第312話 赤黒い炎6

文字数 3,907文字

 白雪のおかげで歓喜に沸き返るプレイヤー達に隠れ、裏道からギルドホールへと戻ってこれた。しかし、一番の難関はそこからだった……。

 ギルドホールの前は、祝杯を挙げるプレイヤー達でごった返していた。そこではたった一人で敵の作戦の要であるルシファーを撃破し、敵を退いた金色に輝きながら戦っていた少女の話で持ち切りだった。

 突然現れ、しかも数分の間に街を囲むモンスターの大群を撤退させた。謎の少女を拳帝であるマスターよりも強いのではないかという者もいるほどだ――。

 しかし、今はどうやって星をギルドホール内にバレずに入れるのかという方が大事だ。苦しそうに頭を抱える星を横目に、レイニールが白雪の耳元に飛んでいくと突如として白雪の顔がレイニールの方を向いた。突然の彼女と目と目が合ったことに驚き、レイニールはビクッ!っと体を震わせる。

「紅蓮様がもうすぐこちらに来られます。貴方のご主人にも伝えて頂けますか?」
「う、うむ……お前は優秀だな」

 彼女の言葉を聞いたレイニールがそういうと、白雪は笑みを浮かべ「優秀でなければ紅蓮様の側にはいれません」と呟いた。

 それに共感したのかレイニールも頷くと、星の方へと戻っていった。
 しばらくギルドホールの側に隠れて待っていると、ギルドホールの入り口から紅蓮とメルディウスが出てきた。

 その様子をレイニールが固唾を呑んで見守っていると、メルディウスの横に立っていた紅蓮が一歩前に出た。

「皆さん。こんな場所で宴会を始めては迷惑になります」

 その彼女の言葉に勝利し気持ちが高揚しているプレイヤー達が素直に従うわけもなく、辺りからは批判の声が一斉に上がる。

 周囲は祝杯ムードは一瞬にして不穏なムードに包まれた。
 紅蓮に危害を加える者が出てくると感じたのか、思わず白雪も体を前のめりにして今にも飛び出しそうになる。が、すぐにメルディウスが大声で叫ぶ。

「静かにしやがれ! 勘違いするな。俺達はお前達の邪魔をしにきたわけじゃねぇー!!」

 彼の言葉に動揺を隠しきれない様子でざわめく。そしてその後、紅蓮が再び口を開ける。

「私のギルドマスターはこんな外で飲まずに、ギルドホール内のBARで仕切り直しましょうと言っているのです」
「ああ、今回は俺達のギルドの奢りだ! 付いてこい! 皆、今日は存分に飲み明かそうぜ!!」

 歓声を上げたプレイヤー達がギルドホール内に戻っていくメルディウスの後に続いて、続々とギルドホールの中へと吸い込まれていく。

 紅蓮は最後に周囲を確認すると、白雪の方を見て微かに微笑みを浮かべ、自分もギルドホールの中へと戻っていった。

 それを合図に白雪達も急いでギルドホールの中に入った。
 ギルドホールのエントランスは人の姿も気配もなく、居るのは最初から設定されているNPCくらいなものだ。

 エレベーターに駆け込むと、白雪は安堵した様子で大きく息を吐いた。

 それもそのはずだ。ギルドホールにあるエレベーターは全てが独立しており、途中の階層で誰かが乗り込むために止まってドアが開くなんてことは絶対にありえない。
 つまり、この空間だけは完全な個室であり。誰の干渉も許されない切り離された空間なわけだ――もちろん。このエレベーターから出てしまえば、その階にいる者とは顔を合わせることになる。

 だが、白雪達が向かうのはギルドホールの中でも最上階の場所で、紅蓮達のギルドが保有する空間であり。他の者が出入りするにはギルドマスターかサブギルドマスターのどちらかの許可が必要になる。
 
 最上階に付きエレベーターを降りた白雪が前をゆっくりと歩いていく。後ろを歩く星のことを気遣うように時折振り返るのを見ると、どうやら星の歩く速度に合わせてくれているようだ。

 長い廊下をしばらく歩くと部屋の前で止まってドアの横に立つと、星に部屋の中に入るようにと手で促す。
 頷いた星が扉の前に立つと、白雪がドアノブを回してゆっくりと扉を開けた。部屋の中では、テーブルに腰を下ろした紅蓮がお茶を人数分用意して待っていた。

「どうぞ、入ってきて下さい」
「……はい」

 返事をした星は、少し緊張した様子で部屋に入った。

 それを察したのか、紅蓮は優しい声音で告げる。

「大丈夫ですよ。別に何かしようということではありません。ただ、私のステータスが全て『1』になった貴女の固有スキルについて、少しお話してほしいだけなのです」
「は、はい」

 そう呟き、星は部屋に入って紅蓮の正面の椅子に腰を下ろした。

 すると、紅蓮は何かを感じ取ったのか瞳を閉じて徐に呟く。

「――そうですか。どうやら、貴女は相当疲れているみたいですね……白雪」

 椅子を押して立ち上がった紅蓮が白雪の名前を呼ぶと、ドアの側に立っていた白雪が彼女の隣に小走りでいく。

 紅蓮と白雪はそのままドアの方に歩いていくと、星に向かって告げた。

「私達はこれでは戦力になりません。これからの戦闘は貴女が頼りです――よろしくお願いします。この部屋は私の部屋ですので、好きに使って下さい」
「――ッ!? それでは紅蓮様はどこで休まれるのですか!!」

 驚いた様に声を上げた白雪に、紅蓮は冷静に言葉を返す。

「別に戦闘に参加するだけが私達の仕事ではないですよ? 私達には寝ている暇はありません。皆、浮かれていて、こちらが追い込まれていることには気が付いてはいないのですから……」
「……それはどういう?」

 そう口にした紅蓮は白雪の質問に答えることなく部屋を出ていってしまう。だが、一番困惑していたのは星だった。

 それもそうだろう。突然呼び出され、しかも何も聞かれることもなく部屋を貸すとだけ告げられたのだ。
 さすがにこれでは何がなんだか分からない。しかし、疲労している星にはその方が好都合だった。

 椅子から立ち上がった星は、ベッドに倒れ込むようして体を投げ出した。
 そんな主の様子を心配そうに見つめていたレイニールに向けて星は徐に告げる。

「――レイ。今日は私をひとりにしてほしいの……」

 疲労し切った弱々しいその声と、見る見るうちに青ざめていく彼女の表情を見ていたレイニールには、星のその申し出を断ることはできなかった。

「分かったのじゃ……」

 小さく返してレイニールがふわふわと飛びながらドアに向かっていく。時折、心配そうに、星の方を振り向くレイニールに星は笑顔で応える。

 そして扉が閉まったのを確認した星は、突然咳き込み布団に顔を埋めた。

 星は戦闘を終えた後から耳鳴りが収まらず、強烈な吐き気に襲われていた。おそらく、固有スキルを使ったことによる後遺症だろうが、耳鳴りよりも辛いのが吐き気だった……。

 この世界は所詮ゲームの中であり、現実ではない。食事をしていてもそれはデータでしかなく、実際に固形物が胃袋に収められているわけではない。
 つまり、吐き気をもよおしたところで、吐き出せる物などなにもなく、その症状だけは終わりなく襲ってくるのだ。

 悶えながらベッドの上を転がり回っていた星がベッドから転がり落ちる。

「…………どうしたんだろう」

 床に手を突き星は、自分の体調の急激な悪化に困惑した様子で小さく呟く。   
 

               * * *


 周囲をレンガの様な赤い壁に包まれたモニターと極少ない機器に囲まれた部屋にいた眼鏡を掛けた男。

 そんな彼の視線はモニターに釘付けになっていた。その視線の先にあるモニターに映し出されているのは、今回の星の戦闘の映像とその横に小さいウィンドウで以前の星の戦闘が映し出されていた。

 男は椅子に体を埋めながら、顎の下に手を置きその映像を食い入る様に見つめながら、終始ニヤニヤと不気味な笑みを浮かべている。

「やはりそうか……最大使用回数は2回。継続時間はこのゲームのリキャストタイムの限界24時間と言ったところだろう。しかし、なによりも驚きなのはその反応速度だね。視覚からの反応よりも見えてない部分の反応が異様に早い。いや、速すぎるね……急激な加速に瞬時に感覚を適応させるのは生物的に不可能。それはF1のマシンを一般人が操縦するようなものだからね。時速300kmを制御するには操縦者の感覚も急激に引き上げる必要がある。つまり今のイヴの神経系は常人を超えたまさに超人の領域に入っている。子供が大人も通り越して仙人みたいな感覚をその小さな体に抑え込んでおくのは持って数日――数日後。君は私の元に自分から現れることになる……」

 モニターを見つめながらそう呟くと、取り出したコーヒーのカップに口を付けてすする。

「しかし、君のお友達を少し傷付けただけで進んで出てくるとは、本当に君はお人好しだ……だが、出てきた時点で、君の負けは決まったのだよ。君の固有スキルの最大の弱点はダンジョンなどの限られた空間、相手に効果を発揮する為に作られている。相手のステータスを吸収できたとしても、最大値で2回。それ以外でも、数回増えるか増えないかくらいの違いしかない。そして対象外にできるのはPTのメンバーである6人まで……これから数日間は、24時間以内に継続して部隊を街に進軍させる。つまり、6人では圧倒的に戦力不足であり。必然的に君に掛かる負担が更に大きくなる――フフフ……ハッハッハッハッ!!」

男は勝ちを確信した様子で笑い声を上げると、モニターに映し出されている星の方を指差す。

「さあ、始めようイヴ。君を得る為の最高のゲームを!!」

 不気味に笑うその顔には、決して失敗しないという自信と、星をこの手にできるという支配欲の現れなのかもしれない……。


               * * *
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