第336話 姉としての意地3

文字数 3,078文字

 そこにイシェルが走ってきてエミルに抱き付く。エミルもそれを受け止めると、嬉しそうな彼女につられるように微笑み返す。

「さすがはエミルや!」

 頬ずりするイシェルに、さすがに苦笑いをしたエミルが、すぐにエリエに向かって言った。

「エリー。ミレイニちゃんの召喚獣に乗って街に走ってもらえる? イシェ達も街に戻って紅蓮さん達に伝えてほしいの。敵が動くって……」
「……ん? せやけど、あの子なら今エミルが倒したやんか~」
「違うわ。あの子じゃなくて狼の覆面の男よ……」

 それを聞いた直後、イシェルの表情は一気に険しくなる。だが、彼女の表情が険しくなるのも無理もない。
 何故なら、彼女もエミルと共にモンスターの軍団を駆逐しに出た。その時、覆面の男を発見できずに最も憤っていたのは、何を隠そう彼女なのだ――。

 しかも、自分が寝ている間にエリエ達が捜索に出たのを知って内心ではイライラしていたのを、長い付き合いのエミルだけは分かっていた。
 そんな彼女が口には出さないだけで、一番この中で狼の覆面の男をしばき倒したいと思っていた。だからこそ、エミルはイシェルを連れていこうとはしない。隠していても、彼女がこの中で最も感情的になりやすいのを知っているからだろう……。

「エミルだけでは心配や! うちも一緒に連れてって!」

 エミルは懇願する彼女ににっこりと微笑むと、イシェルが「そらないわ……」と頬を軽く膨らませてささやかながらに抵抗する。
 
 だが、一人で狼の覆面の男を探しにいくというエミルを、エリエ達が許可するはずもない。

「エミル。今の君は星ちゃんを失った事で、自暴自棄になっている。そんな君を行かせるわけにはいかない」
「自暴自棄になんてなってないわ!」
「――嘘だ!」

 デイビッドは直ぐ様、彼女の言葉を否定した。エリエもそんな彼の言葉に賛同するように、無言のまま眉をひそめて頷いている。どうやら、デイビッド達にはエミルと少女のやり取りは分からなかったらしい。

 だが、少女が消えた今。オブジェクト操作によって変わっていた星の服は、元の薄汚れたローブとなっている。
 エミルが再び地面に落ちているそれに目を向けると、デイビッドとエリエも同じくボロボロになったローブを見た。

「……星ちゃんは生きているわ。フレンド登録している名前も消えていない」
「それが罠じゃない保証はどこにもない! あんなとんでもない能力者だ。何をされていても不思議はないだろ! それが分からない君じゃないはずだ。考え直してくれ……俺達はマスターを失って、君まで失うわけにはいかない!」

 無言で向かい合うデイビッドとエミルの間に沈黙の時が流れ、エミルは徐に告げた。

「――私は行くわ。星ちゃんが待ってる」
「だからそれが罠だと……」

 そこまで口にした直後、デイビッドが話すのを止めた。いや、それ以上は何も言えなかった。

 その時のデイビッドの腕を瞳に涙を浮かべたエリエが掴んでいたからだ――デイビッドの腕を掴むその手は小刻みに震えていた。

「……行きなよエミル姉。何か訳があるんでしょ? でも、必ず星を――ううん。必ず帰ってきてね……?」

 エリエは星の名前を口にしようとして止めた。それは、もしも星が消えてしまっていたら。ということを考えているからかもしれない。エリエもそんなことはないと信じたかったが、この世界に閉じ込められてから数え切れないほどの多くのプレイヤーが消えていった。

 前線で戦って入れば、否が応にも仲間達が消えていくのを目の当たりにしなければいけない。始まりの街から共にきたギルドのメンバー達からも多くの犠牲を出した。そんな中で『星だけは特別』であると思うことが、どれほど都合のいいことなのかを無意識に理解していたのかもしれない。

 だから、その彼女の言葉に込められた意味には、せめてエミルだけでも無事に帰ってきてほしいということの表れなのだろう……。 
 
 深く頷いたエミルは微笑むと「必ず星ちゃんを連れて戻ってくるわ」と言い残して、森の中に入っていった。


 エミルが森に入っていってしばらくすると、レイニールが後ろから翼をパタパタと動かしながら金色の玉を抱えて飛んでくるのが見えた。
 
「エミル~!!」

 大きな声を上げてくるレイニールに、エミルは驚いたように目を開いている。

「なんで付いてきたの? みんなで街に戻るようにと――」
「――我輩は行くぞ! 主を連れ戻すことのじゃ!」

 エミルの言葉を遮ってそう言ったレイニールの真剣な瞳には、絶対に成し遂げるという意志と決意に溢れている。

 星との絆を考えれば、レイニールは自分と同等かそれ以上だろう。もしも、エミルがレイニールの立場ならば、なにがなんでも星を連れ戻す。その気持ちが分かっているエミルは、頷く以外になにもできなかった。

 すると、追い返されると思っていたのだろう。拍子抜けした様子でぽかんとしていたレイニールが、急に我に返って抱えていた金色の玉をエミルに渡す。

 彼女は手に乗っているその玉を不思議そうに見下ろすと、レイニールに尋ねた。

「これはなに?」
「なにかは我輩にも分からないが、主がエミルに渡してくれと言っていたものじゃ!」
「……星ちゃんが?」

 その話を聞いたエミルは、レイニールから渡された金色の玉を自分のインベントリ内に入れた。するとそこに、アイテム名が表示され『竜王の魂』と出ていた。

 竜王の文字には心当たりがある。それは星に一番初めに渡し、レイニールを生み出した『竜王の剣』だ。これから察するに、星がレイニールに託したのはレイニール自身ということになる。
 しかも、エミルの視界に表示されているPTメンバーを示す場所を見ると、そこにはレイニールの名前がはっきりと刻まれている。これが決定的な証拠だ――つまり、星はレイニールをエミルに託したということになる。そんなことをする理由はひとつしかない……。

 点と点が繋がり。その瞬間、エミルの表情は一気に青ざめると、いきなり走り出した。その後を驚きながらも、急いでレイニールが後を追いかける。

「どうしたのじゃ! エミル!」
「――その様子だと、レイちゃんは何も説明を受けてないのね……さっきの金色の玉は、レイちゃん自身の使用者権限の譲渡そのもの。それを私に託したという事は、つまり……星ちゃんは死ぬ気なのよ……」
「――――ッ!?」

 それを聞いたレイニールは、今まで自分が持たされていた物を知って愕然とする。
 まあ、無理もない。まさか星がそんな物を自分に託していたなど知っていたら、絶対にその場を離れずに星にしがみ付いてでも彼女を止めていただろう。

 分からなかったとはいえ、星のことを止めきれなかった責任は感じている。

 レイニールはその体を巨大化させると、走っているエミルの前に出て尻尾を垂らす。

「――乗れ! 空から探した方が早い!!」
「でも、敵に見つかるわ!」
「そんなリスクなど、今は構うな! 主を見つけられなければ意味がない! 死なせるわけにいかないだろう!!」

 その言葉に無言で頷いたエミルは、自分の前に垂らされた尻尾に飛び乗り背中によじ登る。
 それを確認して、レイニールは翼をゆっくりと羽ばたかせ周囲の草木を激しく揺らし、少しでも死角がないように目を凝らして星の姿を探した。

 それは結果として星を見つける上でプラスに働く、レイニールとエミルが目を皿のようにして風で揺れる地面を見ていると、猛スピードで走る星の姿を見つけた。すると、星が岩肌の見える崖の行き止まりで足を止め、振り返ってレイニール達を見上げる。
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