第333話 姉妹2

文字数 2,764文字

 俯いている星を睨み付け、少女が低い声で告げた。

「剣を取れ……」

 その言葉に、星は首を横に振って答えた。だが、それが少女の怒りを買ったのだろう。彼女は体を震わせながら星を睨み付けた。

 しかし、星はその視線を受けても剣を取ろうとしない。いや、剣を取れるわけがないのだ。
 星には彼女が姉としての記憶はなくても、母親との母子家庭で生活してきた星にとって、彼女はもうひとりの家族であることに偽りはない。

 記憶には彼女はいないが、星の中のどこかに彼女は本当の姉であり家族であるという感覚が残っている。
 さっきまでは半信半疑だったが、今はもう確信に変わっている。そうならば、家族である彼女に剣を向けることなどできるはずがない……。 

 足が震え足元がおぼつかない様子の星はやっとの思いで立ち上がって彼女を見た。

「どうした? もう一度言う……剣を拾え!」
「……嫌です。あなたが本当に私のお姉ちゃんなら、私は……私はあなたと戦いたくない!」

 星が表情を曇らせながらそう言った直後、少女は全身の毛が逆立つ様な凄まじい殺気を放った。すると、星の目の前にいた彼女の姿が消え、代わりに星の左腕に鋭い痛みが走る。

 星が痛みの出ている場所に視線を向けると、左腕の肘よりも下の部分に黒い線のような切り口ができていた。
 咄嗟にズキズキと痛むその場所を右手で押さえた星の背後から、再び少女の叫ぶ声が響く。

「言っただろ! 私はお前を憎み殺そうとする敵だ! さっさと地面に刺さった剣を抜け!!」
「嫌だ! 私は戦いたくない!!」
「――この、わからず屋が…………ならば、お前が戦いたくなるまで痛め付けるだけだ!」

 そう叫んだ直後、再び少女の姿が消え星の体に傷が刻まれる。
 彼女の宣言通り、全く戦う意思を示さない星の体には無数の傷が刻まれ、星は剣に斬られる度に苦痛の声を上げて表情を歪ませた。

 だが、断固として地面に刺さった剣を抜こうとしない。手を伸ばせば届く距離にあるエクスカリバーを、取れば多少は剣撃を防げるそれに星は手を伸ばすことさえしない。

 っと少女の持つ漆黒の剣が星の利き足を深く抉り、星はバランスを崩しながらも両膝を地面に突いて踏ん張る。

 夜空を見上げたその瞳からはすでに光が消えかかっていて、苦痛で全身から汗を流し、荒く息を繰り返しながらも地面には決して倒れようとはしない。

「何故! 何故脅威である私を……敵を倒そうとしない。どうして、虫の息でも倒れない! 子供なら子供らしく泣き喚いて命乞いのひとつでもしろ! 何故辛そうにしながら必死に攻撃に耐えている!」

 恐れすら抱くように表情を強張らせている少女の問いに、星は荒い息を繰り返し途切れ途切れになりながらも答えた。

「あたり前……ですよ。あなたは……攻撃する時、すごく苦しそうだったから。きっと本当は、こんなこと、したくないんだって……でも、気持ちはどうしようもないから……誰かがそれを……うけとめないとって……わたしも、この世界に来て分かったから…………」

 そこまで言って、自身の重さを支えきれなくなった星が前にゆっくり倒れた。驚いた彼女は漆黒の剣を振って叫ぶ。

「ソードマスター・オーバーロード!」

 それと同時に周囲の時間が止まり、彼女の幼い体が輝き一瞬で成長した。

「――星ッ!!」

 星の名前を呼んで地面に倒れた妹の元に走る姿は、優しい姉のそれだった。

 地面にうつ伏せで倒れている星を抱き寄せると、その顔を見つめた。星の視界に映っていたのは、先程までの赤い瞳ではなく黒髪を後ろで束ねた青く輝く瞳の18歳位の少女だった。

「……名前を呼んでくれた。本当に……私のお姉ちゃんだ……」
「私はあなたの敵なのよ? 私はあなたを……恨んでいる。心の底からね」

 憎まれ口を叩くその顔は怒りを露わそうと必死に作っていたが、星はそんな彼女の本心が分かっているように微笑んで弱々しい声で言った。

「私は……お姉ちゃんの時間を……奪ってたんだね。ごめんなさい……知ってた、ずっと前から知ってたの……お母さんは、ずっとスーツの裏のポケットに、お姉ちゃんの写真……持ってたから。でも、私は弱いから……嫌で、ずっと忘れてた。だけど記憶が戻る時、思い出したの……」
「嘘……お母さんが私の写真をまだ持ってたなんて……」

 驚き言葉を失っている少女に、星は少女の頬に手を伸ばして優しく手の平を当てる。

「……いいよ? 私の時間を……お姉ちゃんに、全部あげる。だから、お願い……みんなを助けて……お姉ちゃんなら、私より上手にできるでしょ? あと、お母さんを……お母さんを、幸せにしてあげて……それは、お姉ちゃんにしかできないから……私じゃ、笑顔に……できないから…………」

 そう言ってにっこりと笑った星の意識は完全に途絶えた。

 少女は頬からずり落ちるその手を掴むと、涙を流しながら呟く。

「星……ごめんなさい。私は最低の姉さんよね……あなたがこんなになるまで……でも、今は仕方ないの。この姿を見せるわけにはいかないし、あいつらを油断させないといけないから……」

 気を失っている星を優しい瞳で見下ろすと、星の顔に掛かる髪を掻き分けて笑顔を見せた。

「でも良かった……あなたが真っ直ぐで、優しい子に育ってくれて……嫌いなんてうそ、恨んでもいない……そう言わないと、あなたを傷付けるのに耐えられなかった……弱いお姉ちゃんでごめんね。本当にごめんね星……」

 星の小さな体を抱きしめると、少女は頬から大粒の涙を流しながら言った。

「ずっと……ずっと、こうしたかった。だって、あなたが生まれるのをずっと、ずーっと待ってたから……ああ、星の体ってこんなに小さくて柔らかくて、そして暖かいのね……現実世界ではあなたを抱くことはできなかったけど、夢が叶ったわ…………もう思い残すことはない。これからも辛いことがたくさんあるかもだけど、私が全部消してあげる。あいつらを倒して、あなたの明るい未来を私が守ってあげるから……だから、どんなに苦しくても辛くても、諦めないで前だけを向いて真っ直ぐに……星はこんなに強いんですもの。大丈夫よね、きっと……全てが終わったら、またゆっくり話しましょう。今度はあなたが起きてる時にね」

 そう言って微笑んだ少女は、少女は気を失っている星の体を側の木に凭れ掛けさせると、服のポケットから虹色に輝く宝石を取り出し、それを星の頭上に投げた。

 すると、宝石が虹色に輝く光を周囲に撒き散らす。直後、星の体に刻まれていた切り傷が見る見るうちに消えていく。

 星の傷が完全に消えたのを確認して、地面に刺さったままになっていたエクスカリバーを引き抜き星の鞘に収めた。
 そして眠っている星に微笑みを浮かべ「まだ、やり残したことがある」と呟き、その場から離れていった。
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