第361話 別れの宴会4

文字数 4,081文字

 振り返ると、そこにはメルディウスの姿があり。彼が表情を曇らせ徐に告げた。

「行くぞ白い閃光。今は他のギルドに関わらない方がいい」
「……どうして? 彼等も一緒に戦った仲間なのに……」
「…………訳は後で話す。いいから行くぞ!」

 少し強い口調でそう言われ、エミルもその場は彼の言葉に従った方がいいと思い、足早にその場を離れた。

 メルディウス達とエミル達は廊下の一番奥の部屋に通された。まさにお座敷と言った感じの畳の上に座布団を敷かれ、漆塗りの一人用のお膳が置かれている。

 エミル達は主賓席代わりに用意されていた一番奥の席に案内されると、座ったエミル達と向かい合うようにして彼のギルドメンバー達が座っていく。

 全てのメンバーが席に着くと、皆が目の前に置かれたお酒とジュースを持ってそれを大きく掲げる。その直後、メルディウスがビールの入ったジョッキを手に徐に立ち上がった。
 
「――ここにいるのは、俺達を助けてくれた命の恩人達だ! 彼女達がいなければ、俺達もゲーム内のプレイヤー達も全員殺されていた! 俺達の恩人である彼女達に感謝! 止めを刺した剣聖に感謝! そして、失った仲間達に感謝を込めて――――乾杯!!」
『乾杯!!』

 メルディウスが声を上げると、その場にいた全員が険しい表情で手に持った器を更に天に掲げた。
 
 だが、いざ宴会が始まると、皆笑顔で楽しそうに飲み食いしている。その中には、星の近くに来て乾杯をする者までいた。
 楽しそうに笑顔でやってきては乾杯を迫ってくる彼等に、星も戸惑いながらもグラスを掲げてカチンと鳴らしては軽く頭を下げて去っていく。

 それを横目に嬉しそうに微笑みを浮かべているエミルとしては、今まで人の陰に隠れて表に出ることのなかった星が、自分以外の人達に認められているのが素直に嬉しいのだろう。まあ、そんなことを星に言えば、控えめな彼女のことだ『私は別に大丈夫です』とか言いそうだ――。

 上機嫌で星のことを見守っているエミルの側にメルディウスが座った。

 エミルの側に腰を下ろしたメルディウスは、胡座を掻いて畳の床にビールの入った瓶を置くと、空のジョッキをエミルの方へと突き出した。

「白い閃光。お前は飲めるのか?」
「――えっ? いえ、私はまだ成人じゃないので……」

 エミルはそう言って、彼が突き出している空のジョッキを両手で軽く押し返す。
 
 メルディウスは「そうか」と少し残念そうに呟くと、彼女の前に突き出していた空のジョッキグラスを畳の上に置く。

 彼としては『白い閃光』の異名を持つエミルと酒を酌み交わしたかったのだろう……。

 その直後、もう一つ自分の飲んでいたジョッキの中のビールを一気に飲み干すと、置いていたビール瓶から自分のジョッキにビールを注いでいく。

 そして楽しそうに騒いでいる仲間達を見て、彼等とは逆に険しい表情でエミルの方を向いた。エミルも彼のその表情を見て、神妙な面持ちで彼の言葉を待っていた。

「……さっきお前を止めただろ? その本当の理由を教えてやろう」
「はい。……その理由は?」

 生唾を呑み込みエミルはメルディウスの顔を見つめている。

それも無理はない。普段は真面目とは程遠い彼の様子からは真面目な今の姿は想像もできない。逆を言えばそれだけ、今回の彼の言葉は重いということでもある。

「今回の戦闘で数万のプレイヤーを導入して、被害は千人弱のプレイヤーが消えた。幸い俺達のギルドには被害はない。だが、始まりの街で現在最も強いと言われている大規模メルキュールでも数十人の犠牲者を出した。確かに剣聖やお前の活躍で俺達は現実世界に帰れる。しかし、それは俺達は……という事だ。消えた仲間達はもう戻らない!」

 そこまで口にしたメルディウスは口を閉ざす。だが、彼の手に持っているグラスがカタカタと小刻みに震えている。
 彼も共に戦った仲間達を失ったことを思い出して後悔しているのだろう……もちろん。その場でなにか行動して変わったかといえば、逆に被害が増えていたかもしれない。

 しかし、だとしても『なにかできたのではないか……』そんな思いが湧き上がってくるのは仕方がないことだ。

 自分もギルドを率いる長であるからこそ、その感情も必然として大きくなってしまうのだろう。

 エミルもその気持ちは彼と同じだ――もしも、星やエリエ。仲間の誰か一人でも欠けていればと考えるだけで気が狂いそうで怖い。
 メルディウスが廊下でエミルを、メルキュールの宴会をしている部屋の前で止めたのはエミル達は誰一人仲間を欠いていないことが理由だったのかもしれない。

「それにだ……俺達はこのゲームを2年以上プレイしている。それも、今回の事件で運営はセキュリティー面の弱点を世論から責められるだろう。そうなったら、もうゲーム運営はできなくなる」
「そうですね……」

 彼の言葉を聞いたエミルはジュースの入ったグラスを一口飲んで、暗い表情で俯きながら呟く。

「でも、もしかしたら存続される可能性も……」
「そんな可能性はありませんよ?」
 
 2人が話していると、そこに紅蓮がやってくる。

 彼女はメルディウスの隣に座ると、エミルの希望を打ち砕く様に淡々と喋り始めた。

「この事件が発生した事は本来ならば防げるものでした。事件に関与したのは実質一人の科学者です。簡単に言うと、その科学者に数百人~数千人規模の世界的な国連という組織はハッキングを受けたわけですよ? この【FREEDOM】という世界初のフルダイブ式のVRゲームは危険性を軽視していた好奇心旺盛な若者の支持と、リアルマネーを使用せずに仮想通貨として利用していた富裕層の支持で保っていました。今まではなんの問題もなく運営してきたからこそ。それが結果的に、初期に批判していた世論の信頼を勝ち取っただけに過ぎません――しかし、今回の事件でフルダイブ式のゲームは娯楽ではなく。殺人を容易にできる凶器と化しました。しかも、運営する国連に属する組織はそれになんの対処もできなかった……その意味がお分かりですか?」

 紅蓮の言葉に、エミルはなんの反論もできずに口をつぐむしかなかった……。

 そこに追い打ちとばかりに紅蓮が言葉を続けた。

「私達が現実世界に戻れば、様々な情報を仕入れることができます。しかも、現実世界に戻って、もしも彼の言っていた通りに犠牲者が出ていたとしたら、その遺族も味方にして世論は責めてくるでしょう。日本はこのゲームを開発した国であり、近未来的な高い技術力を売りにしてますから……アメリカ、ロシアは独自のゲームサーバーを開発できていますが、殆どの国が日本のメインコンピューターにあるサーバーを利用しているのが現状です。技術力が全く追い付いてこないんです。国連に属する組織が運営権を持っているというだけで。結局はアメリカ、ロシア、日本だけが甘い汁を吸って他の国はそれに群がっているだけの構図が正しい見方です。つまり関われない各国の本音は『手に入らないのならば、日本の世論を味方に付けてこの機に乗じて潰してしまえ』ということなんです。存続なんて、相当な事が起きない限りはありえませんよ……」

 そう告げた紅蓮の表情はどことなく悲しそうに見える。
 まあそれも無理もないだろう。紅蓮はメルディウス、バロン、デュランで四天王と呼ばれ、このゲームがベータ版だったことからテストプレイヤーとして参加してきた。

 このゲームに掛ける思いは、正式リリース勢であるエミル達には理解することはできないのだろう。何故なら、彼女達テスターと呼ばれるプレイヤーは開発チームと親密に話をしてバグや改善点などを話し合って、この大人気VRMMO【FREEDOM】を作り上げてきたからに他ならない。

 悲しそうな紅蓮に、エミルはどう言葉を掛けていいものか分からずに口を閉ざしていると、紅蓮が感慨深げに言った。

「……でも、楽しかったですね」
「ええ、楽しかった……」
「ああ、いいゲームだった……」
 
 紅蓮の言葉にエミルもメルディウスも今までの日々を思い出しているのか、瞼を閉じながら感慨深げに頷く。

 しばらく感傷に浸っていると、メルディウスがジョッキに入っていたビールを飲み干して楽しそうに酒を酌み交わす仲間達を見ながら呟いた。

「……こいつらとも、もう少しでお別れだ。もう現実世界に戻った奴らも多くいる。俺達は二ヶ月近くこの世界に閉じ込められている。リアルでの俺達の体もそうだが、その環境も大きく変わるだろう? 二ヶ月は短いようで長い……ゲームやってて二ヶ月間寝たきりなんて、笑い話のネタにもならねぇー。酒でも飲んで、勢いで向こうの世界に帰らないとやってられないのさ……」

 メルディウスのその言葉に、エミルも納得するように深く頷いた。

 おそらく。彼の言葉は皆が思っていることであり、事実なのだ――エミル自身も内心ではそう思っている。ゲームクリアーすることに今まで集中していて、リアルに帰った後のことは考えている暇がなかった。

 しかし、いざ帰れるとなると頭の片隅にあったリアルに戻った時の恐怖心が蘇ってくる。こればかりは、どんなにゲームをやり込んだベテランプレイヤーでもどうしようもないだろう。

 エミルの方を向いたメルディウスが、手に持っていた空のグラスを置いて徐に口を開く。

「――暗い話は終わりだ! さあ、今日はとことん楽しもうぜ!」
「まあ、考えてもしかたないことですしね!」

 そう言ったエミルはビールの入っている瓶を持って、メルディウスの前に置かれている空のグラスにビールを注ぐと、エミルもジュースの入ったグラスを持った。

 すると、メルディウスは口元に笑みを浮かべ、エミルの注いだグラスを持って彼女の持っているグラスに軽く当てる。

 2人が微笑むと、紅蓮が横からエミルの持っているグラスに自分のグラスを当てた。

「私達はこちらでベストを尽くしました。そこで私達の仕事は終わりです。後は今を楽しむだけです」

 エミルは紅蓮の顔を見ると、にっこりと微笑んで手に持っていたグラスを口に運ぶ。
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