第357話 太陽を司る巨竜20

文字数 2,595文字

 エミルもそれに気が付いていたのか、星の肩に手を置いて自分を見上げる彼女に優しく言った。

「……星ちゃん。これが称賛を受けるってことなのよ? この歓声を聞いた時、今までの努力の全てが報われるの……貴女もこれから何度も受けるものよ」

 星は無言で頷くと、いつまでも自分の方を向いて『剣聖!』と歓声上げているプレイヤー達を目に焼き付けるように見つめていた。すると、それを遮るようにライラがスッと現れ。現れたライラは、星の手に握られている竜王の剣を指差す。

 星の視線は一瞬のうちに彼女が指差している竜王の剣へと向けられた。
 固有スキル『ソードマスター』を発動しているからなのか、星の手に握られている竜王の剣の刃は赤い鱗の巨竜の体を吸収してもなお、光り輝き続けていた。

 その輝く刃を指差していたライラは、星に向かって徐に口を開く。

「――その剣で空中に扉の様な四角を描いてみて頂戴」

 彼女のその言葉の意味は分からないものの、星は言われた通りに空中に大きな扉をイメージして長方形を剣で書いた。
 その直後、星の書いた長方形の金色の線の中から、激しい光が周囲に放たれた。すると瞬間、星が書いた長方形の光は消え去る。だが、その行為が何を意味しているのか分からず。星はただただ首を傾げるばかりだった……。

 彼女に宙に長方形を書くように支持したライラは、自分のコマンドを表示して口元に不敵な笑みを浮かべた。

 その顔を見た星もエミルも訝しげに眉をひそめると、ライラの口から意外な言葉が飛び出した。

「やっぱりね。これでログアウトできるようになってるわ」

 その言葉を聞いた瞬間。その場にいたエミル、イシェル、メルディウス、紅蓮が揃ってコマンドを開いてログアウトの項目を探す。

 すると、今まで消失していたログアウトの項目が復活していた。

 それを見た直後、メルディウスが両手を振り上げて天を仰ぎながら空に向かって大声で叫ぶ。

「――やっと帰れるぞおおおおおおおおおおおおッ!!」
 
 メルディウスの声が周囲に轟いた瞬間。プレイヤー達が続々とコマンドを確認して、例外なく大声を上げる。その中には嬉しさのあまりに泣き出す者までいた。
 まあ、その反応も無理もない。すでにこのゲーム世界に閉じ込められて二ヶ月以上が経過している。その間、自分のリアルの体がどうなっているかも分からない状態。

 戻ってすぐに日常生活に戻れるかどうかも分からない。リアルでは寝たきりの生活を二ヶ月も続けていたのだ――まず。筋肉はそれだけ弱体化しているだろうし、その間に固形の食事を取っていないのだから、体には相当な負担を掛けていることになる。それを取り戻す為には、多くのリハビリに時間を割かなければならず。いつ通常の生活に戻れるかの目算は立てられないだろう……。

 だが、幸いなのはゲーム内に閉じ込められていた日数が二ヶ月程度に抑えられたことだろう。これが一年や二年の年単位になっていれば、元々の筋肉量の少ない女性なんかは歩行困難に陥って歩けない者達も出てきていたかもしれない。

 それを分かっているのかいないのか、周囲からは再び『剣聖』コールが巻き起こり。先程よりも大きな称賛が星に寄せられる。

 それには星も満更でもない様子で口元に微かに笑みを浮かべている。
 すると、今度はメルディウスの隣にいた紅蓮が声高らかに宣言する。

「我々は戦いに勝ちログアウトできるようになりました! しかし、まだログアウトはしないで下さい!!」

 そう言った紅蓮の言葉に、周囲にいたプレイヤー達から動揺する声が上がった。まあ、無理もない。ログアウトできる様になったんだ――この機を逃したら次はいつログアウトできるか分からない。

 しかし、彼女の次に発した言葉で周囲は一瞬で静まり返ることとなる。

「皆さん。我々は勝利を勝ち取りました。しかし、それは同時にこのゲームと共に戦った戦友との永遠の別れを意味しています」

 静まり返った彼等は、側にいる仲間達の顔を感慨深そうに見渡していた。
 そう。この戦いが終わったということは、大規模な監禁事件に幕を下ろしたということであり。VRMMOゲーム【FREEDOM】の中に閉じ込められていたプレイヤー達が現実の世界に戻れば、全ての非難の声はこのゲームの運営の方に集中するだろう。

 そうなれば、ゲームの存続そのものが危うくなるのは言うまでもない。それをこの場にいた全員が理解しているのかもしれない。

 その雰囲気で星も察しているのか、星は周囲にいる仲間達の顔を見渡した。すると、紅蓮が声を上げて叫んだ。
 
「私達のギルドが料金を持ちます! 今日は無礼講です。皆さんも楽しんで下さい!」
 
 彼女がそう言った瞬間、他のプレイヤー達が声を上げてその提案を否定する。

「いいや! 今回は俺達の店で出させて下さいよ!」

 重鎧を纏った盾と斧を手にした男性が声を上げると、周辺からも「俺達に奢らせてくれ!」という声が次々に上がってくる。

 今回の戦闘では現役を引退して、個人で店舗を経営していたプレイヤー達も多く参加していた。
 そんなプレイヤー達まで戦線復帰しなければ、あの赤い巨竜を抑えることはできなかっただろう……いや、それでも星がいなければその進行を止めることはできなかった。

 それは彼等が一番良く分かっている。だからこそ、今回の功労者である剣聖を連れてきてくれた千代のメインギルド『THE STRONG』のメンバーにも少しでも恩返しがしたいのだろう。そうでなければ、千代の街のプレイヤー達は彼等に借りを作ったまま現実世界に戻ることになってしまう。それが彼等としては許せないのだ……。

 紅蓮は声を上げた彼等の言葉を聞いて深く頷くと「分かりました。お願いしましょう」と言葉を返す。その瞬間に、周囲から歓声が上がり。瞬く間に周囲をプレイヤー達が押し寄せ、紅蓮達の背中を押して千代の街の方へと向かって歩き出す。

 すると、星達の周りもあっという間に取り囲まれ。エミルとエリエ、カレンが瞬時に群衆と星の間に入って行く手を阻む。

 彼等は「剣聖様も是非! 是非参加して下さい!」「俺達が生き残ったのも剣聖のおかげだ参加してくれないと始まらないぜ!」と言われ、彼等の熱い意思に負けた様に星は頷く。

 直後。周囲に歓声が上がり、星を先導するようにプレイヤー達が歩き出し、星達も街へと戻って行った。
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