第66話 ファンタジー6

文字数 4,274文字

 星達は森の中を、そこに生息するモンスターなどを観察しながら更に奥へと進んでいく。
 しかし、森の中は予想以上に入り組んでいてどこまで行っても同じ景色に思えてしまう。その理由はドリームフォレストの至る場所に生息し、縦横無尽に動き回る木が原因だ――。

 ドリームフォレストには、指定された時間でフィールド内を動き回る固有の地形型のモンスターがいる。
 それはいかなる攻撃でも撃破できず。意図的に移動させることもできない為、別名『迷いの森』とも呼ばれていた。

 辺りを根で歩くように動く巨大な木に囲まれ、星は不安そうにエミルを見上げて震える声で尋ねた。

「エミルさん。さっきから迷っているように見えるんですけど……」

 星の言う通り。エミル達は広大な森の中で、今まさに道に迷っていた。いや、迷っていた……っというよりも、迷わされているという方が正しいかもしれない。

 本来、ドリームフォレストの木々は、決められた一本の正規のルートには入ることはできない。
 それは、ランダムで動かれたらマップに木がある場所とそうでない場所でムラが出てしまうということと、本当に迷ってしまう危険性があるからだ。

 ゲームである以上は、楽しくプレイしてもらわなければ意味がない。木が動き回るのも、ゲーム演出の一部ということだ――。

 もし、富士の樹海の様に一度入ったら出られないマップがあるとして、そこを本当に楽しめるか?という疑問は拭いきれないだろう。

 エミルは不安気な星に笑みを見せた。

「ええ、そうね……」
(ここの植物は時間でしか移動しないはず。これはちょっと変ね……まるで私達をどこかに誘導しているような……でも、これは星ちゃんには感付かれないようにしないと)

 だが、エミルは頭の中では混乱を隠しきれなかった。悟られないように、微笑みながら星の頭を優しく撫でた。

 星は安心したのか、ほっとしたように大きく息を吐いて、微笑み返している。その時、デイビッドの声が聞こえてきた。

「おい、エミル。何かおかしいぞ? 前来た時は、ここら辺にも妖精達の姿があったはずなのだが、妖精どころか他の幻想種の姿も見えない」

 デイビッドの言う幻想種とは、童話に出てくるような特殊な動物や妖精、小人のことである。
 道中にも妖精や動物、小さいおじさんなど、様々な幻想種と遭遇していたのだが、奥に進むにつれて、今までは出会っていた彼らの姿も全く見えなくなっていたのだ。

 その異変には他のメンバー達も気が付いていたらしく、小さな声で近くの者同士で話をしている。

「さっきから、俺も嫌な感じがするんですよね。なんだか、誰かに見られてるような感じが……」
「あら奇遇ね~。私の筋肉達もさっきからピクピクして仕方ないのよ~」
「いや、それはちがう思うんやけど……」

 カレンとサラザが話している内容を聞いて、イシェルは顔を引きつらせていた。その直後、エリエが鞘からレイピアを抜くと、森の一点を見つめて険しい表情になる。

 そんなエリエを見て、デイビッドも鞘に収められていた刀を勢い良く引き抜いた。
 険しい表情で、森の一点を見ていたデイビッドが叫んだ。

「お前達も戦闘の準備をしろ……すぐにくるぞ?」
「了解です!」

 デイビッドの言葉に答えるように、カレンはガントレットを装備した。 

「……そうやね。うちも着替えとかなあかんな~」

 イシェルもそう口にしてコマンドを操作すると、次の瞬間。イシェルの姿が巫女服へと変わった。

 その手には剣などの装備はなく、代りに棒に小さな鈴がたくさん付いた道具を持っている。それは神社などで巫女さんが舞に使う道具――神楽鈴と呼ばれる道具だ。

(――なんだろう。あんな武器はじめて見た……)

 星がイシェルのことを見ていると、エミルの声が響いた。

 慌てて森の方を見るが、星の目には敵の姿は確認できない。

「敵にターゲットされた!」
「……えっ?」

 星が状況の変化に対応できずにきょとんとしていると、その前にレイニールが立ちはだかった。

 その直後、レイニールが大声で咆哮を上げる。

「我輩がいる間は、主はやらせんぞ!!」 
「――だめよ! ここのモンスターは森に生息しないモンスターの気配に集まって来ちゃうの! レイニールちゃんが攻撃すると、敵を呼んじゃうから。星ちゃんと私の後ろに隠れてて!」
「は、はい! レイ。こっちに……」

 掛かって来いと言わんばかりに息巻いて、空中で浮遊している目の前のレイニールを抱きかかえると言われた通り、星はエミルの後ろに隠れた。

 エミルは素直に後ろに隠れた星の頭の上に手を置くと優しく微笑んだ。

「ふふっ、いい子ね……」

 その後、エミルは辺りを注意深く観察する。

(おかしい。気配は感じるものの、敵の姿が一向に見えない……)

 エミルは敵が見えないことに内心焦りながらも、自分の後ろで身を寄せ不安そうな表情のまま辺りをきょろきょろと見ている星を見て、深呼吸して冷静さを取り戻す。

 それは、年下の星がいる前で動揺などできない。っというエミルのプライドの様なものなのかもしれない。

(私がしっかりしないとダメね。敵が見えないのなら……)

 エミルは冷静に視界右上に表示されたマップに目をやった。

 すると、マップ上で少し離れた場所に木の密集していない広い場所ができているのを確認した。その直後、エミルが仲間達に向かって大声で叫ぶ。

「皆! 敵を目視できない以上。こっちから打って出てはダメよ! 近くに木の間に広い場所がある。ここは、まとまってそこまで移動する方がいいわ!」
『了解!』

 その声に全員が返すと、互いが互いの背中を守りつつ。エミルの言ったそのポイントまで移動を始めた。
 しかし、目的のポイントに着いても。敵は時折ゴソゴソと音を立てるものの、物陰に隠れたまま一向に襲い掛かってくる気配はない。

 さすがに業を煮やしたのか、エミルが驚きの声を上げる。

「どうして? まるで襲ってくる気配がないじゃない! これじゃまるで――」
「――うん。誰かに操られてるよう……やね!」
 
 エミルが話し終わる前に、イシェルがそう言ってエミルを押し退けるようにして前に出た。

 イシェルのその行動に、少し驚いた様子で目を丸くしていると、彼女はエミルに静かに言葉を続けた。

「――エミル……ここはうちに任せてもらってええ?」
「えっ? でも……」
「うちは、コケにされるんが一番嫌いなんよ……」

 エミルは普段のおっとりした彼女とは違うその雰囲気に圧倒され、それ以上口を開くことができなかった。

 イシェルは単身で木陰に向かってゆっくりと進んでいくと、しばらくして物陰から黒い塊が無数に彼女に襲い掛かってきた。それを見た瞬間、出てきたモンスターを指差してカレンが声を上げる。

「あの黒い体に赤い瞳――あれは間違いない。インプだ!」

 子供の様な身長で茶色い肌に額には短い角、赤く光る瞳、背中には小さな羽の様な物が付いてる。

 その数は多く、ざっと見積もっても30体以上はいるように見える。

 インプは人と比べると大きさはそれほど大きくなく、背丈は腰くらいの高さしかないが、その分スピードは速く。集団で行動する上に、隠密行動にも長けている種でもある。しかし、イシェルは一斉に襲い掛かるインプに全く物怖じせず。

「――まあまあ、そないぎょうさん出てきはって……いらちなんはかまへん。けど……今のうちは加減できひんよ? 堪忍しとくれやす……」

 イシェルが低い声でそう呟くように言うと、襲い掛かったインプ達の体が空中で止まった。

 止まったというより何かに阻まれ、それ以上は前に進めないと言った感じだ。

「――これでしまいや……ほな、さいなら……」

 神楽鈴を前に突き出すと、冷酷な視線をインプ達に向ける。
 イシェルの持っていた神楽鈴が、チリンチリンと音を立てた直後。空中で制止していたはずのインプ達の体がばらばらに切断され、肉片が一瞬でキラキラと輝き空に吸い込まれるように消えていった。

 一方的なイシェルの戦闘の様子を見ていた星がぼそっと呟く。

「……すごい。これがイシェルさんの能力なんだ……」

 目を皿のようにしている星の肩の上にぽんと手が乗った。それに驚いた様子で、星が視線を向けた先にはエミルの姿があった。

 エミルは微笑みを浮かべ、星の疑問に答えるように徐ろに口を開く。

「――そうよ。あれがイシェの固有スキルの力。あの子のスキルは、衝撃波を作り出すものなの」
「……しょうげきは?」

 彼女の話を聞いて、星はそう聞き返しながら首を傾げた。

 まあ、小学生の女子に衝撃波と言っても、今一つピンと来ないものがあるのだろう。

 エミルは少し首を傾げて「うーん」と考える素振りを見せると。

「ああ、簡単に説明するとお風呂に入った時に出る波紋を、動かなくても体の周りから全体に出せるってこと。まあ、イシェの起こしているのは空気でだけどね!」
「なるほど……って、それってすごくないですか!?」

 星は更に驚いた様子でエミルの顔を見上げる。

 エミルはそんな星に微笑んでていると、ふと星はあることに気が付く。

「でもモンスターばらばらでしたよ? それも衝撃波?」
「えっと……強い衝撃波にはそれぐらいの力があるって事なのよ!」

 エミルが人差し指を立てて、自信なさげにそう言い放つと、そこに戦いを終えたイシェルが大きなため息をつきながら戻ってきた。

「はぁー、エミル。いい加減な事教えたらあかんよ?」
「――えっ? 違うの!?」
「全然ちゃうよ。だいち、うちの力は敵を弾き返すくらいが精一杯やねん。せやけど、それを変えてくれんのがこれなんよ!」

 イシェルは2人の目の前に持っていた神楽鈴を突き出した。
 木の棒の周りに小さな鈴が数多く付いたそれを、2人に向けて見せる。

 2人は不思議そうにその見慣れない道具を見つめている。

「ふふっ。音ってのは、空気を振動させることで相手に聞こえるんよ。そして振動させた空気の中には細かい波ができる。その波を薄く小刻みに高速で打ち出してやることで、空気の刃を作り出し。敵を切り刻むことができるっていうんが、この技の仕掛けなんよ! 名付けて。かまいたち!!」
「――なるほど『かまいたち』凄い技だわ……って、そのままじゃないの!」
「あははっ、シンプルイズベストや~」
「シンプル過ぎるわよ!」

 2人が言い争っているのを見て、星は思わず笑みをこぼした。

 それを2人は不思議そうに首を傾げると、星をの顔を見つめていた。

「あっ、ごめんなさい……」

 星はそれに気付いて慌てて頭を下げた。
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