第346話 太陽を司る巨竜9

文字数 2,913文字

                  * * *


 長い間。電気ショックを受けて気を失っていた星が重い瞼をゆっくりと開くと、その視界に大きく上下に揺れる部屋がぼんやりと映し出された。
 その中には巨大なモニターの前で憤った声を上げるメガネを掛けた赤い髪の男が、体を小刻みに震わせて画面を凝視しながらキーボードを激しく叩いていた。

「何故だ!  私の計算なら、この巨竜の鉄壁の鱗を突破できるだけの闇属性の攻撃力を有しているのは奴一人だけだったはずだ! にもかかわらず。どうしてこうなっている!」

 憤りを隠せないと言った声で頭を掻きむしる赤髪の男の後ろ姿を見ながら、自分の手足を拘束している鎖を外せないか思考を巡らしていた。

 そんな中、完全にモニターに釘付けになっている彼は、星の行動には気が付いていない。
 
「このコバエがッ!! ブンブンと目障りだ!! ……これでは、前もってマスターをこの世界から消し去った意味がなくなる!!」
「――ッ!?」
 
 その赤髪の男の声を聞いた直後、驚いた星の手足に巻き付いた鎖がガシャンと鳴った。
 星の出した音に気が付き、赤髪の男が振り返ると憤っていたはずの彼は、その口元にニヤリと不気味な笑みを浮かべて星に近付いてきた。そして赤髪の男は星の目の前までくると、星の顔をまじまじと見つめる。

 彼のその顔には弱者を見下ろすような蔑みと、星を捕まえた優越感に満ちていた。彼からしたら星を捕らえて拘束した時点で、彼女との勝負はすでに終わっている。そんな彼が、星に話をするのは自分の精神の安定以外のなんの目的もないだろう。

 星の目の前にきた赤髪の男は、鎖で繋がれ空中に浮いている星の体を見上げて言った。 

「お目覚めかな? 君にいいものを見せてあげよう……」

 そう告げて振り向く彼に、星が声を大きくしながら尋ねた。

「あなたは、あの人に何かしたんですか?」
「……あの人?」

 振り向いた彼は星の言葉に、不思議そうに眉をひそめる。

 そんな彼に、星が再び大声で叫んだ。

「口にヒゲを生やした長い白い髪を結んだ黒い道着をきた人です!」

 そこまで口にした星に、メガネを掛けた赤髪の男は「ああ」と思い出した様子で天を見上げる。そして、次に彼が口にしたのは星にとって衝撃的な一言だった……。

「彼なら、僕が殺した……」
「……ころし――」

 星は言葉を失うと同時に、拘束されている手を強く握り締めていた。
 だからと言って、マスターと星が今までそれほど深く付き合ってきたわけではないだろう。星にとっては、マスターよりもその側にいるカレンとの方が親密な関係を築いていたかもしれない。

 彼とは、あまり会話すらした覚えはない。しかし、それでも……マスターは仲間であり、今まで生活を共にしてきた時間に嘘偽りはない。
 それに彼は、富士のダンジョンでがしゃどくろにやられそうになった星を、身を挺してまで守ってくれた。話はそんなにしなかったが、カレンや仲間達に向ける彼の優しい笑みはまるで孫達を見守っている祖父の様だった。

 あまり言葉を交わさないからこそ分かることもある。その点においては、ひとりぼっちで時を過ごすことの多かった星は良く知っている。そして、その彼の優しい瞳が自分にも向いていたことを……。

 少しの間だけだったが、もしも祖父がいたら、こんな優しい瞳で笑みを浮かべてくれたのだろうと思っていた。家族が母親しかいない星には想像することしかできないが、確かにそう感じていたのに嘘はない。

 そんな彼を覆面の男もとい。メガネを掛けた赤髪の男は『殺した』と言ったのだ――星にとって仲間を……家族だと思っていた者を奪ったこの赤髪の男を許せるわけがない。しかも、彼の背後のモニターに必死に戦っている仲間達が映し出されたから尚更だ――。

 赤髪の男を睨み付ける星を嘲笑うと、彼は再びモニターの方に歩いていく。

 そんな彼の後ろ姿を睨みながら、歯が鳴るほどに噛み締める。彼を仕留めるチャンスはあった。しかし、星はそのチャンスをふいにしたのだ――そのせいで、仲間達が再び危険に晒されてしまった。守りたかった人達を、目の前の男はまるでゲームの様に殺していくのだ。体を拘束している鎖がカタカタと細かく振動し、星の歯もそれに応じて激しく鳴る。

 もし、この拘束されている鎖が解けるなら、今すぐにでもこのメガネを掛けた赤髪の男を殺してやろうと思っていた。
 それほどまでに星が憤るのは、これまでにはないだろう。この怒りも『こうなるかもしれない』という可能性を捨てて、彼に止めを刺すのを躊躇してしまった自分への怒りでもある。

 鎖を引き千切ろうとなおも全身に力を入れる星を横目に、彼は再び指を鳴らす。
 直後。星の体に電流が流れ、彼女の体は大きく反り返る。全身の神経を侵食していくような激痛に、星の頭が大きく項垂れた。

 それを見た赤髪の男は安堵したように大きなため息を漏らすと、再び星の方へと向かってきて項垂れている星の頬に手を当て、無理矢理にその顔を上げさせる。

「――イヴ。君には本当はこれを見せないようにと思っていた。でも、僕に逆らったから仕方ない。これは君にとっての贖罪であり罰なのだよ。……分かったら、そこで大人しく終わるのを待っていればいい。全てが終われば、君と結婚式をしよう。……無論。この世界でも現実世界でもね」
「…………」

 そう告げた彼は星の頬に当てた手を放し、星の頭が支えを失い再び項垂れた。

 だが、星は諦めたわけではなく。その心の中では彼への怒りが更に強くなり、マグマの様にグツグツと煮えたぎっていた。

 モニターの前に戻ろうとする彼の後ろ姿を睨み付けていた。その時、星の耳元で何者かが小さな声でささやく……。

「……この鎖が切ってあげる。だから、後はあなたの思う通りにやってみなさい」

 聞き覚えのあるその声に、星は深く頷いて答えると、その言葉の通りに星の体を拘束していた鎖が一斉に砕ける。

 その直後、星の手に漆黒の剣が現れ、その剣を掴んだ星が地面に着地したと同時に腰の高さに構えた剣の先を赤髪の男に向けたまま勢い良く走り出す。


「はああああああああああああああッ!!」
「――なにッ!?」

 完全に捕獲して、もう抵抗できないと思っていた赤髪の男は虚を突かれ。振り向いたと同時に、星の持っていた漆黒の剣が腹部に深々と突き刺さる。

「……何故だッ!? 何故動ける!?」
「あなたは絶対に許さない! 私はあなたを絶対に許しません!」
「フッ……この僕を殺すと言うのか? そんなことをしても僕は死なない。一生お前の中で亡霊となって生き続けることになる。それに――この映像は記録されている……僕になにかあれば、その映像がある機関に流れる。君が僕を殺した事実は永遠に消すことはできなくなるんだぞ!!」

 それを聞いた星は眉を一瞬ひそめたものの、すぐに首を横に振ると。

「……分かっています。だから……私もここで!」
「くっ……馬鹿なことを……」

 剣の刃に貫かれた衝撃と星の重さにフラフラと覚束ない足取りで壁まで押しやられ、背中を壁に付けた直後。その壁に大きな穴が空いて、そこから二人は空へと放り出された。
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