第56話 お風呂5

文字数 4,356文字

 しばらくして、エミルが泣きじゃくっているレイニールの手を引いて浴室内に戻ってきた。
 その様子から、浴室の外では相当なやり取りがあったことが窺い知ることができる。

 先程までの鬼の様な彼女は完全に消え失せ、普段通りの優しい彼女の声音に戻っていた。

「もう絶対にああいう事をしてはダメよ? 分かった?」
「うぅ……ひぐっ……はい。ごめんなさい。もう二度としません……」

 さっきまで止められないくらい元気だった女の子が、金色のツインテールをだらんと垂らし、泣きながらエミルの隣を歩いて来る。
 3人はそのレイニールの変わりように、扉の向こうで何があったのかをあえて考えないようにしようと思った。

 星は泣いているレイニールの側まで行くと「大丈夫?」と優しく声を掛けた。すると、レイニールはわんわん泣きながら星に抱きついてくる。

「――うわ~ん。あるじ~。我輩を大切に思ってくれるのはあるじだけなのだ~。ここの者達はみんな怖いのだ~」
「……うん。大丈夫だからね。もう泣かないで……」

 星はそう言ってぽんぽんと優しくレイニールの頭を叩くと、手に何か硬いものが当たった。

 その感触に思わず首を傾げる。手の平から伝わってくるそれは、例えるなら象牙のような感じだ。
 彼女の頭の突起物はツルツルしていて、まるでちょっと大きめの上がピンク色の三角形のチョコレートの様な感じだった。

 興味を示した星が、その物体を指で撫で回すようにすると、レイニールはくすぐったそうに体をくねらせる。

「あっ……なっ、なにを……するの、だ。あるじ……」
「――あっ! ご、ごめんなさい!」

 星は慌てて、その表面がツルツルした三角の物体から手を放す。

 レイニールは不機嫌そうに頬を膨らませて星を睨む。

「でも、レイのその頭のはなに?」
「ああ、これはじゃな。龍族の誇りの象徴――角なのだ!」

 星は自慢げにそう言い放ったレイニールを驚いた様に目を見開く。

 だが、驚くのも無理はない。本来角というのは先が鋭利に尖っていてとても大きい物だろう。
 確かに今のレイニールの頭に付いている様な先端の尖っていない控えめな角もあるかもしれないが、しかし、ドラゴンと言えば神話の中でもとても凶暴な部類の生物のはず。

 しかも、黄金の竜へと巨大化したレイニールの角はしっかりと鋭利で立派な角が付いていたはずなのだが――それがこんなちんまりとした角に変わったとは、にわかには信じがたいものである。

 そこにエリエが話し掛けてきた。

「なんだか、そうしてると星がお姉さんって感じに見えるよね」
「……そ、そうですか?」

 エリエにそう言われた星は、少し恥ずかしくなったのか、俯き加減でそう呟くて頬を赤らめている。

 レイニールはきょとんとしながら星を見つめている。

「ほら、あなた達も早くお風呂に浸かりなさい。体が冷えちゃうでしょ?」

 エミルはお湯に浸かりながら振り返り、立っている3人に向かって手招きしている。

 3人はエミルのその言葉に素直に従うと、肩までお湯にゆっくりと浸かった。

「はぁ~。やっぱりお風呂はいいよねぇ~」
「はい。お湯もちょうどいいです……」
「なにを言っておるのだ主。我輩にしてはぬるすぎるくらいだ! もっと熱くても良いぞ!」

 湯船に浸かった3人がそんな話をしていると「それじゃ俺はそろそろ上がります」とカレンが徐ろにお風呂から上がった。

 そんなカレンに向かって「あんたって、ほんとに協調性がないよね」とエリエが嫌味ったらしく小さな声で呟く。

 それを聞いたカレンは顔を真っ赤にしながらエリエに向かって叫ぶ。

「なんだよ! 別にもう俺の体は温まったから上がるって言ってるだけだろ!?」
「ふ~ん。自分だけが良ければいいんだ~」
「くっ! なら、分かった。お前が上がるまで待っててやるよ! それで文句ないだろ!」

 カレンはその場にあぐらをかいて座ると、不機嫌そうにそっぽを向いた。

 その時、なにやら考え込んでいたエミルが小さな声でカレンに質問する。

「――カレンちゃんってB型でしょ」

 カレンは少し間を空けて「まあ、そうですけど……」と答えると、それを聞いていたエリエが「やっぱり~」と、少しバカにしたような言い方にまた不機嫌そうな顔になった。

 このままではケンカになりかねないと感じたのだろう。それを見たエミルが慌ててフォローを入れる。

「いや、でも。B型の子ってムードメーカー的なところもあるし。人をまとめるのも上手いって言うし。私は好きよ」

 カレンは表情を明るくすると「どうだ」と言わんばかりにエリエを見下すように見た。

 その後、仕返しとばかりにカレンがエリエに聞き返す。

「そういうお前は何型なんだよ?」
「べ、別に血液型なんてなんだっていいでしょ! 重要なのは人間性なんだから」

 エリエはそう言ってそっぽを向くと、横からエミルが「エリーは確かO型よね」と口を挟む。

「あっ、ちょっとエミル姉!!」

 エリエは両手を振りながらあたふたしているとカレンがニヤリと笑った。

「な、なによ……?」

 思わせぶりなカレンの態度に、エリエが警戒したように眉をひそめる。
 
「いや、別にぃ~。O型っぽくないなっと思ってさぁ~」
「なっ! それはどういう意味なのよ!?」
「――別に言葉通りの意味だけど……?」

 カレンがそう冷やかすように言うと、エリエは「あんたなんか大っ嫌い!」と叫んでそっぽを向いてしまう。

(うわぁ……これはまずいわね。なんとか話を収めないと……)

 エミルは自分から言い出した手前。ここまで話がこじれると思っていなかったのか、冷や汗を掻きながら辺りを見ていると、上で結んだ髪の毛を気にしている星が視界に入ってきた。

(そうだわ! ここは星ちゃんに協力してもらいましょう!)

 エミルはそう考え、持ち上げて結んだ髪を頻りに触っていた星に話し掛けた。

「ねぇ~。星ちゃん?」
「……はい?」

 星は突然、話しかけてきたエミルを不思議そうな顔で見上げる。

 まあ、今までエリエとカレンと話をしていた彼女が、まさか自分の方に回ってくるとは思ってなかったのだろう。

「星ちゃんの血液型ってなに?」
「……えっ?」

 その質問に2人も興味を示したのか、チラリッと星の方を横目で見た。

 星は少し困ったような顔をしたものの、徐ろに口を開いた。

「血液型は……えっと、B……です」
「そうよね~。星ちゃんも私と同じA型よね……ってB型!?」
「えっ!? 星、B型なの!?」

 エミルとエリエはそのことに驚き、目を丸くしている。
 本来ならB型はマイペースで気分屋で明るいという主に外向的なイメージが強い。その為、内向的な星の血液型がB型だったことがにわかには信じられなかったのだろう。

 まるで宇宙人でも見た様な2人の眼差しに、星もだんだん不安になってきた。

(……えっ? 私なにか変なこと言ったのかな……)

 星はその2人の予想外の反応に急に不安になり、思わず俯いてしまう。

「……B型でごめんなさい」
「ああ、ちょっとびっくりしただけだから気にしなくていいのよ? それに血液型と性格はあまり因果関係がないって言うし……」

 しょんぼりと項垂れている星に、エミルが慌ててそう言ったが、星の表情は曇ったままだった。

 そんな星を見兼ねたカレンが口を開いた。

「まあ、星ちゃん。血液型なんて気にしてたら、人間――皆4つまでしか分けられないし。それだったら、十人十色なんてことわざも生まれないだろ? それに、世間ではB型が悪く思われがちだけど……それぞれの血液型にだって長所や短所がある。その短所を長所に変えるのが修行だと、俺は思うよ」
「へぇ~。短所を長所に……ねぇ~」

 腕を組んで頷いているカレンにエリエがちょっかいを出し、また2人はいがみ合う。

 しかし、カレンの話を聞いた星の表情は少しだけ明るくなっていた。

「短所を長所に……」

 そう呟いて、星はぎゅっと手を握り締めた。
 自分に自信のない彼女にとっては、その言葉がとても良いものに聞こえたのだろう。

 エミルはそれを見てほっと胸を撫で下ろした。そこに、カレンが思い出したように口を開く。

「そういえば、エミルさん。あの人は何型なんですか?」

 カレンはそういうと指でサウナの方を指差した。

「ああ、イシェはエリーと同じO型。ちなみにデイビッドはB型よ!」
「あ~。なるほど」
「ああ……やっぱりね……」

 カレンとエリエは、それぞれ納得した様子で首を縦に振った。

 その頃、噂されている当の本人達はというと……。

「やっぱりサウナはええな~。美肌効果はあるし血行促進で新陳代謝もようなって冷え性対策にもダイエットにも最適や~。でも入り過ぎはあかんけどな~。……それにしても皆遅いなぁ~」

 イシェルはぼーっとサウナの天井を見つめている。もう、エミルや星がこないことなど気にしていない。

 そしてデイビッドは――。

「はぁ~。なぜかマスターもサラザさんもいないし――ってことは……貸し切り状態だぜぇー!!」

 デイビッドは広い浴槽の中を水泳選手の様に水しぶきが上がるほど勢い良く泳いでいた。

「――なんかデイビッドはお風呂の中を泳いでいるような気がする……」

 エリエはそう言って苦笑いを浮かべている。

 そんなエリエにエミルが、何かを思い出したかのように尋ねた。

「そういえばサラザさんは? 結局、星ちゃんのアイテム探しに付つきあわせて成り行きとはいえ、危険な目に合わせちゃったから、何かお礼をできないかと思っていたのだけれど」
「ああ、サラザはなんだかね。オカマイスターの集まりがあるからって行っちゃったの」
「――お……オカマイスター?」

 それを聞いたエミルはぽかんと口を開けたまま、エリエの顔を見つめている。そんなエミルの顔を見つめ、エリエは首を傾げると「普通にオカマ同士の集まりだと思う」と返した。

 エミルは自分の思っていた考えが聞けなかったのか、少し納得できないといった感じの表情で「そうなのね……」と言うと、星が2人の会話に割り込んできた。

「――おかまっておなべの事ですよね!」
「……えっ?」
「……星ちゃんなにを言ってるの?」

 エリエとエミルは驚いた表情で星を見た。

 そこにタイミングよくサウナから出てきたイシェルが口を挟む。

「そうやよ~。どっちも火に付けて使うから、大体おんなじやね。星ちゃんは物知りやな~」

 イシェルはそういうと星の頭を撫でてにっこりと微笑んだ。

 2人はそれが性別のことではなく、調理器具のことだということに気がついてほっと胸を撫で下ろす。 

「ほな、そろそろお料理の時間に戻らな~。うちはお先に上がって準備しておくから、皆はゆっくりでええよ~」

 サウナに入って汗を流したからか、上機嫌にイシェルはそう言い残して浴室を出ていった。
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