第355話 太陽を司る巨竜18

文字数 3,372文字

 そして彼女が徐に口を開く……。

「――実はな~。戦闘中にあの女を見つけて追跡してたんよ~」

 いつものように人をかわすようなやんわりとした口調の関西弁で話すイシェル。

 納得した様子でエミルもそれに「なるほどね」と相槌を打つ。
 そういえば、戦闘の途中にイシェルの姿が見えなくなった気はエミルもしていた。それをイシェルの今の言葉が全て説明してくれた。

 イシェルはエミルとライラが犬猿の仲なのを知っている。しかも、エミルとイシェルは現実世界でもやり取りがある。それも普通の知り合いではなく、長い付き合いの中で培われた信頼関係的なものを、今までの二人から感じることができる。

 そんなイシェルにとって、エミルに敵意を向けられているライラは、彼女にとっても『敵』というわけだ――赤い鱗の巨竜の戦線を離脱してまでライラのことを追っていたのは、イシェルにとってのライラへ対する敵意はそれほどまで強いということを意味している。

「……あら、この程度の奇襲で死んだと思われるとは侵害だわー」

 会話をしていた2人の耳に消えたはずのライラの声が飛び込んできた。

 その声に反応して瞬時に戦闘モードに突入した2人は、鋭い瞳で剣と弓を構えている。
 完全に敵対の意思を示す彼女達に、ライラは呆れた様子でため息を漏らすと両手を上げて徐に言葉を発した。

「――少し悪戯が過ぎたわね……ごめんなさい。今日は戦いに来たわけじゃないのよ。そこに転がっている巨竜をなんとかしにきた――そう言えば分かるかしら?」

 彼女の言葉に訝しげな瞳を向ける2人を見て、次に視線を向けたのはエミルの背中に隠れている星の方だった。

 その視線を感じてビクッと体を震わせる星に、エミルはライラの向ける視線を遮るように体を移動させる。

「また、星ちゃんに何かするつもりなの? それなら、ここで斬り捨てる! 以前の私と同じだと思わないことね!」

 そう言ったエミルは二本目の剣を引き抜いて構えると、鋭い眼光を飛ばしながらライラを威嚇する。

 困り顔のライラが警戒の強まったエミルとイシェルに告げた。

「はぁ……あのね、私は仕事でやってるの。それに、その子に手を出したら、その子の怖いお姉さんに一瞬で殺されてしまうわ……こんな終盤でNPCを操作しても意味ないし。それに、その子も自分の姉の話を聞きたいんじゃない?」

 ライラの言葉に興味を示したのは星だった……。

「……おねえちゃんの事を知っているんですか?」

 エミルの後ろに隠れていた星は警戒しながらも、ひょっこりと顔を出して彼女に尋ねる。
 まあ、無理もない。星からすれば、自分に姉がいることすら母親に教えてもらっていなかった。母子家庭で育った星には、家族というものが母親しかいない。いや、いないと思っていた。

 にもかかわらず。未だ星にはその彼女の情報が圧倒的に足りないのだ――それを目の前にちらつかされれば、飛び付かずにはいられない。

 それを見透かしているのか、ライラはほくそ笑みながら頷く。
 さすがにこれにはエミルも間に入って止めるわけにはいかない。実際に星の姉を名乗る女の子に彼女も会っている。そうでなくとも、この会話に割り込めるのは星の家族以外にはいないだろう。

 だが、そんな星も姉を名乗る女の子に突如攻撃され、あまりいいイメージはないはずなのだ。
 彼女と星の出会いは、まさに最悪だった……しかし、それを理由に姉を名乗る彼女への興味を断ち切れるわけはない。

 星にとって、姉が好意的じゃないことは理由にならない。星にとって、関わる人間の殆どが好意的ではない。父親がいないということは、クラスの親からしたらさほど問題はなかったのだが、星の場合は特殊で、母親も仕事で殆ど行事にも参加していない。

 子供と親とは切っても切れない存在であり、親の交流から友達ができることも珍しくはない。だが、星にはそれはありえないことだ。

 いじめを受ける前も、それほど友好な関係を気付いていた友達は多くはなかった。
 いや、とどめをさしたのは子供の中ではなく、親同士の交流だったかもしれない。なんと言っても、授業参観はもとより、運動会のような小学校でもメインイベントと呼べるものにも参加しない。

 最初は星を哀れんでくれる親もいたが、そんな状況が長く続けば続くほど周囲からは気味悪く思われるものだ――。

 しかも、小学校は学区で別れており、そこに通う子供達も幼稚園や保育園から繰り上がるのが殆どだろう。小学校に上る前にすでに父親がいないことも母親が淡白な性格なのも分かられている。

 親も交流しなければ、子供も内向的で自己主張の少ない暗い性格だ。挨拶をすれば返すが、自分から進んで挨拶をしようとは星もしていなかった……周囲が腫れ物に触るように自分を避けていたのが分かっていたからだが、しかしその反応が逆に、他の親から見たら愛想が悪いということは常識がないと思われたのだろう。

 人は皆、自分の悪いところよりも他人の悪いところを見るもの。その為、星が周囲から無視されるのにそれほど時間は掛からなかった……。

 そんな星に好意を持って接するものは現実世界にはもういない。ハードが高額なこともあり、子供のプレイヤーが少ない為に、常に好意を向けられているこの世界と、現実の世界とでは天と地ほどの落差がある。

 どちらも経験している星にとっては、敵意を向けてくる女の子がたまたま自分の姉だった……という、それだけの話なのだ――。

 真剣な顔で興味を示す星に、ライラが話し始めた。

「知ってるわ。貴女のお姉さんは、このゲームシステムの中に投影されている記憶でしかない。そして、もしもシステムをジャックされた場合システムの全権を握るもう一人のゲームマスター。貴女が人を制御できるゲームマスターなら、彼女はシステムを制御できるゲームマスターなの。その名は『ユエ』よ」

 ライラは星の驚いた様な反応を見ると、再び話し出す。

「彼女は私達が開発したシステムではなく、その前の大空融博士が構築させたものなの。そして、今回のシステムジャックは私達のシステムの外、彼の助手だった男。安藤文則によって引き起こされた……大空博士はシステムをハックされ、システムジャックされる事まで想定に入れてユエをシステムからあえて切り離し、プレイヤーとしてこの世界に残した……プレイヤーデータは他に保管されていて、その詳細はユエしか知らない。だから私達は妹である貴女とユエ。もしくは安藤文則とユエが接触するのを待っていた。最も近い場所で、貴方達の情報を安藤文則に若干リークさせてね……」

 そのライラの話を聞いてエミルが目を見開くと、突如地面を蹴って一瞬のうちに斬り掛かった。

 ライラはそれを予想していた様子で、立っていたその場からスッと姿を消すと次の瞬間には別の場所へと現れた。

「――落ち着きなさい。エミル」
「落ち着けるわけないでしょ!! 貴女が……貴女のせいでどれだけ多くのプレイヤーが消えたか分かってるの!? ……やっぱり貴女はここで」 
 
 両手に持った剣を構えるエミルに、今度はライラが声を荒らげて叫んだ。

「だから言ったのよ! 私は何度も言ったわ。貴女にもマスターにも! でも、貴女達はその子を前面に押し出して戦わなかった! もし、その子を有効に活用すれば、もっと早くユエを引きずり出して戦いを早く終わらせられた! 貴女の言う犠牲は、私のせいではなくその子を犠牲にしたくないという貴女達の偽善によって引き起こされた惨事だと言うことよ!!」

 憤って叫んだライラの言葉に、エミルは一瞬眉をひそめたがすぐに言葉を返した。

「貴女の言葉は正しいのかもしれない……でも、だからって星ちゃんを犠牲にして終わらせるのは……いえ、一人を犠牲に全員を救えたとしても、それを選択するのは善ではなく悪でしかないわ! どんな理由があってもやっていいことではない!!」

 憤るライラにエミルが叫んだ。その声に星とイシェルも驚いた様子でエミルの方を見ている。
 
「……まあ、そうかもしれないわね」

 そう呟いたライラは剣を構えているエミルの方にゆっくりと歩いて来ると、指を宙で動かして何かを取り出す。

 すると、目の前に一本の鞘に入っている剣が現れ、その鞘を掴んだ彼女が剣の柄をエミルの方へと向けた。
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