第33話 理想と現実3

文字数 4,092文字

 星は剣をがむしゃらに振り回しながらカレンを攻撃するも、その攻撃はカレンに掠りもしない。

 だが、当たらないと分かっていても。心の中から湧き上がってくる怒りをぶつけずにはいられない。

「はっ! このっ! このぉ~!!」
「どうした? 攻撃に正確性が無いぞ? そんなじゃ俺に一撃食らわせるなんて夢のまた夢だなッ!!」

 星の必死の攻撃をカレンは涼しい顔で攻撃をかわしている。

 それもそのはずだ。ゲームではどれだけやり込んだかでプレイヤーの力量が決まる。

 攻撃スキルのないフリーダムでは良い装備と実戦経験で得た体の使い方が勝敗を決めると言っていい。

 フリーダムの中で剣士はバランス。代わって武闘家がスピードに優れている。
 更に前回のアップデートで装備の重量によって俊敏性のステータスが上昇する仕様に変更されていた。このことは、一部の人間しかまだ知らないことだ――。

 実はカレンが最初にガントレットを外したのは、この効果を最大に活かす為の彼女の作戦だったのだ。そうとは知らず。星は剣に鞘を付けてしまった為、重量が追加され攻撃速度とスピードを落としてしまっていたのだった。

 ただでさえ剣を持たない分、重量の関係で武闘家はスピードと攻撃速度が圧倒的に高い。それが近接戦闘で、スピードという圧倒的なアドバンテージを生み出している。

 カレンは必死になって剣を振るう星を、あざ笑うかのように口元に笑みを浮かべる。

(この戦いは最初から俺に有利なんだよ。お前がどんなに努力しても足の遅い剣士では……)

 地面を強く踏み締め。

「俺には絶対勝てないんだよ!!」

 カレンは星の瞬時に懐に飛び込むと、数発の打撃を打ち込んだ。

 星は地面を派手に転がりそして止まる。

「いっ……うぅぅ……」

 星は腹部を押さえながら、苦しそうにうずくまっている。
 まあ、一瞬とはいえ即座に数発の打撃を加えられれば無理もない。HPゲージも1になり、星も立ち上がる様子もない――。

 カレンは「ふんっ」と息を漏らすと、倒れている星に冷たい視線を送り。その場を去ろうとしたその時、星の声が響く……。

「……ま、まだです。まだ……負けて……ません!」
「なっ、なんなんだよ。お前は! どうしてそこまで立ち上がるんだ! 元々お前には関係ない事だろう!?」

 カレンは体を左右にフラフラさせながらも、必死で立ち上がってくる星に向かって叫ぶ。

(普通ならもう立ち上がるどころか息をするだけでも苦しいはずなんだぞ!? なぜだ……なぜあいつは立っていられる!!)

 カレンはそう思うと、倒れても倒れても何度も立ち上がってくる星に、恐怖にも似た感情を覚えた。

 その時、星がゆっくりと口を開く。

「……関係なくない」
「えっ?」
「はぁ……はぁ……2人は……私にとって命より……大事な……お友達なんです! それをばかにしたあなたを……ぜっ、たい……許さない!!」

 星は怒りに満ちた鋭い眼差しをカレンに向ける。

 その瞳を見てカレンは混乱した様子で数歩後ろに後退る。額からは焦りからか汗が滴り落ちた。

(なんなんだこいつは……どうして人の為にそこまでできる。手は抜いてない――そんなボロボロの体で、どうしてまだ戦意を失わない!!)

 カレンの体はなんとも言えない恐怖に震え、よろよろと近付いてくる星を見た。

「――くっ、来るな……来るな……来ないでくれッ!!」

 カレンは更に数歩後退りしてその場に座り込んで頭を抱えた。

「俺が悪かった。ダメだ……来ないでくれ! 愛……もう俺を許してくれ!!」
  
 カレンは取り乱した様にそう叫ぶと怯えた様子で「許してくれ」という言葉を念仏の様に繰り返してその場に蹲っている。

 そんな彼女を星は不思議そうに見つめていた。


              * * *


 今から6年前。カレンがまだ孤児院に居た時の話だ――。

 マスターの行った頃は、カレンは人との関わりを持とうとしていない孤立した子供だった。だが、そんなカレンにも仲のいい友達がいた。 
 
「かれん。私夢があるの」
「夢?」
「うん。大きくなったらパン屋さんになってパンを皆にお腹いっぱい食べさせてあげるの」

 少女は肩ほどの黒い長髪を揺らしながらカレンに向かって微笑んだ。

「あいがするなら私も一緒にパン屋さんやるよ!」
「うん! なら、2人でここにいる皆をお腹いっぱいにしようね!」

 そう言って2人はしっかりと手を握ると微笑み合った。

 しかし、そんな平和な日常はそう長くは続かなかった。それは外国の高官が表敬訪問で孤児院を見に来た時のことだ。その時、人当たりも良く誰にでも別け隔てなく接する愛が施設の案内役に抜擢された。
 
 その時の丁寧に対応した愛のことをえらく気に入った高官が、愛を養子にしたいと持ちかけてきたらしい。最初は嫌がっていた愛を、大人達は両国の交友の為にもと必死で説得した。

 しかし、それは彼女の意思を尊重したというのは表向きのことで、その時にはもう飛行機のチケットも移住の手続きも全て終わっていた。
 おそらく。物分かりのいい愛はそのことを大人達から聞いて、仕方なく首を縦に振ったのだ――それは愛が旅立つ数日前にカレンが聞いた話だった。

 カレンと愛の2人は孤児院の近くの公園のブランコに乗りながら話をしていた。

「私。もうすぐこの孤児院の子じゃなくなるの……」
「……えっ? あい。今、なんて言ったの?」
「だから、かれんとも後少ししか遊べないの……ごめんね?」

 愛はそう言うと困惑した表情で自分を見ているカレンににっこりと微笑んだ。
 しかし、物心ついた時から毎日一緒に居たカレンにとって、その笑顔が偽りであることは言わなくても分かっていた。

 カレンは微笑んでいる愛に向かって感情を露わにする。

「どうして!? あいは本当は行きたくないんでしょ? ここに居たいんでしょ? なら、ことわればいいじゃん! もし一人で言えないなら私が一緒に……」
「……だめだよ、かれん。それじゃみんな困っちゃうもん。それに私が行くところの人もいい人だし、ここよりもきっと……」

 そう言おうとした愛に向かって、震えながらカレンが再び声を上げた。

「ここよりきっと何? ここが私達の家でしょ。私もあいも他の皆も家族なんだよ。私達は親も居ない。親戚も居ない。家族は施設の皆なんだよ? それにあいは私とパン屋さんになって皆をお腹いっぱいにするって夢があったじゃない。それを忘れちゃったの!?」

 カレンの感情を表に出した強い言葉にあいは俯いたまま唇を噛み締めている。

 次の瞬間。愛は徐ろに口を開いた。

「――かれん。私もかれんやここの皆の事が大好き――だから、行くんだ。本当は誰にも言うなって口止めされてたけど、かれんだけに言うね?」
「うん」

 カレンは愛のその決意に満ちた表情に無言のまま頷いた。

「実はこの話はもうずっと前から決まってて、私も昨日聞いたの……それにね。私が行くところのお父さんとお母さんは他の国の偉い人なんだって――だから、私は皆の為に、私達みたいな子を少しでも減らせるように偉くなって皆が本当のお父さんとお母さんと暮らせるようにしたいの」
「あい……」

 カレンはその親友の言葉にただ呆然と彼女の顔を見つめていた。

「だから、ねっ? かれん。それが終わったら一緒にパン屋さんをやろうね♪」

 愛はそんなカレンの耳元でそうささやくとにっこりと微笑んだ。

(あいは大人だな……それなのに私は、あいを困らせてばかりで……)

 カレンはそんな愛の姿を見て抑えられない感情から涙が止まらなく溢れてくるのを感じた。カレンは俯いたまま「ごめん」っと何度も繰り返し泣いた。
 それから数日後。愛は施設の皆に祝福されて旅立って行った。だがカレンだけはその最後の見送りの時には顔を見せなかった。

 それは最後に会ったら、無理矢理でも止めたくなる――そう思ったからだった。 

 1年が過ぎたある日。孤児院に黒塗りの高級車が何台も連なってきた。

 カレンはなんとも言えない胸騒ぎを覚え大人達の話を物陰に隠れながらこっそりと聞いた。

「この度はご報告に参りました。昨年こちらの施設に居た伊藤愛さんですが、昨夜未明に発生した海難事故により死亡致しました。しかし、幸いな事にご両親は無事に救助されたとの事で、この施設への援助は続けさせて頂きますという事でしたのでご報告に参りました」
「そうですか。遠いところわざわざありがとうございました。この事は子供達には伏せておきます」

(……えっ? あいが死んだ……!?)

 カレンはそれを聞いた直後、何とも言えない喪失感と失意のどん底に叩き落された。その時、カレンの頭の中に浮かんだのは別れの数日前の愛の満面の笑顔だった。

 その後、カレンが調べたところによると、愛は里親の仕事の関係で客船に乗船中何者かのテロによって乗っていた船は爆発。炎上した。
 しかし、愛の里親2人は先に救助されたところをみると彼女が見捨てられたのは言うまでもなかった。

『愛は大人達の身勝手によって死んだ』カレンはそれ以来。他人を信じない性格になり、人と距離を置くことで施設でも浮いた存在になっていった。

 そしてなによりも、大人に媚を売る子供を毛嫌いするようになったのだ。


             * * *

 
 星は急に様子が変わったカレンを見ていて、ふと思った。

『この人も私と同じなのかもしれない』と……。

 虚勢を張って誰も近づかせない様にする。それは自らを守ることでもあり相手を守ることにも繋がる。

 星は他人に当たり障りなく接することで、相手と一定の距離を置いていた。
 それが結果として相手も自分も傷付かない方法である事を星は今までの生活の中で学んでいたのだ。

(なら、この人を助けてあげたい。私がエミルさん達に助けてもらったように――今度は私がこの人の心を救ってあげたい。その為に何としてもこの戦いに勝つんだ!)

 星はそう考えると持っていた剣を強く握り締めると、うずくまっている彼女の方を向いて叫んだ。

「カレンさん! まだです。まだ戦いは終わってません。立ってください!!」
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