第131話 アジトへの潜入6

文字数 3,913文字

 驚くエリエのその横で、ミレイニが誇らしげに言った。

「これが強力ボスモンスターの炎帝レオネルだし! ちなみに青い炎の方が赤い炎よりも温度が高いんだし。これはちょっとした豆知識だから、覚えておくといいかもだし!」

 指を立てて自慢気に豆知識を披露するミレイニにエリエは少しイラッとしたものの、気を取り直して現れたライオンに目をやった。

 青い炎の鬣はメラメラと揺らめきながら燃え上がってる。

 その体を覆う白い毛は、まるで新雪のようにふさふさで炎の光を受けてキラキラと輝いている。瞳は青く宝石のようだし、なにより凛として堂々たるその姿は、まさに百獣の王の名に相応しいものだ。

 その直後、ミレイニが現れた青い炎の鬣のライオンの体に抱き付く。

「アレキサンダー。相変わらずふかふかだし~」

 抱きついているミレイニのすぐ横には、メラメラと燃える炎がある。
 主人の愛情表現にライオンの鬣が更に大きく激しくなり。このままでは、ミレイニは大火傷する危険があると思い。

 それを見たエリエは慌ててミレイニに叫ぶ。

「――バカ、炎が! 危ないから早く離れなさい!!」

 慌てふためいているエリエが近付こうとするが、その炎の勢いと熱にたじろいでしまう。しかし、心配するエリエを余所に、ミレイニは何ともなさそうにきょとんとしている。
 
 っと遂にミレイニの体の直ぐ側まで炎が迫ってくる。これだけ近付いていればその熱で火傷を負いそうなものだが、ミレイニはそれでも何ともないといった表情で、あんぐりと口を開いたまま突っ立っているのエリエを見て小首を傾げている。

 だが、エリエが驚くのも無理はない。普通なら炎に触れているだけで、ゲームであれダメージを受けるのは間違いない。そして、腕がすっぽりと入っている今の状況下であれば尚の事だろう。

 ミレイニは横に燃えている炎の鬣を見てにやりと悪戯な笑みを浮かべ、そーっと炎に手を伸ばす。

「……大丈夫だし」
「ば、ばか! なにしてるのよ!!」
(……何考えてるのよ。この子!? 炎の中に手が――)

 予想外のミレイニの行動にはっとしたエリエが思わず目を瞑る。
 次にミレイニの悲鳴が聞こえてくると思い込んでいたエリエの耳に飛び込んできたのは、楽しそうに笑うミレイニの声だった。

 ミレイニは炎の鬣の中で体を優しく撫でていた。しかも、ライオンの方も満更ではないようだ。

 喉を鳴らしながら、ゆらゆらと尻尾を振っている。

 その姿にエリエの頭の血管がブチッ!っと音を立てて切れる。

「……ミレイニ。あんた人を脅かして……」

 憤ったエリエがミレイニに近付こうとすると、ライオンの青い瞳が鋭く光って大きく咆哮を上げた。

 エリエの殺気に反応したのだろう。一気に鬣の炎が燃え上がり、それと同じくして更に激しさを増した炎の熱がエリエを襲う。

「熱い!!」

 咄嗟に後ろに飛んで距離を取ったエリエは目を丸くさせた。

 それもそのはずだ。先程、エリエが熱を感じたその鬣に、ミレイニがすっぽりと顔を埋めていたのだ。

「な、なんであんたは平気なのよ!?」
「ふふ~ん。アレキサンダーは心を許した相手にしか、炎を預けてくれないのだ!」
「へぇ~」

 ミレイニは素っ気なく返したエリエに不満そうに「反応薄いし」と不服そうに頬を膨らませている。
 彼女としてはもっと驚いてもらえると思っていたのだろう。まるでフグの様に頬をぷっくりと膨らませたままエリエのことを睨んだ。

 そこで、エリエは今更ながらにフリーダムのシステムのことを思い出す。

(……あれ? ここは建物の中。なのにどうして、あの子は固有スキルが発動できるの?)

 ふと沸き起こってきた疑問をエリエは、ライオンと楽しそうに戯れているミレイニに尋ねる。    
 
「そのライオンはあなたの固有スキルなんでしょ? どうしてこの場所で呼び出せるの?」

 エリエの疑問も最もだろう。この場所――つまりは、非戦闘区域に指定されている屋内では如何なる戦闘行為も行えない。

 それは戦闘行為の中に含まれている固有スキルの使用も制限されるということであり、今ミレイニが固有スキルである獣を召喚できるはずがないのだ。

「ああ、この城の階層は分かれていて、広場だけは固有スキルが使える様になってるし。他の場所ではギルドマスターが武器の使用を仲間であっても制限してるらしいし。でも、あたしだけは例外だし。あたしのスキルは『ビーストテイマー』元々は獣系のモンスターを手懐けるものだし。えーと、簡単に言うとこの指輪だし!」

 ミレイニは右手の中指にはめられた指輪を前に突き出す。

 それをサラザ達も食い入るように見つめる。

 彼女達の反応に気を良くしたのか、ミレイニは得意気になって説明する。

「この指輪は別の場所からこの場所に転送できるトレジャーアイテム『リング・オブ・ゲート』だし。これがあれば、いつでもどこでも思い通りの場所に、テイムしているモンスターの召喚が可能だし。ちなみに、戦闘用アイテムじゃないから、制約にも引っかからない。あたしの固有スキルはテイムする時しか固有スキルは発動されないんだし。だから、召喚の際はこの指輪を使えば何の問題もない……こんなの初歩の初歩、常識だし。こんなことも知らないなんて、素人も素人。そんな奴はもう、もぐりとしか――」

 自慢げに胸を張って話しているミレイニの頬をエリエが思い切り引っ張る。

「――あんたの固有スキルの事なんて、私達が知ってるわけないでしょ!? ほら、謝んなさい。ごめんなさいって!!」
「ほえんあはい! ほえんあはい!!」

 瞳を潤ませながら謝るミレイニの頬をむっとしながら引っ張っているエリエ。

 ミレイニの偉そうな態度が相当気に障ったのか、なかなかエリエも手を離そうとしない。その様子を見兼ねたサラザが声を掛けた。

「エリー。そんな事いいから」
「ああ、そうだった!」

 エリエは思い出したようにミレイニの頬から手を放すと、レイニール達の方へと向かって歩き出す。

 レイニールとガーベラは押し問答を止め、互いに顔を睨み合っている。そんな2人の側にいくと、エリエは大きくため息をついた。

「それで、決着は着いたの?」

 その声に反応してレイニールが叫ぶ。

「決着もなにも……こいつが、一歩も引かんのじゃ!」
「あたり前だろ? ここはタフネスである私か、サラザがタゲ役になる方が安定して――」
「――だから、我輩はお前達とは違うと、何度も言ってるのじゃ!!」

 再び言い争いを始めるレイニール達に、エリエは頭を抱えている。

 レイニールもガーベラもどちらも負けん気が強い性格らしく。これ以上、何か言って止めようものなら火に油を注ぐ結果にしかならない。これは自然と沈静化するのを待つしかなさそうだ――。

 そんな状況でその横から、今度はミレイニが口を挟んできた。

「あたし、あたしに任せるし! アレキサンダーとギルガメシュのすご~い技を見せてあげるし!」

 エリエは大きなため息をつくと手で顔を覆って天を仰いだ。
 それもそうだろう。もう結構な時間、敵の本拠点の階段で立ち往生している。にも拘わらず、作戦は一向にまとまらない。

 そんな中、エリエの脳裏にふとエミルとデイビッドの顔がチラつく。

(――こんな時、デイビッドやエミル姉がいてくれたら……)

 そんなことを考えながら、まとまりに欠けるメンバー達を見つめていた。

 だが、いつまでもここに留まっているわけにもいかない。
 確かにミレイニの言う通り、移動速度の最も速い炎帝レオネルとミレイニのペアを行かせるのが正解かもしれない。

 しかし、彼女は元ダークブレットのメンバーであり。しかも、裏切る裏切らないに関わらず。頭の出来は左程いい方ではないようだ。
 おそらく。突撃を掛けて速攻で追い込まれ助けを求めながら、泣き喚く彼女の姿が目に見えるようだ……。

 レイニールを先に行かせても。レイニールもレイニールで攻撃力はあるものの、あまり頭の方は良くない。
 いや。それ以前に人間状態ならまだしも、ドラゴン状態に戻れば、その重量に耐えかね地面が陥没する恐れも捨てきれない。

 エリエは考えを巡らせていたが、一向に打開策になりそうなものは浮かばない。

(……こんな時。こんな時あいつなら……)

 瞼を閉じてもしもデイビッドなら、この状況をどう打開するかを考える。

 こういう時。デイビッドなら、なんらかの意見を出してくれるに違いない。
 その時、エリエの脳裏にデイビッドが、レイニールの背中から飛び降りていった最後の姿が浮かぶ。

(そうだ! あいつなら、自分が囮役になってでも血路を開く!!)

 エリエは覚悟を決めたように瞼を開くと、皆に向かって叫んだ。

「皆! 私が先に突入する。その後サラザ達、オカマイスターに突入してもらって、最後にミレイニ、レイニールの年少コンビに行ってもらうわ!」

 エリエがそう言い放つと、レイニールは彼女の提案が不満なのか、それに異を唱えた。

「ええい。ちょっと待つのじゃ! 我輩はお前達より年上じゃぞ!? それに上に居るのが氷雪系のドラゴンならば、我輩が突入して――」
「――だめよ。あなたがドラゴンの姿に戻れば、城の床が抜ける恐れがある! レイニールはそのままの姿で、できうる限りのサポート。いいわね!」

 彼女の勢いに押され、レイニールは思わず口籠ると。

「うぅ……仕方ないのじゃ」

 っと、珍しく素直に引き下がる。

 エリエは決意に満ちた眼差しで、階段の先に開いた次の階への入り口を見つめ叫んだ。

「必ず皆生き残って、星を連れて帰るよ!」
『おー!』

 その場に居た全員が声を合わせてそう叫ぶと、再び次の部屋に向かい歩き出す。
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