第296話 敵の本当の狙い7

文字数 2,616文字

 トロールは背後から押し出される形で門から引き剥がされ、バランスを崩しながらなんとか壁の前で踏み止まると、体を反転させる。どうやら、トロールは再び扉を開こうと考えているようだ――。

 体を空中で回転させ、地面に着地したメルディウスはその様子を見て叫ぶ。

「させるかよ! もう一回やるぞフィリス!」
「はっ、はい!」

 返事をした時にはすでに、メルディウスの体は動いていた。
 地面を駆けると、次々とモンスターを踏み台にして、閉まり始めた門の先にいるトロールを見据え勢い良く鎧を着たスケルトンナイトの肩を蹴り飛び掛かる。

 彼のモンスターを踏み台にしていくその芸当だけでもフィリスには衝撃なのに、それ以上に驚いたのが彼の咄嗟の判断力の早さだ。向かってくる敵の攻撃を避けながらも歩みを止めようともしない。頭で考えていたのでは決して間に合わないだろう……それはまるで武器の方から彼に道を譲っているように見えた。フィリスは今、トッププレイヤーが故に持つその力量の差を文字通り肌で感じている。

 風を切って獲物を仕留める隼の如く空を駆けるメルディウスと一体になりながら閉まりそうな門を高速ですり抜けトロールに突貫する。

 徐々に迫るトロールの体が見えたと思った時には、すでにベルセルクを構えていた。

「――さあ、もう一発だ! 今度のはさっきの比になんねぇーぞ……歯を食いしばりやがれ!!」

 彼が力を込めたのと合わせ、フィリスも全身の力を腕に込めて振り抜いた。
 ベルセルクの刃がトロールの左の首筋に当たり、凄まじい爆発により轟音と爆風を巻き起こしながらトロールは橋を越えて吹き飛ばされていく。

 咄嗟に飛ばされるトロールの体を蹴ったメルディウスは、その爆風をも利用して加速させると、閉まる直前の門から街の中へと舞い戻る。
 街の中に取り残されたモンスター達の真上をロケットの様な速さで通過して。着地後、逆手に持ち替えたベルセルクの刃を地面に突き立てて勢いを殺す。

 滑るように地面を踏みしめ、彼の周りに盛大に土煙を舞い上げる。
 っと、スルッとフィリスの体がメルディウスの腕から抜け落ちた。

 それに気付いたメルディウスは即座にベルセルクから手を離し。その右手でフィリスの左腕をしっかりと掴むと、力任せに自分の体に引き寄せてがっしりと抱きしめる。

 メルディウスがフィリスを庇うように背中から建物の壁に激突した。だが、幸いにも十分に減速できていた為、HPは左程減少せずに済んだ。

「――痛ってぇー。大丈夫か? 悪りぃな、手が滑っちまった。ああ、今は手はないから腕が……か?」 

 難しい顔をしながら首を傾げていた。

 メルディウスの胸に押し付けられていた顔を上げたフィリスは頬を赤らめ、その瞳はうっとりとしていて潤んだ瞳を向けている。

 っと、その一部始終を見ていたバロンが怒鳴り込んできた。

「おい! 人の妹に馴れ馴れしくするな! バカが移るだろうが、この脳筋野郎!!」
「――なんだと? いつも兵士達の後ろでビクビク震えているハムスターが! まだ、冬眠の時期には早いんじゃねぇーのかよ!」

 顔を真っ赤にしたバロンは、メルディウスの肩を押して彼を妹のフィリスから遠ざける。

 そして、ビシッとメルディウスに向けて人差し指を突き出すと。

「てめぇーにだけは、絶対妹はやらねぇー!!」
「ばっ、ばか! 俺はそんなつもりはねぇーよ!」
「はあ? 俺の妹が可愛くないとかふざけるなよ!」
「可愛くないとは言ってないだろうが! フィリスは可愛いさ。どこかのバカに似てなくてな!!」
「何だとコラッ! 俺に似ての間違いだろうが!」

 言い争う2人がヒートアップし、ジリジリとその距離が頭と頭が当たりそうなほど迫るが、どちらも一歩も引く気はないらしい。

 だが、そんな2人の些細な争いなど関係なく。固有スキル『ナイトメア』で召喚された漆黒の兵士達は閉ざされた扉の中に取り残されたモンスター達を凄まじい早さで駆逐していく。気が付くと、あっという間にモンスターの姿はなくなり役目を終えた漆黒の軍団も姿を消した。

 エミルは大きく強張らせていた肩から数時間ぶりに力を抜くと、安堵した様子で息を吐き出す。

「はぁ~。やっと終わったのね……」

 そう呟いて横にいた星の頭を優しく撫でる。

「それにしても。今回はお手柄だったわよ星ちゃん。あの時に早めに敵を見つけ出せなかったら、今頃街はモンスターだらけだったわ。敵も街での事件も撹乱目的だった……星ちゃんがいなかったら、街の門を開けられて今頃街の中はモンスターの大軍で埋め尽くされて大惨事だった。ありがとう!」
「いえ、私は別に何も……えっと、その。こ、この剣があったからですし……」

 頬を真っ赤に染めて恥ずかしそうにそう告げる星の手を掴むと、エミルは微笑みながら「ご褒美に何か美味しいものでもごちそうするわ」と星とフィリスに告げると、2人は嬉しそうに表情を明るくさせる。

 なおも言い争いを続けている2人をその場に残し、フィリスとエミル、星の3人は、まだ暗い夜の街へと消えていく。


 千代の街の外れにある木で作られた櫓の様な物見台――門を見下ろすことのできるその中から狼の覆面を被った男と、仮面を付けた女性がエミル達の戦いの一部始終を見つめていた。

 覆面の男は自分の覆面が潰れるのも構わず。右手で顔を覆って「ふふふっ……」と不気味な笑みを漏らしている。
 胸元と背中が大きく開いた様々な装飾品の施されたインドの踊り子が着ているような青いドレスに身を包んだ女性の方は、覆面の男の様子に全く動じることなくその様子をじっと見ている。

 だが、仲間のはずの彼女の仮面の下から見える瞳は鋭く、まるで獲物を捕らえる前の研ぎ澄まされた肉食獣の様な瞳だった。

「ふふふふっ……素晴らしい。イヴの持つエクスカリバーにはそんな仕掛けまであるとは……さすが私の敬愛する博士の用意していた装備だ! まさに無敵! 全てが合理的! 博士は完璧だ! だが……まだまだ能力が隠されているのは間違いないようだな――今日はそれが分かっただけで良しとしましょう。ですが、この私の作戦に土を付けられた事に変わりはありません。千代の皆さん……次のパーティーを楽しみにしていてくださいね。ふふふっ……アーハッハッハッハッハッハッハッ!!」

 覆面の男は不気味な高笑いを残し、隣に居た女性と空間に開いた転移用のワープホールの中に消えていった。
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