第257話 護衛ギルド選抜戦2

文字数 4,225文字

 カレンのことはデイビッドに任せて、エミル達は試合会場へと向かう。
 千代にも競技場があり、その規模は大型のドーム球場3つ分に相当するとても大きなものだ――。

 ステージを覆う様に張り巡らされた観客席と、あちらこちらにNPCの営業する屋台などもあり。とても活気に満ちていて、開始までまだ1時間というにも拘わらず。大勢のプレイヤーが闘技場の中に集まっていた。

 同じギルドのメンバーはもちろん。それ以外のプレイヤーの姿も多く、1つのアトラクションとしてこのイベントを楽しみにしているのだろう。
 最近、立て続けに色々な出来事が起きていたこともあり。娯楽というものの、殆どは自主的に避けていたプレイヤー達にとって、今回のこの出し物はとても魅力的であることは言うまでもない。

 メルディウスはそれを見越して、今回の企画を提示したと言いたいところだが、嬉しそうに試合の前のウォーミングアップと言わんばかりに、自慢の得物を振って体を温めている彼からはそんな思惑があったなんて微塵も感じ取ることはできなかった。

 豪快に大斧を振り回しているメルディウスの演舞に、観客達は歓声を上げて喜んでいる。しかし、その大きな歓声も耳に届いていないのか、メルディウスは時折首を傾げる素振りをしながら戦闘前の準備を念入りに行っていた。

 他のギルドマスター達も開始30分を前に、続々とステージの周りに集まり始めた。 
 今回の試合はギルドマスター、サブギルドマスターがタッグを組んで戦う方式。連携の取れているチームが勝ち抜き戦で明日の夜の護衛任務に付けるという重要な試合。

 現状蟻一匹入れる隙間のないほどに徹底した守りを、一時とはいえ開けなければならない。もしも、それに乗じて敵の侵入を許せば数に勝るモンスターの大軍が、一斉に押し寄せてくるのだ。

 開いた経路からモンスターの侵入を防ぐには、連携と制圧力の両方が必要となる。それを見極める為に、行われるのが今回のイベントだ。

 だが、不思議なことに開始5分を前にしても、メルディウスのギルドでサブギルドマスターのはずの紅蓮の姿がどこにも見当たらない……。

 席に着いて試合の開始を待っていると、観客席の迫り出したガラス張りの部屋の部分は、明らかに他の席よりもグレードの高い椅子が備え付けられている。すると、ガラス張りになった中の扉から、出場するはずの紅蓮が出てきた。

 颯爽とそのガラスを破って登場――なんて普段から冷静な彼女がするはずもなく、彼女が手にしたのは武器ではなくマイクだった……。

「……まあ、そうよね。紅蓮さんがそんな派手なことするつもりないわね」

 エミルは苦笑いを浮かべていると、紅蓮が喋り始めた。

「今回は始まりの街でも有数のギルドのギルドマスター、サブギルドマスターの戦闘を間近に見られる珍しいことです。その為、今回はできる限り大勢の方に見ていただこうとこの場を設けました。今日は楽しんでいって下さい」

 一礼した紅蓮は落ち着いた様子で、ゆっくりと席に戻った。
 どうやら、紅蓮は戦闘には出ないようだ――まあ、『イモータル』不死の力を持った紅蓮が試合に参加すれば、メルディウスと紅蓮チームの一強で終わっていただろう。唯一の弱点があるとすれば、痛覚ありきの不死身ということだ――。

 今回は主催者であり。おそらく始まりの街に建造したホテルの建造費用を、少しでも回収しておきたいという腹なのだろう。

 会場の電光掲示板に組み合わせが発表される。
 初戦  『POWER'S』VS『成仏善寺』
 二回戦 『メルキュール』VS『LEO』
 シード 『THE STRONG』
 組み合わせを確認すると、初戦以外の出場選手はステージ下がり。ステージ上には『成仏善寺』ギルドマスターの無善。サブギルドマスターの浄歳が瞳を閉じて合掌をしている。

 険しい表情で佇みながら拳を握り締めているリカ。その横では腰に差した剣の柄に手を乗せたまま、戦闘モードと言った感じの鋭い視線を目の前の2人に向けているカムイ。

 モニターの時間は残り1分――その数字を会場に居た誰もが、固唾を呑んで見守っていた。
 映し出されているカウンターの数字が全て『0』を示し、会場内のどこからかドーン!とドラがなる音が響き渡り、同時に睨み合っていた両者が動く。

「阿!」
「吽!」

 無善の声に応えるように浄歳が声を発した。
 
 今まで数珠を持って合掌したまま微動だにしなかったが、ドラの音を聞いて目を見開いた無善は小声で「錫杖」と呟き目の前に錫杖が現れ掴むと、ジャランジャランと鳴らしながら全力で前に走る。

 そして相方の浄歳も同じく「錫杖」と唱え、顔の前に出てきた錫杖を掴むと、後方に数回跳んで距離を取る。

 フリーダム内のシステムには音声、思考認識機能があるが音声認識でアイテムを交換できるシステムはない。しかし、音声だけで武器の切り替えを行ったのは誰の目にも明らかで、こんなことができるのはトレジャーアイテム以外にはありえない。

 どうやら彼等は、言葉だけでインベントリ内の武器を自在に切り替えができるアイテムを持っている様だ――。

 無善だけ突撃していったということは彼が前衛。浄歳は後衛の役割をそれぞれに持っているのだろう。だが、無善が動いたのとほぼ同時にリカ、カムイの双子の姉弟も突撃を開始していた。こちらはどうやら、2人が前衛で戦うスタイルなのか。それとも、相手が一人だけで突っ込んできたことで、各個撃破を狙おうという作戦なのかもしれない……。

 一足早くスイフトの加速と武闘家という軽量化のメリットを活かし、リカが隣を走るカムイよりも頭一つ飛び出す。
 彼女の凄まじいスピードに全く臆することなく前進を続けると、目の前を走っていたはずのリカの姿が残像を残して消え、気が付くと無善の懐に飛び込んでいる彼女の姿が目に飛び込んできた。

「まずは……ひとつッ!!」

 懐に飛び込んだリカが腕を引いて拳を構える。その直後、無善が後方に跳ぼうと地面を踏みしめるが、そう簡単に前進していた勢いを殺せるわけもなく、打ち出されたリカの拳が当たる直前に無善が数珠を彼女の目の前に突き出す。

「――発ッ!!」

 無善の声の直後に持っていた数珠がフラッシュの様に激しく発光した。

 目の前で激しい光を受けたリカは悲鳴を上げると、目を手で覆ってよろめく。その隙を突いて、無善が錫杖を振り抜いた瞬間。リカの後ろからカムイの声が響く。

「リカ! 後ろに倒れろ!」
「……ッ!?」

 言葉が聞こえた直後、リカは何の躊躇もなくカムイの指示に従う。

 無善の振り抜いた錫杖が空を切り。確実に当たると思っていた攻撃を咄嗟に避けられ、無善も動揺を隠しきれない様子で目を見開いていた。
 それもそうだろう。彼女の視界は未だに戻っていないはずだ――それに咄嗟にカムイの声が聞こえたからといって、人が視覚を奪われてすぐに動揺もせずにその声に反応できるものではない。

 渾身の力で放った攻撃の反動で、体が回ろうとする力を抑えきれずに無善はバランスを崩してしまう。

「リカ! フェインを入れつつ左斜め上に攻撃!」
「……くッ!! だが、攻撃して来る場所が分かっていれば問題は……」

 残像だったリカの姿が消え、今度は倒れていた残像の遥か前、バランスを崩した無善の下の方に彼女の姿が見えた。

 無善は身構える隙もなく、カムイに言われた通りにリカの拳が彼へと向かって放たれる。
 バランスを崩していた彼の左頬をリカの拳が掠めるが、直撃とまではいかない。まあ、一時的だろうが視覚を奪われている状況下で、見えない相手に攻撃を当てるのは容易ではない。

 っと彼女の攻撃をかわそうと体を捻っている無善の横に突如カムイが現れ、鞘に刺さったままになっていた剣を引き抜く。 
 すると、地面から複数の鎖が出てきたが、それに気が付いた彼が素早く後ろに跳んでかわす。 

 本当にぎりぎりのタイミングだった……カムイは悔しそうに渋い顔をしながら、無善の後ろにいた浄歳を睨む。

 浄歳の固有スキルは『ゾーンバインド』使用者の周囲に居る敵を拘束する鎖を出現させて動きを封じる。
 唯一の欠点と言えるのは、広範囲に同時に拘束用の鎖を放てる反面。発動時に地面が微かに緑色に光ることだろう。

 察しのいい者なら、それを合図に即座に回避が可能だ――そうでなくてもカムイは、先程の無善のフラッシュによる目潰しを回避している。
 まだ見たこともないアイテムの効果を察して見事に回避した彼が、視界に映った固有スキルで出した鎖の発生時に起こした微かな光すらも感知できるほどの動体視力と、固有スキル『神速』があってこそなのだろう。

 現に彼を拘束しようと伸びて来る鎖を、カムイは絶妙な動きで回避していた。
 っと、今までカムイのみを狙っていた浄歳が彼の拘束を諦め、今度はまだ視覚の戻っていないリカに向かって拘束を試みる。

 リカの周りを取り囲む様に無数の光が地面に現れ。

「リカ! 左に跳ぶんだ!」

 無言のまま頷くが、彼の言った左の方にも緑色の丸が浮き上がっている。
 リカがその声に合わせて左に跳んだ直後、カムイは持っていた剣を地面すれすれに投げると、出現した鎖を的確に吹き飛ばす。

 どうやら先の攻撃で、カムイには鎖が出現するタイミングを完璧に把握した様だ――元々それぞれの固有スキルというものは、結構大雑把な作りになっていて、それを改変できる方法はない。
 固有スキルを強化する為には、入手困難な『トレジャーアイテム』を使用する以外にはなく。つまり、浄歳の欠点でもある鎖の出現ポイント点灯と鎖出現までの秒数を把握されてしまえば、対策の取りようは固有スキルの範疇では存在しないということ。

 だが、何よりも警戒しなければいけないのはカムイだろう。彼は類い稀なる動体視力と、状況を即座に読み取り判断するだけの頭脳を持っている――。 

 カムイの状況把握能力があるからこそ、双子の姉であるはずのリカの方が考えなしに突入していけると言える。
 全てカムイがやってしまうから、リカは安心して頭を空っぽにして戦闘ができるのだろう。双子の弟のカムイは冷静に状況を分析するスタイルで、双子の姉のリカは良くも悪くも感覚派。

 どことなく戦闘スタイルは突っ込む前に多少なりと考えるカレンというよりは、全く考えずに突っ込んで、ダメならその時に考えるエリエに近いかもしれない。
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