第294話 敵の本当の狙い5

文字数 3,338文字

 メルディウスの前に来るなり、漆黒の鎧の男が彼の左腕を指さして大声で笑う。

「あーはっはっはっ!! なんだそのざまは!! 腕が片一方吹っ飛んでるじゃないか!! ププッ、凄腕のプレイヤーの癖に腕なしとは――本当に情けねぇーなッ!!」
「……くッ! うっせ! てか、何しに来やがったんだよお前は!」
「はっはっはっ!! ……なんだと思う?」

 もったいぶったような口ぶりでにやけながら文字通り騎馬の上から見下すバロンに、メルディウスのプライドが爆発する。

「邪魔するなら帰れ! 今はお前に付き合ってる暇はないんだよ! 見て分かんねぇーのか!!」
「ふはっはっはっはっ!! なんだその言い草は! 助けてほしくないのか? 助けてほしいなら、素直に地べたに這いつくばってこの俺様に向かって頭を垂れろ! この腕なしの平民風情が――――グフッ!!」

 騎馬の上に乗っていた少女が後ろから思い切りバロンの頭を殴り、首が折れるかと思うほどに大きく揺れる。

 大きく上下に動いた首を撫でながらバロンが叫ぶ。

「――何をする我が妹よ! 首がグキッとなったぞ! グキッと!!」
「何度も言わなくても分かるから! てか、余計なことを言わずに、助けに来たって素直に言いなよお兄ちゃん。そんなんだから友達がいないんだよ……」
「……うむぅ~、我が妹ながら容赦のない。まあいい! ならば、俺様の力を見せてやろう!!」

 バロンは腰に差した漆黒の剣を引き抜くと、それを月に向かって掲げた。

 彼は本来は大剣『レーヴァテイン』の使い手だったはずだが、今彼の手に握られているのは漆黒の刃の中心が赤く線のような模様が付いていて、柄にはドラゴンが口を開けたような装飾が施されている片手剣だ。

 満月から降り注ぐ光を浴びて、黒く光り輝く漆黒の剣先それはまるで武器ではなく、高価な美術品の様だった……。

「今宵は満月か…………この漆黒の刃に光が降り注ぐ時、我が内なる黒炎竜が目を醒ます! フッフッフッ……溢れる! 溢れて来るぞ! 俺様の生命力を吸い尽くす様に刃に輝く黒炎が……我が魂を喰らい地獄の炎で敵を切り裂け! 覚醒めよ我の中の黒炎竜よ!!」

 手に持っていた剣の刃が漆黒の炎を吹き上げ、バロンはその炎に包まれた剣先を敵の軍団に向ける。

「――フンッ! ハッハッハッハッハッ!! 貴様らに覚めない悪夢を見せてやろう。我が漆黒の炎と軍団が全てを呑み込む! 蹴散らしてやれ! 我が無敵の精鋭達よ!!」

 辺りに轟くほどの笑い声を上げたバロンの周りから次々に漆黒の鎧に身を包んだ兵士達が現れ、その深紅に輝く瞳が門を越えて入ってきたモンスター達を捉える。

 直後。それぞれに様々な得物を構えてガシャガシャと重鎧を揺らしながら、敵に向かって攻撃を仕掛けていく。そして、兵士を召喚した当の本人はというと……。

「……おおおおおおおお。静まれ! 静まれ! 我が中の黒炎竜よ!! ――くッ! やはり冥界の支配者である黒炎竜を従えるのは難しいか……な、なに!? この俺様の魂を冥界へ連れて逝こうと言うのか……くッ! しかし、いくら冥界の支配者のドラゴンであっても、この俺様の精神が貴様なんぞに侵食されると――――」

 背中のマントを揺らしながら、何故か剣を持った右腕を押さえて苦しがるバロンを皆、ぽかんとした表情で見つめている。

 それは実の妹であるフィリスも同じようで――。

「なにやってるんだか……」

 馬の上で腕を押さえ上下に体を揺らす兄に呆れながら、フィリスはエミル達の方へと歩いてきた。

 微笑みを浮かべた彼女はゆっくりとエミル達の前に歩いてくると、メルディウスの前にきて軽く頭を下げる。

「メルディウスさん。兄が迷惑を掛けてすみません」

 突然頭を下げられ、メルディウスは少し驚いた様子で仰け反った。

「いや、それはいつもの事なんだけどよ……あいつ。レーヴァテインはどうした? あの剣はブラックドラゴンブレイザーだろ? 店売りの中ではそこそこ性能がいい武器だが、それでもレーヴァテインの足元にも及ばない。なんて言ってもレーヴァテインは3つの素材アイテムを合わせて、なおかつ500以上の武器を打った腕のいい鍛冶屋に頼まなければ完成しない。レア中のレア武器だぞ? 店売りの武器とは比べ物にならないだろ」

 それを聞いて、フィリスは少し困り顔をして人差し指で頬を掻くと、少し煮え切らない様子でその質問に答える。

「あの……えっとですね。強いて言うなら……兄の趣味です……」 
  
 少し間を開けて、メルディウスが大きくため息を漏らすと彼は呆れた様子で俯く。 

「だろうな……となるとあのマントも」
「はい。どうやら、同じ四天王のデュランさんに触発されたらしく、兄も同じ物を付けると……」
「はぁ~。四天王の2人が白いマントと黒いマントって……オセロかよ。俺も緑のチェック柄のマントでも買えってか?」
「あははは……」

 手で顔を覆うメルディウスにフィリスは苦笑いを浮かべた。

 そんな彼女に向かって、不思議そうに首を傾げたエミルが話し掛けた。
 
「でも、よく私達がここに居るって分かったわね。なにか秘密があるの?」
「ああ、それはお兄ちゃんと夕食を食べに出てて、小虎君の姿が見えたので話し掛けたのに反応がなかったから、なにか変だなーっと思ったので、ここまで付けてきたんです」

 不思議そうに首を傾げているエミルに向かって、フィリスはその理由を呆気なく喋る。

 エミルは納得した様子で深く頷くと、今度は星がフィリスに遠慮がちな声で尋ねた。

「あ、あの……あの人は大丈夫なんですか? なんだかすごく苦しそうです……」

 眉をひそめ、心配そうな眼差しをバロンに向ける星。

 そんな星の肩に手を置くと、膝を折って目線を合わせたフィリスが告げる。

「ああ、あれは治らない病気みたいなものなんだ。だから、そっと見守っててあげてほしいな~。えっとあなたは確か……星ちゃん? だっけ。ちゃんとお話しするのは初めてかな? あっ、もしかして見た目は子供だけど実は大人とか……」

 額に汗を滲ませながらそう尋ねたフィリスの顔を見て、星は不思議そうに小首を傾げている。
 まあ、紅蓮に同じように接した時に危うく殺されかけたフィリスからしてみれば、それだけ慎重になるのも無理はないが……。

 多少緊張しながらも星の返答を待っているフィリスに、どう言葉を返せばいいのか困っている星の代わりにエミルが言葉を返す。

「この子は小学生よ。何より、嘘をつくような子じゃないしね」

 そう言って微笑んでくるエミルに星も微笑み返した。

 バロンの召喚した漆黒の兵士達のおかげで、門を抜けてきたモンスターを押し返し始めている。
 それもそうだろう。敵の数の2倍は居る漆黒の鎧を身に纏った兵士達は門を囲むように大きく展開できるが、モンスターは巨大なトロールが辛うじて開けている狭い門の間を通らなければいけない。

 おそらく。見えないだけで門の先には、モンスター達が長い列を作っていることだろう。
 鎧の擦れ合う音と武器同士が激しくぶつかり合う音が響く中で、戦闘は全てバロンの召喚した漆黒の軍団に任せ。エミル達はこちらに背を向け、門を開いたまま動かないトロールへの対応を考えていた。

 いくらバロンの固有スキル『ナイトメア』が強力であっても、門から無限に現れるモンスター達を防ぐのにも限界がある。いや、おそらくこのままいけば、敵の数を大きく削ぎ落とせる可能性はある。しかし、相手も馬鹿ではない。このままなんの手段も取らずに現状を放置することはないだろう。

 今一番怖いのは、街を守る門が開いているという事実だ――もしも、トロールの目的が門を開いて雑兵とも言える低級モンスターを大量に街に入れることではなく。もっと巨大な、主力級モンスターを待っているとしたら……そう考えると、同士討ちという最悪の事態の混乱が静まり切っていないギルド連合軍では、最悪の場合は総崩れになり始まりの街の二の舞になり兼ねない。

 ここは少しでも早く門を押さえているトロールを退かさなければならないのだが、エミルのリントヴルムは再召喚までの時間がまだ経っていない。レイニールも今はギルドホールの部屋で眠っているだろう。
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