第163話 次なるステージへ・・・5

文字数 5,422文字

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 ダークブレットのアジトから兵士達を引き連れてきたメルディウス達が、予定通りに始まりの街へ到着した。
 日本支部に残っていたダークブレットのメンバーは千人以上――それを全て引き連れては来たものの、未だにどこに滞在するかという問題は解決できずに残っていた。

 大勢の者達を馬上に残し、街の入口で馬から降りたメルディウス、紅蓮、バロン、デュラン。四天王のメンバー達が集まって会話をしている。

「途中モンスターに襲われたが、楽勝で来れたな」
「いえ、人数が多かったせいか、敵に察知されて襲われる回数は多かったです。それに、基本的にメルディウスが1人で突っ込んで倒していただけでしたが……」

 眉をひそめ呆れた表情で、大きく息を吐き出す紅蓮。

 その横でフンと鼻を鳴らすと、バロンの声が聞こえてきた。

「まあ、あんな雑魚は俺様が手を下すまでもない。それより、後ろにいる雑魚共をどうする? 言っとくが、俺様の兵にあいつらのお守りをさせるなんてごめんだぞ?」

 皮肉交じりにそう言ったバロンは、デュランの方に視線を向けた。

 野宿となれば敵対視するプレイヤーやモンスターから彼等を守る為、どうしても護衛は必要になる。
 昼夜問わずそれができる兵は、自分の『ナイトメア』で召喚した軍勢しかいないと、バロンも分かっていたのだろう。その為、彼は早めに予防線を張ったのである。

 デュランは余裕そうに微笑を浮かべると、周りのメンバーに表示されている地図を拡大するように言った。皆、指で地図を拡大モードに切り替え、始まりの街の全体図が目の前に大きく表示される。

 それを見つめながらデュランが話し出す。

「まず、ここに居るメンバーの中でマイハウスが始まりの街にあるのは、全体の2割――と言う事は、殆どが住居がないわけで――」
「――そんなの分かってるんだよ! 俺様は気が短いんだ。結論を言えデュラン」

 不機嫌そうにバロンが睨みつけてくる。

 デュランは呆れたように小さく息を吐くと徐ろに告げた。

「そうか、なら結論を言おう。皆、マップの左側のグレーの部分を見てくれ」

 地図を見ると、街の西側の上の部分だけがグレーで表示されている。

 その場所は星がこの世界に来てしばらくして、ダークブレットのメンバーに襲われた場所があるところだった。

「このグレーゾーンは。街で唯一戦闘行為――PVPが許可されている場所なんだ。どうしてそういう場所があるのかというのは、皆分かっていると思うけどね……それは、街の中で起きた争い事やモンスターなどの不確定な危険から守る為なんだ。そして、そこにも一応店舗を構える事ができる」
「……ああ、なるほど。そういう事ですか」

 話の途中で何かに気が付いたのか、突然紅蓮が手の平を叩いた。
 正直。今の話だけでは漠然とし過ぎていて、デュランの伝えたい意図の半分も汲み取れなかった。

 そんな中、唯一彼の意図を理解できた紅蓮に向かってデュランが笑みを浮かべ、なおも言葉を続けた。

「だが、もちろんPVP限定とはいえ。戦闘行為が可能な物騒な場所で店舗を構える人間は居ない……つまりはそういう事だね」 

 それは今の現状と彼の話を聞いていれば、簡単に分かる話だった。

 街の中でプレイヤーが経営できる施設は数多くある。そして、その設立方法は至って簡単だ――街の中心にあるギルドホール。

 その場所で経営許可証を発行してもらう。その後、許可されれば運営が開始できるというシステムだ。
 本題から逸れるような遠回しな言い方をするデュランに、不機嫌そうにしていたメルディウスが突如として吠える。

「おめぇーはいつもまどろっこしいんだよ! さっさとどういう事か説明しやがれ!」

 隣で激昂するメルディウスを見て紅蓮は小さくため息を漏らすと、察しの悪い彼に呆れた様子で呟く。

「……メルディウス。副ギルドマスターとして恥ずかしくなるので止めてください」
「どうしてだよ! なら、紅蓮は。今のこいつの話で理解できたっていうのかッ!?」
「はい」

 怒鳴って顔を真っ赤にしながらデュランを指差すメルディウスとは対照的に、紅蓮は表情一つ変えずに平然と頷く。
 そんな彼女の様子にメルディウスはぐうの音も出ずに、言葉を飲み込んで仕方なく口を閉ざす。

 紅蓮は不機嫌そうに眉毛を釣り上げているメルディウスに更に体を近付けると、身長差を少しでも小さくする為に背伸びをして聞こえない音量で言った。

「いいですか? デュランの言ったのは、街でも不人気の場所に宿屋を建てて、そこをとりあえずの拠点にしましょう。っとそういう事なのです」
「ああ、なるほどな。それならそうとはっきり言えよな。あの野郎……」

 メルディウスは紅蓮の説明でやっと話の内容を理解できたのか、不貞腐れながら口を尖らせている。
 確かにそういうことならば、初心者の人数も相まって人口の多い始まりの街で戦闘許可区域は嫌煙される傾向が強い。何故なら、戦闘許可区域はブラックギルド。つまりダークブレットのような犯罪者ギルドの温床になっているからだ――。

 星が初めて始まりの街で襲われた場所も戦闘許可区域だった。つまり、初心者に嫌煙されるということは、そこでは商売をするメリットが著しく低下してしまう為にわざわざ資金を投じて店を出す必要性も薄くなってしまう。

 デュランはそこに目を付けたのだ――犯罪者ギルドとして悪名高いダークブレットの拠点をその場所に設けることで、他よりも土地価格も安く、しかも始まりの街にいる他のプレイヤーとの差別化も同時に図ることができる。
 
 その横でバロンが、デュランに向かって口を開く。

「おい。俺様と妹は別の場所に泊まるぜ? だいたい俺様の様な高名な人間が、一般のテスターでもないそれどころか犯罪者の連中とつるむなんて、狂ってるだろ」
「……いいけど、僕もそのテスターだけど?」
「ふん。お前の敵のスキルを奪う程度の小賢しい固有スキルで、俺様の軍をなんとかできると思ってるのか? デュラン。お前の固有スキルは、四天王の中でも最弱だという事を忘れんなよ?」

 圧倒的な威圧感を浴びせるバロンの瞳に、彼ほど熱くはないが微笑を浮かべながらも、そのバロンに殺意を帯びているデュランの瞳が2人の間に激しい火花を散らす。

 ベータ版のテスター達の中でも、固有スキルによって向き不向きがあるのは事実。
 特にバロンは日本サーバーでは最強と言われる数千以上もの漆黒の軍団を率いることができる固有スキル『ナイトメア』の使い手。

 固有スキルを発動している本体がやられるまで止まらない上に騎馬、歩兵、弓兵と役割に応じて複数に振り分けられることだ。
 痛みを感じずどこまでも敵を切り裂く兵士達はまるでゾンビ軍団。その光景は悪夢の様に見えることから『ナイトメア』という意味の名前になったと推測できる。

 今までの戦闘でも彼に傷を付けたのは、メルディウスとマスターくらいなものだ。
 彼の暴虐的な性格もあるが、日本サーバーの格付けからすると、その固有スキルが上位であることは言うまでもない。

 だが、範囲型の限定的な固有スキルとはいえ、デュランの『アブソーブ』も範囲内の固有スキルの使用を制限し、その固有スキルの発動対象を自分に切り替えると能力を持つ。これもこれで、強力な固有スキルであることは確かだ。しかし、デュランの固有スキルはその場で敵のスキルを見て戦闘を組み立てる必要があるが、バロンの固有スキルにはそれがない。

 圧倒的な数と物量で押し切る戦法が得意なバロンは、超攻撃型のプレイヤーということになる。
 バロンの考え方からすれば相手に依存するスキルを使うのは、弱い者のやることだという考えが強いのだろう。しかしながら、テスターは個々で考え出した強力の固有スキル――別名オリジナルスキルの持ち主であることに変わりはない。

 他の者達に止められないほどの固有スキルという力量差のある彼等が、この場所での四天王同士の激突は何としても避けなければならないのだ――。

 それを止めるのでもなく、紅蓮は「やれやれです」と呆れながらため息を漏らしている。

 一触即発と言った感じで睨み合う2人に、メルディウスも苦笑いを浮かべていた。
 そこに遠目でその険悪な様子を見つめていたフィリスが、バロンが喧嘩をしようとしているのに気付き実の兄である彼に声を荒らげた。

「お兄ちゃん!!」

 バロンは「チッ!」と舌打ちをして身を翻した。

 デュランに背を向けたバロンは走ってくる妹の手を握ると、強引にその手を引いて歩き出す。

「ほら、行くぞ!」
「ちょ、ちょっと。お兄ちゃん!?」

 何が起きたのか分かっていない妹の手を強引に掴んだまま、街の中へと消えていった。

 そんな彼等を見て、困り顔で頭を抑えたメルディウスが隣に居た紅蓮に小声で声を掛ける。

「バロンは相変わらずだな。団体行動を乱しまくるんだろうな……」
「――ええ、困ったものです。もっと大人になってもらいたいものですね」
「だよな!」

 珍しく彼女の共感を得たことで、相当嬉しいのか微笑みを浮かべたメルディウス。

 大きくため息を漏らした紅蓮は横目でちらりと一瞥し。

「……ですが、それは貴方もですよ。メルディウス」

 紅蓮は隣で笑っているメルディウスに聞こえないような声でぼそっと呟いた。その後、3人になった四天王達が街の中にあるギルドホールへと向かう。

 始まりの街のギルドホールは、まさにホールという感じの造りになっていた。
 その巨大なUFOを彷彿とさせる近未来のドーム型の建物を見上げて紅蓮が静かに呟く。

「行きましょう」

 紅蓮はゆっくり歩き出すと、建物の中に入っていく。
 中は外観よりも広く、エントランスの中央に大きな円卓があり。その中で、管理スタッフのNPCが忙しなくプレイヤーの対応に追われている。

 始まりの街は初期プレイヤーが多くいる為か、ギルドホールは他の街と違って案内所的な役割が大きい。
 慣れていないプレイヤー達はコマンド内にあるヘルプを使わずに、直接NPCから説明を受ける者も多くいる。

 本来のギルドホールの役割はその名の通り。ギルドの設立、解散。ランクに応じた各ギルド専用のギルドホールサーバー。クエストの受注、依頼などもここで行う。
 また、マイハウスの移動申請。商業申請と用地の確保。税を差し引いた利益の還元などなど、ギルド関係以外にも様々な事柄を行っている……言うなれば役所のような役割を持つ建物なのだ。

 紅蓮はいつも通りの落ち着いた様子で、受付のNPCに話し掛けた。

「すみません。商業申請をしたいのですが、手続きの方法をお聞かせ下さい」
『はい。それではこちらにこのペンで開業したい職種、具体的な事業内容を書いて。この場所に希望する地区の場所を記入して下さい』
「はい」

 紅蓮は背伸びをして必死に伸ばした手で、受付のお姉さんから緑色の光を放つボードとペンを受け取ると、スラスラとそれを書き始めた。
 表情1つ変えずに涼しい顔をして書いているが、身長が低い為に背伸びをしているので小刻みに足が震えているのは何とも可愛いと思ってしまう。

 それを横から見下ろしたデュランが、感心しながら頷いた。

「……さすが紅蓮だね。言うまでもなく、完璧に要所を抑えているね」
「あったりめぇーだろうが! 俺のギルドの副ギルドマスターだぜ。こんなの朝飯前に決まってんだろ!」

 親指を立てながらキメ顔で、そう言い放つメルディウス。

 そんな彼を横目でちらっと見て、紅蓮が呆れながらため息混じりに小さく呟く。

「はぁ……ギルマスがしっかりしてないから、私が大変なんですよ。メルディウス」

 豪快に笑いながら自慢気に胸を張っているメルディウスに一抹の不安を残しながらも、紅蓮は書き終えたボードをデュランへと渡した。
 
 デュランはそのボードの内容を確認すると、しばらくして頷いて紅蓮にボードを差し出した。

「――うん。まあ、いいんじゃない? 施設は申請してからしか選べないしね」
「そうですか。なら、これで通します」

 紅蓮はデュランが差し出したボードを受け取ると、紅蓮は身を翻して受付のNPCに渡す。

 受付のNPCはそのボードを受付の後ろにある特殊な機械に通すと、ボードが強く光りを放ち、そして消えた。その後、紅蓮達の方に向き変えると、目の前のテーブルから青い透明のモニターのような物が映し出される。

 そこを指先で操作しながらNPCが話し始めた。

「こちらが申請者ダークブレット様の要望に添った物件になります。地上から25階建てで、中は4次元構造になっていて1フロアに50個の個室を完備しております。お風呂、シャワーも各部屋に備えられビジネスホテルの様な構造に……」

 そこから淡々と仕様通りに話すNPCの言葉を半分聞き流す。

 建築は候補となったいくつかの物件の中から、独自にカスタマイズすることもできる。
 まあ、高くなる上に、普段から寝る場所程度にしか使わない為、既存のプランで建てるのが一般的だが、今回はそこにシャワーとバスルームを個々の部屋に備え付けて貰う要望を出したのだ。

 NPCも見た目は一般のプレイヤーのようだが、所詮はゲーム内のシステムで作り出されている存在。
 途中の話を飛ばすというようなスキップ機能がなければ、全てが業務的に注意点と要点をただただ淡々と説明するだけなのだ――。
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