第137話 もう一人のドラゴン使い2

文字数 5,170文字

 ライトアーマードラゴンは素早く反応し、その攻撃をかわす。だが、その咄嗟の回避行動にエミルの手からヒールストーンが転がり落ちる。

「しまっ――」  
「でかしたぞファーブニル! 回復する隙など与えない!」

 漆黒の巨竜の攻撃でバランスを崩したエミルのライトアーマードラゴンへ影虎を乗せたドラゴンが襲い掛かる。

 エミルは右肩を狙うハルバードの刃を辛うじて剣でやり過ごすと手綱を握り直し、ライトアーマードラゴンの体制を立て直す。だが、戦況は圧倒的に不利なことに変わりなく、このまま長引けばこの戦闘はエミルが確実に負ける。

 HP回復のアドバンテージもそうだが、一番は武器とドラゴンの違いが大きい。
 まずドラゴンだが、影虎の小さい黒竜の方が直線速度と旋回性能が本当に僅かだが高い。

 エミルの方がドラゴンの操縦技術が高ければ大した差にはならないのだが、操る技術がほぼ互角となればドラゴンのスペックの差が必然的に大きくなってしまう。

 武器の方はエミルはクレイモア。対する影虎は長めのハルバードを使っている。

 激突してエミルが左肩、影虎は右腕と負傷した場所から分かるように、ハルバードの方が圧倒的に長く、激突の瞬間に攻撃を避けるように身を捻って彼の右腕にやっと攻撃を当てたエミルとは違い。彼は体制を崩すことなく打ち出した得物でエミルの左肩を捉えていた。

 フリーダムには互いにフェアな状態にする為、武器のリーチが短いほど攻撃力を高く調整するシステムが入っていた。
 リーチ差によりダメージはエミルの攻撃の方が大きいのだが、攻撃によるダメージを彼が即座に回復してしまうこの状況では、あまり意味をなさない。

 地上での戦いならば、立ち回り次第でなんとかなるが、ドラゴンの上での空中戦では一撃離脱の戦法になってしまう。そうなると、どうしてもリーチが長い方が圧倒的に優位になるのは言うまでもない。

 エミルの持っている武器で最も長いのが今使っているクレイモアである以上。このクレイモアでなんとかやり合うしかない。だが、この武器ではこの様な空中戦闘は向かない。なんとか距離を詰めて、接近戦に持ち込むしか……。

 しかし、この武器の選択になるのは、彼女の戦闘スタイルが地上戦を想定しているからである。
 何故なら、本来フリーダムでは飛行スキルというものが殆どないに等しい。そんなイレギュラーの為に、わざわざアイテムを圧縮する装備を入れておく必要がないのだ。

 ドラゴンはこのゲームの中でも最強クラスのモンスターに分類されていて。しかも、飛行能力を持つだけではなく、その速度も非常に速い為、脅威となるモンスターは少ない。
 その中でもエミルの『ドラゴンテイマー』はレア度を意味するランクではSクラス以上に含まれていて、これは非常に稀なスキルだということだ。

 固有スキルはゲーム起動時点でランダムに選択され、再取得はできない仕様になっていた。だからこそ、このフリーダムというゲームが爆発的にヒットした要因にもなっている。

 VRMMOという全く新しいジャンルにして高いゲーム性。プレイヤーに依存した戦闘能力。多彩なモンスターなど上げればきりがないのだが、その中でも固有スキルは基本スキルを除けば、初期状態で唯一使用できるスキルと言っていい。

 プレイすればするほど、その固有スキルの重要性に気が付き再度ハードを購入する。また、既存のデータは更新データに移設可能な為、固有スキルだけが変更されるのだ。

 固有スキルをゲーム内ではいかなる方法でも再取得はできないが、新たにハードを買い換えれば固有スキルを除いた全データを上書きにより変更できるという矛盾。

 本人認証登録制のソフト内蔵型ハードウェアだからこそ転売される危険もなく、メーカー製の正規のハードを購入しなければならない。
 他のゲームでは禁止されているRMTを許可し、ゲーム内通貨をリアルマネーへと変換することで購入時の負担を軽減することも可能だ。

 勿論購入する者は、皆フリーダムのヘヴィーユーザーなのだから取り逃がす心配もない。
 こういうユーザーがいい固有スキルが出るまで何度でも購入する為、ハードの売り上げランキングでは常に上位をキープしている。

 何度も言うが、これはソフトではない。ゲーム機なのだ!ソフトの売上ランキングは変動しやすいがハードは違う。RMTシステムが海外にも受けて、全世界規模にまで拡大したのである。

 話は逸れたが、高レベルプレイヤーであるエミルも長くこのゲームをプレイしているが、飛行スキルの敵との戦闘は数えるほどしかない。
 なおかつ、同じ固有スキルを持つプレイヤーとの戦闘は今回が初なのだ――今までの戦闘は殆どがライトアーマードラゴンのスピードを活かした初撃必殺で終わっていた。

 それも同じドラゴン使いとの戦闘は、これが初めてだ――だが、影虎は違う。彼はおそらく。エミルがドラゴンテイマーであることを、だいぶ前から知っていただろう……。

 だが、それは普段から隠れて監視していたストーカーだからとかではなく。単に、彼女がこの世界では有名人だったからだ。

 彼女の『白い閃光』という通名を知っていたのも、それが理由だろう。
 そんな彼女に対応すべく。敵視していた影虎は、ドラゴン同士の戦闘を視野に入れ、普通のハルバードよりも長い今の得物を手に入れたと考えられる。彼女に標的を絞って、確実にエミルを倒す為に……。

 エミルは必死に速度を上げ影虎を振り切ろうと試みるが、やはり彼を乗せた黒竜が徐々に差を詰めてくる。

(……このままじゃ逃げきれない! 星ちゃんを助けないといけないのに!!)

 手綱を握るエミルに、明らかに焦りの色が見え始めていた。
 後ろから猛追してくる影虎にもう一度、不意打ちを仕掛けたくても。一度やっていることを、もう一度行うのには空中ではリスクが高過ぎる。

 それはそうだろう。不意打ちとは不意にやるから意味があるものであって、何度も仕掛けるのは不意打ちではない。
 相手もエミルがドラゴンから離れ、攻撃をしてくるしかないと分かっているだろう。もしも、次にハルバードで体ごと強く横に弾かれれば、最悪の場合は地面に叩きつけられて即死だ――。
  
 だが、このまま逃げ回っていても攻撃しなければいずれ追いつかれ、後ろから月明かりを受けて不気味に輝くあのハルバードの餌食になる。

 チラチラと後ろを振り返りながら、エミルは思考を回す。

(どうする? 怖い、気持ち悪い、なんて言っていられないわ! あの人と戦う理由もない。ここは、この戦いがお互いに利がないと説得できれば……向こうも引き下がるはず。でも……)

 高速で蛇行しながら飛ぶエミルを、影虎が必死に追いすがってくる。やはり、空中で相手を引き剥がすのは不可能。残る方法は1つしかない……。

 考えるのは簡単だが、この状況で実行に移すとなるとそう容易なことではないが。かと言って、このままではいずれ追いつかれてしまう結果に変わりはない。
  
 高速で移動している為、武器と手綱で両手が塞がっている。これではコマンドを操作することもできない。一番の問題はこの状況で、どうやって相手に自分の意思を伝えるかだ……。

(とりあえず、向かい合わないと……空中では無理ね。なら地上で……それなら、戦闘になってもあの長い得物も役に立たないし。何より向い合って敵の動きを観察しながら話ができる!)

 エミルは確信したように頷くと生唾を呑み込む。すると、突如として急降下を開始した。 
 すると、それを追い掛けるように、影虎も急降下を開始する。徐々に地面が迫る中、エミルはぎりぎりまで惹きつける。

 どうして地面ギリギリまで惹きつけるのか……それには明確な意図があった。
 もし。今ここでエミルが減速し水平飛行をすれば、後を追っている影虎がそれに合わせて襲い掛かって来るだろう。

 そうなれば、勝敗が決してしまう。せっかくここまで来て、星を救出にいけなくなる。だからこそ、今ここで臆病風に吹かれるわけにはいかない。地面にぶつかる前に何としても、影虎に先に諦めてもらうしかないのだ。

 言うなればこれは、どちらが先に地面に衝突する恐怖で離脱するかのチキンレースだ――地面が迫るのと比例して、心臓の鼓動が高鳴り感覚が研ぎ澄まされ風切音がさっきよりも大きく感じる。   

 今のエミルを突き動かすのは、亡き妹との約束を果たして星をもう一度この手で抱き締めることのみ――。

 残り10mというところで星の顔が頭を過りエミルは瞼を閉じると、慌てて手綱を引いてライトアーマードラゴンの加速を止めた。

 水平飛行に切り替わったエミルを、待ち構えたように影虎のドラゴンが突撃を掛ける。

「この臆病者がッ!!」
「――くっ!!」
(……やられる!)

 その咆哮を聞いて、エミルが『やられる!』と目を瞑ったまま手綱を強く握り締めた。すると、エミルの体がスッと横に傾く。

 っとその直後、爆音と共に辺りに物凄い土煙が上がった。それは彼のドラゴンが地面に激突したからに他ならない。

「……えっ?」

 エミルが目を開けると、そこには大きな窪みが地面にできていた。その上で翼をはためかせながら、ライトアーマードラゴンが静止している。

 影虎が突撃する瞬間。ライトアーマードラゴンが咄嗟に機転を利かせ、横に避けたのだ。

 エミルはほっと胸を撫で下ろしながら、感謝の気持ちを込めてその青い体を優しく撫でた。

 地面に降り立ったエミルが、土煙を上げている場所を見据えて剣を構える。

(……飛び出してくるか、それとも気を失って伸びているのか……)

 エミルは全神経を集中し、土煙の立ち込める場所を静観した。するとその直後、土煙の中から長刀を持った影虎が飛び出してきた。ハッとしながらも、エミルが咄嗟にクレイモアで攻撃を受け止める。

 エミルの目の前には、土を頭から被った影虎が鬼の様な形相で長刀を握っている。

「……良くもやりやがったな。人が突撃をしている最中にかわすとは卑怯な奴!!」
「なに言ってるのよ! それは、地面にぶつかる前に離れない貴方がいけないんでしょ!?」

 エミルはクレイモアに力任せに長刀を押し付け、血走った目で顔を寄せてくる影虎にそう言い返す。
 彼女の冷静なツッコミに影虎は「うるさい!」と叫ぶと、強引に長刀を振り抜いてエミルを体ごと吹き飛ばした。

 地面を踏み締め上手く体制を整え直すエミルに、影虎が空かさず頭上に掲げた長刀を振り下ろす。

 エミルはその攻撃を剣で払うと、影虎の刀身が地面に突き刺さり彼の動きが止まった。それを見て即座に後ろに数回跳んで、距離を取ったエミルが声を上げる。

「ちょっと! 私の話を聞いて!」
「うるさい! 逃げた挙げ句に俺を地面にぶつけるような。そんな卑怯者の言葉など聞く耳持たん!」
「なっ! 貴方が一方的に襲い掛かってきたんでしょ!?」
「問答無用!!」

 そう叫ぶと、怒り心頭と言った様子の彼は地面から長刀を引き抜き、再び斬り掛かってくる。

 ただ怒りに身を任せてがむしゃらに刀を振るう影虎とは対照的に、エミルはその攻撃を剣で軽くいなしながら言葉を続けた。

「私の話を聞いて! 今は仲間を助けないと……こんな事している場合じゃないのよ!!」 

 その言葉を聞いて、一瞬だけ彼の動きが止まる。 

 影虎は刀を下ろし、俯き加減にブツブツと独り言を呟いている。

 っと突如として、影虎が声を荒らげた。
 
「うちの一族との因縁をこんなの呼ばわりか……許さん。絶対に許さんぞ! 北条!!」

 物凄い形相で突然怒り出し、長刀を構え直す影虎。
 
「だから違うって言ってるのに! 人の話を最後まで――」
「――うるさい! 貴様等北条の逃げの一手の戦術で、我が先祖『上杉謙信』の華麗なる戦歴に傷を付けたのをもう忘れたか!!」
「知らないわよ! そんな大昔の話!!」

 即座にエミルが叫ぶと、怒り狂う影虎が再び斬り掛かってきた。
 上段から振り下ろされる剣撃をエミルは咄嗟に横に跳んでかわすと素早く剣を構え直す。

 激昂している様に見えて、彼の振り回す長刀は的確にエミルの苦手としている守りの薄い部分を狙って打ち出してくる。
 剣術ではエミルよりも彼の方に分があるのだろう。その寸分の狂いもない太刀筋に、さすがのエミルもバランスを崩される。

「しまっ……」

 ふいに体制を崩しよろけたエミルの頭上を紙一重で、彼の振り抜いた長刀の刃が通過していく。
 攻撃が外れたと分かると影虎は直ぐ様、長刀を構え直し飛び掛ってくる。

 エミルはその攻撃をクレイモアで何とか防ぐ。

「――くッ……重い」

 影虎の一撃は思いのほか重く。

 エミルはクレイモアで影虎の長刀を受けながら、その重さを支えきれずに堪らず地面に膝を突いた。
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