第383話 学校

文字数 2,970文字

 それからどれくらいの時が経ったか分からない。星の涙が枯れた頃には外はすっかり明るくなってしまっていた。まぶたが腫れるほど泣いたのは、星の人生の中でもそれほど多くはない。しかし、それでもこの鬱々として雲が掛かったような気持ちが晴れることはなく……。

「……九條さん」

 九條のことを思い出すと、たちまち目頭が熱くなって枯れたはずの涙が溢れ出しそうになる。

 少しでも気分を変えようと星はテレビを付けた。

「テレビON チャンネル」

 そう口に出した直後、テレビの画面の中の映像がゆっくりと切り替わる。

 だが、まだ朝の早い時間だからか、どのチャンネルもニュースくらいしかやっていない。しかも、その全てが同じ報道をしている。

 諦めた星は少しでも気が紛れればとニュース番組で「ストップ」と言ってチャンネル切り替えを止めた。

 白い服を着た女性のキャスターが話している。

『昨夜遅く、軍の新設したばかりの基地内で銃撃と爆発が発生。死傷者の数は不明との事ですが、軍の迅速な対応により無事に鎮圧したということです。

 基地に侵入した犯人は射殺。今は基地を攻撃した組織の情報を集めているという事ですが、おそらくは海外のテロ組織グループの一部ではないかという見方が強いようです。

 この問題に対して防衛省の富岡防衛大臣は「大変遺憾であり。再発が起きないように警備をこれまで以上に厳重化していく。我々はテロ行為には決して屈しない。」との事です。

 次のニュースは多くの被害者を出したVRMMOゲーム【FREEDOM】の速報で――』

 そこまでキャスターが口にした瞬間に星はテレビを消した。

 正直。気を紛らわせる為に見たテレビだったのに、ゲームでの出来事を思い出すのは嫌だった。
 何故なら、九條の帰りを待っている間に星はフリーダムへのログインが可能かどうかをこっそり試していたのだが、その時は視界の中央に【アクセスエラー】とだけ表示されて自分の部屋のベッドの上に戻ってきてしまった。

 それもあってか、今の星はフリーダムの話題には敏感になっているのかもしれない。

 ゲーム世界から現実世界に戻ってきて改めて一人きりになると、どうしてもゲーム内で楽しかったことを思い出してしまう。だが、戻ってきてニュースなどを見るとゲーム内のことを想像だけで悪く言われることが多くて星の中では楽しかった思い出が急にかすんだものへと変わる気がして嫌だった。

 星はリビングから自分の部屋に戻るとベッドに入って少ししたら、泣き疲れていた星はすぐに寝てしまった。
 目を覚ましたのは日が完全に西に傾いた夕方になってからだ。重そうにのっそりと体を起こした星は眠い目を擦ってベッドから起き上がると、ゆっくりとした足取りでリビングへと歩き出した。

 リビングに着いた星は椅子に座ってぼーっとしながらしばらくの間のんびりしてると、星のお腹の虫がぐぅーっと鳴き出した。

 星はお腹を押さえると椅子から立ち上がって冷蔵庫へと歩いていって冷蔵庫の扉を開いた。

 しかし、冷蔵庫の中にあるのは食材ばかりですぐに食べれそうなものは入っていない。かと言って星に料理はまだできないだろう。もしも作れても火や包丁を使わない料理くらいだろうが、それなら別に料理をしようとは思わない。

 冷蔵庫の中身を見て大きなため息を漏らした星は扉を閉めて自分の部屋へとタンスの中に入っている自分の普段着ている服を適当にみつくろって、パジャマから着替えて身支度を整えた後一度大きな鏡の前にくる。

 薄茶色のパンツに白のティーシャツ、その上にチェックの薄茶色のシャツを羽織っている自分の姿を見て満足そうに頷くと、黒いリュックサックを背負うと九條の顔がちらつき、咄嗟に赤い帽子と伊達メガネを掛けて家を出た。

 近くのスーパーにいくつかのお惣菜を買ってそれをリュックに入れて家へと帰る。だが、普段と違って地味な服と変装までしているのにも拘らず。人の目が自分に向いていると感じた。

 いや、間違いなく向いていたのだ。普段から星は周囲の視線には敏感な方であり、それが間違っているはずがない。

「……考えても仕方ないし、ご飯を食べよ」

 そう小さく呟くと買ってきたお惣菜を電子レンジに入れて温めた。
 炊飯器の中に残っていたご飯を茶碗によそうとお惣菜と一緒のお盆に乗せてテーブルへと運ぶ。

 テーブルに並べられたのはコロッケと付け合わせのサラダ、そして肉じゃがの三品だ。

 両手を体の前で合わせて「いただきます」と小さく言うと箸を持って食べ始める。
 昨日までは九條が作ってくれた料理を食べていたからか、スーパーのお惣菜を食べても心なしか物足りなく感じてしまう。

 今まではスーパーのお惣菜を食べてても満足できたが、今は食べていても味が良く分からずただ摂取しているだけという感覚に襲われる。

 食事を終えるとお風呂に入ってから自分の部屋に戻って机に座って本を読み始めた。それからは数時間ずっと本を読んでいた星だったが、時計が夜の12時を回ったのを確認して眠った。


 一度は眠りに就いた星だったが、なかなか寝付けず数時間おきに目が覚めてしまう。さすがにそれを3回も繰り返すと、寝ることにも疲れてきてしまった。

 っと、ふとベッドの横を向くと勉強机の横に掛けられている赤いランドセルが目に入った。それを見た星は眉をひそめて少し複雑な顔をしている。まあ、今まで学校であまり良い経験はないのは事実だが、家で一人で居る時間が長いとどうしても退屈で寂しくなってきてしまう……。

「――学校に行ってみようかな……」

 そう呟いた星の脳裏に九條の「命を狙われているのに学校なんて……」という言葉が蘇る。だが、外部から孤立した家の中にずっといるのはさすがに精神的にきつい。ましてや真面目な星は、毎日学校にも行かずに家にいることにたいして抵抗があった。

 部屋の壁に掛かっている時計は6時を指している。ゆっくり起き上がると、星は勉強机のライトを付けて授業に使う教科書やノートを全てランドセルの中に入れる。

 さすがに2ヶ月以上も期間が空いてしまうと以前の時間割が役に立たなくなる。2036年今の日本では学校教育の均一化を図る為、毎週のように全国テストがあり。それの結果によって、全国の小学校で行われる次の週の時間割が決定する。

 しかも、以前は教師が作っていたテストなどの問題用紙もそれ専用に機関を設立して一括で全国のデータをコンピューターによって分析、解析して効率良く問題を出してくれる。勿論答案の採点の方も機械が全自動で文字を読み取って採点する。

 そして授業もカリキュラムに則って授業もデジタル配信で行われ、復習をいつでもできるように授業のデータも1日の終わりに渡されるのだ。

 ここまでいくと教師の存在そのものに意味がなくなるのだが、教師とはすでに勉学を教えるものではなくクラスの秩序を守る役割になっている。それも授業よりも少子化の波といじめ問題による生徒の自殺増加に歯止めを掛ける目的で、教師の負担軽減の為に行われたのだが、現実にはいじめは増加傾向にあり。それと同じくして、不登校率は増加傾向に向かっているのが現実だ。

 やはりストレス社会の中で容易に愉悦感と支配欲を得られるいじめを無くすのは不可能だということなのだろう……。
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