第340話 太陽を司る巨竜3

文字数 3,578文字

 紅蓮の言葉に我を取り戻したプレイヤー達が声を上げ、一斉に攻撃を開始した。各ギルドのギルドマスター達が自分のギルドメンバーに指示を出し、我先にと切り込んでいく。

 しかし、その皮膚からごうごうと吹き出す炎に、なかなか決定打を与えられない。いや、あまりにも巨大過ぎるその体にはダメージを与えられているのかさえ怪しいものだ。
 
 エミルもリントヴルムを出して攻撃に参加する。地上ではデイビッドは武器スキルのアマテラス。

 ミレイニはアレキサンダーの炎とギルガメシュの風を巻き起こす能力を合わせ、巨大な炎の渦を発生させて攻撃している。

 三人が属性攻撃をしているのだが、それとは対照的にエリエは炎の勢いの合間を見極め、手数の多い攻撃を一瞬に叩き込む。
 手数の多さと突きの正確さは、全プレイヤーの中でもエリエの右に出る者はいないだろう。何故なら、このゲームには現実世界での身体能力も大きく関係しているからだ――。

 メルディウスも炎の中に勇猛果敢に飛び込んでは、ベルセルクを振り抜いて大きな爆発を起こして飛び出してくる。出た直後に小虎がヒールストーンでHPを回復して、全く躊躇なく炎の中に再び飛び込んで行く姿はまさに狂戦士そのものと言った感じだった。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

 ギルドマスターの炎に飛び込み何度も攻撃する姿に、感化されたギルドの参謀的な存在の剛も地面に埋まっている岩を抱きかかえるようにして持ち上げた。
 それを頭上に掲げると、勢い良く炎を纏う生物にぶん投げる。その巨大な岩石が直撃した直後、少し動いた気がする。

 だが、それはおかしい。システム上では、その場に存在するオブジェクトは武器に使用してもそのダメージは最低値の『1』でしかなく、そのダメージはどんなに速度を上げても増えることはない。
 しかし、それを可能にするのが彼の持つ固有スキル『怪力』である。その能力はシンプルで、存在するオブジェクトを武器へと変質させる能力。その為、通常なら針で刺された程度のダメージしかないオブジェクトが強力な武器に変わる。
 
 これと同じような効果を持つ、メルキュールのギルドマスターのダイロスが使う固有スキル『豪腕』の能力は似ているが同一ではない。剛の『怪力』がダメージが最低値のオブジェクトに使えるのとは違って、ダイロスの『豪腕』は武器の威力を一撃だけ強化するスキルなのだ。

 そんな剛とメルディウスに触発され、ギルドのメンバーが次々に弓などの遠距離武器で攻撃する。しかし、その殆どが激しく燃え上がる炎に阻まれ、効果的なダメージを与えているような感じはない。

 それはエルフであり、弓をメインとした戦闘を得意としているギルドのネオアークのメンバー達も同じで、弓を使う種族としての意地だろう。皆が構え照準を合わせると、同時に二本の矢を弓の弦に引っ掛けると勢い良く放った。

 数千という矢が雨の様に降り注ぐが、一瞬にして炎に呑み込まれていく。
 効果の出ない攻撃だとしても止めるわけにはいかない。何故なら、この敵が動かない状況で少しでも、謎のこの山の様に不動にして燃え上がる生物の情報を仕入れなければいけない。だが、その頭上に赤く輝く膨大な量のHPバーが赤から動くことはない。

 しかし、このHPシステムには欠陥がある。そのことは、高ランクのダンジョンに潜ってボスモンスターと対峙したことのある殆どのプレイヤーが知っている。

 その欠陥とは、モンスターの頭上に上がっているHPの増減を示す色が緑、黄、赤というまるで信号機の様なシステムを採用していることだ――普通に考えれば特に問題はなさそうだが、問題は膨大過ぎるHPを表示するHPバーの最大値の長さが決まっているということにある。

 それはゲージを削り切っても、また再び新たなHPバーへと移行するというだけで、その色も赤のゲージを減らし切ったからと言って次に黄色が出てくるという生易しいものではない。

 つまり、赤を減らし切っても再び赤のゲージが出現するということであり、それは黄色のゲージに突入しても同じである。
 いつまで戦えばゲージをゼロにできるのか、それが明確に提示されないシステムであっては、プレイヤー達は息を吐く暇もない。だからこそ、この生物のHPに有効打を与えられる突破口を見つけておかなければならないのだ。

 どうして、山の様に巨大で山火事のように全身から炎を噴き出している生物をモンスターと断言しないのか……それは、しないのではなくするわけにはいかないと言った方がいいからだろう。先程から度重なる攻撃を与えても、そのHPバーはピクリとも動かない。つまり、その身には『1』のダメージも与えられていないことになる。

 だが、それは同時にこの生物はモンスターではないとシステムが判断しているということでもあるのだ――もう分かっているだろうが、このゲームのシステム上。戦闘ダメージの最低値は『1』であり、それは道端に落ちている石ころを拾い上げて相手に投げつけた場合も変わらない。しかし、この生物に与えているダメージの総量は『0』なのだ。

 もうこれはモンスターではなく、動くオブジェクトそのものと言った方が正しい代物である。ただ、さっきのメルディウスもそうだが、皆炎に触れて大きなダメージを受けている。
 これはオブジェクトにはできないものでもある。しかも、現在は体に纏っている炎だけで、実害は出ていない。それを踏まえて、この生物がモンスターなのか動くオブジェクトなのかを判断できずにいたのだ――。

 エミル達がありとあらゆる手段で攻撃を行っても、全く効果がなくHPの減少もない。文字通りの梨のつぶて状態なわけだが、誰も弱音も出さずに無意味とも言える攻撃を繰り返していた。

 皆口には出さないものの、この攻撃に意味を感じている者は確実に少なくはなっているのだろう。そんな時、再び地面が大きく揺れ始め、攻撃していたプレイヤー達は一斉に距離を取った。

 大きな爆発音と地響き、そしてひび割れが大きくなっていく様子に動揺するプレイヤー達の声が辺りに響き渡る。

 リントヴルムの背で上空から見ていたエミルは、地中から出てきた巨大な尻尾に思わず言葉を失う……。

「なっ……なんて巨大な尻尾なの……」

 長く伸びるその尻尾は生き物の尾と言うには長くて太い。まるで、何千年も生きた大木か、都会の道路のように幅が広くその先が見えないほどだ。すると、その地中から飛び出した尻尾からも炎が煌々と燃え上がった。

 そのにわかには信じ難い光景に、目を丸くしながら眺めていたエミルの側に、戦闘に参加していたレイニールがやってきて、その巨竜の姿からぬいぐるみのような愛らしいいつもの姿に戻る。

 しかし、その表情には焦りの色は隠せない。普段のレイニールからは想像もできないような余裕のないその表情に、エミルも思わず顔を強張らせた。

「あれはいけないのじゃ! 通りであの天使を使わないはずじゃ……あの者はやってはいけない禁忌を犯した!!」

 顔の近くまで来て大声で叫ぶレイニールに向かって、エミルも神妙な面持ちで尋ね返す。

「……やってはいけない禁忌?」
「そうじゃ! あやつは太陽を司る善なる龍を蘇らせた! 我輩と遂になるように創造されたが、奴は我輩よりも更に強力なスキルを持つ。その巨体は山を越え、吐き出される炎は天を覆う……その戦力は一国の軍隊にも匹敵する! この世界の終末を止める為に造られた。たった一つの神への対抗策――それを敵に回すということは、言ってしまえば神を敵に回したと同義なのじゃ! 奴への対抗策は唯一つ逃げることだけじゃ!!」

 今までのレイニールからは想像もできない『逃げる』という弱気な発言。だが、その意味をエミルはすぐに知ることになる……。

 聞き返そうとエミルが口を開いた直後、会話を遮るには十分過ぎるほどの爆音が辺りにこだました。

 ――グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!

 今までに聞いたことのないほどの音圧と衝撃波にエミルの乗っていたリントヴルムが大きく揺れ、近くにいたレイニールは吹き飛ばされた。
 鼓膜が破れかという凄まじい音に、キーンと耳鳴りしたままの頭を左右に振ってそれを振り払うと、エミルが音の鳴った方を見た。

 そこにあったのは赤い鱗に覆われたドラゴンの頭だった。いや、頭なんてレベルのものではない。その頭の部分だけでもリントヴルムよりも遥かに大きい。
 うっかり口元なんかに近付いた時には、バックリと一飲みにされてしまうだろう。あまりにも巨大なその全長を目の当たりにして、エミルは言葉を失っていた。

 それは他のプレイヤー達も同じで、皆手の打ちようもなく、ただただそのドラゴンを見上げるばかりだった。
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