第241話 覆面の下の企み5

文字数 4,379文字

 エクスカリバーから発せられた光がモンスターの大群を包むと、星の全ステータスが一気に跳ね上がり、途方もない数値を叩き出す。その代償として、敵のモンスターのLvやHPが『1』に統一された直後、エクスカリバーを敵の正面に向けて星が「レイ!」と黄金の巨竜の名前を叫ぶ。

 星の掛け声に合わせて、レイニールが口いっぱいに溜め込んだ紅蓮の炎を、眼前に広がるモンスターの群れに向かって噴射する。けたたましいほどの轟音と熱風を起こし、その長い首を左右に大きく振り回す。

 たちまち辺りは火の海と化し、炎と共にキラキラとした蛍の様な光が夜空へと舞い上がっていく。

 その幻想的な雰囲気と裏腹に、炎の中からまた無数の敵が現れる。

(やっぱり1回じゃ足りない……なら、もう1回!)

 再び現れた敵に向かって、星はエクスカリバーを掲げる。

「ソードマスターオーバーレイ!!」 
 
 もう一度大きな声で、星が固有スキル名を叫んだ直後に再び剣が強く光を放つ。だがその瞬間、星の体が大きくよろけた。

 しかし、レイニールは炎を吐いていて星の異変には気が付いていない。

(……やっぱり。前もそうだった……でも、今度は倒れない。倒れられない! みんな見てる。レイも頑張ってくれてる! だから、今度は絶対倒れない!!)

 決意に満ちた瞳で、大量の炎で燃えては再び姿を現すモンスターの群れを見据える。

 倒れそうになる体をなんとか踏ん張って止めると、レイニールの声が耳に飛び込んできた。

「主! また来るぞ! 早く次だ!」
「……うん! ソードマスターオーバーレイ!」

 襲ってくる疲労を誤魔化すように強く剣の柄を握り締めると、直ぐ様、固有スキルを使用した。やはりスキルを使用した直後に視界が揺らぎ、次に全身に何者かがのしかかってくる様な重圧を感じる。よろめきながらも、しっかりと地面を踏み付けると、頭を左右に振って鋭い視線を再び前に向けた。

 だが、星が倒れることはない。立っているのでやっとという感じではあるが、まだ耐えられるという感覚が大きい。
 もちろん。子供の体力ならすでに倒れて地に伏せていたのは間違いないが。ここはゲームの世界であり、今この場にあるのは自分の体であってそうではないデータで作られた言わばデータの集合体。

 しかも、システムで管理されたこの体は大きさは違えど、それはアバターの問題であって、数値だけならば大人と何ら変わらないのである。

 また、今回の戦闘で多くのモンスターを撃破している為、経験値を得てレベルも大きく上がりLv90まで増加し、その分だけ筋肉量の数値も増加しているのだ。モンスター達から吸収したステータスもそのまま倍々に増加している。

 にも拘わらず。これほどの肉体的、精神的なダメージを負うのには、エクスカリバーか固有スキル『ソードマスターオーバーレイ』のシステムに致命的な欠陥があると言わざるを得ないだろう。しかし、星はスキルの発動を止めるどころか、何の躊躇もなくスキルを重複して使用していく。

 だがそんな無茶がいつまでも続くわけもない……10回を超え11回目を使用しようとした直後、全身から感覚という感覚が全て消えた。

「……な、なに?」

 星の意志とは関係なく、体が完全に脱力してしまう……。

 地面に伏せた星は、体の感覚が完全に消えていて、指一つ動かすことができなくなっていた。だが、どうやら口や目、頭などは動くらしい……それはおそらく、頭の機能を失えば対話の機能が失われてしまうからなのだろう。しかし、そんなものは気休めにもなりはしない。

 突然のことに驚いたのは星だけではなく……。

「――主ッ!? どうしたのだッ!!」

 突然倒れた星に、驚き慌てているレイニール。

 その間も休みなく敵が押し寄せてくる。倒れた星を気にかけながらも、レイニールは仕方なく敵に炎を噴射し続ける。

 頼りの星の固有スキルもなくなり圧倒的に殲滅力が落ち、疲労からか次第に炎の勢いも弱まってきた。
 いくら炎を吐いて攻撃しようとも。一向に敵の数が減らない。それどころか、逆増えているのではないかと感じられるほどだ――。

 っと炎を吐き出していたレイニールの姿が突如金色に光ってレイニールの意志とは関係なく徐々に収縮を始め、最後には小さなドラゴンの姿へと戻ってしまう。

「……なっ、なんじゃ。なんなのじゃ! これからという時に!」

 レイニールは憤りながらも星を庇うように、倒れる彼女の前を浮遊したまま、できる限り炎を噴射し続ける。

 だが、先程とは比べ物にならないほどに弱々しく吐き出された炎は、とてもじゃないがモンスターを殲滅できる代物ではない。

 体が小さくなったのも、こっちの方が燃費がいいからなのだろう。おそらく、保身的な機能が勝手に働いたのだ――エミルのリントヴルムなどはHPがなくなれば、一時的に消滅して巻物の姿になって持ち主のインベントリ内に戻るのだが、レイニールは常に出っぱなしな為、そういうわけにもいかないのだろう。

 星の固有スキルが影響しているのは間違いないが。この固有スキルには謎が多く、それは使い手である星にすら分からない。

 仕方なく、レイニールは最後の手段と言わんばかりに、口いっぱいに炎を溜め込んだ。

 その刹那、口から丸くなった炎の弾を吐き出す。

「喰らえ! 火炎弾!」

 一直線に飛んでいった炎の弾が、先頭の方にいたリザードマンに当たり、後方にいたゴブリンを巻き込んで吹き飛んだ。

 レイニールは巨竜状態でも子竜状態でもダメージに変わりはない。

 本来ならば、敵を直線的に一網打尽にするほどのパワーがあって当たり前なのだが、今の攻撃で撃破したのは、先頭のリザードマンと巻き込みで後ろのホブゴブリンとスケルトンの3体だけ。まあ、巨竜状態で力を使い過ぎたのも、威力減少の要因としては大きいのだろう……。

 レイニールが連続で炎の弾を噴射する中、後方で大きな音が響く。
 振り向くと、今まで開いていたはずの街の外壁の門が完全に閉ざされてしまっていた。

「なっ、なにぃぃぃいいいいいいッ!!」

 慌てて門の所まで戻ったレイニールが、大きくそびえ立つ門を激しく叩いた。しかし、いくら叩こうが中から返答はない。

 いや、返答がないというよりは門の内側もそれは予期せぬことだったのだろう――門を叩くレイニールと反対側では、突如しまった扉と、皆を守る為に戦っていた星がまだ倒れていたことから。

「早く開けてやれ!」「私達を守る為に戦ってくれたのに、なんで閉まった!?」「この騒ぎといい。いったい何が起こっているんだ!」「誰だよ勝手に閉めたの! 拳帝達なしでどうやって街を守るんだよ!」「そうだそうだ! 白い閃光と拳帝なしにこの街を守れるはずないだろ!」

 突如閉まった門と外で倒れている星。

 また、外に出ていたマスター達の攻撃隊を按じるフリをして、自己保身的な意見を述べる者などがいた。だが、それより問題なのは、この扉を閉めた犯人がいったい誰なのかということだ――。

 閉まった扉を叩いていたレイニールだったが無駄だと悟ったのか、すぐに倒れている星の所まで戻ってきた。

 本来、街の門はプレイヤー保護の為、外部からのモンスターの侵入は原則としてできない仕様になっている。 
 その機能も弱体化しているとはいえ、レイニールが本気で叩いても扉はびくともしないというところは、つまりはその防衛機能は健在ということだろう。
 
 扉を破るのを諦めたレイニールは星の元へ戻ると、服を引っ張って宙へと持ち上げる。どうやら、星を空中に持ち上げたままこの場所から離脱する考えのようだが。

「うぅ~。主、今日は少し重いのじゃ~」
「……レイ。私は大丈夫だから、逃げて……」

 何故か今の星の体は、普段の彼女の数十倍も重く感じる。
 顔を真っ赤にして何とか持ち上げようと、翼を素早く羽ばたかせているレイニールに、星が今にも掻き消えそうな弱々しい声で告げた。

 だが、レイニールは首を横に全力で振ると、もう一度、バタバタと全力で小さな翼を動かす。
 
「そんなことできるか! 主は絶対に連れていくのじゃ!!」
「……レイ」

 レイニールのその言葉が、星には嬉しかった……。

 その直後、目の前に弓を構えるゴブリンの姿が目に飛び込んできた。
 角度から見て、その弓の照準は間違いなくレイニールに向いている。それに気付いた星が慌てて叫ぶ。

「レイ……レイ! 私を放して! 早く飛び上がって!」

 彼女の言う通りにすれば、レイニールだけならこの場から容易に離脱することができる。

 しかし、レイニールは一向に星の服を放そうとはしない。

「嫌じゃ! 絶対に嫌なのじゃ!」

 渾身の力を振り絞って出したその叫び声の直後、放たれた矢がレイニールに向かって飛んでいく。

 星が『もうダメだ!』と思った瞬間、前に何者かが敵との間に割って入った。

「――ぐッ!!」

 苦痛に歪むその声に星が顔を上げると、そこには苦痛に耐えながら微笑むトールの姿があった――。

 星が驚き目を丸くしていると見上げている星の頭を、トールの大きな手が優しく撫でる。だが、星はどうして彼が自分を庇ってくれたのか分からなかった。
 それもそうだろう。星はこの世界にいる多くのプレイヤーの1人で、トールとも2日間一緒にいただけで、それほど親しい間柄というわけでもない。

 そんな自分を、彼が身を挺してまで守る理由が星には見つからなかった……。

「……ど、どうして……ですか?」

 満面の笑みで微笑んで星の体を優しく抱きしめたトールの背に、追い打ちを掛けるようにその背中に無数の矢が突き刺さる。

「――くっ……うぐっ! がぁっ! ……ど、どうして? そんなの……簡単だよ。守りたいから……守っただけさ……僕はもうダメみたいだ…………君は、死ぬんじゃないよ?」

 そのまま、HPがなくなったトールの体が光になって空へと昇っていく。

 目の前から消えていくその光を見つめながら、星は自分の心の中で抱いていた気持ちが何だったのかを再確認した。

 そう。それは恋愛感情とは全く違ったその感情は…………。

「――お父さん……」

 咄嗟に出た言葉は、星が今までの人生でそれほど多く口にしたものではなかった。そして、今まで彼に抱いていた安心感と懐かしさは、これが理由だったのかと悟った時にはすでに光も消えていた。

 星は彼の人当たりのいい優しい人柄と男性特有の大きく逞しい手に、会ったことのない父親を重ね合わせていたのだろう。それも現実には存在しない。周りの子供の父親をベースに創り上げた、自分の理想の父親という幻想を――。

 直後に星が意識を失うと、今まで全く動かなった体が急に少し軽くなり。レイニールが重そうに宙へと持ち上げると、ふらふらとフラつきながらどこに逃げようかと右往左往していた。
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