第348話 太陽を司る巨竜11

文字数 3,007文字

 突如現れたペガサスに乗った星を見たエミルのリントヴルムNEXTザ・デストロイヤーの動きが明らかに鈍る。その一瞬の隙を突いて、口の中に溜めた炎を熱線に変えて空中に停止している漆黒の龍神へと放った。

 空中で一度止まってしまった為に、動き出すのにどうしてもワンテンポ遅れてしまう。それはエミルが漆黒の龍神と五感の全てをシンクロさせているからだ。もしも、これがエミルでなければ、突如現れた星に動揺などしなかっただろう……。

 為す術なく漆黒の龍神は、赤い巨竜の放つ巨大な熱線に呑み込まれてしまう。すると、熱線の中から今度は漆黒の熱線が放たれ巨大な赤い熱線を切り裂きながら、巨竜の炎で構成された右翼を切断した。

 直後。浮力を失って、右側に大きくバランスを崩したドラゴンの体から炎が消え去り、その巨体が地面へ向かって急速に落下する。

 地面にその巨体を叩きつけられ、土煙が土砂の津波となって、地面で交戦していたアヌビスの兵士とプレイヤー達を襲う。

 一瞬のうちにプレイヤー達は土砂の波に呑み込まれ、多くの光の粒子が空へと上がっていく。それは多くのプレイヤーが撃破されたことを意味している。

 空中ではリントヴルムNEXTザ・デストロイヤーが胸のドラゴンの口を開けたまま、微動だにせずに浮いていた。
 しかし、その赤い瞳には光がなく。体を覆っていた漆黒の鱗はボロボロと剥がれ落ち、その悪魔の様な翼も穴が空きその隙間から夜空を覗かせている。

 すると、徐々に翼を動かす勢いが弱まり。ゆっくりと地面に向かって落ちてきて、漆黒の龍神の姿がスッと消えた。
 意識が戻ったエミルは、周囲を見渡して星の姿を探す。しかし、地面に落ちた巨竜の巻き上げた砂埃で視界が絶望的なほど悪い。

 上空にまで舞い上がった粉塵で、地上の状況は声以外全く情報が入ってこないほどだ――。 
 
 土煙が上がっているそんな中で一番に飛び出してきたのは、赤い鱗に囲まれた巨竜の頭だった。

 ――グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!

 空に向けて咆哮を上げた直後に、赤い鱗の巨竜の口の中に再び炎が溜まる。
 その数秒後。赤い熱線が放たれ、荒れ狂ったそのドラゴンの熱線が空を切り裂く。
 
 その衝撃波が周囲の土煙を吹き飛ばし、やっと周囲が見渡せるほどに視界が戻った。
 地上に居たはずのアヌビスの兵士達は全て消え去り、地上にいるプレイヤー達は皆戦う敵を失って混乱している。
 
 そしてアヌビスの兵士達が消え去ったと同時に、レイニールが戦っていた100m級の巨人もその姿を消す。
 っと、天を見上げていた赤い鱗の巨竜の視線が千代の街へと向けられ、その口の中に再び炎が溜められる。

 その射線上には、ペガサスに乗った星がエクスカリバーを自分の前に掲げて立ちはだかっている。どうやら、ドラゴンが千代の街に向けて放とうとしている熱線を止めようとしているようだ――。

「――主は我輩が守る!!」

 ペガサスに乗ったまま、今にも熱線を放とうとしているドラゴンを睨み付けている星と赤い巨竜の間に、両手を広げる様にしてレイニールが飛び込んできた。
 その直後、星を守るように前に飛び込んでいたレイニールの体が金色の光を発し、放たれた熱線をレイニールのその体が弾く。

 驚いた様子で目を丸くさせている星にレイニールが微笑むと、その大きな翼を激しく動かし熱線を弾き返しながら、ドラゴンの口まで一気に距離を縮める。

 発射している口付近までくると、大きく咆哮を上げながらドラゴンの口の中に身を投じた。
 直後。凄まじい閃光と爆発が起こり、赤い鱗の巨竜の口内が黒い煙の中に包まれ、その中から何か小さな物が飛び出してきた。

 星はそれを目で追いながら指差した。

「ペガサスさん。あの何か飛ばされた方に行って下さい」

 星はすぐにペガサスにその場所にいくようにとお願いすると、ペガサスも頷くように頭を上下に振って勢い良く飛んでいく。
 凄まじい速度で追い越したペガサスは空中で素早く体を反転させると、星は捕まっていたペガサスの首から手を放して大きく両手を広げる。

 飛んできたそれを胸で受け止めると星の予想した通り、それは小さくなったレイニールだった。自慢の金色の鱗は少し煤で黒くなっていたが、どうやらまだHPは残っているようだ――。

 星はすぐにアイテム欄からヒールストーンを取り出し、頭上に投げると上からペガサスに向かって緑色の光が降り注ぎレイニールのHPが最大まで回復する。

 すると、レイニールの瞼がゆっくりと開き、その青い瞳が星の顔を真っ直ぐに見つめる。

「……レイ。大丈夫?」
「おお、主か……無事で良かったのじゃ……」

 弱々しい声音でそう言ったレイニールを星は胸に抱き寄せると、瞳に涙を浮かべながらささやく。

「心配したんだから……無理しちゃダメだよ? レイ……」
「……それは、こっちのセリフじゃ……まったく。我輩の主様にも困ったものじゃ……」

 そう言ってレイニールの意識は途絶える。

 星はレイニールが気を失っただけなのを確認すると、ほっとしたように大きなため息を漏らした。

 そして、レイニールのその小さな体をもう一度胸に抱き寄せると、その存在を確かめるようにレイニールの背中を優しく撫でる。

「……私、生きてるんだよね。戻ってきたんだよね……レイ」

 飛んでいたドラゴンの中からメガネを掛けた赤髪の男と一緒に落ちてから、星にはまだ自分が生きているという感覚がどうしても持てなかった。それが、レイニールを抱きしめている時に強く『生きている』という感覚を実感できた。

 それは、もう二度と会うことはないと思っていたレイニールを、その手で再び抱きしめることができたからなのかもしれない。
 
 目を瞑って胸に抱いたレイニールの体温を感じていると、そこに赤い鱗の巨竜の悲痛な咆哮が飛び込んでくる。
 いや。もうそれは、咆哮と呼べるようなものではない。空気を震わせ、他者を寄せ付けまいと、凄まじい衝撃波を放っていたその咆哮は見る影もなく、今はまるで壊れかけのトロンボーンの様だ――。

 その咆哮の中にある悲しさにも似た何かを感じ取って、表情を曇らせた星は悲しそうな紫色の瞳で、その赤く巨大なドラゴンの方をじっと見つめていた。

 レイニールによって口内をズタズタに破壊された赤い鱗の巨竜は、地面に頭を打ち付けながらその場でのたうち回っている。
 悶え苦しむ巨大なドラゴンに巻き込まれまいと、地面にいるプレイヤー達は一定以上の距離を取って、荒れ狂う赤い鱗の巨竜の予想外の行動に対処できるようにしていた。

 すると、今まで巨体を激しく揺らして荒れ狂っていた赤い鱗の巨竜が、急に大人しくなったかと思うと、その視線が千代の街へと向けられた。

 それから何かを察したのか、顔を青ざめさせた紅蓮が周囲のギルドメンバー達に向かって叫んだ。

「あのドラゴンを止めて下さい! 止められなければ、全てが蹂躙されます! 私達の街も仲間達も全部奪われますよ!!」

 そう叫んだ紅蓮は、誰よりも先に巨大なその体に飛び掛かっていく。

「おい。紅蓮待てッ! ……くッ! 俺達も出るぞ!!」

 メルディウスは大斧を構えると、紅蓮の後を追いかける様に飛び出していった。
 すると、それに続くように続々とギルドマスター、サブギルドマスターに続けと大声を上げ、自分を震え立たせながら飛び出していった。
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