第291話 敵の本当の狙い2

文字数 3,130文字

 彼女の姿が見えなくなるのを確認して、エミルはサラザの方を向いて軽く頭を下げる。

「サラザさん。ありがとうございました」
「あらやだ~。そんな仰々しいこと止めてちょうだい!」

 下げている頭を慌てて上げさせると、サラザは自信満々に胸を叩く。

「まあ、私とエミルがいれば、星ちゃんの一人くらい守りきれるわ~」

 誇らしげに上腕二頭筋をアピールしつつ、親指を立てているサラザ。 

 その後、誇らしげに上腕二頭筋をアピールしつつ親指を立てている。しかし、エミルは申し訳なさそうに眉をひそめると言いにくそうに告げた。

「……いえ、できればサラザさんにはここに残ってほしいんです」

 予想だにしていなかったエミルの言葉に、サラザは驚いて口を開いたまま、あまりのことに言葉を失っている。だが、エミルがサラザにそう言ったのには、もちろん重要な意味がある。それは、サラザの選択している種族にあった。

 サラザが選択しているのはボディービルダー。普通のRPGなどではドワーフなどのパワー系の種族に分類される。しかし、ボディービルダーは初期状態でも攻撃力と防御力に大きなアドバンテージがあり。デメリットは敏捷が少し低下するくらい――武器の使用を制限される場所では、その真価を遺憾なく発揮することが可能だ。

 どうも納得いかないと言いたそうな顔でエミルを見つめるサラザに、エミルが更に言葉を続ける。

「でも。サラザさんだけが頼りなんですよね……私では建物内での戦闘は困難ですし。ボディービルダーであるサラザさんの『筋肉』にすがるしかないんです。街で事件を起こしているなら、このギルドホールが敵の目標かもしれません。……サラザさんがギルドホールの前で守っててくれれば安心なんですよね~」

 そういうと、エミルはチラッと横目でサラザを見た。サラザはにやけながら、上機嫌で彼女の肩を叩く。

 エミルは痛そうに叩かれた肩を撫でると、苦笑いを浮かべる。それを見ると、どうやらエミルの目論見は成功したらしい。

「もう! 私の筋肉を頼りにされたら、体に逆らえなくなっちゃうじゃな?い。いいわ! 私がこのギルドホールを守っててあげるから、エミルは存分に暴れていらっしゃい! でも、星ちゃんもいることを忘れちゃだめよ?」

 サラザがウインクをすると、エミルもそれに深く頷いた。
 ギルドホール前で手を振るサラザと別れた後、辺りを警戒しながら慎重に街の中心部までやってきた。

 エミルは左手で星の手を握りつつ、右手にはロングソードを握り締めている。
 剣を構え、周囲に潜む敵を探すように目を皿のようにして、建物の中や物陰まで至る所を見ている。星も少しでも協力しようと、キョロキョロと辺りを見渡す。

 いつも星の側にいるはずのレイニールがいないのは、部屋で自分の身長ほどもある特大ステーキを食べた後、いびきを掻きながら眠ってしまったからだ。

 エミルに起こすか尋ねたが「寝かせておきましょう」と言われたので、星もそのままにして部屋を出てきた。その時、2人の側の民家が、突然大きく爆発を起こして木っ端微塵に吹き飛ぶ。

「――ッ!? 星ちゃん!!」

 エミルは咄嗟に星の体に覆い被さる様にして、吹き飛ばされてきた破片を背中で受けると、すぐに腰のポーチに入った宝石を鎧にぶつける。

 宝石が輝きを放つと周囲に緑色の光が溢れ出し、減少していたHPゲージが限界まで回復した。

「エミルさん……」
「……大丈夫。少し私の後ろに隠れてて」

 心配そうな表情で見てくる星を自分の後ろに隠し、エミルは持っていた剣先を立ち込める土煙の方へ向けると、徐々に晴れる煙の中から真紅の重鎧に身を包んだ黄金の大斧を持った男と、クレイモアを持った男が互いに得物の刃を押し付けあった状態で対峙していた。

 赤い重鎧の人物は間違いなくメルディウスだが、それと対峙しているもう1人の方はエミルは見覚えがない。
 しかし、その様子から2人が知り合いであるのは間違いないだろう。何故なら、メルディウスと対峙している鎧を着ている者を説得しようとしていたからだ――。

「おい! いったいどうしちまったんだよ! 俺達の目的は街を守る事だろう? 千代最強ギルドの俺達が、街の脅威になってどうすんだ! そうじゃねぇーのか! なぁ、違うのかよ。ハーツ!!」 
「…………」

 しかし、彼から返答は全く返ってこない。

 均衡を保っていた刃がじりじりとメルディウスの方に迫ってくる。まあ、無理もないだろう。メルディウスにとっては同じギルドのメンバーで、彼はギルドマスターという立場に置かれている。
 
 知らない人物なら、遠慮なく全力で打ちのめすのだろうが、どうしても仲間に刃を振りかざすのには躊躇してしまう……そんな状況下では、メルディウスが苦戦するのも無理はない。

 だが、以前にもこのような状況があったことをエミルは忘れてはいない。
 そう。それは始まりの街で発生した事件――持つ者のレベルを最大まで引き上げ、操り人形と化す漆黒の刃を持つ刀『村正』を使用した事件だ。

 その犯人が、フリーダムのログアウトを封じて、監禁事件発生させた狼の覆面の男であることは、今もこの千代の街を取り巻いているモンスター達の装備している漆黒の刃の武器を見れば分かる。だとしても、一番の謎はメルディウスと対峙している彼の持つ武器だ――。

 彼の持つクレイモアは見たところ、その柄の部分の装飾から相当な代物であるのは見て取れるが、肝心の刃は漆黒ではなく普通にシルバーなのだ。 
 っと言うことは、彼は村正によって操られているわけではない。『なら、何故……?』そう考えているエミルに、星が声をかける。

「――エミルさん。どうしてあの長い剣の人の上に、モンスターと表示されているのでしょう?」
「え? 星ちゃん。何を言っているの?」

 エミルの視線の先にいる2人の頭上には何も表示されていない。それは元々の仕様であり、別にエミルの視界に表示されているものがおかしいわけではない。
 個人の容姿をそのまま反映するこのフリーダムでは匿名性が必要な為、PVP、パーティーを組む時と、プレイヤーが任意で同じギルドメンバーに表示されるようにする時だけだ。

 見えないのがおかしいのではなく、見えなくて当然なのだ――しかし、星の瞳にはしっかりと、クレイモアを手にした男性の頭上に浮いている【MONSTER】という文字が写っていた。

 エミルが星が嘘を言っているようには感じなかった。しかも、その手を見ると剣の柄にその手を掛けているのが見えた。

 怪訝そうに眉をひそめたエミルは、その手を掴んで手を繋ぐふりをして剣の柄から手を放させる。

 すると、星は「あれ?」と瞳を数回瞬きをして、小首を傾げる。
 その彼女の反応から、エミルは全てを悟った。星の固有スキル『ソードマスターオーバーレイ』は、特別な固有スキル。いや、オリジナルスキルだろうということは、ライラの星に対する執着や興味から薄々勘付いていた。

 エミルは星の手を放すと、素早くコマンドを操作し、装備欄にもう一本剣を装備する。
 困惑した表情をしている星に微笑みかけると「ちょっとだけ待っててね」とだけ言い残して、疾風の如く地面を蹴って得物を持って対峙している2人の方へと向かっていく。

 背後から迫るエミルに、逸早く気付いたメルディウスは刃を下げて代わりに左腕でクレイモアの刃を受けると、体を反転させエミルに向けて大斧を振り抜く。

「――何者だ!!」

 腹部を真っ二つにしようと向かってくるベルセルクの人ほどに大きな刃を、素早く体を折って紙一重でかわすと「ごめんなさいね……」と呟き、左手に持っていた剣の柄の先でメルディウスの膝の側面を叩いた。
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