第244話 獅子としての意地2

文字数 3,707文字

 星を抱え手綱を握り締め、空を飛びながらエミルはマスター達が戦っている場所を探す。
 街に向かう際に見たマントの人物。そして、その人物を見てから何故か矢が飛んでこなくなった。

 しかし、状況が悪化したのなら対策を考えなければいけないが、好転したのであれば、それは喜ばしいことだ――また、今は始まりの街にいたギルドのメンバーも多く戦闘に参加している。まあ、その中の何者かが行ってくれたと思うのが、この場合は普通だろう……。
  
 エミルも不思議には思っていたが、今は何よりもこの絶望的な状況から星を生きたまま救い出すことが最優先だと分かっていた。

 すでに時間は午前4時、ゲーム内の仕様では5時に太陽が顔を出すはずだ。もう時期夜が明ける時刻――日の出の時刻が迫る中、エミルは敵の遥か後方にモンスターと交戦している軍団を見つける。

 ライトアーマードラゴンに指示を出し、エリエの居る場所に着陸した。すると、エミルと星を見つけ、嬉しそうに大急ぎでエリエが駆けてくるのが見える。

「エミル姉! 星を無事に連れて来れたんだね。……街は?」
「……街は門を内側から閉めたわ。おそらく戻っても開門してくれそうにないと思う……」
「そんな……」

 少なからずショックを受けたのか、それとも呆れかえっているのか、エリエは唖然としながらぼーっとエミルの顔を見つめていた。だが、すぐに険しい表情へと変わり。

「ありえない。こっちが死に物狂いで戦っているって言うのに……」

 エリエの考えはそのどちらでもなかった……。

 いや、始めは呆れ返っていたのだろうが今は違う。憤りを押さえるように、俯き加減で全身を小刻みに震わせているエリエ。

 まあ、それも無理もない。死んだら全てが終わるこの状況下の中、数十万のモンスターの群れに飛び込んで街に残ったプレイヤー達を守る為、自分の何倍もあるミノタウロスも仕留めたのだ。

 それなのに形勢が不利になった途端に戦うことなく門を固く閉ざし、何の躊躇もなく防衛戦に移行したと言うのだ。
 もちろん。身を守る上では最良の策だっただろう。しかし、それを素直に理解できるほど、エリエはまだ寛大にはなれなかった。

 今の彼女は街の者達に裏切られたという感情が大きく、憤りを通り越してだけが心の中を支配していた。
 拳を強く握り締めているエリエの肩にそっと手を置いて微笑み浮かべると、エリエも微笑み返した。

 そこにエミルの肩に乗っていたレイニールがやってくる。

「何を落ち着いているのじゃ! 主は街の奴等が扉を閉じたからこんな事になった。我輩が開けろと叩いてもあやつらは開けなかった! トールが居なかったら、今頃は主も我輩もこの世にいなかったのだぞ!」
「――トールって?」  
 
 話に食いついてきたエミルに、レイニールは今まであったことの一部始終を伝える。
 星が固有スキルを使用したこと、力尽きて地面に倒れた直後に扉を閉じられたこと、そしてトールが星を守って消えたこと――。

 レイニールの話を聞いていたエミル達は、話が終わったあとエミルは悲しげに、エリエは激昂した様子で歯を噛み締めている。

 っと、我慢できない様子でエリエが突然走り出す。

「私、マスターに言いつけてくる!」
「ちょっと! エリー。待ちなさい!」

 猛スピードで走っていくエリエの姿は、エミルの言う声も聞こえないほど一瞬で小さくなった。

 諦めたように小さくため息を吐き出したエミルは、気持ち良さそうに寝息を立て、ライトアーマードラゴンの首に寄り掛かるようにしている星を見た。

「そう……星ちゃんには辛い思いをさせちゃったわね……」

 また悲しそうな瞳をするエミルに、レイニールも何か申し訳なく思えてきてしゅんとする。

 そんなレイニールの様子を見て、エミルが笑い掛けると。

「さあ、変なことをしないうちにエリーを追いかけましょう」

 っと、森の中に消えていくエリエを追う為に歩き出す。
 レイニールも深く頷くと先に歩いていったエミルの肩に止まり、その後をライトアーマードラゴンも星を落とさないようにと気遣いながらゆっくりと歩いて付いていく。

 
 更に前線では、マスター達が敵と激しく交戦していた。 
 メルディウスの派手な爆発音と強襲に参加したギルドのメンバーの怒号が辺りにこだまし、その戦闘の激しさを物語っていた。

 その中には何故か、火を噴くケルベロスのエリザベスに乗り、周りに獣系モンスターを連れてはしゃぎながら駆けて回るミレイニの姿もあった。おそらくエリエの制止を振り切り、勢いのままだけで前線に飛び出していったのだろう……。

 カレンやデイビッド達、近いの奮戦のかいもなく、敵の数は一向に減る気配すらない。
 それもこれも、全てモンスター奥に守られるように出現している転移用魔法陣が原因だ――それが次から次へとモンスターを吐き出していて、数を減らしていると言っても微々たるもの。

 エミルが着いた時にはすでに遅く。戦いから一時離脱したマスターに向かって事情を説明し、エリエが抗議している最中だった。だが、マスターは苦虫を噛み潰したような渋い顔で話を聞きながら、なだめるように何度も相槌を打ち頷いている。

 怒りに任せて発言している様子のエリエに、マスターも少し困り顔だった。

 マスターはエミルの姿を見つけると、ほっとした様に手を上げながら彼女の方へと向かってくる。
 途中で会話を遮られ形になったエリエが膨れっ面をして、エミルの方を見ている彼女に苦笑いを浮かべた。

「エミルか、どうやらあの娘も無事に連れ帰った様だな……」
「ええ、でも……マスター。これから先はどうするんですか?」

 なるべく平静を装って話したつもりだったが、エミルの表情からは不安の色は消しきれない。

 心中を察したマスターは真剣な面持ちでエミルの肩に手を置き、その目をじっと見つめながら告げる。

「このままでは無駄に犠牲者を増やすばかりなのは儂も分かっている……エミル。皆をまとめて千代へと逃れろ。敵は展開していた部隊を各城門に向けて直線的に配置し直した。これではもはや、街の門までの突破は不可能――ここで無駄に兵を失うわけにはいかん! 千代周辺にも、モンスターの大群が押し寄せ囲んでいる。ならば、残りの兵はその包囲網を突破する為に使わなければならない!」
「――承知しました。ですが、指揮はマスターが取って下さい。私には荷が重すぎますし、第一に今回の部隊はマスターの人徳で集まってくれた方々です。それを私が指揮するのはおこがましいと思います」

 深刻な顔になったマスターが、ゆっくりと首を横に振った。

 エミルはその仕草から彼の胸の内に秘めていた考えを感じ取ったのか、それ以上は何も言えなくなってしまう。彼の心の中から見え隠れする感情は、作戦失敗による失意と、無駄な作戦で多くの心を同じくしてくれた仲間達を犠牲にしてしまったことに対する罪悪感と自責の念だった……。

 だが、今回のマスターの作戦にミスはなかった。ただ一つだけ、この世界がゲームであったことだけが、今回の作戦の失敗を招いたと言ってもいい。しかし、それも本来ならこのゲームのシステムではない新たなプログラムによるもので、予期し難いものであったのも事実。

 本来ならば、皆覚悟を持って作戦に望んでいたのだから、マスターが責任を感じる必要はないのだが、真面目な彼の性格だからこそ思い詰めてしまうのだろう――。

 エミルにはマスターの気持ちが良く分かった。と言うよりも、自分がその立場だったことを考えると、どうにもいたたまれない気持ちだった。

 俯き加減のまま、マスターにどう言葉を掛けたらいいか躊躇っているエミル。

「よう! 話は聞かせてもらった……」

 2人の耳に飛び込んで来た声に振り向くと、ギルド『LEO』のギルドマスターのネオだった。

 彼は派手な龍の煙管をふかしながら笑みを浮かべると、マスターの肩に腕を回して耳元で小声で言う。

「……拳帝。それは俺がやらせてもらう。俺のギルドからも少数だが死亡者が出た――だが、あんたのところは無傷だろ? 紛いなりにもギルマスなら、自分のところのメンバーの為に命を使え……仲間の無念は俺が晴らす! こいつは義理人情の問題じゃなく。俺、個人のプライドの問題なんだよ……」

 マスターの肩に巻き付けていた腕を解くと、彼はマスターの胸を押してエミルの方に突き飛ばす。
 よろけたマスターを受け止め、エミルもマスターも彼の突然の行動に相当驚いているようで声を発することができないでいる。

 馬を出してそれに跨がって手綱を握るネオの瞳は、どこか遠くを見つめていたが、その奥には深い覚悟が滲み出していた。

「全軍を撤退させる! 命令は俺が伝えるが、その後の指揮は任せるぞ拳帝!」

 そう言い残してネオが駆けていった直後、大声で撤退を叫ぶ彼の声が辺りに響く。
 その声を聞いた者達は、意外なほど呆気なくモンスターとの戦闘を止めて、前線のプレイヤー達が後方へと撤退を始めた。

 このことから、戦っていた殆どのプレイヤーが、もう戦闘を続けても勝ち目がないと悟っていたということの現れでもあった。
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