第359話 別れの宴会2

文字数 3,086文字

 その視線に耐えられなかったし、他のプレイヤー達をまだ信用しきってはいないということが大きい。
 ネットゲームのプレイヤーは基本的に嫉妬心の多い者が多い傾向にある。まあ、それも無理はない。非現実の世界であればあるほど、現実世界で培われた感性は徐々に薄まっていく。

 どうせゲームの中なのだから……っと自制心が小さくなっているプレイヤーが殆どだ。いや、この【FREEDOM】というゲームがプレイヤーを閉じ込める監獄となってその自制心が回復した。

 しかし、この世界がログアウトできる様になったというのは、すでに街中に知れ渡っている事実。しかも『剣聖』である星が最強のドラゴンを倒したことも知られてしまっている。

 もしかしたら、この街のプレイヤーの誰かが、星の持っているアイテムを奪おうと企んでいる者もいるかもしれない。ゲーム内で最強と言われたマスターが側にいれば、また状況は違うだろうが。しかし、すでにマスターはこの世界にはいない。

 いくら星が強いとはいえ、中身はただの小学生であり。人生経験が少ないため、アイテムを奪う方法は戦闘以外でいくらでもある。
 彼女に危険が及ぶ可能性を考えると、この場所になるべく長時間いない方がいい。ただでさえ目立つのに、今はエミルがミレイニとエリエに説教しているせいで更に目立っている。

 デイビッドは迷っている星の手を引くと、少し強引にギルドホールの方へと歩いていく。

 それを見ていたカレンは、説教をしているエミルの後ろで少し離れた場所に立って、にこにこと微笑みを浮かべているイシェルに声を掛けようと思ったが、断られるのが分かっているのでそっとしておくことにした。

 ギルドホールに着くと、丁度メルディウス達がギルドホールから出掛けるところだった。

 デイビッドに気が付いた小虎が表情を明るくして、彼の元へと走ってくる。

「デイビッドさん! これからギルドの皆で宴会に行くんですよ。良かったらデイビッドさん達も僕達と一緒に行きましょう!」

 瞳をキラキラと輝かせながら、身を乗り出してデイビッドに熱い視線を向けている。
 デイビッドがそんな小虎に困った様な表情を浮かべたまま、はっきりと断れずに言葉を濁す。

 まあ、この状況で小虎にサラザの店にいくと言えば、間違いなく付いてきてしまうだろう。そうなれば、サラザがせっかく親しいフレンド達だけで行おうとしているのを台無しにしてしまうかもしれない。

 確かにこれが最後になるかもしれないのだから、侍好き仲間の小虎と少しでも長く話をしたいという気持ちはある。だが、それはデイビッド個人の感情で、それをサラザや他の者達に強要していいものではないのだ――。

「小虎。無理を言ってはいけませんよ?」

 困り顔で苦笑いを浮かべているデイビッドと、期待した様子で目をキラキラさせている小虎の側に紅蓮がやってきた。

 それに驚いたのはデイビッドだった。まさか紅蓮が助け舟を出すとは思っていなかったのだろう。
 小虎の前に出てきた紅蓮は、横目で一瞬だけデイビッドの方を見ると、小虎の顔を見ながら再び口を開く。

「デイビッドさん達は荷物をまとめに行くんですよ小虎。またこのゲーム世界に戻ってこれる保証がない以上、アイテム整理は必要なことです。私達はもう終わらせたんですから、彼等の邪魔をしてはいけませんよ」
「……はい。分かりました姉さん」

 小虎は名残惜しそうにデイビッドを横目で見ながらその横を通り過ぎていった。その横を紅蓮が口元に微かな笑みを浮かべて通り過ぎ、白雪が軽く一礼して横切り。メルディウスと剛が続いていく。

 メルディウス達がギルドホールを出ていったのを確認して、デイビッド達もギルドホールのエントランスにあるエレベーターからサラザの店のある階へと上がっていく。

 サラザのお店に着くと、サラザとオカマイスターのメンバーが出迎えてくれた。

「待ってたわよ~。あら? エリー達はどうしたの~?」
「いや、実は……」

 首を傾げるサラザにデイビッドが事情を説明した。すると、サラザは大きなため息を漏らしながら「なるほどね」と呆れた様子で呟く。それを聞いたガーベラとカルビもがっかりした様に肩を落としている。

 まあ、以前エリエ達が着た時にガーベラもカルビもミレイニと仲良くしていたのだから無理もない。しかし、サラザは気持ちを切り替えてデイビッド、カレン、星を店の中に招き入れた。
 
 デイビット達がカウンターに座ると、サラザはキッチンに入り中から事前に作っていた料理を運んでくる。

 カウンターには見る見るうちに料理が置かれ、ビーフシチューやグラタン。唐揚げに焼き鳥、エビチリ、酢豚にサラダなど数え切れないほどだ――デイビッド、星、カレンもそのサラザが自慢の腕を発揮して作った料理の数々に思わず「おー」と歓声を上げる。

 その時、星が腕に抱いていたレイニールの鼻がピクピクと動き、気を失っていたレイニールの瞼がゆっくりと開く。
 食いしん坊のレイニールのことだ。サラザの料理の匂いを嗅いで、その底なしの胃袋が無意識に反応した結果だろう……。

「……んっ、ここはどこじゃ? 天国か?」

 気付いて早々に首を左右に動かし周囲の様子を窺っている。その時、レイニールの顔にポタポタと雫が滴り落ちる。
 
 レイニールはその雫が垂れる方を見上げると、涙を流しながら見下ろしている星の顔が視界に入る。

「――良かった……無事で……レイ……」

 震える声ですすり泣く星に、レイニールはほっとした表情で星の腕をすり抜けると、パタパタと翼をはためかせながら、泣いている顔の方へと飛んでいく。

 泣いている星の顔の近くまできたレイニールは、ゆっくりと手を伸ばして星の頬を伝っている涙を拭う。
 
 星はレイニールの顔を真っ直ぐに見つめると、レイニールは満足そうな笑みを浮かべていた。

「主。どうして泣くのじゃ? 我輩も主も無事に帰って来れた。……なら、それでなんの問題もないのじゃ」
「……うん。そうだね」

 その言葉に星は深く頷いて飛んでいるレイニールに微笑んだ。それに微笑み返したレイニールは、いつもの定位置である星の頭の上に乗った。
 星の頭の上に乗っていたレイニールは、更に視界がクリアになったことでエミル、ミレイニ、エリエがいないことに気が付く。

 レイニールが口を開くよりも早くカレンが話し始め、それを聞いたレイニールはあんぐりと口を開いたまま呆然とした。その時、孔雀マツザカがステッキとシルクハットを取り出し、得意のマジックを披露し始める。

 シルクハットを逆さにして数回それをステッキで叩くと、突如として鳩が飛び出してきた。それを見た星達は驚きながらも、孔雀松坂に拍手を送った。
 気を良くしたのか、次に孔雀マツザカのオリジナル武器の四隅に刃の付いたトランプを取り出し、それを躊躇することなく次々と空中に投げてジャグリングを始める。

 次々と枚数の増えていくトランプに、星達の拍手が大きくなっていく。
 孔雀マツザカの芸を見ていた星達の意識を向けるため、サラザがパンパンと手を叩いた。

「ほら、エリー達はきてないけどお料理を食べましょ~」

 サラザの提案に最初は戸惑っていた星とデイビッドだったが、それを全く気にする様子もなくカレンとレイニールだけはカウンターに置かれた料理を食べ始めている。

 まあ、激しい戦闘の後でお腹を空かせていたレイニールとカレンは、料理に手を付けるためのきっかけを待っていたと言えるだろう。

 だが、レイニールとカレンが料理に手を付けたと同じ頃に店の扉を開けてエミル達が現れた。
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