第302話 フィリスの覚悟2

文字数 2,999文字

 オムライスにトマトケチャップをかけるのを、一瞬おかしいことなのかと思ってしまっていた星にとっては朗報と言っていい。
 すると、突然部屋のドアを叩いていつの間に頼んだのか巨大なステーキとイチゴのパフェ、それとオムライスが2つ。メイド姿のNPCによって部屋のテーブルに置かれる。

 テーブルに並ぶ食事を見て、星が小首を傾げながらフィリスに尋ねる。 

「……これは?」
「ああ、ほらあの騒ぎでまだご飯を食べてなかったから。星ちゃんもあれだけ動けばお腹も空いたんじゃない?」

 そう言って星の顔を覗き込んでにっこりと微笑みを浮かべるフィリス。

 しかし、星からしてみれば甘味処で巨大な器に溢れんばかりに盛られた宇治抹茶金時あんみつスペシャルを食べたにも関わらずまだ食べるのかと呆れるばかりだ――。

 っとその直後、今まで窓際でずっと外を見ていたレイニールが、テーブルの上のステーキを見て文字通り飛んでくる。

「おぉー。きたのじゃ!」

 テーブルの上に降り立ち、フォークとナイフを両手に持ったレイニールがまたも自分と同じくらいの大きさのステーキに襲い掛かろうとした時、星がレイニールに尋ねた。

「ねぇー、レイ。どうして、外をずっと見てたの? 風景を見てたにしてはずっと一箇所しか見てなかったけど……なにか面白いものでもあったの?」 
 
 レイニールは構えていたフォークとナイフを引っ込めると、テーブルに柄を突き立てて星の方を見上げて答えた。

「どこかで私の昔の仲間が呼んでいたのだ。いや、昔の宿敵と言ってもいい」
「……宿敵?」

 首を傾げている星に、レイニールが少し考えた末に告げた。

「まあ、友達というかライバルってやつだな! そいつが我輩の名を呼んでいるのだ」
「友達のところに行かないの?」
「いや、今は声が聞こえない。さっきははっきりと聞こえたのだがな――――まあ、今はあいつよりもこの肉じゃ!」

 そう言って、おあずけをくらっていたステーキにかぶり付いた。

 そんなレイニールの姿を見て、星は「友達よりお肉なんだ……」と呆れ返った様子で大きなため息を吐いた。
 横で嬉しそうにステーキを頬張っているレイニールを見ていると、色々と悩んでいる自分が馬鹿らしくなってくる。 
 
 星がフィリスの方に視線を移すと、彼女は今まさにオムライスにソースとマヨネーズをかけるところだった。
 フィリスが先程オムライスに『何をかけるのか?』という質問の答えが、それを見ただけですぐに察することができた。

「ほら、星ちゃんもオムライス食べるでしょ? お姉さんがトマトケチャップかけてあげるね!」

 上機嫌でトマトケチャップの容器を手に持つと、フィリスはオムライスの上に何かを書き始めている。だが、星はオムライス上に書かれた絵に絶句する。

 それもそのはずだ。彼女がオムライスの上に書いたのは、絵というよりも文字と言う方がもう正しい。

 書き終えて満足そうに「よし」と言ったフィリスは星にオムライスを差し出す。

「はい。愛情たっぷりオムライス~♪」

 星の目の前に置かれているのはハートの中に『LOVE』の文字がくっきりと書かれている。

 こういうのは恋人にするものだと思うのだが、満足そうな彼女の様子を見ていると別におかしなことではないような気がするから不思議だ。
 フィリスはエリエと少し似ているとは感じていのたが、どうやら彼女は少し他の人と違った価値観を持っているようだ――。

 それを見下ろしたまま、星は反応に困ってにっこりと微笑んでいる彼女にぎこちなく微笑み返した。

 星とフィリスがオムライスを食べ始めると、その直後に部屋の扉が乱暴に開く。

「はっはっはっ! 今帰ったぞ我が妹よ!」

 扉の前に立ったまま手を前に突き出したポーズで高らかに笑う彼が部屋の中にゆっくりと入ってくる。
 
 音に驚きびっくりして咳き込んだフィリスが、帰ってきたバロンに叫ぶ。

「ちょっとお兄ちゃん! まずはノックして入ってきてよ!」
「はっはっはっ! 我が妹なら慣れているだろう……っと、なんだ来客中か?」

 バロンは星を見つけると、彼女に向かってきて目の前で止まり見下ろす。

 突然現れた男性に緊張しているのか、星は少し俯き加減で彼の足元を見ている。まあ、トールの時になんともなかったのは彼から滲み出る愛情を感じたからだ。
 しかし、目の前にいる彼は違う。彼から漂うのは強者だけが放つ殺気と、決して自分と交わることのできない不信感と嫌悪感だった。

 星の目の前まできた彼は舐めるように星の体を見ると。

「なんだちっこくて昔の我が妹を思い出すな。俺は四天王以外の者とは別に敵対する意思はない。ゆっくりしていくといい!」
「……は、はい。ありがとうございます」

 ペコリと頭を下げた星にバロンは満足そうな笑みを浮かべる。直後、彼は着ていた服を一枚一枚脱いでいきながらバスルームへと歩き出した。

 それを見ていたフィリスは驚き、慌てて星の目を手で隠すと大声で半裸の兄に向かって怒鳴る。

「ちょっと! いつもちゃんと脱衣所で脱いでって言ってるじゃん!」
「硬いことを言うではない妹よ。こうしないと風呂に入った感じがしないのだ」

 そう言い残したバロンは扉を開いて、バスルームの中へと消えていく。

「もう!!」

 フィリスは星の目を覆っていた手を離すと、兄が脱ぎ散らかした衣服を畳んでベッドの上に置いて、呆れた様子で大きなため息を漏らして星の方へと戻ってきた。

 星もそんな彼女の姿に普段の苦労がしのばれると、同情するように苦笑いを浮かべて返す。

「――星ちゃんごめんなさい。あんなのがお兄ちゃんで……まあ、性格はあれだけど、本当はそんなに悪い人じゃないから……」
「はい」

 そう星が相槌を打った直後、摺りガラスになっているバスルームの中からシャワーの流れる音とともにバロンの声が部屋に響く。

「うおおおおおおおおおおおおッ!! 俺の体をこの程度の聖水で浄化できると思ったら大間違いだ! 我が体に流れる魔王の血が人族如きの作った聖水如きなど効かぬわ! わはっはっはっ!!」
「「……………………」」

 バスルームの方をポカンとしながら見ていた2人の視線の先では、バロンが擦りガラスの先で、オーバーアクションで楽しそうにシャワーを浴びていた。

 その直後に、互いの顔を見合わせて苦笑いを浮かべるとフィリスが改めて言い直す。
  
「――まあ。バカだけど、悪い人ではないから……」
「……は、はい」

 2人は再びバロンの方を見ると、バスルームの中の彼はオーバーアクションでなおも声を上げている。
 今はどうやら髪を洗う際のシャンプーの泡を天使の翼から出る光に見立て、楽しそうに動いていた。

 星とフィリスは彼を部屋に残して部屋の外に出る。レイニールは案の定ステーキを食べた後に苦しくなったのか、ベッドに寝転がってお腹を押さえていた。
 
 廊下に出た2人は千代のギルドホール『千代城』の中を散策して歩くことにした。

 まあ、今までバタバタしていて千代のギルドホールの中を詳しく見て回ったことはない。
 忘れがちだが、フィリスも星もこのゲームをプレイして日が浅く。互いに問題に巻き込まれレベルの方はMAXまで上がっているものの、まだ初心者プレイヤーであることに変わりないのだ――。

 2人とも外見は日本の城の形を模して作られているのに、内部は高級ホテルの様な内装に興味があった。
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