第4話 初めてのVRMMO3

文字数 5,895文字

 会話の後、2人は草原から少し離れた場所に移動した。

 上機嫌で先を歩くエミルとは対照的に、後ろを歩く星の表情は暗い。
 それもそうだろう。さっきから行き先を聞いても、全く教えてもらえないまま着いた場所は……。 

(私、どうなるんだろう……)

 星はそんなことを思いながら周りの風景から目を背けるように俯いていた。

 彼女がそう思うのも無理はない。何の説明もなく連れて来られたその場所には、あちらこちらに十字に象られた石が所狭しと並べられていて、カラスの様な不気味な鳴き声も頻繁に聞こえてくる。

(ここってまさか……お墓じゃないよね?)

 そんなことを考えながら、星はできるだけ周りは見ないように心掛けていた。すると、前を歩いていたエミルの足が止まり突如その場に立ち止まる。

 先程までとはまるで別人のような不気味な笑みを浮かべ、エミルがボソボソ呟くように言った。

「――さあ、ここなら邪魔は入らないわね……」
「あの……邪魔って……なにの?」

 星は震えた声で恐る恐るその言葉の意味を聞き返す。

 不気味な笑みを浮かべる彼女の背中からは、危険な香りが漂い。本能的な勘が星の危機感知センサーにビリビリと信号を送ってくる。

「それは、このレベル差で戦ってるのを誰かに見られたらまずいからに決まってるでしょ? レベルは分からなくても、付けている装備であなたが初心者だって分かってしまうものね……」

 小さな声でそう呟いたエミルは、振り返り徐ろに腰に差した剣を抜いて、ニヤリと不気味な笑みを浮かべている。

 先程までのエミルとは明らかに違う雰囲気を漂わせている彼女に、身の危険を感じた星が後退りする。

「……エ、エミルさん? 何かの冗談ですよね?」
「フフフッ……でも、冗談でこんな所に連れてこないわよね?」
「……でも、さっきまでは優しくしてくれたのは……?」

 恐怖に立ちすくみながら、掻き消えそうなほどのか細い声で星はエミルに尋ねると。

「それも全て演技よ? 星ちゃんは素直で助かったわ。もう少し警戒されると思ってたから……」
「……そ、そんな」

 今までのことが全て演技だったと聞かされた星は、ショックのあまり瞳に涙を浮かべ、力無くその場にぺたんと座り込み諦めたように項垂れる。

 そんな星を見下ろすようにして、手に剣を持ったエミルが低い声で告げた。

「さて、分かったなら有り金全部、置いていってもらおうかしら?」
「――は、はい……」

 星は言われた通りに震える手でコマンドから財布を出すと、それをエミルの方にそっと差し出したその時――。

「ぷっ……あははははっ!」
「……えっ?」

 急にお腹を抱えて笑い出すエミル。
 何が起きたのか分からずに、地面に両手を付いてきょとんとしながら星はエミルを見上げる。

 すると、エミルは笑って出た目尻の涙を拭ってすぐに言葉を返す。

「いや、ごめんなさいね。星ちゃんをちょっと試してみたんだけど、でもまさか――こんなにあっさりお金を出すなんてね……ぷっ、星まちゃん。あなたちょろすぎよ。あはははっ!」

 まだ笑い足りないのか、なおもお腹を抱えて笑う彼女に、顔が真っ赤に染まった星が頬を膨らませながら、エミルの顔を鋭く睨んだ。

 さすがに星が激怒しているのを察したのか、エミルの顔も自然と引き攣る。

「うっ……すっごい睨まれてる。ちょっといじめ過ぎたかな……?」

 エミルはそんな星に向かって、慌てて弁解した。

「いや、ほら! このゲームって【RMT】を公式で認めててね。こういうふうに相手を油断させて騙すやからが多いのよ!」
「むぅ………」

 説明を始めたエミルの顔を、不信感いっぱいの瞳で見つめる星が「騙すなんてひどいです」とぷいっと顔を背けた。

 彼女の言った【RMT】とは『リアルマネートレード』の頭文字を取ったもので、その名の通り現実の通過を取引することを意味している。

「いや、ほら悪い人に付いて行っちゃだめですよ~って学校でも言われてるでしょ?」
「そうですけど……ここはゲームの中ですし。それに、だからって嘘をつくなんて…………ひどいです」

 完全にふてくされる星に、苦笑いを浮かべていたエミルが今度は真面目な表情で説明を始めた。

「VRMMOはゲームだけど、ただのゲームじゃないの。この世界はもう一つの現実だと考えた方がいいかな?」

 それを聞いた星は彼女の言葉の意味が分からないのか、首を傾げながら聞き返す。

「――もう一つの現実?」
「そう。でも、リアルの世界よりももっと危険な……ねっ!」

 エミルは星の顔を覗き込んで人差し指を立てる。だが、星にはその言葉の意味が理解できずにただただ首を傾げている。

 すると、そこで何かを思い付いたように星は言葉を発した。

「――あっ、分かりました! モンスターがいるからですか?」

 さっきまでふてくされていたのが嘘のように、星は褒めてもらいたくてまるで子犬の様に瞳をキラキラさせながら、エミルの顔を見上げている。

 それを見たエミルは、小さく息を吐き「そうね。色々なモンスターがいるからねぇ~」と星の頭を撫でてやる。

 頭を撫でられた星は嬉しそうに微笑んだ。

「でも、【PVP】とかには気をつけてね。あれは、PKのできないこの世界で唯一相手に危害を加えられる手段になるから」
「PVP?」

 聞き慣れないその言葉に、星は思わず眉間にしわを寄せて首を傾げている。

 そんな彼女に、エミルは顎の下に指を当て少し考える素振りを見せ話し出す。

「簡単に言うと、プレイヤー同士で戦う事かな? これはHPが必ず『1』は残るんだけど、それが問題なのよねぇ……」

 彼女の顔が急に険しい表情に変わり、大きなため息を漏らす。

 多人数が一度にログインするMMORPGであるがゆえに存在するのが、この【PVP】という『プレイヤーVSプレイヤー』のシステムと言えるだろう。いや、VRというシステムだからこそと言った方がいいかもしれない。

 ゲーム内にリアルと変わらないアバターがあり、痛覚があるゲームだからこそモンスターだけで戦っているだけでは、技術の向上する場所がモンスターの出現する狩場しかなくなる。そうなると、実践でしか戦闘技術を学ぶチャンスはなくなってしまう。
 
 痛覚のあるゲームでこれは相当なリスクになる。それを対人戦を行える様にすれば、実践の前に装備を試したり痛覚に慣れるということができるわけだ。だからこそのHPの最低値である『1』を残すという手段を取ったのだ――。

 普通に考えれば、HPが確実に残る戦闘が危険とは考え難い。HP残量が尽きて撃破されるPKと異なり、PVPはそれと比べてもとても安全に感じるはずだ。
 その様子を見ていた星は急に不安になる。

「あの……どうかしたんですか?」
「ううん。なんでもないわ……とにかく知らない人からPVPの申し出がきたら、間違いなく断ること! いいわね?」
「えっ? あっ、は、はい」

 彼女の威圧感に圧倒され、その場は首を縦に振ったものの、星の頭の中では大きな『?』が浮かんでいた。
 だが、何故か分からないが、それ以上に『この事を深くエミルに聞いてもいけない』という確信もどこかにあった。

 もちろん。彼女がこれほどまでに【PVP】を問題視するのには、それなりの理由がある。
 ここ【FREEDOM】は仮想現実の世界とはいえ、多くの人間が自分の思うままに活動している。

 このゲームの総人口数は約250万人。それだけ多くのプレイヤーがいれば、その中で揉め事がないわけがない。

 これだけ人口の多いゲームだと、プレイヤー全てが良心的なプレイヤーということはまずありえない。

 中には現実世界の鬱憤を晴らしたくて、ゲームをしているプレイヤーもいるだろう。
 そして何よりも、この世界では武器がそこら中に溢れており。プレイヤーは全てと言っていいほど、武器を携帯しているのだ。

 運営側でRMT――利益を目的としたアイテムなどの取引を承認しているVRMMOもそう多くなく。このゲームで得た利益だけで、生計を立てているプレイヤーも数多くいる。
 その中でもグレーゾーンギリギリで荒稼ぎしているプレイヤーを、ここでは『ブラックプレイヤー』と呼んでいる。

 彼らはPVPを悪用して、初心者を見つけては優しく話しかけ、人影におびき寄せては言葉巧みにPVPを仕掛ける。

 しかし、さっきもエミルが言った通り、PVPでの戦闘ではHPは必ず『1』は残る。
 そして、HPが『1』になったと同時に自動的にバトルは終了になり、HPが全回復する仕様になっているのだが……そこにこそ落とし穴がある。

 このゲームでは『オーバーキル』すなわち、相手のHPを超えてダメージを与えることができる仕様になっている。
 モンスター相手に使えば、報酬に追加ボーナスを受けることもできる。

 更にオーバーキル中はバトル継続と判断される為、自動的にバトルは終了しないのだ。
 それはつまり、剣や矢が体のどこかに刺さった状態であれば、HPが『1』でも【OVER KILL】と表示され、戦闘が継続してしまうということだ――。

 痛覚がある以上。戦闘ダメージと同等の激痛が永遠にプレイヤーの体を襲う。その痛みから逃れる為に、装備や金銭を相手に渡すのは誰しも当然のことだろう。この世に痛みによる恐怖以上に、恐ろしいものはないのだから……。

(まあ、この子にはまだ早いかもしれないわね。とりあえず、私が近くにいれば危険はないだろうし……)

 エミルはそう心の中で呟くと、目の前で頭を撫でられ、嬉しそうにしている星を見て優しく微笑んだ。

「さて。それじゃ、攻撃の基本からしっかりと教えて上げようかな」
「えっ? あの、また戦うんですか?」

 エミルのその言葉に、星は不安そうに聞き返した。

「それはそうよ。私は早く星ちゃんと狩りに行きたいからね!」
「――私は話してるだけでいいんですけど……」

 不服そうにそう言って俯く星を見て、エミルが少し考える素振りを見せるとにこっりと微笑んだ。
 正直。ゲームの概要も知らずにプレイし始めた星は、モンスターと戦う様な怖い思いや痛い思いをしてまでアイテムなどのドロップ品が欲しいとは思っていない。

 非現実のこの世界で友達ができれば、少しはリアルの生活にも楽しみが生まれるのではないか。という単純な考えしかなかった。

「確かに話してるだけでも楽しいんだけどね。でも、せっかくゲームの世界に来たんだし、もっと色々な所に行ってみたいでしょ? 物語に出てくるユニコーンとか、ペガサスみたいなのもこの世界にはいるのよ?」
「――ペガサスがいるんですか!?」

 ペガサスという言葉に、突然星の目がキラキラと輝き出す。

 まあ、基本いじめられっ子で鍵っ子なんて、家に帰れば学校での出来事を思い返して一人で泣くか、本を読むか、寝るか、勉強するなど一人でできることしかすることがないわけで……。

 幼い頃から、一人でいることの多った星には不思議と親が居ないことが寂しいという感情はほとんどなかった。ただ、無駄に流れていく多くの時間を、星は本を読んで過ごしていることが多かったのだ。

 いくら幼い頃とはいえ、子供ながらに母親の苦労は分かっていたし、迷惑を掛けて母親を困らせてもいけないとも感じていた。
 そんな中、ファンタジー小説に決まって出てくるのがペガサスで、馬が居るのだからペガサスくらいは現実に存在しているのではないかと、思い探しにいったこともあるくらい好きな幻獣の一つだ。

 だからこそ『ペガサス』という言葉には、なんとも言えない魅力を感じていた。

「まあ、そのペガサスに会うの為にも頑張って練習しよう!」
「はい! 私、頑張ります!!」

 両手を胸の前でぎゅっと握って力強く頷く星に、エミルも大きく頷き返す。

「とりあえず。剣を抜いて、私からPVPを申し込むから、受けたら好きなタイミングで打ち込んできていいわよ」

 星の目の前にコマンド画面が現れ。

『プレイヤー エミルがPVPを申し込んできました。受けますか? 【YES】【NO】』

 っと、システムメッセージが表示されている。

 今度は躊躇した先程とは違い迷うことなく星は【YES】を指で押した。

 数歩下がって剣を構えたエミルが、星向かって叫ぶ。

「スイフト! さあ、バトルスタートよ。どこからでもかかってきなさい!」
「質問が……」

 そう言って剣を構えたエミルに、水を差すように星が徐に手を挙げた。

 気合を入れていた彼女は、肩透かしを食らったように全身から力が抜け、星の方へと歩み寄る。

「どうしたの?」
「エミルさん。その『スイフト』て何ですか?」

 さっきから気になっていた疑問を口にして、首を傾げている星にエミルが尋ねる。

「最初に2種類から選ばなかった? 『タフネス』『スイフト』のどちらかって」
「えっと、私は確か……スイフトだったと思います」

 星は最初の時のことを思い出し、選んだ選択肢をエミルに告げる。

 だが、とても『響きがいいからと適当に決めた……』などとは言えるわけもない。しかし、予想以上にエミルは好感触な反応を見せた。

「ほぉー、それはいい選択をしたわね。この2種類のスキルだけど、『タフネス』は攻撃力と防御力に一定値上げてくれるの。『スイフト』はスピードと攻撃速度を上げるのよ。星ちゃんは腕力に自信があるわけじゃないし、スイフトを選択して正解ね」
「そうなんですね!」

 星は納得した様子で微笑むと、説明を終えたエミルは気を取り直して再び剣を構えた。

「私はスイフトを使うから、星ちゃんは安心してどんどん打ち込んできていいわよ!」
「でも……」

 しかし、星は俯き加減でその場に立ち尽くしたまま、一向に剣を構えようとしない。その時、星の心の中ではエミルが怪我をするのではないか、という不安が湧き上がっていた。

 それを見たエミルが少し考え込み、何か思いついたような笑みを浮かべ、ある条件を躊躇している星に提示する。

「なら、もし星ちゃんが私に参ったって言わせる事が出来たら、何か美味しいものをごちそうしてあげる!」

 エミルの申し出に星の顔がパァーっと明るくなる。

 星は瞳をキラキラさせ、エミルの顔を見上げると「それは甘いものですか!?」と飛び付くような勢いで尋ねた。

 こくんとエミルが頷くと、星は徐ろに剣を抜いて気合充分にぶんぶんと素振りを始めた。

(ふふっ、甘い物に釣られるなんて、まだまだ子供ねぇ~。でも、こっちもそう簡単には参ったって言ってあげないわよ)

 エミルはそんな星の様子を見ながら、心の中でそう呟きながら悪戯な笑みを浮かべた。
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