第345話 太陽を司る巨竜8

文字数 2,311文字

 突如現れたアヌビスの兵士達に、地上にいたプレイヤー達は動揺する。まあ、地中から突然火柱が上がったかと思うと、目の前に敵兵が数万規模で現れれば動揺するのは仕方がない。

 そんな彼等に一斉にアヌビスの兵士達が襲い掛かる。
 動揺し、先程の地中からの火柱の出現で完全に体制を失っている状態の彼等では、その攻勢に対応しきれない。見る見る内にアヌビスの軍勢に呑み込まれ、次々と撃破エフェクトである光の粒子となって空へと昇っていく。

 ギルドのギルドマスター達も大声を上げて散り散りになった部隊を纏めようとしているが、敵の攻勢の激しさと辺りに武器を打ち鳴らす音と轟く悲鳴で数メートル先にも声が届かない状態だ――。

 アヌビスの兵士達は撃破しても、再び炎と共に現れる上にチャリオットに乗った重鎧のアヌビスが弓を連続で放つ為、プレイヤー側の損害だけが大きくなっていく。

 そんな絶望的な状況の中、突如として後方から数万の漆黒の騎馬隊が敵味方入り乱れる塊の中に突撃する。
 
「――たくっ……雑魚どもがッ!! 俺様が時間を稼いでやる。その間に体勢を立て直せ!!」

 バロンの声が辺りに響くと、それが聞こえているのかいないのか分からないものの、漆黒の兵士達がアヌビスの兵士をじわじわと押し返すのを見て、プレイヤー達が後退を開始する。ギルドのある者達は己のギルドの方へ、ギルドに所属していないプレイヤー達はひとまず紅蓮の元へと駆け付ける。
 
 どうして紅蓮かというと、一人だけ撃破されても無限に蘇るアヌビスの兵士を相手にガンガン前に出ていた。
 相当敵軍の奥の方でメルディウスの持つベルセルクが起こす爆発音が聞こえてくる。まあ、紅蓮達も彼の居場所が分かるから放置しているのだろう。

 だが、今まで巻き添えを避ける為に、後方に下がっていて颯爽と現れたバロンの漆黒の兵士達だったが、不死と思われるアヌビス兵士達との戦闘で徐々にだが確実に数を減らしていた。

 馬上でイライラしているバロンを見ていれば、あまり状況が芳しくないことは良く分かる。
 そんな兄の姿を後ろに乗っている妹も察したのか、慰めながらポンポンと肩を叩いていた。だが、笑みは浮かべているものの、フィリスの表情もどことなく暗く見える。

 まあ、無理もない。フィリスは星よりも戦闘経験が少なく、実践では全くと言っていいほど役には立たない。それを彼女が一番良く分かっているし、今も兄であるバロンと漆黒の軍団に守られているから平静を装っていられるが。そうでなければ、戦闘を放棄して泣き崩れているしかないのだ。
 
 しかし、この状況を見ていると、狼の覆面の男が空と陸の両方を攻撃の主軸にして戦略を組み立てていたということが良く分かる。しかも、ルシファーと村正を使った部隊よりも更に強力な軍団になっている。

 陸は数万の不死の軍勢であるアヌビスの兵士達。そして空は数キロにも渡る巨体を持った赤い鱗を持つドラゴン。眷属であるアヌビス兵は不死であり、大本のドラゴンの方は撃破するのに一定値以上の闇属性攻撃しか受け付けない。

 これでは空中に浮かぶ城の様に巨大なドラゴンを倒さなければ、地上のアヌビスの兵士達も消えないが、それができるのは今の段階ではエミルのリントヴルムと影虎のファーブニルが融合したリントヴルムNEXTザ・デストロイヤーだけなのだ――。
 
 だが、その漆黒の龍神もドラゴンとの長時間の戦闘で確実に動きが悪くなってきている。
 それも当然だ。攻撃されているだけで抵抗を全くしてこないというわけではない。むしろその逆だ――巨大な尻尾や熱線、そして皮膚から放つ火柱で近付こうとするリントヴルムNEXTザ・デストロイヤーを牽制し続けている。

 しかし、漆黒の龍神の動きが悪くなっているのにはもう一つ理由がある。その理由とは、リントヴルムNEXTザ・デストロイヤーと一体化したエミルにある。

 エミルは『フルコントロール』で召喚しているドラゴンと動きや神経などを完全にシンクロさせることができる。だが、飛行しながらの長時間の戦闘の経験がエミルには極端に少ない。しかも、普段は剣を主体に戦うエミルは、ドラゴンとシンクロさせるこのスキルを数回しか使ったことがないのも原因だ。

 どうしてこの【FREEDOM】にはアバターを自由に変更する機能が付いていないのか……性別はいかがわしい目的で使用する場合があるから仕方ないにしても。身長、体型なども変更できないのには意味がある。

 それは、脳の認識の違いにある。長い間の生活で培われた感覚は、そうそう変わるものではない。確かに意識すればその感覚のズレを修正することはできるだろう……。しかし、それは意識すればの話だ――戦闘になれば、どうしても無意識のうちの動作が多くなる。

 今のエミルの状態は、言わば意識してその巨大な体格に感覚を合わせている状態である。しかも、今はエミルの操る漆黒の龍神だけが戦況を左右する切り札なのだ――。

 赤いドラゴンの周囲を飛び回りながら攻撃の機会を窺っている。だが、敵の抵抗が激しくて最初の時ほど攻撃することができていない。いや、慎重になりすぎて攻撃できなくなっているという方が正しいかもしれない。

 地面では、バロンの漆黒の兵士達によって体勢を立て直したギルドが戦闘に加わって、一度は総崩れになった戦況を立て直した。
 
 離れた場所では、未だレイニールが巨人を圧倒している。だが、その巨人もアヌビス同様にHPが全損しても再び蘇る。この戦闘の勝敗を握っているのは、やはりエミル達に掛かっているようだ――。

 しかしその頃、そのドラゴンの体内でも別の争いが始まろうとしていた……。
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