第157話 記憶の帰還2

文字数 4,543文字

 その後、真面目な声音でエリエがミレイニに微笑むと。

「ミレイニ。星が戻ってきたら、さっきの事は忘れて仲良くしてあげてね!」

 だが、彼女の申し出にミレイニはそっぽを向いて答える。

「それはあの子次第だし……」

 そう告げながらミレイニは頬を少し膨らませて腕を組んでいる。
    
「もう。そんな事言ってると、また引っ張るけど……?」

 エリエは手をわきわきさせてミレイニに迫ると、彼女は顔を青ざめさせて何度も頷いた。それを見て、エリエは「分かればいいのよ」と告げると手を下ろした。

 ミレイニはほっとしたようにため息を漏らすと、何気なくエリエに尋ねた。

「エリ――お姉さんはあたしとその子、どっちが好きなの?」

 唐突とも言える質問に、エリエが困惑した様子で聞き返す。

「……えっ? どっちがって、どういうこと? ミレイニ」
「――そのままの意味だし! あたしはお菓子とお昼寝に釣られただけじゃないし! あたしは、エリエが好きになったから付いてきたんだし!!」

 俯き加減にむっとしたミレイニがそう叫ぶと、エリエは驚いた様に目を丸くさせている。
 冷静になったミレイニも自分の言ったことを思い出して、恥ずかしそうに赤面させながらモジモジしながら頷くと。

 その後、ミレイニは意を決したように、エリエに向かって声を上げる。

「あたしはエリエが好き! 好きになっちゃったんだし!」

 頬を赤らめながら上目遣いにミレイニのオレンジ色の瞳は真剣そのもので、エリエはその言葉が冗談とかではないとすぐに分かった。だが、男女なら分かるが、女同士の好きがエリエには良く分からない。

 困惑しただただ動揺しているエリエに、構うことなくミレイニが言葉を続ける。

「ログアウトできなくなって、あの城に連れてこられた時、あたしは最初はあそこを天国だと思ったんだし。だって三食昼寝付きで、お菓子も食べ放題で、本当に良かったし。でも、すぐに退屈になって。ちょっと散歩に行きたくて部屋の外に出たらおしおきされて……だから、外には絶対に出られないし。それにあそこでは仲間という感じで、あたしを受け入れてくれなかった……でも、エリエは違ったし! あたしを本気で心配してくれて、強引にだけどあたしを外に連れ出してくれたし!!」
「……いや、それは、あんたから情報を聞き出そうと――」

 苦笑いを浮かべると、熱い視線で詰め寄ってくるミレイニに告げると、彼女はその言葉を遮った。
 
「――だから、エリエはあたしの王子様なんだし! あの子とエリエがどんな関係だとしても、そんなのどうでもいいし! あたしはエリエが好き! だからエリエにもあたしを好きになってほしいんだし!!」
「……いや、あの……ちょっと落ち着きなさい。ミレイニ」

 怖いほどに真剣な表情でじりじりと距離を詰めてくるミレイニの肩を掴んで、エリエは強引に彼女の体を引き離す。

 そして、興奮しているミレイニを諭すように告げた。

「――いい? 今のあなたはあの騒ぎでちょっと混乱しているだけ、それに、好きっていうのは男女で生まれる感情で、女の子同士なんてありえないのよ?」
「女同士で好きになって何が悪いんだし! あたし。エリエと居ると凄く胸がドキドキするし!」
「いや、だから。それは吊り橋効果ってやつなの! 本当の好きじゃないのよ!」

 頭を振ってミレイニの言葉を否定すしていたエリエに、飛び掛かるかたちでミレイニが強引にエリエをベッドに押し倒した。
 ベットの上でエリエの上に覆い被さったミレイニは熱のこもった潤んだ瞳を、驚き動揺しているエリエに向けた。

 エリエはミレイニの突然の行動で虚を突かれたのか、どうしたらいいのか分からず、覆い被さって動く気配のないで見つめてくるミレイニの目を見据える。

 そんなエリエの澄んだ水の様な瞳をミレイニがじっと見つめたまま、微動だにしない。お互いに無言のまま見つめ合っていると、ミレイニが熱のこもった瞳を向け徐ろに口を開く。

「……エリエはこれでもドキドキしないし?」
「し、しないわよ! いい加減に悪ふざけを止めないと、後でひどいわよミレイニ!」

 憤って拳を覆い被さるミレイニの前に突き出すと、突如として熱を帯びたその瞳が突如として涙を溜め込んで。

「……あたしは本気なのに……こんなのありえないし!」

 咄嗟に走り去ろうとしたミレイニの瞳からは涙が溢れていた。ハッとして直ぐ様立ち去ろうとした彼女の腕を掴んで制止する。

 決して視線を合わせず、震えた声でミレイニが叫ぶ。

「――放してほしいし! あたし。もうここにいられない!」
「いられないって……じゃあどこに行くのよ! お菓子は要らないの?」
「そんなのもう要らないし!!」

 ミレイニはエリエの手を振り払おうと、必死で腕を振り回す。

 予想だにしていなかったミレイニの突然の行動に、エリエは内心とても焦っていた。
 それもそうだ。星も再び誘拐され、エミルも皆も混乱しているこんな時に、ミレイニまで居なくなることになれば、エミルに要らぬ心配を掛けてしまう。

(……このままだと、この子が飛び出して行ってしまう……それなら!)

 エリエはミレイニの腕を思い切り引っ張ると、今度は反対にエリエが覆い被さるようにベッドに押し倒した。だが、泣いている顔を見られたくないのだろう。なんとか逃げ出そうと、ミレイニは全力で抵抗していたが。

 ベッドに押し倒したミレイニの両肩を掴んで暴れているミレイニの顔を真剣な面持ちで見つめる。

「――ミレイニ。私が本当に好きならこっちを向きなさい」
「……ッ!?」

 その直後、ミレイニの頬にエリエの柔らかい唇が触れる。

 互いの顔がゆっくりと離れると、驚きながらも、エリエの顔をじっと見つめるミレイニに、エリエが優しい声で告げる。

「どう? これで分かったでしょ?」
「……うん」

 頬を押さえ、心ここにあらずと言った感じでミレイニが頷く。

 少し恥ずかしそうに、エリエは頬を赤らめながら呆然としているミレイニに尋ねる。

「――なら、どこにも行かない?」
「うん! ずっとエリエの側に居るし! 大好きだし!」
「あはは、抱き付いたら重いわよー」

 満足そうに微笑んだミレイニは、溢れんばかりの喜びを表現するように全力でエリエに抱きつく。
 機嫌を直したミレイニの様子を見て、エリエは不敵な笑みを浮かべている。これは全て彼女の計算通りの展開なのだ――。

 エリエの母国では頬にキスをするのは挨拶のようなもの、それをしたことでミレイニをここに留められるなら安いものだ。

 頬にキスされて満足したのかミレイニは、嬉しそうに微笑みを浮かべ、エリエの腕にしっかりとしがみついている。

「ふふ~ん。やっぱりエリエはあたしの事好きなんだし~」
「あはは……そ、そうかもねぇ……」
(この子が単純で良かったけど、ここまで懐かれるのは予想外かも……)
 
 エリエはべったりと張り付いてくるミレイニに、苦笑いを浮かべながらそう思っていた。
 抱き付いたまま、一向に離れようとしないミレイニに少し呆れ顔でため息を漏らすと、小さな小窓から差している夕日の光を見つめた。
 
 エリエが隣の寝室に姿を消してしばらくの間は、落ち込むエミルをイシェルが落ち着かせるような状況が続いていたのだが、その甲斐もなく椅子に腰を下ろして項垂れ、両手で顔を覆ったままエミルは自分を責め続けていた。

 だが、それも無理はない。ライラにいい様にあしらわれただけでなく、守るはずの星を彼女に奪われた。
 それはエミルの心のどこかで、昔の仲間だと思って少しライラのことを警戒しなさ過ぎたのかもしれない。

 この状況下で、不確定な要素を持ち合わせている人間と接触し。あまつさえ、城の中への侵入を許すなど……無警戒過ぎたのだ。

「私がもっとしっかりしていれば……」
「エミル。あかんよ? なんぼ自分を責めたかて、どないにもならん状況はあるんやから……」
「……でも」

 相当星を取り戻せなかったことを後悔しているのだろう、エミルは瞼を真っ赤に腫らしながら泣き続けている。

 がっくりと肩を落とし項垂れたまま、静かに泣き続けるエミル。

 そんな彼女の頭を優しく撫でながら、落ち着かせる様な声音でイシェルが口を開く。

「――エミルだけのせいやない。うちもなんもできひんかったことやし、エミルは一生懸命やっとったよ? いつも見てるうちが言うんや間違いあらへん」

 彼女のその言葉に、エミルの瞳から更に止めどなく涙が溢れ出てイシェルに凭れる。イシェルは肩を震わせて泣くエミルを優しく両腕で抱き寄せた。

 そんな時、突如として扉が開き、そこからマスターとカレンが部屋に入ってきた。

 部屋に入ってきたカレンが、リビングで泣いているエミルを見て驚いた様な表情をして足を止めた。

「ど、どうしたんですか!?」
「……な、なんでもないの……それよりも、無事で良かったわカレンさん」

 エミルは慌てて涙を拭って平静を装うと、困惑しているカレンに向かってぎこちなく微笑む。

 しかし、理由もなくエミルが泣いているわけがない。その様子から大体の事情を察したカレンの表情が次第に険しくなりエミルに尋ねた。

「……星ちゃんの事ですか?」
「…………」

 無言のまま、俯くエミルにカレンもそれ以上は何も聞けずに、その空間に気まずい雰囲気が流れていた。
 それも無理はない。おそらくカレンよりも辛い思いをしているのはエミルだということを、普段の2人の様子を見ていればカレンにも分からないわけがない。

 無言のまま互いの顔を見ることもできずに俯いている彼女達。そこに割って入るように、マスターの豪快な声が響く。

「なにも心配するでない! あの娘なら、儂の友人から保護したと連絡があった。なにも案ずることはない!」
「……友人!? マスターそれはどういう事ですか!?」

 突如として勢い良く椅子から立ち上がったエミルが、マスターに駆け寄った。

 マスターは突然詰め寄られたことで一瞬だけ戸惑いを見せたものの、すぐに柔らかい表情で険しい表情で、自分を見上げているエミルの質問に答える。

「その言葉の意味通りだ。あの娘を保護したのは、儂の仕事仲間……いや、依頼主。っと言ったところか――だから、あの娘の事は何も心配する事はない」
「――何も心配する事はない!? ライラが! ライラがあの子に危害を…………もし、マスターが彼女達の味方をするなら私は貴方を……」

 詰め寄りマスターに向いていたエミルの瞳が、突如として突き刺す様に鋭い殺気を放った。しかし、それに動じるどころかマスターは終始微笑を浮かべている。

 その殺気に気付いたカレンが表情を強張らせ拳を握って、ピリピリとした雰囲気を醸し出している。もしエミルがマスターを攻撃しようものなら、カレンが一瞬で彼女に襲い掛かるだろう。

 だが、それはエミルの後ろにいるイシェルも同じだった。イシェルもカレンがエミルに危害を加えようものなら、何の躊躇もなく動くだろう……。

 この緊迫した状況でマスターにエミルが攻撃すれば、仲間内での戦闘になるのは避けられなかった。屋内ならまだしも、これが外に出てやることになれば、この中の何人かは確実に消えるのは間違いない。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み