第335話 姉としての意地2

文字数 5,071文字

「降りてきなさい……その減らず口。二度と吐けない様に、その喉元を掻き切ってあげる!!」
「フンッ……それはこちらのセリフだ。偽物の姉を名乗る分際で――見ていたぞ? お前と星の姉妹ごっこ……本当の姉妹でもないくせに、私達の因縁にケチをつけるな! 私が私の妹をどうしようが私の勝手だ!」

 空中からエミルを指差して言い放った少女に、エミルは直ぐ様言葉を返す。

「勝手じゃない! 妹を……妹をぞんざいに扱う姉は、同じ姉として絶対に許さない! 私は貴女を星ちゃんの姉とは認めない!」
「そう思うなら、それを証明して見せてよ……私を子供だと思って甘くみてるなら、後悔させてやる!」

 空中にいた少女が漆黒の剣を抜いて地上にいるエミルに襲い掛かる。エミルは持っていたロングソードでそれを防ぐと、素早く振り抜いて少女を遠ざける。どうやら、戦闘経験ではエミルの方が上らしく。相手の向かってきた反動を利用して吹き飛ばしたのだろう……。

 だが、驚く様子もなく少女は余裕の笑みを浮かべながら、逆にエミルを挑発する。

「その程度なのか? 白い閃光が聞いて呆れる……。異名を持っている割にはお前は大したことはないな。飽きた……もう終わりにしよう」

 そう口にした瞬間。目の前にいたはずの少女の姿が消え、背後に剣を振り上げている少女の姿が現れた。
 振り下ろされる剣がエミルの体に当たるよりも早く、彼女の左手に持った剣がそれを防ぐ。すると、漆黒の刃を受け止めていたエミルの剣が一気に押され女の子の体が前に移動する。

 その動作にハッとした少女は慌てて後方に跳ぶが、同時に回転したエミルの持っていた右手の剣の刃が彼女の剣を持っていた右腕を掠った。

 少女はすぐに姿を消してエミルから距離を取ると、今度は上空に表れた。

 だが、少女が腰に差している鞘に右手を近付けると、見る見るうちに彼女の傷が癒やされていく。それを見たエミルは、驚きを隠せないと言った表情で少女を見つめている。

 少女は笑みを浮かべ、徐に口を開く。

「――確かにその反応速度。さすがはトッププレイヤーだよ。でも、私にこの鞘とエクスキャリバーがある限り。お前の剣は私を殺せない」
「……嘘でしょ? 星ちゃんの持っていた剣がエクスカリバーなんじゃないの!? エクスカリバーとエクスキャリバーは同じ剣なはず!!」
「そうじゃ! 主の持っていた剣が本物のはずじゃ! 聖剣と言われる剣が、そんな黒くて汚い感じの剣なはずないのじゃ!」

 エミルとレイニールがすぐに反論すると、少女はニヤリと不敵な笑みを浮かべて笑い始める。

 その様子を訝しげに見ていたエミル達に、彼女が勝ち誇った表情で告げた。
 
「お前達はアーサー王伝説を知らないの? 神話では、一度聖剣は折れているんだよ。そして湖の妖精が打ち直して再び剣とした……」
「……なら、星ちゃんの持っていた方が偽物で、貴女のが本物ってことなの!?」

 だが、エミルの言葉を聞いた少女は、ふくみ笑いを浮かべながら言った。

「……いつから剣が一本だけだと錯覚していた?」
『――ッ!!』

 その場に全員が彼女の言葉に耳を疑う。

 しかし、それは当たり前だろう。実際のアーサー王伝説でも剣が折れたという事実はあっても、打ち直した剣が二本あった……などということは言われてはいない。

 本来ならば、その可能性を考慮する者はまずいないだろう。

「……折れた剣は二本の剣となった。いや、二本にしなければいけなかったのだ――アーサー王は折れる前の聖剣で多くの者を斬った……その死者の怨念は剣の刃に蓄えられ、自分達を殺した憎い聖剣を圧し折ったのだ。それだけの力を刃に内包していた聖剣を、もう一度剣とするのにはリスクがあった。それは聖剣としての力を阻害してしまうからだ――そのリスクを避ける為、剣を光と闇の二本に分けたのがこのエクスキャリバーだ……不思議に思わないか? どうして折れたエクスカリバーにだけ傷を癒やす鞘が付けられたのか。その答えがこの剣にある!」

 少女は手に持っていた漆黒の剣を鞘に戻すと、紫色に染まった液体の入った瓶を取り出した。

 それは、この世界にある装備に異常状態の毒効果を付属するアイテムである。これは武器に使用するだけではなく、直接対象者に飲ませればそれだけで毒状態を付けることができるアイテムであり。敷地内のいかなる場所でも使用できない特殊アイテムの一つだ――。

 毒の入った瓶をエミル達に見せびらかすように掲げると、蓋を開けてあろうことか自分で飲み始めたのである。

 その対人戦中に行った彼女の自殺的な行為に、エミルもその場にいた仲間達も驚き目を見開いている。すると、彼女は喉元に手を当てて苦しみ出した。まあ、毒を自分で服用したのだから当然の報いと言えるだろう……。

 だがその直後、彼女の腰に差していた剣が黒い光を放ち、少女の表情が見る見るうちに和らいでいく。

 そして再び鞘から剣を引き抜いて、その剣先をエミルに向けた少女が口元に笑みを浮かべると。

「これが聖剣の力だ! この剣はいかなる異常状態効果を打ち消す。これは元の聖剣の力がこの闇の聖剣にも宿っている証拠! つまり、この剣と鞘がセットなのは、死者の血をたっぷり吸ったこの刃に宿る怨念を抑え込む抑止力が必要だったから……そして本来は星の持っている光の聖剣にもこの鞘と同じ効果がある。しかし、星はまだその力を使えない……いや、無理やり解放されたあの剣では、私の完全開放状態の聖剣と同じ力は使えない! あの剣は力が不安定に解放されてしまった為、使用者にそれ相応のリスクを与える。分かっているだろう? 金色のドラゴンよ!」

 彼女のその言葉に思い当たる節のある小さいドラゴンモードに戻っていたレイニールは何も言えずに俯く。 

 星は固有スキルを使用した時から、体の不調を隠していた。少女の言った無理やり解放させられたというのも、ダークブレットのアジト跡の彼女の様子を見ていれば疑いようもない。つまり、星の固有スキル『ソードマスター・オーバーレイ』は、不完全な状態で常に発動されていたということだ――。

 レイニールも彼女の言葉を否定したいが、ベッドで夜な夜な苦しむ星の姿を目の当たりにしていた以上、的を得た彼女の言葉を否定することができない。

 項垂れた様子で反論しないレイニールの姿に、少女が勝ち誇った様に更に言葉を続ける。

「それにだ。疑問に思わなかったのか? 星の光の聖剣には、光とは言えない能力があるだろう? 敵を無力化する能力。そしてその無力化した力を吸収して、己の力を強化する能力。前者が光ならば、明らかに後者は闇だと言える。その力を無力化しておきながら、自身はそれを糧とし更に強化されるのだから……その矛盾が、星の聖剣が私の聖剣と同じ物であり。私と星が姉妹である決定的な証拠でもある! そう。これが私と星との絆――――話はここまでだ。そろそろ終わらせてやる!」

 最後の方は聞き取れなかったものの、剣を構える少女を警戒してエミルも両手の剣を構える。
 彼女と戦闘する為には、少女の姿が消えてからではすでに遅い。時間の概念を超越した存在で、いつ不意を突かれても文句は言えない能力なのだ。
 
 戦闘をする者が最も重要視するのが間合いとタイミングだ――卓越した達人であればあるほど、一撃で勝負が決まると言っていい。呼吸の一つ、瞬き一つで相手に殺されるという場面でも時間を停止できれば、いつでも自分のタイミングで仕掛けることができる。

 それは戦闘において相当なアドバンテージとなるのは間違いない。

 だが、エミルには彼女と向かい合っている間に息つく暇もない。少しでも油断すれば、彼女は躊躇なくエミルを殺しにくるだろう。
 そのことを証明する様に、一度仲間達の位置を確認して視線を彼女から外した直後、エミルの右側に少女がスッと表れて漆黒の剣を振り抜く。

 すぐにそれに反応したエミルが右手の剣で攻撃を防ぐと、素早く左手の剣で少女の胴を突く。だが、その剣先が体に当たる前に少女は消えてエミルから距離を取った場所で様子を窺っている。

 そのまま畳み掛ければ、すぐにでも決着がつきそうなものなのだが、それほど武闘大会の連続優勝記録を更新しているトッププレイヤーは甘くはない。何故なら、エミルは少女の固有スキルの弱点に気が付いていた。

 今までの戦闘で、おそらく彼女の固有スキルは時間を停止させることはできても、その間は他者への介入ができないということだ。
 つまり、攻撃を敵に当てるという行為そのものは、時間が動いている間しかできないのだろう。そうでなければ、止まっている間にエミルの体に剣を突き刺さないのか意味が分からないし、つじつまも合わないだろう。
 
 何度も少女の消えては表れ繰り出される攻撃を、エミルは全てギリギリで防いでいる。
 自分の攻撃をことごとく防ぎ切るエミルに、少女は少し嬉しそうに剣を振り回すと、エミルの剣に押され一気に距離を離される。

 少女は構えていた漆黒の剣を下ろすと、エミルに向かって徐に尋ねた。

「――死んだ星の為に戦う意味はあるのか! お前にも、この戦いが無意味な事くらい分かるだろ?」

 そう言った少女に、エミルが憤り叫んだ。

「無意味じゃない! 無意味だなんて言わせない! 実の妹を殺した貴女を、私は絶対に許さない。私の妹は生きたくても生きることができなかった……でも、かけがえのない多くのものを私に残してくれたわ。星ちゃんもそう。だから今の私がここにいる……そんな、人生の恩人とも言えるそんな妹達を悪く言わせない。今の私の全力を持って貴女を倒す!」
「プッ……あははははっ、面白いわねあなたは……妹は姉には敵わない存在なのよ? それから学ぶものがあるなんて、本気で思っているの?」

 バカにした様に笑う少女を鋭く睨み、エミルは持っている剣を構えて告げる。

「なら、その言葉を証明してあげるわ……」

 その真剣な彼女の様子に、バカにしていた少女の表情も神妙な面持ちに変わると、漆黒の剣を構えた。
 直後。彼女の姿が消え、すぐにエミルの目の前に現れると漆黒の剣がエミルの喉元に向けて放たれる。それを迎え撃つように、右手の剣を身長差のある彼女の腹部に向けて突き出す。

 っと次の瞬間。突き出したはずのエミルの剣の刃が横に寝た状態へと変わり、その上には悠々と勝ち誇った少女が立っていた。

「……これで終わりね」

 両者の顔が向かい合い。少女の瞳が鋭い眼光を放った直後、エミルの首元に彼女の漆黒の剣の刃先が突き立てられ、逆にエミルの持っていた左手の剣が少女の腹部を突き刺していた。

 しかし、その結果に驚いているのはエミルの方で、逆に漆黒の剣をエミルの喉元に突き付けたままの少女は満足そうに笑っている。
 
「――合格ね。あなたになら私の大事な妹を預けられる……」
「……どうして? だって星ちゃんは貴方が……」

 驚いた様子で目を見開いているエミルに、赤い瞳が青く変わっていた少女はゆっくりと告げた。

「私は星と違って、プレイヤーへの管理権限はないけど……その代わりに、システムに付随するオブジェクトの管理権限があるの。その力を使えば、なんともないローブを星の着ていた服に変更することくらい簡単よ……」

 彼女のその言葉を聞いたエミルが、彼女の投げた星の服の方向を見ると、彼女の言葉通りに、薄汚れボロボロになった茶色いローブが地面に転がっていた。
 それを見たエミルは自分の持っている剣が少女の腹部を貫いていることを思い出し、その表情から一気に血の気が引いて青ざめさせている。
 
 少女はそれを見て笑みを浮かべると、エミルの首に剣先をチクリと刺す。

「ふふっ、これでおあいこね……でもまさか、最初から相打ち狙いだったとはね……最初は私の心臓を狙ってたんでしょ? ほんと――あなたは変わっているわ。星の敵討ちをした後、自分もその場所に行こうって?」 
「……そうね。星ちゃんを少しでも疑ってしまったわけだし……これが私にできること……」
「それだけの気持ちがあるなら、私に変わってあの子を守ってあげて……あの子は今、この森の奥に居る覆面の男の所に行こうとしている……本当は私がしないといけないんだけどね。もう少しだけ、私は公に行動するわけにはいかないから…………お願いね」

 そういうと、少女はエミルの前から完全に姿を消した。
 
 エミルは頷くと、もう一本の剣の鞘を右の腰の部分に挿して、闇に支配されている森の中を見つめた。
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