第373話 九條の想い4

文字数 2,493文字

 九條は数回ドアをノックしたが、中から返事はない。慌ててドアを開けた直後、勉強机に座ったまま驚いた様子で九條の方を見ている星の姿があった。

 それを見てほっと胸を撫で下ろした九條が星に向かって言った。

「何回かノックしたのよ?」
「あっ、ごめんなさい。本を読むのに集中してて気が付きませんでした……」

 目を見開いた星はすぐに苦笑いを浮かべながら申し訳なさそうに答えた。

 その様子にため息を漏らした九條が、少し呆れながら尋ねる。

「まさか夕方からずっと本を読んでたわけじゃないでしょうね」
「――えっ? そうですけど……」

 なにも不思議なことなどないと言わんばかりにそう答えた星に、九條は驚いた様子で星の顔を見た。

 それには星も驚いたようで、何度も瞬きしながら九條の顔を見つめていた。

 しばらく時間が止まった様に顔を見合わせていた二人だったが、九條が思い出したように言った。

「もう夜の9時よ? さすがにお腹が空いたでしょ?」
「い、いえ。まだ後でも大丈夫――ぐぅぅ~」

 そこまで口にした星のお腹の虫が鳴く音が部屋の中に響く。それを聞いた九條は「お腹の虫は大丈夫じゃないみたいね」と笑みをこぼす。

 慌ててお腹を押さえる星を手招きしながら九條が言葉を続けた。

「さあ、お昼の残りのハンバーガーもあるし。悪くなる前に食べちゃいましょう! いらっしゃい!」
「はい」

 星は持っていた本を机の上に置いて九條の方へと歩いていく。それを待って九條は星と一緒にリビングへと歩いていった。
 リビングに着くと星はテーブルに座り、九條は冷蔵庫の中に入れていたお昼の残りを電子レンジに入れ、あたためスタートと言った直後、電子レンジが自動で動き出した。

 2036年の現在は全ての電化製品を一つの端末で行える様になった。腕時計型の複合端末VAC (VoiceAutoComtroller)が主流の端末になっている。この端末は通話、メール、音声認識による電化製品のON.OFF機能。それに情報端末であるテレビ、ネットなどのモニターを使う類に物も入っている。

 それは光学技術の発展による最小光学モニターとその投影ができる白い壁ならどこでも拡大スクリーンへと変えてしまう。しかも正面から一定の距離でしか視認できない為、プライバシーも守られる。その高機能なデバイスを腕時計型の小さな機械に集約したのだ。

 外見は中央に青く光るガラス上の球体が光を発していて、その下に小型のカメラが付いている。

 九條は電子レンジから出したハンバーガーやフライドポテトをテーブルに置いた。星はとりあえずポテトに手を伸ばして自分の口へと運んだ。星がフライドポテトを食べていると、突然九條が星に尋ねてきた。

「星ちゃんはどうして本が好きなの?」

 おそらく。その問いは九條の素朴な疑問からくる言葉なのだろう……。

 それを聞いた星は持っていたフライドポテトを置いて、少し恥ずかしそうに顔を赤らめながら答えた。

「――私が本を好きなのは……色々な場所に行けたり、色々な人になれるからです」
「色々な場所や人ねぇ……」

 いまいち分かっていない様子の九條に星が言葉を続ける。

「本にはストーリーがあって人の生活があります。登場人物が嬉しければ私も嬉しいし、楽しい時は私も楽しいから自分で体験している気持ちになるんです……現実では行けない所でも行けるのは嬉しいです。現実の私はお母さんも忙しくてどこにも行けませんでしたから…………」

 悲しそうな顔でそう言った星の表情を見て、九條の表情も暗くなる。

 その時の九條は、昼間に行ったショッピングモールでのことを思い出していた。あの時の星の瞳は見るもの全てが珍しいという感じだった……その理由が今更ながら分かったのだ。

 小さく頷いた九條が優しい声で告げた。
 
「そっか……早くご飯を食べてお風呂に入ってしまいましょう。そしたら、私が星ちゃんを楽しい場所に連れて行ってあげる」
「本当ですか!?」

 嬉しそうに九條を見た星に彼女は力強く頷いた。

 それを聞いた星は食べそこねていたポテトを口の中に入れると、ハンバーガーを急いで食べ始め、食べ終えた後にお風呂に入る為にリビングを出ていった。

 星がお風呂に入っている間、九條はテレビを見ていた。ニュース番組はどれも史上最大の監禁事件となったフリーダムでの事件の話題でもちきりだ――。

 首謀者が未だに発表されていないこともあり。ニュースの殆どが被害に遭ったプレイヤー達の情報と、憶測でしかない妄想であふれ返っていた。

 それを見ていた九條は大きなため息を漏らして呆れた様子で呟く。

「……まったく。新情報も出ないのにマスコミも良く頑張るわねぇー。まあ、それもこっちの組織が情報統制を敷いてるから当然なんだけど……」

 お風呂場の方から扉を閉める音が聞こえた九條は、急いでテレビの電源を消した。
 
 リビングに戻ってきたのは星は不思議そうに九條の方を見つめている。

「今、誰かの話し声が聞こえたんですけど……電話ですか?」
「ああ、ちょっとテレビを見てたのよ。驚かせちゃったわね」
「……もういいんですか?」
「ええ、どれもつまらなかったからね」

 そう言った九條に星はほっとした様子で彼女の座っていたソファーの側まで歩いてきて九條の顔を真っ直ぐに見た。

「九條さんもお風呂に入らないんですか?」
「ああ、私はいいわ。帰ってきてからシャワーを浴びたから」
「そうですか」

 少し遠慮しがちに俯きながらもじもじとしている。
 それは九條が食事中に言った言葉を気にしてのことだ――夕食を食べ終えてお風呂に入ったらどこかに連れていってくれると言っていた。

「ああ、そうね。どこかに出掛けると言ったけど、それは実際にお出掛けするってわけじゃないわ。危ないからこっちに座りなさい」
「……ん? はい」

 微笑みを浮かべる九條に言われるがまま、星はソファーに座っていた九條の隣に腰を下ろした。
 その直後、九條は腕に巻いていた腕時計型の端末を地面にそっと置いて「照明OFF」と言った。すると、リビングの照明の電気が一斉に消えて辺り一面真っ暗な暗闇へと変わる。
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