第173話 ドタバタな日々3

文字数 4,086文字

 全く回復する様子のないエミルとエリエの側に星が付いていると、主の帰りが遅いことを心配したのか、そこにレイニールがパタパタと飛んできた。

 横たわるエリエとエミルを見て、首を傾げているレイニールを見つけ、星が声を掛けた。

「あっ、レイ。ちょっと皆を見てて!」
「ん? どうするのだ……あるじ~!!」

 そう言い残して慌てて駆け出す星の背中に、レイニールの声が響くが星に止まる気配もない。

 レイニールが大きくため息をついて。

「もう。しかたないのじゃ……」

 っと呆れながらに呟く。

 それからしばらくすると、お盆に4つ水の入ったコップを持って歩いて来る星の姿が見えた。
 コップの中身をこぼさないように慎重に運んでくるが、ここはゲームの世界だ――もちろん。全て数値で判断されている以上、コップの中身はいくら振っても逆さにしても溢れることはない。

 まあ、強い衝撃を加えれば壊れてしまうのだが。それ以外では少しのことで何かが起こることはなかった。
 
 それもそうだろう。現実世界ではコップの中身を相手にかけて喧嘩を煽る……なんてこともできたが、それもゲームの中では規制されている迷惑行為となる為、システムの中でできる限りの迷惑行為を行えない様に設定されているのだ。しかし、そんなことを星が知る由もなく――。

「……こぼさないように、こぼさないように」

 一歩一歩踏みしめるように歩いてくると、レイニールはほっとした様な表情を浮かべ、星の方へと飛んでいった。
 その後、一瞬だけ光って人間の状態になったレイニールがお盆に乗ったコップを2つ、乱暴に奪い取る。

 それを見た星が慌てて声を上げる。

「レイ! そんなに乱暴に持ったら溢れちゃう……よ?」

 そう口にした途中で、星の言葉は疑問形にと変わった。

 だが、それも無理もない。何故なら、星の瞳に映ったのはまるでコップの上にラップでも貼られているかの様に、水滴一つも溢れないでコップの中を回っている水だったのだ。

 それは星の予想を遥かに超える出来事で、それを目の前で目の当たりにした星は、呆然との自分の運ぶコップの中の水を見つめていた。すると、我に返ったように倒れているエミル達の方に駆けていった。

 星は倒れている4人の元に駆け寄ると、エミルとエリエに水の入ったコップを渡す。
 それを見てレイニールも遠くで倒れているイシェルとライラに同様に水の入ったコップを渡した。

 4人は一心不乱にコップの中の水を飲み干すと、大きく息を吸い込んで「生き返った~」と息を吐く。

 星もその様子を見て、ほっとしたように胸を撫で下ろすが……。

「エリー!」
「ちょっ! エミル姉もういいじゃん!」
「許しません!!」

 水を飲んで休憩を取ったことで気力を取り戻したのか、また走り出すエミルとエリエ。

 それを見て、呆然としている星とレイニールの隣でもう一組。

「うちとうちのエミルをコケにした罪は重いんよ!」
「ふふ~ん。第二ラウンドね。受けて立つわよ~♪」

 余裕の微笑みを浮かべているライラを拳を振り上げてイシェルが追い駆け始めた。

 さすがに、全く懲りる様子のない彼女達を目の当たりにした星達は……。

「……レイ。みんな忙しいみたいだから、邪魔にならない様に。部屋に戻ってよう」
「ああ、そうだな。主……」

 星とレイニールは地面に置かれた空のコップを淡々と回収すると、考えるのを停止し、虚ろな瞳のままドタバタと走り回る彼女達を放置して浴室を後にする。

 その後も彼女達の追いかけっこは続き、最終的にミレイニが炎帝レオネルのアレキサンダーと共に浴室に乱入し。

「もう。いつまでやってるし! 大人ならいい加減にするし~!!」

 っと、お腹を空かせたストレスを爆発させるように激昂して4人を追い回したことで、皆をノックアウトしてとりあえずの収束を見た。
 もちろん。唯一まともな食事を作れるイシェルが再起不能になったことにより、食事の為に外出することとなった。

 一度はカレンと紅蓮の、恋の熱血料理バトルに発展しかけたのだが、それをマスターの「今日は外で食事をするか」の一言で抑え。

 城でグロッキー状態になっている4人だけを残し。デイビッド、マスター、紅蓮、カレン、ミレイニ、星、レイニールというメンバーで、オカマイスターサラザの経営する店へと足を運んでいた。

 サラザは快く皆を受け入れると、バーカウンター奥の厨房へと姿を消した。

 本人が言うには、サラザの料理はプレイヤーが経営する店の中で最も美味しいらしい。
 バータイムではお客さんとの会話を楽しむ為、料理を振る舞うことは少ないらしいが、ランチタイムはそれなりに繁盛しているという話だ。

 その話を聞いて鼻歌交じりに、星の隣のカウンター席に腰掛け、終始うきうきで笑顔を浮かべる上機嫌のミレイニに星が遠慮がちに声を掛ける。

「あの。ご機嫌ですね……」
「当然だし! ダークブレットの城では外でご飯とか考えれなかったし! それに、こんなに大勢で食べるご飯も久しぶりで給食みたいだし!」
「……ああ、なるほどう」

 満面の笑みで微笑み返してくるミレイニに、星は複雑な気持ちでぎこちなく微笑み返す。

 あからさまに表情を暗くしたのには理由があった。別にミレイニが嫌いなわけではなく。
 それはミレイニの言っていた『給食』と言う言葉そのものに抱いている嫌悪感から出る反応に他ならなかった。

 星は小学校ではいじめにあっている身だ――それはもちろん。皆でワイワイガヤガヤと食べる給食の時間も例外ではない。
 その為、星にとって給食の時間とはいかに早く給食を食べ終えるかに精神を集中させ、いかに空気になって食べ続けるかが肝になってくる。

 目の前の給食を早すぎず遅すぎずで、黙々と食べ続けるタイムアタックのようなものだ――早すぎれば時間を余らせてしまうし、遅すぎても早く食べ終わった子から冷たい視線を浴びせられることになる。

 給食の時間は教師も一緒なので、暴力を振るわれる危険や、大声で罵られると言ったあからさまないじめはなかったが、それでも席を合わせて向かい合わせに食べる給食の時間ほど居心地の悪いものはないだろう。

 前から突き刺すような視線と、たまに自分目掛けて飛んでくる消しゴムのカスやシャープペンの芯などに、何度心を痛めたか分かったものではない。
 そんな状況で、ミレイニの楽しそうな会話が、不思議と自分と彼女の距離感を遠ざけていくように感じてもやもやした気持ちが募るのだ。

 手を伸ばせばミレイニの体に触れられるほどの距離感だが、今の星にはその距離が月と太陽ほどに離れて感じる。
 決して混じり合うことのない2つの存在は、今のこの状況にピッタリな例えだろう。小さくため息を漏らし、表情を曇らせる星。

 その気まずい雰囲気を察したのか、カウンターの先からサラザが気を利かせて、プリンを2人の目の前に差し出した。

「2人だけに特別よ~」

 そう言い残しウィンクをして、サラザはまた厨房へと消えていく。

「あっ、ありがとうございます。サラザさん」
「ありがとうだし! あーでも、星の方が少し大きいし!」

 お礼の直後に抗議するミレイニに、星はそっと自分のプリンを横にずらす。

 それを見て驚いた顔をしているミレイニに、にっこりと微笑みを浮かべた。

「あの、良かったら……」
「べ、別にいいし!」

 ミレイニは首を振ると、自分のプリンを食べ始めた。

 さすがに年下の星に、まるでお姉さん的な態度を取られたのが嫌だったからなのだろう。だがその直後、星の頭にレイニールがちょこんと乗って指を咥えてプリンを見下ろしている。

「……いいのう。我輩もプリンとやらを食べてみたいのじゃ~」
「あっ、なら。レイに私のを――」
「――レイニールちゃんのもあるわよ~」

 星がプリンの皿に手を付けた瞬間。サラザが素早くもう一つプリンを差し出した。

 本当に凄まじい地獄耳だ――厨房とカウンターはレースのカーテンに一枚で仕切られているだけとはいえ、本来ならば聞こえる距離ではない。もしも悪口の1つでも言おうものなら、あの屈強な肉体の餌食となることだろう……。

 それに飛び付くようにレイニールが星の頭から飛び降りると、皿に添えられたスプーンを手に嬉しそうにプリンに突き刺した。

 レイニールはプリンをスプーンいっぱいにすくって口の中に頬張ると、本当に嬉しそうな顔で笑みを浮かべている。
 何度もプリンを口に頬張って幸せそうな顔を見せるレイニールを横目に、星も嬉しそうな笑みを浮かべるとプリンを口に運んだ。

「あっ、おいしい……でも、これって普通のプリンと違うような?」

 小首を傾げている星に、焼き鳥の乗った皿を厨房から戻って来たサラザが力強く頷いて。

「さすが星ちゃん! そうよ~。このプリンは希少種のアカックドードーの卵を使って作ったの!」

 っと言いながら、酒を呑んでいるマスターとデイビッドの前に持ってきた焼き鳥の乗った皿を置く。

 戻ってくるサラザに、星が表情を曇らせると。 

「それじゃー。高いんじゃ……」

 その話を聞いて一瞬で表情を曇らせた星に、サラザが手をバタつかせるオーバーアクションで答えた。

「大丈夫よ! 私達ならこの程度のモンスターあっという間よ~」

 あのアクションはおそらく、さっき話していた『アカックドードー』という鳥の真似をしていたのだろう。

 星は表情を明るくすると、羨望の眼差しでサラザの顔を見つめた。

「さすがですね。サラザさん」
「まあ、見た目からしてマスターならあっという間だし! それより。プリンのおかわり欲しいし!」

 ミレイニが2人の話に割り込んで、空になった皿をサラザに向けて突き出している。

 その皿をミレイニから受け取ると、サラザは新たなプリンをミレイニに差し出して微笑む。

「――ミレイニちゃん。私の事はマスターより。ママって呼んでね~」
「むぅ~。マスターの方が、響き的に大人っぽくて素敵だし~」

 膨れっ面をしながら受け取ったプリンを口に運ぶミレイニ。

 まだミレイニにはスナックのママと、BARのマスターの区別がつかないのだろう。
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