第143話 敵城の主3

文字数 4,761文字

 負傷した右肩を押さえたまま男は、咄嗟に後ろに跳んだが痛みで足元が覚束なくなっているのか、よろけて少し体制を崩す。
 男にとって視覚を奪ったにも関わらず、まさか反撃してくるとは夢にも思っていなかったのだろう……肩を押さえる男は驚きを隠せないと言った表情で目を丸くさせている。

 それとは対象的に、エリエは瞼を閉じたまま落ち着いた様子でその場に立ち尽くしている。
 一度攻撃を当てられた余裕からか、その表情からは目が見えないことへの躊躇や恐怖のようなものはすっかりなくなっていた。

「この野郎……観賞用の嗜好品の分際で……お前は絶対に捕まえて、俺のこのショーケースの中に首輪を付けて繋いでやる!!」
「……ふん。やれるもんならやってみなさいよ! あんたみたいな奴に星は渡せない。必ず星を取り戻すんだから!!」

 そう息巻くエリエの言葉に、男は不思議そうに小首を傾げ。

「……星? 誰だそれは、知らないな~」

 男が眉をひそめながら呟くと、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる。エリエはその返答に怒り心頭と言った感じで震える拳を握り締めている。

 星を誘拐した首謀者であるはずの敵の組織のリーダーの男が、その全貌を知らないはずがない。

 っとなれば、彼が嘘をついているとしか考えられない。それもエリエの目の前で誘拐し、こちらが救出の為に来たのにも関わらず、その意志を無視するような彼の態度が気に入らなかった。

 なおも小馬鹿にするような彼の態度に、エリエが耐えられずに声を荒らげた。

「知らない!? 知らないとは言わせない! 私の目の前から連れて行ったくせに、絶対に星の居場所を吐かせてやる!!」

 エリエは男が立っている方向とは逆の方に突進すると、持っていたレイピアを突き出す。

 次の瞬間。何もない場所から出現した男は、エリエが突き出したレイピアの攻撃を『イザナギの剣』で防いだ。だが、男の表情には余裕は全くなく、額から一筋の汗が流れる。

 それもそうだろう。今の攻撃で先程の攻撃がまぐれではないことが証明されたのだ。
 すでに男の固有スキルがエリエ相手では何の意味もなさないことが証明された。こんなことならば、エリエに武器スキルを使用しなければ良かったと、男は今更ながらに後悔していた。

 険しい表情で男がエリエの顔を見る。だが、やはり目を瞑ったまま攻撃を仕掛けているのを確認するとレイピアを押し返しながら化け物でも見るような怯えた瞳で大声で叫ぶ。

「どうして見えてないはずなのに攻撃できる!? 化け物かお前!!」
「……化け物? ううん違う。私はただ感覚で打ち込んでいるだけ……化け物っていうなら。それはあんたの方でしょ!?」
「――なにっ!?」 
 
 目が見えないながらも、エリエは的確に男を攻撃しながら、うろたえる彼に言葉を続けた。

「私の星を返して! どうして誘拐なんて真似を平然とできるのよ! この鬼畜!!」
「……誘拐? ああ、星って何だと思えば、あの医者だかなんだかの娘の事か……」

 突然返ってきた彼の言葉に、エリエの攻撃が一瞬だが止まる。今まで全くと言っていいほど迷いのなかったエリエの太刀筋に、明らかに動揺が垣間見える。

 だが、それも無理はない。彼の言っていたことが事実かは分からないが、星の家庭の事情はエリエも全くと言っていいほどに把握できていない。
 無理やり聞き出すことでもないし。聞き出したところで何かできるわけではないわけだから――ただ、星の性格を考えると相当厳格な親なのだろうとは思っていた。しかし、それが医者の娘とは……。

 動きが止まったその隙に、男はエリエから一気に距離を取った。
 この時、エリエが止まった原因が誘拐してきた娘であることに気が付き、不敵な笑みを浮かべた男はエリエに向かって言い放つ。

「あの娘は地下だ。今頃はどうなっているかな。バラバラにされてるか、あるいは――」
「――ッ!? 星に何をした! 変なことをしたら許さないから!!」

 ムキになって叫ぶエリエに、男はニヤリと不気味に笑う。

「フッ。許さない? 笑わせる! 目が使えないお前に、何ができるって言うんだ?」
「できるわよ! とりあえず。あんたを叩きのめして、星が地下のどこに居るのかを絶対に吐かせてやる!!」

 一度は攻めるのを止めたエリエが力いっぱいに地面を蹴ると、レイピアを構えてエリエは凄い剣幕で突進した。

 エリエの鋭い突きが男を連続で襲う中、男は殆ど一方的に攻撃を受けるだけで反撃しない。

 いや。正確には反撃できないと言う方が正しいだろう。
 それは完全に視界を奪われているはずのエリエの攻撃が、正確さを増していたからに他ならない。

 エリエの放つレイピアが、確実に男の体を捉え始めていた。

 視力を失っているとは思えない精密な突きに、男は攻撃を武器で何と防いでいる。
 おそらく。固有スキルと武器スキルに頼った戦闘を得意としていた男は、相手に攻撃されることに慣れていないのだろう。

 また、強力な武器スキルを持った『イザナギの剣』もある為、まともな戦闘はエリエとのこの戦いが初なのかもしれない。

 彼女のたぐいまれなる戦闘センスに男も動揺を隠しきれない。もしエリエが視界が良好な状態ならば、すでに決着がついているかもしれないが、この視力を封じされた絶望的な状態で戦えるのは、それだけ彼女の中で星の存在が大きいということだろう。
 
 男の表情からは明らかに焦りが見え始めてきていた。

 それもそうだろう。この場所ではHPの回復ができない。また、男の『イザナギの剣』は武器スキルが7つあるのだが、一つ一つの破壊力が絶大な為、敵に異常状態をかけてる状態では他のスキルは使用できない。つまり、今は武器スキル『創世の輝き』しか使えないということだ。

 しかも、他の武器スキルを使用する為には、今掛けているスキルを解除する必要があり。押されている今の状況でそれはあまりにリスクが高過ぎる。
 
 彼が他の武器スキルに変更しない理由は、今の状況ならエリエはまだ感覚だけで攻撃している状態で体に当たっても致命傷とまではいかないと判断しているからだろう。

 気配で戦っているだけなのだから、彼の体の部位は見えていない。つまりは、弱点と呼べる致命的な場所は意図的には狙えない。

 その証拠に、攻撃も時折掠れる程度でHPバーはたいして減ってはいない。だが、エリエは男の挑発に乗り、敵を全力で叩きのめそうと結構な気迫で押し続けている。

 このままではエリエの方が、最小限の動きで回避している男よりも体力が消耗するのが目に見えていた。持久戦に持ち込まれれば、スタミナという点で、間違いなくエリエに勝ち目はないだろう……。 
        

           * * *

 エリエが救出の為に懸命に戦っている最中……。
 
 地下室の研究室。モニター越しに覆面の男に投与された薬の影響で荒い息を繰り返しながら、星はエリエの戦いを見つめていた。
 もはや意識だけではなく記憶も曖昧になりつつある星は、覆面の男の居ない内に何とか逃げ出そうともがいていた。

 投与された薬は記憶を消去するものだと、覆面の男は言っていた気がする。ならば、このままでは今までの楽しい仲間達との思い出まで全て消されてしまう。 

 逸早くこの拘束を解いて、解除用の薬を投与して貰わなければいけない。幸い星の持っていたエクスカリバーは、モニターの横にある配線の大量に付いた分析用のケースの中に入っている。

 星のことを子供だと思って甘く見ているであろう覆面の男になら、拘束を解いて剣をこの手に取り戻せば、まだ形勢を逆転する可能性はある。

 だが、拘束を解こうともがけばもがくほど、息苦しさから息が荒くなり、体から力が抜けていくのを感じた。

「はぁ……はぁ……だめだ。もう、どうしようもないのかな……?」

 瞳を涙で潤ませながら、天井を見上げ弱気になっている星の横に突如として女性が現れた。

 ウェーブのかかった肩までの茶髪に茶色い瞳の彼女は、歳はエミルより上だろうか、とてもスタイルが良く。まるでモデルの様な体型で、胸元の開いた全体的に少し露出度の高い革鎧を着ていた。  

「ふふふっ、大成功ね。さすが博士♪」

 星の目の前に現れた女性は微笑みを浮かべると、首に付けたネックレスのルビーの様な赤い宝石を白くて細い指で撫でた。

 少女は星の元へと歩み寄ると、にっこりと微笑み星の汗が滲むおでこを撫でる。
 敵か味方かも分からない謎の女性に、拘束されている星はただただ怯えた瞳を向けるしかできない。

「あら、怖がらなくていいのよ? 私はあなたを助けに来たんだから、それにあなたは知らないかもだけど、私があなたを助けるのはこれで2回目なのよ?」
「――助けに……? ……2回目?」

 意識が朦朧とする中、その言葉の意味が星には全くと言っていいほど理解できてはいなかった。しかし、そんな星を余所に彼女は星の首筋に手を伸ばす。

 急に伸びてきた腕に怯えながら、びくっと震える星の耳元で少女がささやく。

「……まあ、論より証拠よね」

 星に触れている少女の手が光った瞬間、星の体は台の上から彼女の胸の前に移動していた。

 次の瞬間。星の顔には少女の胸が押し付けられていた。それもおそらく彼女が故意に押し付けている。その柔らかく暖かい感覚に、星は頬を赤らめると困惑した表情で女性の顔を見上げた。 

 彼女は微笑むと、簡単に自己紹介を始めた。

「私はライラ。ある組織から、あなたを救出するように言われたの……って言っても、今のあなたでは理解できないかもね。とりあえず、その症状を抑えましょうか?」
「はぁ……はぁ……は、はい……」

 突如現れた少女に星はわらをも縋る思いで小さく頷いた。
 彼女を本当に信用できるかはまだ分からないが、少なくとも台から解き放ってくれたことは事実だったし、何よりも今の星はこの苦しみから少しでも解放されたいという気持ちが強かった。

 ライラはコマンドを操作すると、手に小型の針の様な物の付いたガラスの器具を取り出し、その針を星の首筋に向けた。

「ごめんなさいね。ちょっと、チクっとするわよ?」  

 静かに告げるライラに、星は無言のまま頷くと意を決して強く瞼を閉じる。
 その直後、鈍い痛みとともに首筋から何かが体に入ってくるのを感じた。すると、しばらくして、ライラの言葉とは真逆の感覚が星を襲う。

 彼女の薬を投与された瞬間、今度は体がまるで火を付けられたように熱くなり、その体が金色に輝き出した。その症状はカレンとの戦闘やレイニールが出た時に似ている。

 ライラはその体を支配していく熱に、もがく様に手足を激しく動かす星を両手で抱え込むようにして押さえ込む。

「――うぅっ! やあっ! いやああああああああああああッ!!」
「……だめ。苦しいだろうけど今は堪えて……すぐに、体に馴染んでくるはずだから……」

 悲鳴を上げ苦痛に悶える星を、細い腕で懸命に押さえ込みながら耳元でささやく。   

 金色に輝きながら燃えるように熱く火照る体に、徐々に遠のく意識の中で、星は確実に何者かが自分の頭を、心を、次第に支配していく感じがしていた。その最中、苦痛にもがきながらもモニター越しに戦うエリエの姿が星の瞳に映り完全に意識を失う。

 再び瞼を開いた星は虚ろな瞳のままライラからゆっくりと離れ、ライラがモニター横のケースを割って強引に取り出した剣を手に握り前に構える。

 直後。魂が抜けた様な虚ろな瞳の星の口が勝手に動き、言葉を紡ぎ出す。

「……ソードマスターオーバーレイ発動」

 前に突き出したその剣は光り輝き、それと相まって星の体から放つ金色の光が更に強まりって次第に城全体を覆っていく。


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