第148話 ダークブレット日本支部崩壊3

文字数 4,819文字

 エミルの突然の行動に驚きを隠し切れないといった表情で、地面に倒れ込むイシェルがエミルの顔を見上げている。

「……えっ?」

 リアルの世界でも親しい間柄のイシェルからしてみれば、エミルがそんな行動に出るなんて思ってもみなかったのだろう。

 地面に伏せてあまりのショックから状況を全く飲み込めていないイシェルを、エミルは冷たい瞳で見下ろすと重そうに口を開いた。

「――わ、悪いけど。イシェ、これからはお姉様と一緒に行動するから……」
「……えっ? えっ? 嘘やろ? エミル」

 イシェルはあまりに突然の出来事にまだ動揺しているのか、視点が定まらずに呆然としている。
 困惑するイシェルの表情を眺め、ライラは口元にニヤリと勝ち誇った様な微笑みを浮かべた。

 直後。ライラが彼女の首に腕を絡めるとそっと耳打ちする。それを聞いて、エミルの表情が明らかに曇る。何を言われたかは彼女のその沈み込んだ表情を見れば分かった。

 そんな彼女に釘を刺すように「分かってるわよね? エミル」と悪戯な笑みを浮かべ、ライラが耳元でささやく。すると、エミルは虚ろな瞳に変わり、淡々とした口調でイシェルに向かって言い放つ。

「……ごめんなさい。あなたとは遊びだったの……」
「ふふっ、だって。エミルは身も心も私の物よ」

 ライラは勝ち誇った様に地面に這いつくばっているイシェルそう言い放つと、エミルの体をゆっくりと撫でまわす様に手を這わせている。

 その姿を見て、イシェルが顔を真っ赤にしながら叫ぶ。

「うちのエミルに何するんや!! 今すぐその汚らしい手を放せええええええっ!!」

 イシェルは素早く立ち上がり神楽鈴を取り出すと、それを振ろうとしたその時、目の前を遮る様にしてライラの前にエミルが立ちはだかった。
 さすがのイシェルも、その彼女の突然の行動には動揺を隠し切れない様子で、まるで金縛りにでもあっているかの様に、その場に立ちすくんで固まったまま全く動けなくなってしまう。

 エミルとイシェルは現実世界でも仲がいい同士。まさかそれが互いに敵意を持って向かい合うことになるなど、イシェルには想像もしていなかったことだろう……。

「……なんでなん? なんでそんな女守るんよ。エミル!!」
「…………」

 だが、その返答に答えることもなく、エミルは無言のまま剣を抜くとイシェルに襲い掛かった。
 エミルの攻撃は吸い込まれるように神楽鈴に当たると、小さくチリンと鈴が音を立てる。

 微かに掠めただけなのだが、イシェルには攻撃によるダメージよりも、精神的なダメージの方が大きいのだろう。
 何と言っても、今まで互いを尊重し合い喧嘩すらしたことのなかったエミルが、自分に対して剣を向けたのだ――いや、それどころか彼女は自分に攻撃を仕掛けてきたのだ。

 口をあんぐりと開け信じられないという表情のまま、神楽鈴を握り締めるイシェルの耳元に、エミルの震えた声が飛び込んできた。

「イシェ……ご、ごめんなさい。でも、今は……今はこうするしかないのよ。分かってちょうだい……」
「そんなの信じられん! 信じたくない! なあ、エミルも本当は……」

 そこまで言葉を口にして、イシェルは口を閉ざす。
 それもそのはずだ。次に顔を上げてエミルの顔を見たイシェルの瞳に飛び込んできたのは、彼女の涙で潤む澄んだ青い瞳だった。

 彼女の心の奥に秘めた思いを、イシェルは彼女のその瞳から、言わなくても『止む終えない』事情があると感じ取ることができた。

 それが分かって少し安心したのか、イシェルは大きく息を吐き出して武器を手放し両手を上げた。

 距離を取って二撃目に入ろうとしていたエミルはそんな彼女の突然の行動に驚きながら、ただただ呆気にとられて目を丸くさせている。

「――うちの完敗やね……あんたの好きにしたらええ……」

 イシェルはそう吐き捨てるように呟き、したり顔で勝ち誇った様な視線を向けているライラを見つめた。
 まあ、今の状況下ではイシェルがどんなにライラと戦いたいと思っていても、前を遮ってくるエミルとの戦闘は避けられない。

 武器を持っていても戦えないのだから、その存在には何の意味もない。
 それよりも武器を捨てて戦闘の意志を放棄したと思わせた方が、エミルの思惑通りに事を運びやすいだろうという彼女なりの配慮だったのだろう。 

 ライラは不敵な笑みを浮かべながら2人に歩み寄ると、ゆっくりとエミルの体を後ろから抱きしめる。

「……あっ。おっ、お姉様……なにを……」

 いたずらな笑みを浮かべながら、エミルの首筋に指を滑り込ませると、エミルの顔を自分の方へと引き寄せて思わせぶりに呟いた。

「ふぅ~ん。別に貴女には用事はない……でも、可哀想だから……今夜、エミルと一緒に可愛がってあげましょうか?」

 ライラのその発言に、イシェルの肩がピクピクと小刻みに揺れ始める。それは明らかに戦意を喪失したイシェルへの追い打ちとも言える行動だった……。

 怒りで震えるイシェルに、エミルは驚きながら慌ててライラの方を向く。

「お姉様! それはいけません!! ……んっ」

 エミルはライラの首に腕を回すと、強引に引き寄せ唇を重ねた。それをまじまじと見せつけられ、イシェルはあまりのことに怒りを通り越して、もはや言葉を失う。

 そのやり取りを無言のまま見ていたエリエも思わず顔を赤らめ、その行動を食い入る様に見つめている。それを余所に、2人はしばらく抱き合いながら濃厚なキスをするとゆっくりと顔を離した。

 ライラは熱を帯びて潤んだ瞳を向けるエミルの頬を優しく撫でると、猫撫で声でささやく。

「――可愛いわね、エミル。そう。貴女は私と2人きりがいいのね~」
「……はい」

 頬を赤らめたエミルが潤んだ瞳でライラの顔を上目遣いで見ると、ライラが静かに頷く。
 
「分かったわ。貴女も私を他の子に取られたくないってことね……本当はその子に私達の仲の良さを見せつけてやろうと思ったんだけど、可愛い妹分の心を尊重してあ・げ・る♪」

 ライラはそう呟いてエミルの頬に軽くキスをすると、心ここにあらずという感じに放心状態のイシェルを横目で見る。その後、エリエを呼び寄せると、4人はテレポートでサラザ達の居る場所へと戻った。

 テレポートすると、エミルは眠ったままの星を見て慌てた様子で駆け寄ってその手で抱き寄せる。

「ああ、星ちゃん。良かった。良かったわ。本当に良かった……」

 瞳に涙を浮かべながら何度も「良かった」と口にするエミルを見ていたエリエは、少し複雑な気持ちになる。

(……やっぱり。私なんかより、エミル姉が一番気にしてたんだ……それなのに私は、自暴自棄になって自分だけ焦って……本当に子供みたい……)

 そう心の中で呟き、エリエは自分の手を見つめる。
 結局戻ってきたのは星の体だけ、心は記憶と共にこの騒動の元凶にして、このゲームをデスゲームという名の牢獄へと変えた首謀者の狼の覆面を被った男の企みによって消されてしまった。

 その手はとても細く小さく感じた。

『何も出来なかった……』

 そんな思いだけが、エリエの心を締め付ける。
 アジトに行って星を取り戻す為に必死に戦った。だが、結果。絶体絶命の状況で二度も星に救われた挙句に、お礼を言おうにも今の星には記憶がない。

 楽しかった日々の出来事の全てを、この一時の事件で全て奪われてしまったのだ。

 その責任をエリエが感じるのは無理もない……。

 まだエミルはその事実を知らないからか、星を抱きしめながらとても嬉しそうに微笑み掛けている。それが失意の中にいるエリエの心の傷を更に深く抉っていた。


              * * *


 その頃、デイビッド達は目の前で音を立てて崩れる城を遠巻きに眺め、その場にいた全員が呆然としていた。

 敵の兵士達もこれまでの生活していた拠点がなくなったことで、そこら中から不安の声が上がっている。
 瞬く間に灰になっていく城を見て、メルディウスは呆然としながら大きくため息を漏らしていた。

「――どうすんだよ。これ……」

 その言葉に答えるように、隣に立っていたバロンが腰に手を当て他人事の様に呟く。

「とりあえず。これはもう住めないだろ……」
「そうだね。なら街に戻ろうか、ここにはもう用事はないからね」
「――って、うおっ! デュラン。脅かすなよ!」

 突然なんの脈絡もなく隣に現れた白いマントを羽織った男に、メルディウスが大きく仰け反る。

「俺は今、ディーノと名乗っている。呼ぶならディーノで頼むよ」

 大げさに身を反らせるメルディウスに、デュランが呆れ顔でため息を漏らす。

 それを聞いて、メルディウスが顔を真っ赤にして叫ぶ。

「ばか野郎が! ゲーム内ではパーティー以外に名前が表示されないからって、お前は偽名を使い過ぎんだよ! ってか、俺達以外にパーティーなんて組んだことねぇーだろお前!!」

 デュランは激昂するメルディウスを余所に。

「僕に仲間は必要ないからね」

 っとさらっと答える。

 だが、それは今の状況下では火に油を注ぐようなものだ――その言葉に、更に激怒するメルディウスを無視して、デュランは歩いていった。

 どうしても掴み所のない彼に、メルディウスは悔しそうに歯を噛み締めた。

 その横に立っていたバロンが、そんなメルディウスの脇腹を小突く。

「いでっ! なっ、なにしやがるバロン!」
「ふん。バカじゃないのか? それで俺様達はどうするんだ? こんだけの数の人間を連れて移動するのは結構な手間だぜ……」

 行き場を失ったダークブレットの兵士達を見渡すと我に戻り、状況をもう一度整理するようにメルディウスは唸る。

 この状況では、ダークブレットの者達の受け入れ先が重大な問題である。
 数十人くらいならまだしも、地を覆い尽くすほどの人集りに、これだけの量になるとさすがにもう一つ街を作った方が早いレベルだ。

 だが、そのまま捨て置くわけにもいかない問題でもある。今はリーダーをデュランが討ち取ったことと、生活の拠点であった城がなくなったことで敵は意気消沈している。

 ずっとこのまま大人しくしててくれればいいのだが、そうもいかないだろう。自然分裂を起こせば、相当数が生活資金と寝床を求めてまた犯罪に手を染めかねない。

 メルディウスとバロンは腕組みしながら立ち尽くしていると、ちょうど小虎と話をしていたフィリスが手を振りながら戻ってきた。

「お兄ちゃ~ん!」

 さすがに実の妹には甘いのか、駆けて来る妹の姿に眉を吊り上げ険しい表情を浮かべていたバロンの表情が和らぐ。

「おう。どうした、我が妹よ」
「もう! その妹ってのやめてよね! 私にはちゃんと考えた名前があるのよ!?」

 頬を膨らませて、不満を口にするフィリスに、困り顔でバロンが頭を掻いている。

 すると、今度は小虎と紅蓮がやってきて、その隣で顎に手を当てて唸っているメルディウスに紅蓮が声を掛けた。

「メルディウス。マスターから伝言です」
「――んっ? なんだ? 紅蓮。ジジイがなんだって?」
「はい。『一段落着いたら始まりの街に戻ってこい』だ、そうです」

 無表情のまま紅蓮がそう伝えると、メルディウスの顔を見上げる。

 メルディウスは不機嫌そうに眉を寄せながら呟く。
 
「けっ、あのジジイ。大事な時に居ねぇーくせに、命令してきやがるとはいい度胸じゃねぇーか」

 不服そうに顔を引き攣らせながら口元に笑みを浮かべて遠くを見つめるメルディウスに、紅蓮が難しい顔をして言った。

「メルディウス。私もマスターの意見に賛成です。このままここに留まっていても何にもなりません」
「……くっ、分かった。とりあえず。あのバカにも伝えてくる!」

 紅蓮がマスターの肩を持つような発言をしたことで、更に不機嫌になりながらもメルディウスはデュランの方へと向かって歩き出した。

 そんな彼を見て紅蓮は「なにをそんなに怒ってるんでしょう」と小首を傾げる。
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