第295話 敵の本当の狙い6

文字数 3,022文字

 現在エミルの使えるドラゴンの中で、トロールに匹敵するほどのドラゴンは存在しない……。

「――まずいわね。あのトロールをなんとかしないと……」  
「くそッ! 俺の左腕があれば、あんな野郎一瞬で街の外に吹き飛ばせるのによ!」
「左腕……メルディウスさん。その左腕はアイテムで治せないんですか?」

 考え込んでいたフィリスがメルディウスに尋ねると、その問いに彼は即座に答える。

「無理だな。負傷は一度撃破されて教会に戻るか、宿屋に泊まるか、風呂に入るしかない。って言っても、普通は風呂もマイルームにはないからな。結局、今の現状じゃギルドホールの風呂に入る以外はねぇー。だが、今から呑気に風呂なんかに浸かってる暇はないからな。今すぐにって言うのは不可能だ!」

 悔しそうに歯を噛み締めるメルディウス。フィリスも困り果てたように俯き加減に顎の下に指を当てて考え込む。

 漆黒の兵士達が数に物を言わせて突破できそうなものだが、それはあまり現実的ではない。何故なら、トロールは門を支えている。しかも、今なおモンスターが流入している現状で、最も敵の交戦が激しくなる場所が門の前であることは言うまでもないだろう。

 そんな場所に強引に押し込めば、今度はバロンの漆黒の兵士達が危機に陥りかねない。それもそうだろう。現に門を隔てた先には多くのモンスターが所狭しとひしめいている。

 しかも、トロールの足元にいくということは、踏み潰されるリスクを常に負って戦うということでもある。
 さすがに今後どうなるか分からない現状下で、リスクが高すぎる。今後のことを考えれば、バロンには少しでも戦力を温存してもらいたい。

 っと、皆が作戦を考えているのに気付いたバロンが声を張り上げ叫ぶ。
  
「なにを考えてるんだ? 要は、あの扉持ってるデカブツを消し飛ばせばいいんだろ!」

 バロンが手に持っていた漆黒の炎に包まれた剣をトロールの背中に向けると弓兵達は弓を引き絞り、槍兵達は持っていた槍を右手に構え大きく腕を引いて、槍を投げポーズのままで全身に力を込める。

「――よし。放て!!」

 その掛け声の直後、数百、数千という槍と矢の雨がトロールの背中に降り注ぐ。

 巨大なトロールの肌を貫き、槍と矢が一瞬にしてまるでハリネズミの様に背中に突き刺さり、トロールは堪らず叫び声を上げた。
 悲痛な叫び声を上げているトロールの真上に表示されたHPバーが物凄い勢いで減り、イエローゾーンまで一気に下がる。

 それを見た誰もが『勝った』と勝利を確信して疑わなかった。
 しかし次の瞬間、再びけたたましい雄叫びが辺りに木霊してその緑色の表皮が徐々に赤みを帯び、完全に全身を真っ赤に染め上げた直後、減少していたHPが全快し。しかも、背中に槍や矢が突き刺さっているにも関わらず、継続的なHP減少もなくなっていた。

 しかし、そんなことは本来ならば起こり得ないことだ。モンスターに対して矢は直撃して数秒間はダメージが継続する。そして槍に関しては継続してダメージを与える仕様になっている。だが、それは当たり前のことだ――矢はまだしも槍を突き刺せば武器を手放している間。別の武器は使用できない片手剣など片手で扱える物は、両手に持つことができるが、装備が離れてもその重量はプレイヤーに掛かったままになる。そして槍に関しては両手武器――つまりは、敵に槍を突き刺した状態では、常に無防備な状態になっているということだ。

 それだけのリスクを背負っているからには、負傷で継続ダメージくらいのボーナスがなければ不公平だろう。まあ、それも武器から距離が離れすぎると無効になってしまうのだが……。

 赤くなったトロールは扉を押さえていた腕に更に力を込めると、ギシギシと音を立てて強引に限界まで開く。
 限界まで大きく開いた扉から、更に大量のモンスターが押し寄せ、圧倒していた漆黒の兵士達が徐々に押し返され始めた。

「……もう余裕がねぇーな! 仕方ねぇー。俺のベルセルクの爆発で吹き飛ばすしかねぇーのか!」

 手に握られた金色の大斧『ベルセルク』を見つめ、メルディウスは迷っていた。
 普段なら頼んでもいないのに無駄に爆発能力で辺りを吹き飛ばすのだが、今回はそうはいかない。

 何故なら、今は腕が一本欠けている状況で爆発能力を片手のみで発動させなければいけないのだが、問題は片手だけでやれるのか?というところだ。
 いともたやすく行っているのだが、ベルセルクの武器スキルに自分の固有スキルを合わせているからこそ凄まじい爆発になる。しかし、片手ではその爆発を抑えきれないのが現実だ――。

 バランスを崩したまま勢いに吹き飛ばされてしまえば、運が悪ければ飛ばされた先で死ぬことも考えられる。

 そうなれば、ギルドのメンバー達にも自分を逃した紅蓮にも申し訳が立たない。紅蓮の名前はギルドにもフレンド内にも残されているが、それがどんな状況にいるのかまでは分からない。もしかすると、敵に捕まっている可能性だってある彼女の安否が確認できない今。メルディウスという精神の要を失うのは、ギルドにとっては大きな痛手になる。

 自分だけの命でない以上。ここで安易に決断を下すことはできない、かと言ってこのまま状況を放置するというのは最もやってはいけない愚策だ――敵の勢いが増した今。メルディウスにはここでリスクを承知で自ら敵を撃退するか、仲間達を呼びにいったんこの場を離れるか選択する時を迫られていた。 

「――くそッ!! どうしたらいいんだ俺は……お前ならこういう時どうする? ジジイ……」
  
 強くベルセルクを握り締め。額から汗が流れ落ち険しい表情で、赤くなったトロールの背中を見つめるメルディウスに、フィリスが話し掛けてきた。

「メルディウスさん。もしも、その大斧の力を使えたら、あの化け物を退治できますか?」
「そんなの当たり前だ! 俺のベルセルクに吹き飛ばせないものはねぇー!!」

 フィリスは決意したように深く頷くと、メルディウスの無くなった左手を自分の両手で包み込むと、真っ直ぐにメルディウスの顔を見つめ。

「私の体をメルディウスさんに預けます!」
「なっ! はっ? 何を急に……」

 彼女の口から出た言葉が理解できずに、メルディウスは頭の上に『?』マークを浮かべている。

 フィリスは握っていた彼の腕を自分の体に巻き付けると、メルディウスの懐に潜り込んだ。

「私が左手の代わりをします。メルディウスさんは私の体を支えて下さい!」
「お、おう……?」

 混乱する彼を余所に、フィリスはメルディウスの持つベルセルクの柄をしっかりと握り締める。

「――メルディウスさん!」
「本当にいいんだな? なら、行くぞ! 振り落とされるんじゃねぇーぞ!」

 メルディウスは左腕でフィリスの体を支えると、地面を強く蹴って高く飛び上がる。

 その後、大きく真上にベルセルクを掲げてトロールの背中目掛けて降下する。そして声を張り上げてフィリスに叫ぶ。

「今だ! 思い切り振り下ろせ!!」
「はい!」

 彼の掛け声を合図にフィリスは全身全霊を持ってベルセルクを振り下ろす。

 口元にニヤリと不敵な笑みを浮かべたメルディウスが彼女に合わせて、ベルセルクの柄に力を込める。

「――行くぜ! 吹き飛ばせベルセルク!!」

 巨大なトロールの背中に振り下ろされた刃が、赤い表皮に突き刺さり激しい爆破を起こし、トロールの巨体をいともたやすく門の外に吹き飛ばす。
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