第386話 学校4

文字数 3,149文字

 星が教室に着くと昨日と同じように、ガヤガヤとうるさいほどに話していたクラスメイト達が一斉にシーンと静まり返る。

 教室に入った星のことを意図的に無視しながら自分達の席へとゆっくり戻っていく。だが、そこに不満がないわけではない。その証拠に教室に入ってきた星のことを見て憎らしい瞳を向けている。

 クラスメイトのその反応を見ていると、星のことを友好的な目では見ていないことが分かる。だが、星はそれでも構わなかった……視線を感じるのは以前からあったことであり、今回に限ったことではない。そんなことよりも、自分という存在に安易に近づいてこないということの方がよっぽど重要なことだろう。

 席に着いた星はいつものようにランドセルから本を取り出して読み始める。

 本を読んでいると教室に先生が入ってきていつも通りに授業が始まり、それが終わると休み時間に入って再び本を読む。それを数回繰り返し、その日も何事もなく全ての授業が終わった。

「……帰ろう」

 帰りのホームルームが終わりランドセルを背負って席を立った瞬間。珍しく教卓に残っていた担任の先生が星のことを呼んだ。

「夜空。ちょっと話がある今から職員室に一緒に来なさい」
「はい」

 首を傾げて小さな声で返事を返した後、先に教室を出ていく先生の後を付いていった。
 下校する生徒達の声で賑わう廊下をしばらく歩いていくと、職員室の前で止まると「少し待っていなさい」と言われた星が頷くのを見て、男性教師が職員室に入っていく。
 
 数分の後に星に職員室に入る許可が下りて中に入ると、職員室の中にある生徒がけして入れない部屋へと通された。

 男性教師と一つの部屋に2人きりになった星は不安そうな顔で自分の前に立っていた男性教師を見上げている。

「夜空。テレビは見ているか?」
「……いえ、見てないですけど」
「新聞は?」
「……新聞も見てないです」

 星は唐突に始まった男性教師の問いに訝しげな顔をしていた。

 そんな星に男性教師は部屋に置かれていたテーブルの上に置かれた新聞紙を徐に手に取って広げると、星に見えるように広げてテーブルに置く。

 そこにはゲーム内でエクスカリバーを振り抜きラーを無力化した時の星の姿がばっちりと映っていた。

「……なんで……どうしてこんな……」

 狼狽えた星はその記事を読んで動揺しながらよろめき後退った。
 星が驚いたのはその写真ではなくでかでかと書かれた大見出しだ。

 そこには――。

『ゲーム開発者の親子。自己満足の為にゲーム内の全プレイヤー巻き込み自作自演!!

 故意に決着を遅らせて被害者を増やした挙げ句に犯人の大空融は雲隠れ。娘は罪の意識ないままに英雄を自演している模様。
 被害者家族は医療センター内で植物状態の被害者と対面し泣き崩れ加害者親子への憤りを露わにさせている。
 ゲーム運営会社である国際機関は加害者親子に強く抗議の意志を示し、被害を受けた方々には手厚いサポートと再発防止に努めていくとのことだ。』

 その新聞の記事を読んだ星は、呆れ顔をしている男性教師に向かって叫ぶ。

「なにかの間違いです! この記事はデタラメだし。それに私のお父さんはもう……」

 そこまで口にして俯く星に男性教師は言葉を返した。

「事実はどうであれ、この写真が出回り実際にゲームに参加したのには間違いないだろ?」
「……はい」

 何も言い返せずに口を一文字に噤んだ星は、悔しそうに自分の服の裾をぎゅっと握り締めた。

「他の生徒の保護者からも苦情がきている。自分の子供を人殺しと同じ学校に危なくて通わせられないと……それで、昨日急遽行われたPTA総会で夜空に自主的に不登校になってもらうという意見で固まった。すでに校長と教頭の了解も取れている。だから夜空は明日から登校しないでくれ」
「――ッ!!」

 彼の言葉に驚いた星は男性教師に詰め寄るようにして叫んだ。

「いやです! どうして私が不登校にならないといけないんですか!」

 星が怒るのも最もだ。いくらなんでも学校に来るなというのは横暴過ぎるし、第一に星は一人で家に居たくないから学校にきているのだ。それを訳の分からない理由で絶たれるのが今の星には理解できなかった。

 急に叫んだ星に男性教師が渋い顔をしながら言った。

「これは保護者と学校側が決めた事だからお前が何を言っても変わらない。夜空が何を考えてても、周りの生徒達がお前の事を怖がっているのは俺だって分かる」
「…………」

 その男性教師の言葉に俯き加減の星は服の裾を掴んでいた手を更に強く握り締めた。

 それは星がいじめを受けているのを無視していたことを自白した様なものだ。このたった2日のクラスメイトの変化を察するほどの洞察力があるのに、星がいじめを受けていたことに気が付いていないはずがないだろう。

 星は男性教師を睨みつけると感情的になって叫ぶ。

「学校に来るか来ないかは私が決めます! 不登校になるのを私以外の人に決められるのが分かりません!」
「俺は校長と保護者には逆らえないんだ! 俺にも家族がいる。頼む――俺を助けると思って学校に来るのをやめてくれ……」

 男性教師は部屋の中のテーブルから離れて星の前に来て地面に両手両膝を突いて頭を下げた。

 そんな彼の姿を見た星はさすがに困惑し驚きながら地面に伏せている男性教師を見下ろしている。

 だが、それもあたりまえのことだろう。彼が今している姿勢はまさしく土下座だ――しかも、大人が子供に土下座して不登校になってほしいと懇願しているのだ。それに困惑と驚きを覚えるのはごく自然な感情だろう。

 自分の前で恥も外聞もなく潔いまでの土下座をしている男性教師に、星の心は少し揺るぎそうになったが。直後、一人で家にいる時のことを思い出して頭を左右に振る。

(ここで頷いちゃだめだ。頷いたらまたひとりぼっちになっちゃう。もうひとりで家に居るのはいや……)

 一人でソファーの上で膝を抱えていた時の記憶が鮮明に思い起こせて、その時の寂しさに星の体が震えていた。

「……できません……」

 体を震わせた星が土下座している男性教師に告げると、男性は鋭く星を睨み付けてきた。

 その鋭い視線に星も一瞬たじろいだが、すぐに気圧されない様にしっかりと彼の目を見た。

 お互いに顔を見ながらしばらく時間が止まっているかのように見合っていると、男性教師が先に口を開く。

「そういえば、夜空のお母さんは今行方不明なんだってな……」
「――ッ!!」

 星はその言葉に驚き、目を丸くさせる。まさか、そのことを彼に知られているとは思っていなかったのだろう。

 星は驚きのあまりその場に立ち尽くしていると、男性教師は口元にニヤリと不敵な笑みながら言った。

「この決定は学校と保護者で決めた事だ。それに文句があるなら、夜空も保護者を連れてこい。そしたら、学校に通えるかもしれないぞ?」
「そんなの……」

 そこまで口にした星は悲しそうにうつむき加減に口を閉ざした。

 本当はここでお母さんが絶対に来てくれると言いたかった。だが、それが無理だと星の口から咄嗟に出たのは否定した言葉だったからだ。しかし、星も心のどこかで分かっていたのかもしれない。

『もう、母親はこの世に居ない……』っと――――。
 
 沈黙する星に向かって男性教師が追い打ちをかけるように言い放った。

「――分かったら学校に置いている荷物を全て持って帰れよ? 明日にはもうお前の席はないからな」
「…………」

 そう言って部屋を出ていく男性教師を余所に、無言のまま俯いてその場に立ち尽くしていた星は悔しさから拳を強く握りながら唇を強く噛み締めていた。

 だが、なによりも悔しかったのは学校に行けないことではなくて、自分の母親がもう死んでいるかもしれないと認めている自分にだった。
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