第133話 エミルの夢

文字数 3,666文字

 エリエ達が対峙していたドラゴンの突然の消失は、支援部隊として後からきていたエミル達の方の戦闘が関係していた。

 話はエリエ達が城を経った時まで遡る……。


              * * *


 エリエ達を先に行かせるとイシェル、エミル、ディーノの3人は街で回復用アイテムなど、消耗品のアイテム類を買い揃えてリントヴルムに乗った。

 リントヴルムはその純白の美しい翼をはためかせながら、ウォーレスト山脈へと飛び立つ。
 エリエ達が出発してから、まだ1時間半程度経過していたが、合流には左程問題はないと思われた。

 いくら気持ちが焦るとはいえ、紛いなりにも高レベルプレイヤーの集まり。エリエ達も十分慎重に進んでいることだろう。
 なるべく敵との遭遇を避ける為、出来る限り高々度を飛び続けるリントヴルムの背中からは、どこまでも続く雲海が広がっていた。

 その白い平野を見つめながら、エミルが不安そうに呟く。

「デイビッド達は大丈夫かしら……エリーも一緒だし。心配だわ……」

 サラザ達は一先ず問題はないだろうが、エリエは一日だけとはいえ、星と長く生活を共にしていた分、愛情が深い。
 しかも、デイビッドはエリエには少し甘い所があり。言いなりにはならないまでも、彼女の心を配慮して動いているかもしれない……それを思うと、エミルは気が気でないのだが。

「そない心配しなくても大丈夫やよ。みんなもう子供やないんやし。それに、そないな顔しとったら、せっかくのべっぴんさんが台無しやよ?」

 不安そうに表情を曇らせているエミルの肩に手を置き、振り返った彼女にイシェルが微笑んだ。
 エミルもぎこちなく微笑み返すと前に視線を移す。だが、イシェルのその言葉の裏で、エミルの心の中は不安な気持ちで一杯だった。

 星を誘拐されたと戻ってきた後のエリエの様子はあきらかにおかしかったし、犬猿の仲のカレンも向こう側にいるので、普段から彼女達の様子を見ているエミルは気が気じゃない。

 エリエの性格上。普段から誰かに噛み付いていなければ、気持ちが落ち着かないのか、普段からデイビッドにしつこくちょっかいを出している。

 そんな彼女がおとなしくなるのは、お菓子を食べている時か、星と話している時以外には見たことがない。

 だが、帰ってきてからのエリエは普段からは想像もできないくらいおとなしくなってしまっている。その溜め込んでいる思いが、何かの拍子に一気に爆発しなければいいのだが……。

 今のエミルは向こうのチームでは、もうすでに内部分裂を起こしているのではないかと、心配で仕方なかったのである。
 エミルは遠く彼方を見つめながら、その先にいるであろう、デイビッド達のことを思いながら目を瞑った。

(――しっかりね、デイビッド。エリーを抑えられるのはあなたしかいないんだから……)

 そう心の中で呟いていると、後ろからイシェルの笑い声が聞こえてきた。気になったエミルは後ろにいたディーノとイシェルに目を向けた。

 何やら楽しげに、ディーノと話しをしているイシェルの姿があった。

「ねぇ~。ディーノくん。ちょっとだけお話せえへん? まだまだ先は長いんやし~。それに、今回の作戦の立案者やん。なんや、作戦とかも考えとるんやろ?」

 イシェルは笑みを浮かべながらディーノの横に腰を降ろして、彼の腕を仕切りに引っ張っている。

 ディーノはそんなイシェルの様子に、迷惑そうに眉をひそめた。

「作戦はあるにはあるけど、それは僕と彼女だけだったらの話だよ。君達までは想定に入れてない」

 素っ気なく返すディーノに、なおも執拗に聞き出そうとするイシェルに、エミルは少し呆れ顔で大きなため息をつく。
 ディーノと言う少年の年齢はエミルと同じか、少し上くらいに見える。目鼻立ちもはっきりしていて、俗に言うイケメン大学生と言った感じで女性受けは良さそうだ。

 だが、エミルはそんな彼の上辺には騙されてはいなかった。彼から漂う異質な雰囲気は、エミルも肌でひしひしと感じ取っていた。


 街を出発してどのくらい経つのだろうか……。

 長らく雲の上を飛んでいて、今背にしているのは一度、いや二度目の太陽かもしれない。
 出発した時には月を背にしていたわけなのだから、夜だったのは間違いないだろう。

 ここまで休みなく飛び続けているが、未だにリントヴルムは疲れを感じさせることなく力強く大きな翼をはためかせ、青い空を優雅に飛び続けている。まあ、システム上はモンスターであり、その全てはフリーダムのゲームシステムが大きく関係してくる。

 地上を走る馬などの移動手段は街で安価に手に入れることができて、その全ては使用限界時間が設けられているのは知られていることだが、飛行モンスターであり固有スキルで使役したドラゴンのリントヴルムはその類ではない。

 つまり、飛行用のスキルを持った全ては継続時間に制限がない。もし使用限界を迎え強制的に消滅、あるいは着陸をすれば乗っているプレイヤーが危険に晒されてしまう。それもそうだろう。飛行中に消滅すれば地面に急速に落下し、防御力を越えるダメージを受ければ、その場で即死亡してしまう。

 着陸なら一見安全そうに思えるかもしれないが、そんなに簡単な話でもなく。飛行中に地上に降りるとはいえ、着陸する場所も平野とは限らず。海や湖、山岳地帯に渓谷など着陸したくても難しい場所がいくつもある。また、フィールドのいたる場所にはモンスターが生息していて、それらのモンスター達もそれぞれ独自のAIによって動かされている。

 つまり、一括管理されていないのだ――システム上。プレイヤーとモンスターは独自のシステムで運用している。
 要するにもしも間違ってモンスターの認識範囲内に入ってしまえば袋叩きに遭う。その為、飛行中に墜落することは攻撃を受けるかしない限りはあり得ない。

 まあ、飛行中に何者かに攻撃を受けることも相当な低空飛行でもない限りは、万に一つもあり得ないのだが……。

 システム上ではリントヴルムはなんともないが、メインシステムから切り離されているプレイヤーはそうもいかない。

「エミル~。うち、疲れた~。ちと休憩しよ~」

 イシェルが情けない声を上げ、エミルの腕に抱き付いてきてエミルは苦笑いを浮かべる。
 まあ、彼女のこの行動もこれが始めてではない。飛んでいる最中イシェルのこの泣き言も、もう何度聞いたか分からない。

 素っ気ない態度を取っているエミルに、ふくれっ面をしていると、イシェルが後方に大の字に倒れる。
 かと思うと、リントヴルムの背中で年甲斐もなくごろごろとだらしなく転がり回るイシェルに呆れながら大きな息を吐き出すと。

「はぁ~。イシェ、確かに何もすることがなくて暇なのは分かるけど……もう、来年には大学生になる人間が、そういうのはいけないと思うわ」

 そうイシェルは起き上がると、エミルの顔をまじまじと見つめ言葉を返す。  

「エミルは真面目過ぎるんよ。たまにはええやん……それにな~。来年大学生に入る人間が、ゲームの中でだけの関係の子の為に必死になる。って言うんもおかしいと、うち思うわ~」

 その言葉にエミルはギョッと目を見開き、鋭い眼光をイシェルに向けた。

 イシェルはその殺気だった瞳にビクッと身を震わせた。

 怒りを抑えるように、肩を震わせるエミルが震える声で告げる。

「……イシェ。今の発言はこの状況下では不謹慎だわ。今はゲームも現実も関係ない。さすがのイシェでも怒るわよ?」
「違うんよ! これは咄嗟に出た失言というか、そんなんで……ごめんな~。堪忍して~」

 瞳に薄っすらと涙を浮かべながら、胸の前で手を合わせるイシェルに、エミルは「次からは気を付けてね」と優しく言った。

 先程までの殺気が嘘の様に消え、イシェルもそのエミルの様子にほっと胸を撫で下ろした。それからしばらくの間、イシェルとエミルが隣り合わせで座っている。

 のんびりとした雰囲気の中で、ふとイシェルが弱々しい声でエミルに尋ねた。   

「なぁ~、エミル。さっきの事、怒っとる……?」
「ん? ふふっ、もう気にしてないわよ」 

 エミルは不安そうな瞳を向けるイシェルにそう答えると、イシェルはにっこりと微笑んだ。

 嬉しそうに笑みを浮かべると、イシェルはエミルの肩に寄り掛かった。エミルは優しく微笑みながら、そんなイシェルの頭を撫でる。

「もう。昔からイシェは甘えん坊なんだから」
「ふふふ、それはしゃーないよ~。うちはエミルの事、大好きやからな~」

 2人の肩が触れ合い、互いに微笑み合いながら、遠くの方をずっと見つめていた。

 暖かい日差し、体を包み込むようにゆっくりと流れていく風。
 空気を吸い込んでため込んだ空気を吐き出す。空気はどこも変わらないはずだが、何故か今はとても美味しいと感じる。

 その心地のいい感覚を感じながら、エミルはうとうとし始める。

「……だめよ。こんな時に……」 
 
 抵抗したものの。数日間、気を張りっぱなしで殆ど寝れなかったエミルはすぐに夢の中へ落ちてしまう。
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