第238話 覆面の下の企み2

文字数 3,696文字

 空中でルシファーと幾度となく剣を打ち合わせる中、地上では立ったまま動かないエミルとイシェルに向かって、次々に襲い掛かってくるモンスター達に巫女服を纏ったイシェルが神楽鈴を鳴らす。

 その直後、突風が吹き荒れモンスター達を、原形を留めないほどに細切れに引き裂いていく。
 巫女という神々しい存在にも関わらず、イシェルはモンスター達に全くの感情のない冷酷な眼差しを向けて、ただただ作業の様に淡々と神楽鈴を振る。

 モンスター達は為す術なく断末魔の叫びを上げ、光となって天に吸い込まれていく様に上がって逝った。

 淡々とした戦闘をしている地上と違い。上空では激しい攻防が繰り広げていた。
 翼を大きくはためかせながら、2体の巨大な堕天使と竜人が空中で激しく両手に持った剣を打ち合わせる。

 っと突如距離を取ったルシファーが翼を大きく広げ、漆黒の羽根をリントヴルム目掛けて放つ。
 それをリントヴルムZWEIが口から噴射した炎で焼き払う。しかし、無数にホーミングしてくる羽根を落としきれない。あぶれた羽根は即座にリントヴルムの持つ剣が叩き落とす。

 それでも落とせない分は、そのダイヤモンドの体で受け止めた。いくらダイヤモンドと言えど、HPが無限な訳ではない――ダメージカットは目を見張るものがあるが、ただそれだけである。結局はダメージの軽減しかできないのが現実だ。

 HPが減少する中、リントヴルムZWEIがルシファーに炎を吐き出す。ルシファーはそれを剣で受けるが、防ぎきれずに漏れ出た炎でHPが減少する。

 HPはリントヴルムZWEIのダイヤモンドの体を考慮しても、ほぼ互角――互いに一歩も引かないルシファーとリントヴルムは空中で幾度となく体制を入れ替えながら激しくぶつかり合う。

 漆黒の双剣と金色の双剣が激しく火花を散らす。だが、結局その刃が互いの体に触れることはない。結局は遠距離攻撃でのHPの削ぎ合いになっていた。

 今はエミルの五感の全てがリントヴルムZWEIとリンクしている為、これほどの戦闘を行えているが、リントヴルムZWEIだけならばこうはいかなかっただろう。

 HPの残りもあと僅かとなり、今まで冷静な立ち回りをしていたがリントヴルムZWEI積極的な攻勢に転ずる。
 あからさまに大振りになる攻撃により、今まで体に触れることのなかった剣が当たりがくっとHPが減る。だが、その攻撃の返しでリントヴルムZWEIの双剣がルシファーの両側の翼の付け根を捉え、そのまま一気に切り落とす。

 浮力を失い上空から地上に真っ逆さまに落下して、ルシファーの落ちた場所から大きな土煙が上がる。

 ――グオオオオオオオオオオオオオッ!!

 リントヴルムZWEIが大きな咆哮を上げると、上空から急降下して地面に落ちたルシファー目掛け両手の剣を突き立てる。

 その攻撃がルシファーの胸に突き刺さり、日本の黄金の剣が胸に突き立てられた状態で膨大だったHPが尽き、その大きな巨体も粒子状になって消えた。
 直後。リントヴルムZWEIの腹部に大きな傷が付いていて、HPバーが『0』の数値を示し、徐々にその姿が薄れていき消える。

 結果的に相打ちだが、消滅時のエフェクトを発生し消えたがリントヴルムZWEIの場合はただ一時的に消失しただけだ。エミルの固有スキルによって出現しているリントヴルムZWEIはHPがなくなっても、再使用に5時間のクールタイムが設けられている。

 リントヴルムが消え、エミルの体へと意識が戻り。

「――痛った~。でも、これでルシファーは倒したわ……」

 明らかに疲弊しているエミルにイシェルが慌てて駆け寄る。

 地面に膝を突いたまま、荒い息を繰り返しているエミルの肩に手を置く。

「エミル! 大丈夫なん? 痛覚の共有はあるんやろ?」
「ええ、大丈夫よイシェ。でも、リントヴルムZWEIをやられたのは大きいわね……」

 悔しそうに表情を曇らせるエミルの言葉を聞いたイシェルが微笑んだ。

「あのルシファーと相打ちならええやん。それより――」

 急に鋭い視線を向けイシェルが手に持った神楽鈴を振るう。
 武器を持って襲い掛かってきたゴブリン5体が一瞬にして切り刻まれ、地面に落ちるより早く光に変わり空へと消えていく。

 エミルも慌てて両手に持つ双剣を構えて辺りを見渡すと、数千という敵に囲まれている。

「……ボスを倒しても、まだまだおかわりはたくさんいるってわけね……」
「ふふっ、おかわり自由やね! デザートはうちでええ? エミル」
「もう! 茶化さないでよね。イシェ」

 イシェルはクスクスと悪戯に笑うと「わりと本気なんやけどな~」と小悪魔的に呟く。そんな彼女の言葉を軽く聞き流すと、エミルはイシェルと背中合わせに立つ。

 周りには得物を構えて、今すぐにでも獲物を狩ろうと口から唾液を撒き散らせ、鼻息を荒くしているゴブリン種に、カタカタと歯を打ち鳴らしているスケルトン種、不気味な爬虫類独特の先端の分かれた舌を伸ばしているリザードマン種など、様々な種類のモンスターが黒く鋭利に輝く武器をエミル達に向けている。

「……信頼してるわよ。イシェ」
「ふふっ、うちもしんら……ううん。愛しとるよ。エミル」

 敵の大群を前に真剣な面持ちで剣を握るエミルの背中で、微笑みを浮かべたイシェルもすぐに顔を引き締めた。

 
 ベルセルクを振り回し爆発を起こして派手に敵を吹き飛ばして、文字通り森を『爆・走』するメルディウスの眼前に、道着を着た白髪を後ろで結った屈強な男が拳を振るっている姿が飛び込んで来た。まあ、その男は紛れもなくマスターなのだが……。

「はあああああああああッ!!」

 気合いを入れて拳を振り抜くと、数十体の敵が中に舞う。

 その光景にはゲームバランスという言葉は存在しないのだろうと思ってしまうが、最早それも見慣れた光景だ。
 地面の強く蹴って跳び上がったメルディウスが、負けじと敵の集団の中にベルセルクを振り下ろし、敵を爆風でまとめて数十体を吹き飛ばす。

 こっちも数十という敵が宙に舞い上がって光に変わる。トレジャーアイテムを使っているとは言え、メルディウスもゲームバランスを超えていると言わざるを得ないだろう。

 まあ、このゲーム【FREEDOM】は元々プレイヤーの身体能力に特化しているゲームである。
 どういうシステムなのかは分からないものの、神経の信号の動きや血管を流れる血流の遅い速いで判断しているなんて説もあるが、実際のところは謎に包まれている。

 ハードとして確立しているものの、リングの構造は解体すると重要なシステムが破損して起動できなくなってしまう。

 だが、もちろんゲームシステム内にバックアップが取られている為、キャラクター名と個人情報を入力すると新規のリングでも新規か更新かを選べるので、データが消失するということは絶対にない。しかし、動作に関してはステータスとプレイヤーによって若干の違いがあるのは事実である。

 突然のメルディウスの登場に驚いたのか、マスターが目を丸くさせながら彼の姿を見た。

「――よう、ギルマス。まだスキルは使用してないようだな」
「当然だ。儂のスキルは使用するとHPの回復ができない上に、24時間の使用制限が掛かってしまうからな」

 それを聞いたメルディウスがニヤリと不敵な笑みを浮かべ、ベルセルクを肩に担ぐ。

 マスターが不機嫌そうに目を細めている。

「いや、別にバカにしてるわけじゃない。ただ、化け物レベルのアンタでも。さすがに、この量を相手にするのはHPを回復せざるを得ないんだと思ってよ。安心しただけだ」
「ふん。ただの保険だ……」
「……だろうな」

 互いにそう呟いて笑うと、会話をしているのにも構うことなく向かってくる敵を次から次へと打ちのめしていく。

 向かってくる敵の勢いが少なくなると、マスターが徐に口を開いた。

「――ルシファーが消えた直後。すでに第二陣の者達には救援の要請を出している! もうしばらく持ち堪えれば援軍も来る!」
「ほう。それは嬉しいねぇー。さすがにこの数を相手に、制圧戦は厳しいからな!」

 突如駆け出したメルディウスが、ベルセルクを振り回して敵を無差別に斬り伏せていく。マスターもそれに負けじと、目の前の敵を次々に殴り倒す。

 2人を取り巻くように、キラキラと粒子状になった元々モンスターだったものが舞い上がり、彼等の周りがまるで別のゲームのような幻想的な世界へと変わっていた。

 最初からこの作戦自体、ボスを撃破することを目的にしていた為、救援が来るまでの間。各自の判断で生き残らなければならなかった。
 もちろん。突然戦線に入ってきたミレイニ意外の皆がそのことを了解した上での作戦だったのだが、さすがに休みなく襲い掛かってくる数万のモンスターを個人が撃破し続けるのにも限度はある。

 モンスターは疲労せずいくらでも代えが利くが、プレイヤーは負傷も疲労もするし、アイテムにも限りもあるのだ。各自ボスとの戦闘を終えたメンバー達がそれほど長い間、凌げる力が残っているはずがない。だが、そんな心配もすぐに無駄になることになる……。
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