとやってきた。多くの人でごった返している中、その多くの人がキャラクターの書かれた大きな荷物を手にしていてゲートの方へと歩いている。
 
 その様子から察するに、西洋風の建物が立ち並ぶこの場所はお土産などが売られているのだろう。星も興味があったが、人が多くて建物の中になにがあるのかまでは確認できない。

 しかし、隣を歩いていたエミルが言った。

「ここらへんはグッズとかお土産を買うエリアだから最後でいいわ。アトラクションはもっと奥にあるから……」

 エミルはこの遊園地に来るのが初めてではない為、園内の配置に詳しいのだろう。だが、それが星には心強く感じた。

 人込みを掻い潜ってエミルと星は手を握りながら園内をゆっくりと進んでいたが、星はなかなか乗るアトラクションを決められずにいた。

 まあ、それも無理はない。長い行列ができているアトラクションばかりで、いくら並ばなくても乗れると聞いていても。彼女の性格上、どうしても先に並んでいた人達を追い抜いて先にアトラクションに乗ってしまうということに遠慮してしまうのだろう。

 なかなか決められないでいる星に、エミルが助け舟を出すように徐に口を開いた。

「――なかなか何に乗りたいか決められないなら、私が乗りたいのに乗ってもいい?」
「は、はい。いいですよ?」

 星がそう言った直後、エミルは慣れているのか人込みの中を迷うことなく星の手を引いて歩いていく。

 エミルは星の性格を知っている。星ならどんなにいいと言われても、自分の意思で並んでいる列に割って入ろうとはしない。

 それをエミルはゲーム内で二カ月もの月日の中、互いに同じ屋根の下で生活することで理解していた。だからこそ、エミルが先導することで星が少しでも罪悪感がなく列に割り込むことができると考えてのことだろう……それに、星は強要されればNOと言い難いのも分かってのことだ。

 はぐれないように星の手をしっかりと掴んだまま、エミルが向かったのは大きな看板の付いた建物で三角の屋根がオレンジ色の暖かい電球でライトアップされた外観は、まるでサーカスのテントを思わせる。

 相当人気なアトラクションらしく、外には長い行列が続いている。そんな中、エミルに手を引かれた星は、行列の横の優先エリアを通って先に立っていたサーカス団風の衣装を着た従業員の前まで行くと、腕に巻かれたブレスレット型の端末を見せた。

 従業員は特殊な機械を手に持ちそれをブレスレットにかざすと、少し驚いた様子でたじろぎすぐにエミルと星をアトラクション施設の中へと案内する。

 中に入るとまだ途中ということで別室に通され待ち時間の出るパネルの前にあるソファーへと座った。すると、従業員が近くに置かれていた冷蔵庫から冷たいジュースとお菓子を出し、それをエミルと星が座るソファーの前に置かれたテーブルに置いて軽くお辞儀をして部屋を出ていった。

 エミルは出されたジュースとお菓子を食べ始めている。星はその様子を眺めながら、初めて遊園地のアトラクションに乗る緊張でドキドキが治らなくて正直、今はお菓子が喉を通らないだろう。

 緊張した表情で隣に座っている星に声をかけようとはしない。それは星が初めての遊園地で、初めてのアトラクションを体験するという知っていて、この待っている間の心臓が張り裂けそうな緊張感さえ、いい思い出になると分かっているからに他ならない。

 星が胸に手を当てて大きく深呼吸している姿を横目に見て、微かに微笑みを浮かべながらも、それを悟られないようにジュースを飲んでいた。

 直後。部屋のドアをノックする音が聞こえてきた。

「準備ができましたのでお越し下さい」

 ドア越しに呼ぶ声が聞こえ、エミルは隣に座っていた星に声を掛けた。

「行きましょうか」
「は、はい!」

 返事をしたその声は心なしか震えていた。

 エミルは緊張で強張っている星の肩を抱いて歩き出すと、ゆっくりと歩きドアを開けた。部屋の外で待っていた従業員がお辞儀をすると「こちらです」と2人の前を歩いて案内する。

 付いていった先には中央奥にワインレッドのカーテンの掛かった部屋にきた。従業員に導かれるまま、エミルと星は最前列に連れてこられて椅子に座った。

 しばらくの間待っていると、全体の照明が落とされてまるで映画館の様に辺りが暗くなり、星の緊張はMAXとなって体が強張り小刻みに震え出す。

 それを横で見ていたエミルがそっと星の震えていた手を握って耳元でささやいた。

「私がずっと側に居るからね」
「……はい」

 握られた手をぎゅっと握り返すと、星はエミルの顔を見上げて頷く。
 視線を中央奥に掛かっているカーテンに移動させると、ゆっくりとカーテンが開いて巨大な画面が現れる。

 画面に表示された映像の中でキャラクター達が元気に動き回り、まるで画面から飛び出してきているように見えた。手を伸ばせば掴めそうな距離で繰り広げられるキャラクター達の劇に星の瞳から戸惑いが消え、キラキラと輝かせながらそれを見ていた。星にとっては、生まれて初めて見る遊園地でのアトラクションなのだから無理もない。

 瞳を輝かせている星を見つめながらエミルは満足そうな微笑みを浮かべていた……。
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