第17話 再会3

文字数 4,742文字

 その時、エリエが何かを思い出したように、手の平をポンッと叩き声を上げた。

「あっ! あった。いい解決法が!」
「どんな方法だ!? 教えてくれ! エリエ」

 デイビッドは驚いた様子でエリエの肩を掴む。

 エリエはその行動に不機嫌そうに眉をひそめると、冷たい口調で小さく呟く。

「ちょっと、デビッド先輩。馴れ馴れしいんですけど……」
「あっ、ああ。すまん……って、俺の名前はデイビッドだ! いやだから何度言えば分かるんだ……ここでの俺の名前はガイアなんだ!!」

 顔を真っ赤にさせながら怒鳴っているデイビッドを見て、エリエはくすくすと悪戯な笑みを浮かべる。
 おそらく。エリエはデイビッドが白人ということもあって、彼の白い顔がはっきりと赤く染まるのを見るのが楽しいのだろう。

 星は大事にならないかと、2人のやり取りをはらはらしながら見守っている。それに引き換え、エミルは至って冷静な様子でエリエに尋ねた。

「それで、エリー? その解決法っていうのは……?」
「あっ、そうだった」

 エミルに尋ねられたエリエは思い出したようにコマンドを操作し始める。すると、突然エリエの服が消え、彼女のレース付きのピンク色の下着が露わになる。

 そのあられもない姿に、周りにいた全員が驚愕した。

「あっ…………」
「……えっ? えぇっ!?」
「ちょっ! ちょっと、エリー!!」

 星は困惑しながらも慌てて両手で顔を覆う。
 突然下着姿になったエリエにエミルも声を荒げた。エリエは慌ててコマンドを操作すると、ピンク色のパジャマ姿へと変わる。

 その後、エリエは茶目っ気いっぱいに舌を出し「あははっ。失敗、失敗」と笑い飛ばすと、さっきまで着ていた服をエミルに差し出した。

「とりあえず。エミル姉、これを装備してみてよ!」
「もう。装備を外す時は気を付けないとダメでしょ? 誰に見られてるかわからないんだからね!」

 呆れ顔で告げるエミルにエリエは口を尖らせる。

「分かってるよ~。別にエミル姉と星しかいないんだからいいでしょ?」

 注意されたエリエは頬を膨らましてそう言った。反省しているのかしていないのか、とにかく不服そうな顔のエリエの言葉に小さく「俺も居るんだが……」というデイビッドの言葉がスルーされたのは言うまでもない。

 反省する様子もないエリエを見て、呆れながら大きなため息をついたエミルが彼女から服を受け取り装備してみる。
 エリエの服を装備したエミルの姿に、星は思わず「うわぁ~。きれい……」と声を漏らした。

 普段の銀色の鎧を身にまとっているエミルも素敵だが、エリエの白い布地にピンク色のフリルのあしらわれたドレスの様な可愛らしい服を着ると、普段凛々しい姿の彼女からは想像も出来ない可愛らしさを感じる。

 だが、それがエミルの長く透き通るような青い髪が白とピンクの服と相まって、どこかの国のお姫様のように見えた。
 まあ、普段からファンタジー小説を読んで空想の世界にどっぷり浸かっている星にとって、その光景はまるで、物語のワンシーンを見ている様だったに違いない。

 瞳をキラキラと輝かせながらエミルを見つめている星とは対照的に、エミルは普段通り冷静に装備のステータスを確認している。

「こ、これは……」

 驚いた様子で自分のステータス画面を見ている彼女に、エリエがにこにこと微笑んでいる。

 エミルの反応が彼女の予想通りのもので、本人も納得しているのだろう。

「ちょっと、エリー。これはどうなってるの!?」
「おっ、エミル姉気付いた? これはまだ多分、私しか気が付いてないと思うよ~」

 エミルは困惑した様子でそう尋ねると、エリエは更に楽しそうに笑みを浮かべながらその顔を見つめた。

「服を装備していてHPが増えるなんて……自分で見ているものが信じられない。いったいどうやったの?」
「そんなの簡単だよ。アイテムを使って鎧と服を合成させたの。実はダンジョンの中に隠し通路があってね、それをクリアすると――なんと! トレジャーアイテムをゲットできるんだよ!」
「そんなところがあったなんて……それで、そこはどこのダンジョンなの?」

 エミルは至って冷静にそう尋ねると、エミルの反応が彼女の思っていたものとは違かったのだろう。

 冷静に聞き返したエミルに、エリエは不服そう頬を膨らましてそっぽを向いてしまう。
 その様子にエミルはエリエの頭を優しく撫でると「よく見つけたわね。さすがエリーね。えらいえらい」と褒め倒す。

 それはまるで、拗ねた犬を飼い主がなだめる姿に似ていた。

 デイビッドはそれを見て「そんな子供騙しでエリエの機嫌が直る訳がない」と呟いてエリエの方を見る。すると、エリエはパァーっと表情を明るくさせ上機嫌で話し始めた。

「そうでしょ、そうでしょ! 頑張ったんだから!!」
「うん! えらいえらい。それで、どこのダンジョンで見つけたのかしら?」
「――もう。しかたないなぁ~。今日だけ特別だよ? 実はね――富士の遺産のダンジョンでゲットしたんだ~」

 自慢げにそう告げると、また褒めてもらいたそうに目を輝かせている。

 エミルはその意図を汲み取ってエリエの頭を撫でると、顎の下に手を当て考え込んだ。

 ダンジョン【富士の遺産】は日本の富士山の『かぐや姫伝説』から作られたダンジョンだったが、難易度は高いものの。それほど良い報酬が得られない為、行く者も極端に少ない不人気ダンジョンだった。

 本来はトレジャーアイテムの様な貴重なアイテムが出るような場所ではない。だが、エリエの装備がそのトレジャーアイテムを使用して作られたとすれば、今の星の防具の問題を手っ取り早く解決できる方法は他にはない。それだけで、そのダンジョンをクリアする目的としては十分なのだが……。

「でも、この人数じゃ少し不安ね……」

 エミルは眉をひそめ、そう呟くと辺りを見渡した。
 そう。自分を含めても今の人数は4人――その中で戦力になるのが星を除いた3人。それは、フルパーティーの6人の丁度半分の戦力しかない。

 しかも【富士の遺産】のダンジョンのランクは『マスターランク』最低でも、レベル100のフルパーティーが10組以上は必要なクラスだ――。

 しかし、この状況下で、それほどの人数を集めるのは至難の業だろう。エミルの連絡の付く知り合いはエリエやデイビッドくらいのものだ。

 もちろん。エミルがぼっちなわけではなく、そうならざるを得ないのだ。エミルは大会で、何度も優勝を繰り返しているトッププレイヤー中のトッププレイヤーだ――さすがに名の知れたプレイヤーになると、大会の優勝者に与えられる景品なんかを高値で売ってくれという者や、それ狙いで付き合ってくる者も必然的に多くなる。

 それを嫌った結果。昔馴染みだけでフレンド登録をした為、フレンドの数が極めて少ないのだ。
 こんなことになるなら、もう少し多くのフレンドを作っておけば良かったと、今のエミルは本気で後悔していた。

 まあ、欲に塗れた者達が役に立つのか……っという思いもあるが、欲に塗れているからこそ、高額なアイテムには目がなく。大会の優勝者に与えられる景品は一点物で、とても高値で取引されることを知っている。

 そういう者達の方が意外と私欲で動きやすいのだ。死ぬかもしれない恐怖よりも、一点物のアイテムを仲間達に自慢したいという願望が強いのは、さすがネットゲーマーと言ったところだろう。

 その言葉を聞いてエリエが口を開く。

「なら、マスターにお願いしてみる?」
「――マスターに? 私、あの人苦手なのよねぇ~。なんか独特の威圧感があって……」

 エリエの提案を聞いた、エミルはそう言って顔をしかめている。

 2人の会話を黙ったまま、ただ眺めていたデイビッドが徐に口を開く。

「――なら、とりあえずこのメンバーで行ってみて、ダメだったら考える事にしないか? 慎重に進めば、俺達なら4人でも大丈夫だろ。もし、それでダメなら帰還すればいいんだし」
「そうね。でも……」

 そう言ったエミルは不安そうな表情で星に視線を向ける。星もそれに気付いたが、大体の理由を察して無言のまま俯いた。

 エミルは口には出さなかったものの、彼女が自分のことを気にしているということは何となくだが分かっていた。この場にいるメンバーの中で、戦力に成り得ない存在であることは間違いない。

 デイビッドは気を利かせて4人と言ったが、それが星にはプレッシャーになった。自分が足を引っ張るのではないかという不安も相まってか、エミルと顔をまともに合わせることができない。

「エミル姉。人数が不安なら、私のフレンドから呼んでもいい?」
「えっ? あてもないし。なら、お願いしようかしら……」
「うんっ!」

 エリエは力強く頷くと、チャット機能で誰かと会話を始めた。星はそれを不安そうに見つめている。
 この時、星の心の中ではどうやってダンジョンに行くのをやめてもらえるか、頭の中で必死に考えを巡らせていたのだ。

 星は話をしたことのある人なら気兼ねなく――とはいかないものの。上手く説得できる可能性もあると考えていたのだが、ここにさらに知らない人物が入ってくるとなると、さすがに断り難くなってきてしまう。

 できる限りいいタイミングで話を切り出す為には、新たな人物の介入は避けたい。
 何故なら、さっきもエミルが言っていた通り。圧倒的な戦力不足であることが分かっていたし、メンバーが集まらなければこの危険なダンジョン攻略を中止せざるを得ないだろう。

 星は祈るような気持ちで目を閉じ『どうか、断られますように』と心の中で何度も念じた。しかし、その思いは通じず。会話を終わらせたエリエは、にこにこしながら「OKだって」と親指を立てた。

 それを見て星はがっかりしたように肩の力を抜く。4人はその人物との合流の為、城を出て街へと向かう。

 街に着くと、エリエが会話の人物と落ち合う約束をしたという店へと急いだ。
 街には相変わらず活気がなく。人がいたとしても建物の中にまるで、何かに怯えるように集まっているだけだ。

 その時、星の横を歩いていたエミルが、それを見てぼそっと呟く。

「皆、ブラックギルドを恐れて、できる限り外出を控えているようね……」
「……仕方ないだろう。HPを1だけ残して、フィールドのモンスターの前に放り出されれば、どんなモンスターでも一撃もらえば死んでしまう。おそらく、PVPの承認をスキップさせることで、そういう連中を野放しにさせ、少しでもダンジョン攻略をしようとする者達を減らす。それが、この事件を引き起こした犯人の狙いなんだろうな……悔しいが、なかなか頭が切れてる奴だとは思うよ」

 真面目な話をしている2人に先頭を歩くエリエが「デビッド先輩は頭固いもんね~」と話に水を差すように横槍を入れる。

 デイビッドは顔を真っ赤にしながら「コラァー」と声を荒げると、エリエは小走りで逃げながら「そうやって、すぐ怒るから頭固いんだよ~」と、なおもデイビッドを挑発している。

 デイビッドも今度は耳まで真っ赤に染めると「エリエ!」と叫んで、全速力で走り出す。
 それをあざ笑うかのように、エリエは脱兎のごとく逃げ出すと「捕まらないよ~」と舌を出している。

「はぁ~。まったく、緊張感がないんだから……」

 そんな2人を見て頭を押さえながら、エミルが大きなため息をつく。

 緊張感しないのはいいことだが、これから高難易度のダンジョンに挑もうとしているプレイヤーの行動ではないのは確かだろう……。

「あの……エミルさん。頭痛いの大丈夫ですか?」

 星は心配そうに見上げると、エミルはにこっと微笑みながら「星ちゃんの方がよっぽど大人ねぇ~」と星の頭を優しく撫でた。  
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