第243話 獅子としての意地

文字数 2,945文字

 後方の敵の出現に慌てて飛び出したエミルだったが、思うように近付けずにいた。
 それもそのはずだ。地上からはエミルの乗るライトアーマードラゴンに休みなく矢が放たれ、無数の矢を空中で急激な回避行動を続け、手綱を握るエミルの体も左右に激しく振られていた。

 ライトアーマードラゴンの利点は小回りが利く機敏な動きにあったが、その分高度を高く取るのは得意ではない。

 その欠点が運悪く矢の届く距離ギリギリだったことが、今の危機的状況を引き起こしていた。

「――くっ! リントヴルムならこんな事には……もう! こんな所で、もたついている時間はないのに!」

 ゲームシステムの補正もあり。騎乗している状況で何者かに攻撃でもされない限り落ちることはないのだが、こう休みなく攻撃されては堪ったものではない。

 不安と焦りで苛立ちが募る中、エミルが不機嫌そうに眉をひそめる。
 っと、突然。今まで休みなく放たれ続けていた矢の雨が止んだ。

 警戒しつつもドラゴンの背から地上を見下ろすと、そこには漆黒の剣を手にマントを深々と被った人物がこちらを見上げているのが目に入った。

 だが、夜の暗がりと高低差に頭まですっぽりと被ったマントというこの状況では、顔までは確認することはできない。
 しかし、一瞬で弓を放つ敵をどうやって……っという疑問はあるものの。助けてくれたことには変わりなく、この状況下でそんな先入観に時間を費やしている余裕もなかった。

 見えるかは別としてエミルはその人物に軽く頭を下げると、一目散に星が居るはずの外壁の門までライトアーマードラゴンを飛ばした。
 上空から目を皿の様にして見下ろしていたエミルには、地上で逃げるデュランと星を見つけるのに、それほど時間は掛からなかった。

 走る彼を見つけると一気に急降下し、上空から的確に移動するデュランの行く手に降り立つ。
 地上に降りたエミルはライトアーマードラゴンを消し、一気に間合いを詰めると両手に持った剣を彼の喉元へと突き付けた。

「……今すぐその子を放しなさい……さもないと……」
 
 次の言葉を発しないまでも、喉元に突き付けられた剣先がデュランの首に更に深く押し付けられる。
 今にも喉元を突き破りそうなエミルのその表情に、デュランは涼しい顔で手に持った薙刀を地面に突き立てたまま微動だにしない。
   
 だが、エミルがこれほど怒るのも無理はない。星は遥か後方の門の前に居たはずで、敵が前方に出現したのならば、街は防衛行動を取り内側から門を閉めるはずなのだ。しかし、それならば星は街の外ではなく、内側にいなければおかしい。

 星の普段の行動から後先考えずに突っ走りそうなものだが、エミルは本当の意味で星の性格を知っていた。
 本当の星ならば敵との物量差が分かった時点で、交戦はできるだけ避けて街の中でエミル達の指示を待つはず――そして何より、星自身がもし敵と交戦するならばレイニールは街の中に居るか、エミル達の方にきてなければおかしいのだ。

 そして何よりもこの状況下で、ダークブレットの頭で四天王と言われるオリジナル固有スキル持ちのデュランが、今まさに気を失っている星を抱えている事実――もうこれは、誘拐意外のなにものでもないのである。

 張り詰めた空気の中、鋭く睨んだエミルは一瞬でもデュランが不審な動きを見せたらブスッといきそうなほどだった。
 周りにいる守護神も使用者を守護する立場とはいえ、こうも敵が休みなく攻めている状況では撃破に専念するしかない。

 まあ、全く気にしていない様にも見えたが……でもそれも仕方がないだろう。彼等からしてみればデュランとの付き合いなど数週間と言ったところで、実際にまた別の使用者が取って代わるだけの話なのだから……。

 喉元に刃を突き付けられたままのデュランが、肩に乗ったレイニールに向かって徐に口を開く。 

「――ドラゴンくん。悪いけどこの武器を持っててもらっていいかな?」

 デュランが一方的にレイニールに告げると、手に握っていた薙刀を躊躇なく手放す。

 予想外の彼のまさかの行動に、レイニールが急いで地面に倒れそうになる薙刀を受け止めた。
 
「何をしておる! 放すなら放すと先に言うのじゃ!」

 憤るレイニールを余所に、デュランとエミルは互いの目を見合ったまま膠着状態で、互いに出方を窺っている。

 その静寂を破るように、デュランが少し溜めて言い放つ。

「あのさ、この剣を下ろしてくれないかな? このままじゃこの子を渡せないだろ?」
「……ええ、分かったわ」

 以外にもあっさり剣を下ろしたエミルに、予想外だったのかデュランも驚き隠せないと言った表情で目を丸くさせた。
 おそらく。エミル自信も彼が武器を手放した時点で、落とし所を探していたのかもしれない。その後、両手の剣を鞘に戻し。あろうことか、その剣を装備から外したのだ。

 もちろん。彼女のその行動には意味がある。装備を外せば重量が軽くなり、星を運んだとしても敏捷のステータスが左程変動しないというメリットはある。

 それに比べてデュランの方はレイニールに武器を預けただけで、装備欄から解除したわけではない。
 しかし、それ以上に四方を敵に囲まれるこの状況下で。しかも、それほど関わり合いのない男の前で武器を外すと言うのは途轍もないリスクを冒していることを、エミルほどのプレイヤーならば知らないはずはない。

 驚愕するデュランを尻目に、エミルは彼に背を向け屈む。

「……何をしているの? 早く。星ちゃんをこっちに……」

 敵かもしれない相手に背を向け、完全に無防備と言える彼女の行動に更に驚きを隠せない表情をしながらも、デュランはエミルに言われた通りその背中に星を下ろす。

 エミルはゆっくりと立ち上がると、星の重みを再確認する様に小さなその体を軽く浮かせて背負い直す。

「……迎えにきたわよ、星ちゃん。一緒に皆の所に帰りましょう」

 優しい微笑み浮かべて、背負った星を見てそう告げたエミル。

 コマンドを開きドラゴンの巻物を取り出し、巻物の紐を手に地面に巻物を投げると、笛を口に加えたエミルに向かってデュランが叫ぶ。

「ちょっと待ってくれ! 君は俺が隙を突いて攻撃するとは思わないのか!?」

 エミルは口に加えた笛を手で掴むと、固唾を呑んで彼女の返答を待っているデュランに告げる。

「別に何とも感じないわよ? この子と一緒なら、私は何も怖くないもの」
「…………」

 真顔で言ったエミルに、デュランはあんぐりと口を開けたまま、まるで鳩が豆鉄砲を食ったよう顔で一点を見つめている。

「これは返すぞ? まあ、良く分からないが助かったのじゃ!」

 レイニールはそっとデュランに薙刀を返すと、エミルの方へと向かいちょこんと肩に乗った。
 そんな彼に構うことなく。エミルは再びライトアーマードラゴンを召喚し、その背に跳び乗ると、ライトアーマードラゴンそのまま上空へと浮上して飛び去っていった。

 デュランは小さくなる星とエミルを見送り、呆れ顔で苦笑いを浮かべる。

「ははっ、まさか置いてけぼりを食らうとはね。まあ、あの子を仲間にするチャンスはまたくるさ……」

 含み笑いを浮かべ、薙刀を構えたデュランは鬱憤を晴らすように、モンスターとの戦闘に加わった。 
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