第141話 敵城の主

文字数 4,292文字

 城に潜入中のエリエ達は螺旋状の階段を昇ると、黄金の装飾が施された扉が見えてきた。
 今までの扉もない部屋とは違い。まるで王族の謁見の間に続く様な、神々しくも美しい数々の宝飾が散りばめられていた。

 だが、何より気になるのは急に美しい装飾が細部まで施されているが、だからと言って装飾だけに拘った脆弱というものなわけではなく、その扉は厚く強固なことである。
 この先には王と祀られる何かの物凄い気配というか、まだ会ったわけでもないのに重苦しい威圧感が強固な扉越しに感じ取れる……。

 それを見るなり、ミレイニの体が震え始める。

「……こ、ここって……」

 ガクガクと震える足から次第に力が抜け、崩れるようにして地面に座り込んでしまう。

 もちろん、それが何故なのかは分からない。だが、突然彼女の体を悪寒が走り。胸の奥を抉られるような殺気を感じ全身が無意識に震え脱力してしまったのである。

 怯えたように両肩を抱え地面に座り込むミレイニ。

 先程までとは明らかに違う彼女の様子に、エリエが心配した様な表情で声をかけた。

「どうしたの?」

 ミレイニはエリエの声が聞こえていないのか、怯えた様子で両肩を抱きながら念仏のように「ここはダメだし」と呟いている。その変貌ぶりに、エリエも少し不安になったのか隣を歩くサラザを見た。

 サラザはにっこりと微笑むと、エリエの肩に手を置いた。

「大丈夫よ~。エリーはその子の側に居て、私達がちょちょっと片付けるわ~」
「そうザマス! わたーし達に任せておくザマス!」

 サラザの言葉に合わせるように、孔雀マツザカが前に出る。その後ろを親指を立てたガーベラが続いていく。

 3人は扉の前に横一列に並んで立つ。

(サラザ。皆、気を付けてね……)

 エリエは地面に座り込んで両肩を抱いたまま、ガタガタと震えているミレイニを抱き寄せると、悠々と歩いて行くサラザ達を見送った。

 サラザ達はその黄金の扉を開け放つ。

 音を立てて開いた扉の中を見てサラザ達は唖然とする。
 部屋の中はまるで、外に居るのではないかと勘違いするほど明るく、その部屋を覆う壁は全てがガラス張りのようになっていた。

 部屋の至る場所には、大理石で造られた支柱が所狭しと天井まで伸びてその部屋を支えている。
 部屋の入口から中央にはかけて赤いカーペットが敷かれ、それが奥の壇上になった広間に繋がっていた。

 天井から伸びた透き通る赤いカーテンの王が座るような黄金の玉座に腰を下ろして、ワインを注がれたをグラスを手にした黒と赤のツートンカラーの重鎧を着た若い男の姿があった。

 その周りには露出の多いアラビアン風の煌びやかな衣装を身に纏った少女達が、その男を囲む様にして立っていた。

 だが、その華やかな格好とは裏腹に、その誰もが首輪によって一定の距離より動けないようにされている。彼女達のその表情は皆虚ろで生気を感じられない。

 殆どの女性プレイヤーが顔とスタイルだけで、無理やりこの場に連れて来られたのだろう。
 それを見たサラザが、相手を軽蔑する様な瞳を向け険しい表情で小さく呟く。

「随分と悪趣味な奴ね……」

 その言葉が聞こえたのか、男はしたり顔で持っていたグラスを女性に渡す。
 重そうな鎧を纏ったその体をゆっくりと起こし男は悠々と立ち上がり、腰に挿された剣を抜いた。

 その姿を見てサラザ達は表情を一変させる。
 それもそうだろう。本来建物内は武器やアイテムなどの戦闘系装備を使用できないはずなのだ。

 装備するだけはできるものの、その武器を使用することは決してできない。
 つまり、飾りとしてなら身に付けられるが、それを鞘から引き抜くことはできないということだ。もし、使用しようとすれば、視界にシステムのエラーメッセージが表示されるはず。

 男は側に居た少女を呼び付けると、背中を見せるようにして目の前に立たせた。

 少女は怯えた表情で体を震わせた次の瞬間、男は持っていた剣で少女を斬り伏せた。しかも、その動きに一瞬の躊躇いも迷いすらなかった。

 辺りに少女の悲鳴が響き渡り、背中を斬り付けられた少女は苦しげな声を上げながら地面に倒れ込む。

 本人は試し斬りのつもりなのだろう……。

 その後、数回空中で剣を振ると、ニタリと不敵な笑みを浮かべている。だが、無抵抗の人間を躊躇なく斬る姿は端から見ていて、とても気持ちがいいとは言えない。

「おい。いつまで寝ている……邪魔だ!!」 

 男は地面に倒れ込みながら、悶え苦しんでいる少女を蹴飛ばした。

 少女は転がったが首輪により近くの柱に繋がれている為、一定距離より以上は離れることができずに止まった。数回咳き込んだ後、涙が滲んだ瞳で「すみません」と掻き消えそうな声で謝罪する。

 その光景を見ていたサラザが、彼の蛮行に耐えられず叫んだ。

「ちょっとあんた!! 女の子を何だと思っているの!? 絶対に許せないわ!! あんたのそのプライドと一緒に、下に付いたぼっきれも叩き潰してあげる!!」

 サラザはコマンドから武器を取り出す。思った通り、この場所では武器の使用が許可されているらしい。視界にもエラーメッセージの表示も出ない。
 今まで装備を使えなかった鬱憤と男への怒りを表すように手に持ったバーベルを回転させ、サラザはそれを地面に突き立てた。

 その隣に付いてトンファーを構えるガーベラも、激昂した様子で男を睨んでいる。

「あんな男。絶対許せない……女の敵め!」
「そのとーりザマス! わたーし達で天誅を下してやるザマス!」

 憤る3人のオカマの鋭い視線に、男は余裕な表情で不気味な笑みを浮かべる。
 戦況的には圧倒的に不利なはず。にも拘わらずあの余裕な表情を浮かべているということは、また近くに居る少女達を盾にでもするつもりかもしれない。

 先制攻撃を仕掛けようにも敵が少女達の近くにいる間は、サラザ達は手が出せないと思われたその直後、突如として孔雀マツザカが音を立てて地面に倒れた。

 孔雀マツザカの背中には男が持っていた剣が突き刺さっている。

 咄嗟に前を向くと、王座の前に居たはずの男の姿もない。

「うおおおおおおおおッ!!」

 咄嗟にサラザがバーベルを振り回した。

 その隙にガーベラが倒れている孔雀マツザカの背中から剣を抜くと、遠くに放り投げる。すると、姿を消していた男が再び玉座の前に立っていた。

 が、今度は近くに立っていた少女の首に腕を回し首筋に短剣を突き付けたまま、震える少女を余所にニタッと不敵な笑みを浮かべていた。それはまるで、サラザ達に向かって来れるなら来てみろと言わんばかりに……。

「……ちくしょう。舐めやがって……」

 ガーベラは横たわる孔雀マツザカを見て歯を噛みしめ、トンファーを構えると固有スキルを発動する。

「うおおおおおおッ!! リミッターブースト!!」

 そう叫んだ直後。ガーベラの体が赤く輝きを放つ。

 ガーベラは刹那の速さで男に目掛けて移動すると、トンファーを振り抜いた。しかし、その攻撃はまるで蜃気楼を切り裂くようにして、そこに居たはずの男は姿を消す。

「なにっ!?」

 ガーベラは慌てて男の姿を探した。

 だが、辺りにある大理石の支柱のせいで死角が多く、男を見つけるのが相当困難だ。
 その直後、支柱の一本から月明かりに照らされ男の影が差した。その一瞬を見逃すことなく、その支柱ごとガーベラのトンファーが粉砕する。

「これで、さすがの奴も……ぐッ! な、なに……?」

 ガーベラは腹部に痛みを感じ、視線を落とす。

 そこには、さっきまで男の持っていたはずの細い短剣が刺さっていた。しかし、彼の姿どころか短剣を投げたその一瞬ですらガーベラには感じ取れなかった。

 スピードで遥かに上回る相手であれ、肉体強化系の固有スキルで痕跡すら追えないとは考え難い。

 崩れる様に、その場に倒れたガーベラが自分のHPバーを見ると麻痺の表示が出ていた。
 回復アイテムが使えないPVPで毒などの異常状態は致命的。しかも体の自由を奪う麻痺となればもう勝負は決まったも当然。

「くッ……やられた。一瞬でこれだけの動きを見せるとは……」

 地面に伏せるガーベラの隣に立ち、不敵な笑みを浮かべている男にサラザが襲い掛かる。
 瞬時に2人をやられ激昂していたサラザは我を忘れ、バーベルを振り回しながら飛び掛かった。

 だが、やはり男の姿は影の様に消えてしまう。それが男の固有スキルによるものなのは分かる。しかし、それがどういう効果のスキルなのか分からないことには対応しようがない。

 憤っていたが、今のサラザは冷静だった。怒りが強くなればなるほど、内では冷静さが増していくような気がした。

 サラザは難しい表情のまま、固有スキル『ビルドアップ』を発動する。直後、全身から金色のオーラが勢い良く吹き出す。

『ビルドアップ』は己のステータスを大幅に上げる技。だが、攻撃を当てられなければいくらステータスを上げようが意味はない。

 そんなスキルを、今発動する理由は一つ。相手に攻め難い状態を作る以外にはない。要は時間稼ぎだ――サラザの固有スキル『ビルドアップ』は全身から金色のオーラを放つ。見た目が派手なスキルだからこそ、相手はどんなスキルなのか警戒もしないで早急に突っ込んでくるとは考え難い。

 相手が手をこまねいている間に、男のスキルに対して何らかの打開策を思案することができる。

 サラザは自分の視界に映る姿を見ながらも、今まさに発動されているであろうスキルの正体を見破ろうと目を見開く。

(視界には入っているのに攻撃が当たらない。これで考えられる要因は2つ――己の幻影を作り出す技か、当たる直前で超高速で移動しているか……)

 サラザはじっと動きを止めて、考えを巡らせているところに男の声が響いた。

「どうした! スキルを使ったものの。この俺が怖くて攻撃できないってか!?」
「……なら。あなたから攻撃してきたらどうかしら~?」
「フン! その手には乗るか! お前のスキルは、広範囲系のスキルかカウンター系のスキルなのは、見れば誰でも分かる!」

 サラザの読んだ通り。サラザのスキルをいい意味で、彼は勘違いしてくれているようだ――このことから、こちらが下手に攻撃を仕掛けなければ、相手が下手に攻撃してくることはないだろう。

 しばらくは、じっくりと相手のスキルを観察することができそうだ――。

 じっと相手の動きを見ていたサラザはあることに気付く。
 
 相手が移動する瞬間、一瞬だが男の姿がぼやけるように見える。
 っとその時、男はガーベラが粉砕した支柱の破片を手に持ってサラザに投げつけてきた。
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