第341話 太陽を司る巨竜4

文字数 3,670文字

 っと、咆哮で吹き飛ばされたレイニールが巨竜の姿に変わっていた。
 さすがにあの音響兵器とも等しい破壊力を持つ咆哮を上げられては、小さなドラゴンの姿では太刀打ちできないと判断したのだろう。

 咆哮を上げていた巨大なドラゴンが、その視線を正面に向けると大きく口を開く。その口の中が炎で満たされる。

 直後。巨竜の姿のレイニールが慌てた様子で周囲に叫ぶ。
 
「――お前達、逃げろ!!」
 
 その場に集まっていたプレイヤー達は空中にいる黄金の巨竜の声を聞いて、慌てて更に赤い鱗のドラゴンから距離を取った。

 すると、その直後に口の中に含んでいた炎が口の中に空気とともに吸い込まれ、代わりに赤い熱線が吐き出される。

 赤い鱗のドラゴンの口から真っ直ぐに放たれた熱線は、地面を刳り一瞬で焦土と化しながら突き進み地平線の彼方まで貫く。
 大気に轟く衝撃波が減って少しずつ威力が弱まり熱線の勢いが収まると、ドラゴンは口の中にわずかに残った炎を拭うように首を振ると、空に向かって咆哮を上げた。

 再び襲ってきた衝撃波に皆耳を押さえて耐えると、その青い瞳がギロリとレイニールの方を向いた。

「……ラー」

 その瞳を鋭く睨みつけ、焦土と化された真っ赤にただれた地面を見てレイニールは憤った様子で、そのドラゴンの鼻先に飛んでいく。

 ドラゴンの視線はレイニールから離れることなく、目の前にきたレイニールをその大きな瞳が捉えていた。

 その視線を受けても物怖じせずにレイニールが叫ぶ。

「お前がどうしてここにいるのだ! お前はゲームマスターの許可がなければ動けないはず! それがどうして……」

 すると、ドラゴンは再び口を大きく開いて口腔内に炎を溜めた。

「……お前は誰だ? ラーではないのだ! 我輩と同じく誇り高いあいつがこんなことをするはずがない!」

 訝しげに睨むレイニールの言葉を無視するように、口の中の炎が更に溜まり、それが一気に喉の奥へと吸い込まれた。 

 次の瞬間、レイニール向けて放たれた熱線がその体を包む。

「――ッ!? レイちゃん!!」

 エミルが叫ぶが、巨大な赤い熱線の中に呑み込まれてしまったレイニールの姿は確認できない。

 っとその時、熱線の中に呑み込まれたレイニールのいた場所が金色に輝き出した。

 徐々に大きくなるその光は、ドラゴンの吐き出す熱線を弾き飛ばしている。
 次第に勢いが弱まるその熱線の威力と同じくして、熱線に覆われていたレイニールの姿がくっきりと出てくる。

「どうやら、我輩にお前の炎が効果ないことすら忘れているようだな……お返しだ!!」

 そう言った直後、今度はレイニールの方が口いっぱいに炎を溜め込む。そして、それを開けたままになっているドラゴンの口の中に目掛けて一気に吐き出した。

 ドラゴンは苦しそうに巨大な頭を上下左右に激しく揺らすと、再び口から熱線を吹き出し空に向かって放つ。

 茜色に輝く空を真っ赤な熱線が駆け上がり、雲を真っ二つに切り裂く。

 直後。ドラゴンの体にから噴き出していた炎が集まり巨大な炎の翼を作る。
 その翼をはためかせると、周囲に炎と熱風を撒き散らしながら、全長5kmはあろうかという巨体がゆっくりと浮かび上がり、レイニールの吐く炎から逃れる様に空に舞い上がる。

 地面にいるプレイヤー達はその炎の翼から漏れ出す火と熱風によって、ダメージを受けていた。
 上空に逃げようとするドラゴンを追って地上付近で止まっていたレイニールが翼をはためかせると、地響きと共に地面から巨大な手が伸びてレイニールの両足を掴む。

「――なんだと!?」

 レイニールが地面を見ると、地中から顔を出した巨人が咆哮を上げる。すると、その咆哮によって周囲の地面にクレーターができ、地面に埋もれていた巨人の姿が露わになった。
 胸に大きなライオンの顔のような装飾が施された黄金の鎧を着た屈強な男の姿、そして腰には剣を背中には盾を装備している。その巨体はレイニールよりも更に大きく、ゆうに100mはあるだろうか。

 突如現れたその巨人に、レイニールは憤りを隠せない表情で鋭く睨みを利かせている。

「……貴様。我輩の邪魔をしようと言うのか? この使い魔風情が調子に乗るなよ!」

 自分の足を持った巨人にレイニールが炎を浴びせると、巨人はその炎を纏ったまま飛び立とうとするレイニールを腕力に物を言わせて地面に叩きつけた。
 木々を薙ぎ倒し周囲に土煙を上げながら、背中から激しく地面に叩きつけられたレイニールだったが、それでも炎を吐くのを止めない。ここまでくると、その執念の凄まじさに感服するばかりだ……。

 向かい合ったまま近距離でレイニールの炎を受けた巨人は堪らずレイニール右足から左手を放すと、背中に背負っていた盾でレイニールの口から吐かれている炎を防ぐ。
 徐々に上にいく炎を追って盾で顔を防いだ直後、それを待っていたと言わんばかりに、レイニールの体が金色に光って巨人の眼の前から一瞬レイニールの姿が消えた。

 もちろん。消えたわけではなく、ただ小さなドラゴンの状態に変化しただけだ。

「我輩から一瞬でも目を離したお前の負けじゃ!!」

 巨人の手を逃れたレイニールは空中で回転して体勢を立て直すと、再びその体を輝かせ巨竜の姿に戻って目標を失って動揺した様子の巨人に体を打ち付け、その巨体を地面に押し倒して今度はレイニールの方が巨人を押さえ込む。

 レイニールに押さえ込まれた巨人が暴れる度に、レイニールが拳で殴り付けて黙らせる。

 だが、巨大なドラゴンと巨人が暴れ回っていれば、周囲にいたプレイヤー達は逃げ惑うしか方法などない。
 地面を逃げ惑うプレイヤー達を見て、レイニールは対峙している巨人の体をがっしりと掴むと、翼を激しく動かして空中に舞い上がる。
 
 レイニールはこのまま戦っていたら、プレイヤーの中から犠牲を出すと分かっていたのだろう。そして、それは主である星が最も嫌がることであるのも同時に知っていた。だからこそ、このままこの場所で戦うよりも、この場を離れて戦った方が得策だと判断したのだ――。

 そして空中にいるリントヴルムの背に乗ったエミルに叫ぶ。

「エミル! あやつがここに現れたということは、必ず近くに主がいるはず――主を探せ! おそらく。奴を倒すにはゲームマスター権限を持った主が必要なはずじゃ! それでは頼んだぞ!!」
  
 頷くエミルの顔を見たレイニールは持ち上げた巨人を抱えたまま、その場を離れていった。
 
 その後ろ姿を見送ったエミルは、すぐに地上にいる紅蓮達に向かって告げる。

「この場所に星ちゃんが必ずいるはずです。彼女でなければ――剣聖の力を使わなければ、あのドラゴンを止めることができません。全力であの子を探して下さい!」
「しかし、あれほど探していなかったということは、探すのには少し時間が掛かりますよ? それまで、あの上空のドラゴンが黙っていてくれるとは思えません」

 紅蓮はエミルの言葉を聞いて、そう冷静に言葉を返した。
 確かに彼女の言う通りだ。さっきまで、千代のプレイヤーを挙げて全力で星を捜索していたのだ。それでも見つからなかった星を、この数キロにも渡るほどの巨体を持ったドラゴンを上空に放置して捜索することなどできない。

 だが、そんな彼女に向かってエミルは微かな笑みを浮かべると。

「――私が時間を稼ぎます。命に代えても……」
「それは賛同しかねます。時間稼ぎをするなら、貴女よりも私の方が適任です……私の不死の能力をお忘れですか?」

 まあ、紅蓮ならば味方が危険に晒されると知れば、そう出てくることは分かっていた。

 紅蓮の固有スキル『イモータル』はダメージが致死量に達しても、自動的にそれを感知してMAXまで回復する。
 痛覚はカットできないが、それでも撃破されないということはゲーム世界では最大のアドバンテージと言える。
 
 だが、それは有利に働くのは実力がきっこうしている相手の場合だ――それが己との実力差に幅が広がれば広がるほど、顕著に出てくる。

 これがモニターなどでするゲームならば関係ない。問題なのはこのゲームには『痛覚』が存在するということだ。
 
 本来は痛覚が一定値を超えれば気絶し強制ログアウトとなり、アバターも近くの街に戻る。しかし、外部との接続を切られている今の状況では、その全ての機能が作動しない。

 つまり、ボス級の敵を痛覚レベルを軽減されているとはいえ、死に匹敵する苦痛を受けながら相手の攻撃をエンドレスで受け続けるというわけだ。

 いくらゲーム世界であり、初期の身体能力やステータスなどが均等なアバターを使用しているとはいえ。その容姿は現実世界に依存するものだ――紅蓮のその小学生の様な華奢な体にいつ終わるか分からない苦痛を与えることはできない。

 本人がいくらエミルよりも年上だと言っていても、それはあくまで自己申告によるものであり。その真相はリアルの彼女に直接会ってみなければ分からないのだ。

 自分が囮役をやると買って出た紅蓮に向かって、エミルは首を横に振った。
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