第306話 防衛戦の秘密兵器2

文字数 3,624文字

 始まりの街が落ちた今、千代の周囲の街はもう海道を隔てた北海堂しかない。
 北海堂は現実世界の札幌にあり、道中には海もある。これでは陸路での突破は困難であり、空路はこのゲームでは現実的な方法ではない。

 海には多くの水性のモンスターが生息しており。フィールドボスにはクラーケン、リバイアサン、ヒュドラなどの凶暴な敵がいる。
 ここを船などで移動すれば、モンスターを操ることのできる相手からすれば、まさに『飛んで火に入る夏の虫』ということわざ通りに、全てのプレイヤーが多くの水性モンスターによって全滅されてしまう。

 かと言って、東京の位置に存在していた始まりの街、名古屋の場所に位置していた名御屋という中継地点がない状況で、太阪や京を目指すのはあまりにリスクが大きい。
 今の千代は完全に孤立し周囲を水堀に囲まれた孤島であり、周囲に応援を呼べる都市がない以上は、この場所で籠城する以外に生き残る手立てはないのだ――。

 しかし、だとしても。後手に回るというのはあまり気分のいいものではない。

「何とか敵が動く前に先制攻撃を仕掛けたいものだぜ。何かいい方法はないのか? 紅蓮」
「……私がまともなら何かできましたが。たとえ貴方でも、一人ではどうしようもありません。剛と合流して話してみましょう」
「そうだな! あいつなら、なにかいい案があるかもしれない!」

 納得したようにポンと手を打ち鳴らしメルディウスは頻りに頷く。
 メルディウスと紅蓮が南の正面門にいくと、そこにはテキパキとギルドの仲間達に指示を与えている剛の姿があった。

 そんな彼に向かってメルディウスが手を上げると、彼は笑顔で応えた。

「剛。お前ばかりに任されて悪いな!」
「いや、大丈夫だよ。ここが踏ん張り時だからね」

 側にいくと、互いの肩を叩き合ってから肩を組む。

 そこで彼に紅蓮と話していた内容を相談してみるメルディウス。

「――実は今回の戦闘でこっちから仕掛けたいんだけどよ。遠距離から効果的にダメージを与える方法はないか? 防衛だからって後手に回るのもなんか気分が悪いだろ……」

 すると、それを聞いた剛は納得した様子で頷くと、意外とあっさり彼の意見を受け入れた。

「僕も防衛でも攻撃の姿勢を見せないといけないと思ってね。オリジナルの投石機を作ったんだ。リコットに手伝ってもらってね」

 そう言った剛は外壁の上に彼等を連れていくと、コマンドを操作して目の前に大きな大砲の様な車輪の付いた大筒を配置した。彼の出したそれは、大砲というよりも真横にした壺といった感じで、大きな鉄の蓋が付けられている。

 蓋をされた大きな大筒を見つめ、2人は首を傾げる。
 それもそうだ。目の前の大筒には火薬を入れるような小窓もなければ、肝心の火を付ける導火線もない。まさにただの壺だったのだ――唯一違うのは剣の刃で付けられたような深い溝が入っているだけ。

 紅蓮もメルディウスも興味深そうに大筒を見つめている。

「これをどうするんだ? どうやって発射する」
「ああ、簡単だよ。このゲームには銃火器の使用はできない。鍛冶でも銃を作ることはできるが、それに装填する重要な火薬がこの世界には存在しない」
「それでは、この大砲も使用できないではないのですか?」

 剛の言葉に紅蓮が噛み付く。まあ、当然のことだろうが、火薬がなければ砲塔の中で砲弾を撃ち出すことはできないのだからこの大筒も使用できず、その存在に意味はない。

「その心配はいりません。それがこの溝です」

 彼が指差した溝を見つめ、ゆっくりと近付いていく。しかし、何度見てもただの溝でしかない。

 2人は更に首を傾げている。それを見ていた剛は満足そうな笑みを浮かべながら彼等に言った。

「――火薬とは爆発を起こす為に必要不可欠なものだろう? っということは、爆発を作るのではなく。もうある爆発を利用すれば、いいのではないのかい?」
「「――ッ!!」」

 彼の言葉を聞いて二人は驚いた様子で目を丸くさせた。

 そう。あの大筒の溝はメルディウスの持っているベルセルクが、その刃から出す爆発能力を発揮させる為のものだったのだ。

「原理は分かったが、本当に球を打ち出せるのか? 全力で爆発させればこんな鉄の筒なんて吹き飛ぶぞ?」
「大丈夫さ。弾なら、もう付いているだろ? まあ、球ではなく弾だけど威力は保証するよ」
 
 大筒の先を塞ぐようにはめられている鉄製の蓋を見て、メルディウスは頭の上に大きな『?』マークを浮かべていた。

 対照的に、紅蓮は剛がやろうとしていることが理解できたのか、大きく頷いている。

 自分だけ話に置いていかれて痺れを切らしたメルディウスが堪らず叫ぶ。

「だからいったいなんなんだよ! 勿体つけずに俺にも分かるように説明しやがれ!」

 苛立ち憤りを表に出しているメルディウスに、剛が話し始めた。

「つまり。この蓋がベルセルクの爆発によって飛ぶことで敵を倒すのさ!」
「敵を倒すなら蓋より球の方がいいんじゃないのか? 大砲とかは全部球を撃ち出してるじゃねぇーか」

 彼のその意見はもっともだろう。大砲を開発し、現代までその原型と機能を保っているのには理由がある。

 まあ、現代の大砲は球体ではなく円柱と円錐を組み合わせた様な形になっているが……。

「そうだね。僕も最初はそう思ったんだけど、球では不可能だったんだ。もちろん。球体を作るのが不可能だったわけじゃなく、武器として球体を使用するのが不可能だったと言うことさ――球状の武器がない以上。できた鉄の球はただのオブジェクトでしかなく、敵に与えるダメージは最大でも最小でも『1』でしかない。まあこの世界には火薬がなく、球にしたところで爆散しない球は砲丸投げと変わらないけどね……でもこれならば可能だ!」

 剛が大筒にはめられていた蓋を取り外すと、裏には鉄の柱と端に小さい蓋が付いている。

 例えるならば、鍋の蓋の持ち手の中央を棒で延長させた様な形をしていた。
  
「これは種族『ボディービルダー』の専用武器バーベルを自作、改造したものだ。どうやらバーベルの場合は左右の重りに制限はないようでね。メルディウスも下水溝のマンホールが洪水で圧縮された空気を押し出して吹き飛ぶ映像を見たことはあるだろう? この兵器は、その原理を利用しているんだよ。しかも、小さい重りが撃ち出した後の姿勢制御してくれる。落ちる時は重力の関係で重い方が下を向くから効率良く落下点の敵を押し潰して撃破できるわけだ」

 メルディウスはポンと手の平を打つと、思い出したように。

「ああ、さるかに合戦の臼がさるを潰した原理だな!」
「「…………」」

 メルディウスのその言葉に、紅蓮と剛は呆然としながら。

「貴方はもう喋らなくていいです。話がややっこしくなります」
「そうだね……」

 感情のない虚ろな目でいる2人に、メルディウスは不満を爆発させる。

「おい! ギルマスに対して厳し過ぎるだろ! 俺よりも剛の説明の方が数百倍分かりにくいわ!」

 叫んでいるメルディウスを完全に放置して、2人が話し始める。

「それで剛。これは何個ほど作ったのですか?」
「ざっと20だね。でもこれは小さいサイズで、リコットに発注した設計図はこの10倍大きい。大人1人が立って入れるほどにね」
「それは素晴らしいですね。早速配置しましょう」

 紅蓮と剛は巨大な大筒を正面門の上に配置していく。配置が終わると、砲門が20並んだ外壁はさながら難攻不落の要塞の城門のようである。

 大人1人分はあるベルセルクの刃の威力を遺憾なく発揮させるには、これくらい巨大でなければ意味はないのだろう。下手をすれば砲塔の方が爆発の力に耐え切れず、破裂してしまうに違いない。

 そんな時、紅蓮達の元に偵察に出ていた白雪から連絡が入ってきた。

『敵はルシファー1体を応援に寄こしたようですが、何か様子がおかしい! 私もすぐに戻って直接状況をお伝えします! 紅蓮様。決して早まったお考えで動いてはいけません。せめて私が戻るまでは……」

 どうやら敵は再びルシファーを出してきたようだが、何やら今回は様子が違うらしい。白雪の送ってきたメッセージからも彼女の動揺した様子が窺える。

 彼女がこれほど取り乱すのは珍しく、事の重大さを紅蓮も感じ取っているのだろう。普段は無表情な彼女の表情も心なしか硬く感じる。

「とりあえず。白雪の帰りを待ちましょう……彼女の報告を聞いてから、対策を考えます。予め剛とメルディウスは協力して頂ける皆さんに連絡だけはしておいて下さい」

 2人は頷くと協力してくれるギルドのマスター達に『敵に動きあり。各ギルドは迎撃の準備を整えよ』とメッセージを一斉に送信する。

 街の外壁から見える敵は進軍を止め、矢の届かない水堀の前方で停止している。まるで何かを待っているかのように……。

「――不気味ですね……」

 紅蓮は地面を覆うほどのモンスターの大群の様子を、目を細めながら見据えていた。
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