第358話 別れの宴会

文字数 2,809文字

 千代の街に戻ると、街の中にはすでにログアウトできるようになったことが知れ渡っていて、それを剣聖が成し遂げたと伝わっていた。

 街はまさに凱旋ムード一色で、いつ用意したのか分からない横断幕や繁華街の左右には戦闘に参加したそれぞれのギルドのエンブレムを模した旗が激しく振られていた。
 その中には始まりの街のギルドの旗も見え、それを見た始まりの街のギルドのメンバー達の中には涙ぐんでいる者までいた。まあ、この戦いで多くの犠牲者も出したから当然だ――。

 星達の側に、人混みを掻き分けたサラザがオカマイスターのメンバー達と共に現れた。

「エリー、探したわよ~」

 相変わらずのオカマ口調で手を振って走ってくるサラザ。

 エリエもサラザの姿を見つけると、嬉しそうに走っていった。

「サラザ! どこに行ってたのよー!」
「いやね。星ちゃんが皆の注目を浴びてるのに私達がいると、あの子が萎縮しちゃうんじゃないかと思ってね。少し離れて見てたのよ~。そしたら急に人波に呑み込まれて消えちゃったじゃない? もう、焦ったわよ~」

 どうやら、サラザは自分の外見が星を萎縮させていることには気が付いている様だ――まあ、だからと言ってサラザがオカマを辞めることはないようだが……。

 サラザはエミルの側にいる星ににっこりと微笑み、屈強なその手を振ると星はビクッと体を震わせてエミルの陰に隠れた。

 そんな星の様子を見たサラザは小さなため息を漏らした。

「そうそう、エリー。エミル達を私のお店に連れてきてくれない?」
「それはいいけど……でも、今日は千代の人達が奢ってくれるみたいだよ?」

 エリエはサラザの口から出た予想外の言葉に不思議そうに首を傾げている。
 まあ、彼女が不思議に思うのも無理はない。いつもはサラザの厚意で、サラザのお店でタダで飲み食いさせてもらっている。

 そんなエリエからすれば、今日くらいはサラザに負担を掛けないようにしたいと考えたていたのだ。

「――いや、私達がこのゲームで会えるのは、これが最後になるかもしれないからね……他の店でやって疲れる前に、私のお店でお疲れ会をしたいのよ……」
「……あっ。……うん。分かった」

 感慨深げに悲しそうな瞳を向けるサラザに、エリエはその心情を察したのか、頷いてエミル達の方へと走って戻っていった。その後ろ姿を見送ったサラザは、オカマイスターのメンバーと一足先に準備の為に店へと戻る。

 エミルの元に戻ったエリエは彼女の耳元で小さな声でささやいた。

「――実はサラザがお店でお別れ会を最初にしたいんだって……」

 そう伝えたエリエだが、サラザが言っていたのは『お疲れ会』であって『お別れ会』ではない。しかし、エリエの言葉の意味も間違ってはいない。

 おそらく。エリエがサラザの言葉を解釈した結果の改変なのだろう……だが、その言葉を間違ってはないのも確かだ。

「分かったわ……でも、一応紅蓮さんに伝えておきましょう」

 そうエリエに告げたエミルは徐にコマンドを開き、紅蓮に向けてメッセージを送る。
 
 エリエはほっとした様子で胸を撫で下ろすと、突然背中に凄まじい衝撃が襲い掛かってきた。

「エリエー!!」

 耳元で大声で叫ぶ声が聞こえたかと思うと、背中から抱きついて首に回された腕がエリエの首を絞めて息ができなくなる。

 急に飛び掛かってきたミレイニが、エリエの首に腕を回したまま言葉を続けた。

「早くご飯にするし! あたしは甘い物がたくさん食べたいんだし!」
「――ぐっ……うぐぐっ……ギブギブ……」

 お腹が空いていると言わんばかりにミレイニの腕に力が込もり、更に首に食い込み、エリエのHPが徐々に減少を始めた。

 それに気が付いたデイビッドが慌てて、エリエの背中に飛び乗っていたミレイニを彼女の背中から放した。

 地面に崩れ落ちたエリエは膝と両手を地面に突き、肩を大きく上下させながら荒く息を繰り返している。
 ミレイニが「おおげさだし」と笑っていると、涙で潤んでいるエリエの鋭い瞳がお腹を抱えて笑っているミレイニを捉えた。

 その直後、エリエの全身からドス黒い殺気がほとばしり、それを察したデイビッドは被害を恐れてその場をすぐに離れていく。その予想は見事に的中し、デイビッドが離れた直後、笑っているミレイニの側に持ち前の俊敏性を活かして一瞬で移動した。

 さすがにそれにはミレイニも気が付いたのか、ブルっと体を震わせるとその場を離れようと走り出したが、完全に頭にきているエリエから逃げられるわけもなく……。
 
 逃げようとするミレイニの腕をがっしりと掴んで、ミレイニを捕まえると自分の方へと引き寄せて、弾力のあるミレイニのほっぺたを両手で左右に引っ張った。

「――あんたは……どうしても問題を起こさないと、気が済まないようねミレイニ!!」
「いはい! いはいひ!!」

 エリエはミレイニの頬を引きながらイライラした様子で低い声で呟く。

「こういう時……なんて言うんだっけ?」
「ごえんあはい! ごえんあはい!!」

 両手をブンブンと上下に振りながら叫んでいるが、エリエは完全にプッツンしているのか全く放す気配がない。しかし、ミレイニには悪いが、この光景を目にするともう戦いは終わったのだと安心する。

 そんなエリエとミレイニのやり取りを見ていたエミルが彼女達の元までやって来ると、大声で叫ぶ。

「なにしてるの!!」

 その声に驚いたエリエとミレイニがビクッと体を震わせて恐る恐る振り向くと、そこには腕を組んだまま不機嫌そうに目を細めているエミルの姿があった。

「どっちが悪いかは聞きません2人とも正座しなさい!」
「「はい!」」

 跳び上がり正座した2人にエミルはガミガミとお説教を始めた。

 長くなりそうなエミルの説教を見ていたレイニールを抱いた星の元に、デイビッドとカレンが歩いてくる。そんな2人に星に視線を移すと、星に向かってカレンが言った。

「エリエは何をやってるんだか……長くなりそうだ。星ちゃんも俺と一緒に先にサラザさんのところに行こう!」
「……でも、このままにしておくのは……」

 困惑する星の言葉を聞いて、カレンは正座するミレイニとエリエに説教をするエミルの姿を見て困った顔をする。

「――だけど、あれは終わるまでまだまだ掛かりそうだよ?」

 星は腕にぬいぐるみの様に抱いている気を失ったレイニールの方を向く。
 
 俯き加減でその場に立ち尽くしている星を見て、カレンもそれ以上の無理強いはできないと思っているのか何も言えないまま、星と同じくその場に立ち尽くしていた。すると、そんなカレンを見兼ねてデイビッドが話し掛けてくる。

 だが、知らせるだけならメッセージでできる。これはデイビッドが星をこの場から移動させる為の口実でしかない。
 本人はどう思っているかは分からないが、すでに星は有名人だ――気を使って寄っては来ないものの、周囲からの視線は間違いなく星に向いている。
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