第135話 エミルの夢3

文字数 3,712文字

 次に瞼を開けた時、そこは風の中を飛ぶリントヴルムの背中だった。

 さっきまで見ていた夢に名残惜しさを残しながらも、エミルは現実であることを確認する為に辺りを見渡す。
 辺りは闇が支配し、月明かりと微かな星々の放つ明かりだけが優しい光を降り注ぎ、もうすっかり夜も更けてしまっていた。おそらく。昼間から今までずっと眠っていたのだろう。

 エミルは何気なく横を見ると、そこには自分を見上げて微笑む星の姿が一瞬だが、はっきりとエミルの目に映った。だが、すぐにその姿は見えなくなり、夜の冷たい風だけが頬を打つ。

「……星ちゃん」
 
 エミルは現実に引き戻されたように表情を曇らせ、ふと自分の太腿に目を落とすと、そこには安心しきった顔で気持ち良さそうに眠っているイシェルの姿があった。

 その姿を見下ろしながら『ちゃっかり自分の膝枕で寝ているところが彼女らしい。』と思いながら、徐ろに振り返ると、ディーノも座ったまま腕を組んで瞼を閉じている。もう、飛び立ってから2日近くまともに寝れていないのだから、当然といえば当然なのだが……。

 そうこうしていると、雲の間からまるで剣山のような山脈が見えてきた。それが目的のウォーレスト山脈だ――。

 エミルは慌てて眠いっている2人を起こそうとイシェルの体を揺らす。

「2人共! 山脈が見えたわよ。早く起きて!」
「うぅ~。なんなん? 気持ちよぉ~寝とったのにぃ~」

 エミルがイシェルの体を揺り起こすと、彼女は眠そうに着物の袖で目を擦って不機嫌そうな声を上げる。
 膝の上からのそっと起き上がる彼女に、エミルは苦笑いを浮かべた。

 イシェルが起きたことを確認し、今度は瞼を閉じているディーノに再び声を掛けた。

「ディーノさん。もう目的地が見えてます。起きて下さい!」
「――そう。大きな声で言わなくても、もう起きているよ」

 彼女の声に反応したディーノは瞼を開くと前方を指差した。

 エミルとイシェルもその方向に目を向ける。そこには、ただ切れ切れに雲があるくらいで他には何も見えない。だが、ディーノの表情は険しく、その目付きは更に鋭いものになっていく。

「君達は気付かないの? ここらは飛竜の縄張りだ。それがこれではおかしいだろ……」

 彼がおかしいというのも無理はない。飛竜の縄張りなのに、その飛竜が一匹も飛んでいないのだ。
 こんな奇妙なことは、今までにも類を見ないだろう。金魚すくいの屋台で金魚が一匹もいないくらいの異変だ――。

「――私もそう思いますよ。デュラン」

 突如として聞こえてきた声に全員が驚きその声の主の方を向くと、その視線の先には雲に乗った着物姿の女の子がレイニールと並走するように飛んでいた。

 どこから現れたのかは分からないが、今飛んでいる場所は雲のすぐ上だ。そして突如現れた2人は雲に乗っている――まあ、これ以上の迷彩はないだろう。

 白い着物に身を包んだ女の子の後ろには、紺色の着物を着ている黒髪を後ろで束ねた少女も乗っている。

 女の子はディーノを見るなり目を細め、疑惑の目を向けている。

 ディーノはバツが悪いそうに俯き、黙りを決め込んでいると、エミルが彼に声を掛けてきた。

「ディーノさんの知り合いの方ですか?」
「ああ、まあ。そんなところかな?」

 小声でそう言葉を返すと、雲の上でそのやり取りを聞いた女の子が不機嫌そうに呟く。

「またですか? あなたは人を騙して……今度は一体何を企んでいるんです?」 
「紅蓮……君こそ、こんな場所で何をしてるんだい?」
「私はマスターに言われて救援に来ました。あなた方も撤退して下さい。これから先は私達だけで十分です」
 
 その彼女からの思いもよらぬ返答に、立ち上がったエミルが激怒する。
 
「冗談じゃないわ! 私は仲間を助け出しに来たの! ここで引き返すなんてできないわ!」
「仲間思いの人は嫌いではありません。ですが……」

 そう呟くと女の子の瞳が、急に冷たくなるのを感じた。瞳の芯に、心を宿していない冷酷な目――それは明らかに敵意を向ける者に見せる瞳だ。
     
 女の子は殺気を漲らせると、エミルとイシェルを睨む。

 そんな女の子にイシェルがゆっくりと立ち上がると、殺気を滲ませて不敵な笑みを浮かべ呟く。

「――なに? まさか、うちらの事。知らんわけあらへんやろ~?」
「……知りません」

 ピリピリとした険悪な空気の中。互いに激しい視線を飛ばしていると、エミルが後ろから抱き付いてイシェルを止める。

「イシェ! ダメよ。けんかはいけないわ!」
「せやけど……エミル~」
「……イシェ? エミル?」

 そんな2人の会話を聞いていた女の子の後ろに座っていた少女が驚愕した様に驚いた顔をしている。

 あんぐりと口を開けたまま、少女は2人を指差して叫ぶ。

「もしやあなた方は、あのイシェル様とエミル様ですかッ!?」
「ん? 白雪。それって……」

 少女は頷くエミル達を見て、首を傾げている女の子に慌てて耳打ちした。

 女の子はハッとした表情を見せると、エミル達に深く一礼する。

「あなたが『白い閃光』のエミルさんに『日本一の弓取り』のイシェルさんとは。まさか『通名持ち』とは知らず、すみませんでした」
「私も全く気付かず、面目次第もございません」

 二つ名持ちプレイヤーと分かった瞬間。少女も女の子に習い、頭を深々と下げた。

 2人は急に態度を改めると、再び言葉を続ける。

「あなた達なら何の心配も入りませんね。これから先は、私が先行します。飛竜の相手も任せて下さい」
「えっ!? ちょっと! あなた……」

 女の子は頷くと、エミルの言葉も聞かずにリントヴルムの前に出た。
 それからは何事もなく、上空から敵城の見える辺りまで飛んできた。その時、数少ない荒野の部分に多くの敵部隊が集まっている。

 前を行く雲に乗った2人が速度を落とし、リントヴルムの横に着けた。

「誰か戦ってますね。あなた達の仲間の方ですか?」

 女の子が地面を指差す。その先には金髪の侍の格好をした男が、大勢の敵を前に対峙していた。

 エミルはその姿を見てピンときた。というか、あんな容姿で侍の格好をしているのは、エミルには1人しか心当たりがない。

「まさか、デイビッド!?」

 食い入る様に地面を見ているエミルを横目で見て、小さく息を吐く紅蓮。
 
「やはりお仲間ですか……なら私達が行きますから、あなた達は先に……」
「えっ!? で、でも。それじゃあなた達が危険な目に――」

 その言葉を遮るように紅蓮が手を前に突き出し、エミルが喋るのを止める。

「――心配にはいりません。もう、手は打ってありますから」
「ええ、私達は元より陽動部隊ですから。紅蓮様と私にお任せ下さい」 

 自信満々に言い放って、武器も構えることなく無警戒に雲に乗ったまま2人は地上へと降りていく。

 エミルはその後ろ姿に、一抹の不安を抱きながらも先を急ぐ。

 普段なら空を飛び交っているはずの飛竜の姿は一切なく、それが不気味なくらい順調に事が進む。
 出発前に街の行きつけの酒場で、ウォーレスト山脈付近に生息する飛竜の情報も仕入れていたのだが、この調子なら無駄に終わりそうだ――。

 エミル達が敵城の上空までくると、城の側面にぽっかりと穴が開いている。そのことから、エリエ達が先に敵のアジトに侵入したのだと容易に推測できた。
 しかも、本来ならシステムで修復するはずの壁が、この状態で残っているということは、これは元からこの場所に存在していたものではなく、意図的にここに建設された建造物であると断定できる。

 現にエミルが事件の前にこの場所を訪れた時にはこの城はなかった。厳密に言えばなかったのではなく、跡形もなくマスターに破壊されたからなのだが……。

 ぽっかりと開いたその穴を見て、イシェルが城門の辺りを指差す。

 そこには多くの敵部隊が集結していた。

「これはあかんね。敵が結構おる……上手く助け出せても、このままやと逃げられんよ? エミル。ここはあれをなんとかせんとな~」

 イシェルはその部隊を排除し、退路を確保すべく提案したが、エミルは心ここにあらずという雰囲気で城を見つめていた。

 おそらく。今エミルの頭の中にあるのは、星をどうやって安全に迅速に救出するかしかないのだろう。

「――えっ!? あっ、そうね……イシェ、ここを頼めるかしら」
「ええよ。エミルはあの子の救出に?」
「……ええ、ごめんなさい」

 イシェルの問いに、エミルは申し訳無さそうに頷く。

 今にも飛び出していきそうな彼女を止めることなく、イシェルは微笑みながら言った。

「ええんよ。それが目的やしね」
「ありがとう。ごめんなさい……」

 エミルは直ぐ様、もう一体ドラゴンを召喚した。
 リントヴルムよりもひと回り以上小さいドラゴンだ。見た目はリントヴルムより一回り小さく、その体はダイヤモンドの様な鱗で覆われている。

 イシェルとディーノが召喚されたそのドラゴンに跳び移ると、決意に満ちた表情で力強く頷く。エミルもまた、そんな2人に頷き返した。それはまるでまた後で会おうと言いたげに……。

 その後、リントヴルムに乗ったエミルは2人から離脱して1人城へと向かっていった。 
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