第362話 別れの宴会5

文字数 3,610文字

 それから数時間もの間行われてきた馬鹿騒ぎの宴会も最後になる。外はすでに太陽が上がり、朝日が江戸の街並みを思わせる千代の繁華街を照らす。

 太陽光を浴びているエミル達はメルディウスと紅蓮。小虎、白雪と少数のギルドメンバー達と向かい合っている。

 メルディウスはエミルの肩を叩くと。

「今日まで以外と短い付き合いだったが、お前達とは本当に濃い日々だった。一緒に暴れられて楽しかったぜ! ……元気でな。白い閃光」
「はい。私も一緒に戦えた事を誇りに思います」

 エミルはメルディウスに向かって手を差し出すと、彼もニヤッと笑みを浮かべながらその手をがっしりと握った。
 すると、メルディウスはデイビッド、エリエ、カレン、イシェル、ミレイニと次々に握手をして「ありがとう。元気でな!」と声をかけていき、そして最後に星の前で止まった。

 星は目の前で止まったメルディウスの顔を見上げて不安そうな表情を見せている。
 直後。メルディウスは不安な星に向かって精一杯の笑顔を見せて膝を折って、視線を合わせると手を差し出して言った。

「剣聖には一番負担を掛けてしまったな……俺達の街を守ってくれて本当にありがとう。ここに居る者達はみんな感謝している!」

 彼の言葉を聞いた星は、周囲にいた者達の顔を見渡す。

 すると、彼等の瞳は朝日に照らされてキラキラと輝いていた。それが星にはとても生き生きしているように見えて、それを自分が少しでも力になれたと思うと嬉しかった。
 
 星はゆっくりと手を伸ばしたが、彼の手を握る前にどうしても躊躇してしまう。その直後、メルディウスは躊躇していた星の手を握ると目を真っ直ぐに見つめる。

「俺達が現実世界に帰れるのもお前が居たからだ――本当にありがとう!」
「……はい」

 メルディウスの顔を見て頷いた星に、向かって紅蓮達とギルドのメンバーも深く頭を下げた。

 困惑した様子であたふたしている星にメルディウスが再び「ありがとう」とお礼を言うと、顔を上げた紅蓮が今度はエミルの方を向く。

「またどこかで会えればいいですね。共に戦えて良かったです」
「ええ、本当に……」

 エミルと紅蓮は互いの顔を見て短くそう言った。

 するとその小虎もデイビッドの元に駆け寄ると彼に向かって手を差し出す。

「僕もデイビッドさんと侍の話ができてすごく楽しかったです!」
「うん。俺もだよ小虎くん! 共に侍の心を忘れなければ、きっと現実世界でも会えるさ!」
「デイビッドさん……」

 互いにがっしりと手を握り合う2人がゆっくりと離れると、メルディウスに呼ばれて彼が小走りで戻っていく。
 その後、笑みを浮かべた彼等がコマンドを操作してログアウトの項目を指で押す。彼等の体が薄く透けていくと、そのままスッと完全に姿を消した。

 それを見届けたエミル達も感慨深げに仲間達の顔を見渡している。すると、黙っていたエミルが徐に口を開く。

「みんな本当にお疲れ様。今までありがとう……フリーダムはなくなるかもしれない。でも、きっと他のゲームで会えるはずよ? だって、生まれも住んでいる場所も違う私達がこのゲームで出会えたんですもの。次もきっと……」

 彼女のその言葉に、エリエが自信満々に言い放った。

「大丈夫だよエミル姉! 私がお父様に頼んで皆の住所を聞き出すから、ゲーム内では伝えられないようになってるけど。登録時の情報を直接確認すればいいだけの話だしね」
「それは権力の濫用じゃないか! さすがにそれはダメだろ!」

 反論したデイビッドに、エリエはムッとしながら叫んだ。

「別にそれくらいいいでしょ? またみんなで会うためならなんだって使うわよ!」
「……まあ、確かにな」

 彼女の案を否定したが、本心ではディビッドも仲間達との関係が切れてしまうのは嫌なのだろう。
 まあ、それも無理はない。この世界に閉じ込められ、様々な困難を乗り越えてきた仲間達だ。苦楽を共にしたことで、更に絆が強くなっていたからだ。

 ディビッドとエリエの話に割り込んできたミレイニが胸を張って威張りながら言った。

「エリエはバカだから向こうに戻っても、これじゃおもいやられるし」
 
 カレンの背後からひょっこりと現れたミレイニがエリエに向かって言い放つ。
 怒ったエリエが彼女に襲いかかろうとした時、その間にカレンが割って入る。不機嫌そうに眉を釣り上げるエリエ。

 だが、両者は一定の距離を保ったまま動かない。いや、カレンは圧倒的に優位とも言いたげにほくそ笑んでいるところを見ると、どうやら動けないのはエリエの方らしい。
 カレンが余裕を見せている理由は至って簡単で。ただ単に、エリエの選択している基本スキルが『スイフト』でカレンが選択している基本スキルが『タフネス』だからだ――。

 スピードで勝るエリエの目的はカレンの背中に隠れているミレイニを捕まえることだが、それは非常に難しい。その原因がカレンであり、カレンの使える基本スキルの『スイフト』の効果で強化された攻撃力である。

 スピードではエリエに勝てないものの、カレンは彼女の目的であるミレイニを近くに置いている。目的が分かっているカレンにとってはエリエをミレイニに近付けなければいいだけだ。カレンはカレンを突破して更に嫌がるミレイニを担いで離れなければならない。

 現実的に考えてそれは不可能だから、圧倒的に有利なのはカレンの方で間違いない。それがカレンが余裕の表情で口元に勝ち誇ったような表情を浮かべている理由だ。

 苦虫を噛み潰したような表情をしているエリエを更に挑発するようにカレンが言った。

「どうした? 来ないのかよ」
「……くッ!!」

 悔しそうに唇を噛んだエリエだったが、分が悪いのは分かっている。仕方なく諦めたエリエが呟く。

「今回はいいわよ……」

 そう呟いた彼女に、カレンの後ろに隠れていたミレイニがにんまりと笑みをこぼす。

 そしてそっぽを向いているエリエに向かって指差しながら叫んだ。

「そんなこと言って、本当はこのお姉ちゃんが怖いだけだし! エリエはビビリだし!」
「はっはっはっ! エリエがビビリなのは同感だね!」

 ミレイニの言葉に反応して笑い出したカレンに釣られるように、彼女に向けて指差していたミレイニも笑い出す。

 大きな笑い声を上げて笑う2人を見て、エリエは悔しそうに彼女達に背中を向けると

「向こうに行ったら覚えてなさいよ……」

 っと小さく呟くと、なにかを思い出したように再び笑っているカレン達の方を振り向いて叫んだ。

「てか、どうしてアンタ達は仲良くなってるのよ! ミレイニ! どうして私は呼び捨てでカレンはお姉ちゃんなのよ!!」

 不満をあらわにさせるエリエ。

 まあ、無理もない。ミレイニと一緒にいた時間はカレンよりも遥かに長いはずだ。しかし、ミレイニにエリエが『お姉ちゃん』なんて言われたことはない。
 しかし、今までそれほど仲のいい感じを見せなかったカレンの方が自分よりも先にお姉ちゃんと呼ばれたことが納得できない。

 驚くエリエに向かってカレンがミレイニの肩に手を乗せて得意げに答える。

「今日仲良くなったんだ!」
「エリエをバカにし隊を結成したし! 敵の敵は味方だし!」

 仲良さげに互いに笑い合うカレンとミレイニを見ていると、エリエは更に不機嫌になって眉を釣り上げながらカレンを睨み付けた。

 それに気付いているのか、カレンは勝ち誇った様子でエリエを見下すような視線を向けて。

「まあ、この調子なら星ちゃんが俺の事を『お姉ちゃん』と呼ぶようになるのも早いかな。はっはっはっはっ!!」

 大きな声で笑うカレンに、握り締めた拳を小刻みに震わせていたエリエがその手を腰に差していた剣の柄に手を掛ける。

「――言ってくれるわね……勝負しなさいカレン!!」

 その言葉を聞いたカレンはニヤリと口元に笑みを浮かべながら挑発するように拳を構えた。

 エリエもそれには頭に来たのか、コマンドを動かしてPVPの確認画面へと進める。その直後、2人の間にデイビッドが割って入るとエリエとカレンを止める。

「待て待て! 待てよ2人共! こんな状況でPVPをするつもりか!?」
「止めないでよデイビッド! 仕掛けてきたのはカレンなんだから!」
「おいおい。俺は本当の事を言っただけで、仕掛けてきたのは間違いなくお前だろ!」

 デイビッドを挟んで互いの顔を見合って睨み合う2人の視線を、デイビッドが再び互いの視線を遮るように体を割って入る。

「だから待てって言ってるだろ! まだログアウトできると確認できただけで、それが解除される事もあるかもしれない。そんな事が分からない君達じゃないだろう!」
「「……ごめんなさい」」

 エリエとカレンは怒られたことで、しょんぼりしながらデイビッドに謝った。

 それを横目で見ながらエミルは満足そうに頷くと、隣にいるイシェルと星の前までいって膝を折って星の体をゆっくりと自分の方へと抱き寄せた。
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