第255話 消えたマスター4

文字数 4,641文字

 それぞれのギルドのギルマス達が前に出る中、エミル達も『LEO』は誰が出るのか内心ドキドキしながら見守っていた。何故なら、前に出た2人の者が代理とはいえ、ギルドマスターとサブギルドマスターということになるのだ。

 すると、密集している彼等の中から2人の男が前に出てくる。それも人波を掻き分けるという言うよりも、皆自主的に道を空ける感じだ――そのことからしても、2人は相当メンバー達に信頼されているというのが分かる。

 前に出たのは、茶色く所々跳ね上がっている髪と、もみあげから顎まで無精髭を生やし。更に屈強な隆起した肉体を持った身長が2m以上あるであろう伸び放題の無精髭を生やした大男だった。

 どちらも胸の大きく開いた革鎧を身に付けていて、小麦色に焼けた肌に黒髪の短髪。整った無精髭の男の割れた腹筋の上にある胸筋との境目にクロスに大きな傷跡が付いていた。もう片方の大男の全身にも、無数の大小様々な刀傷が刻まれている。外見を見ただけで、彼等の強さが滲み出ているようだ――。

 小虎の方へ向かって歩いていく彼等を見ながら、エミル達はその顔を瞳に焼き付けるように横顔を凝視する。
 次に会う時は戦場になるかもしれない……その時に、彼等の誰がリーダーなのかを把握していなければ、意思の疎通が取れずに最悪の場合は状況が瓦解しまう恐れもある。

 今回集まった中で『LEO』の規模は小さい部類に入るが、皆手練揃いであり。チームとして戦う上で有力な人物を覚えておいて損はない。
 椅子の上に立った小虎の前には各ギルドのマスター達が集まって来ている。最後に来たのはリカとカムイだった。

 強引に人波を掻き分けるリカと、その後ろを申し訳なさそうに頭を下げながらリカに付いていくカムイ。

 遅れて来たにも関わらず、胸を張っているリカの脇腹を『少しは察しろ』と言わんばかりにカムイが軽く小突く。

 リカは一瞬だけむっと嫌な顔をしたが、声を発することはない。
 全部のギルドマスターとサブギルドマスターが出揃い、ギルドマスターが拳を前に突き出してじゃんけんに入ろうとしていた。それを慌てて小虎が止めると、息を吸い込んで口を開く。

「今回はギルドマスター、サブギルドマスターに集まって頂いているので、ギルドマスター同士でじゃんけんして勝者のギルドが一番、サブギルドマスター同士のじゃんけんでの勝者のギルドがニ番という感じで、勝ち抜き戦。決着が付くまで行います!」

 声を張り上げ、レフリーのような口調で言った。しかし、彼と周りにはかなりの温度差がある。
 正直。その場に集まっている者も実際に勝負を行うギルドマスター達ですら、小虎の出す雰囲気に若干引いてしまっている。 

 だが、もう後戻りできないのだろう。小虎は強引に「それでは始めて下さい!」と再び声を張る。
 各ギルドマスターが円を描くようにして『最初はグー』の掛け声で勝負が始まった。まあ、もちろんと言うか、当然人数が集まればあいこになる確率が上がるわけで……。

「残念! またあいこです! もう一度!」

 なかなか決着がつかず。6回あいこが続いた辺りには、皆の声も自然と大きくなっていた。

 その場に居た皆が前のめりに「あいこでショ!」と声を上げると、勝負の行く末を食い入るように見守っている。

 どうしてか分からないが、シンプルなゲームだからこそ燃え上がる何かがあるのかもしれない。
 そしてようやく、8回目の勝負で決着がついた。勝ったのはギルド『成仏善寺』の無善だった。

 興奮したように周りが驚くほどの大声で「シャー」とガッツポーズを決めた彼はハッと我に返り。

「これも仏の導きなり……」

 手を合わせて合掌するとゆっくりとお辞儀をする。
 今更遅いと言う気もするが、ひとまずギルド『成仏善寺』が勝ち抜けた。これにより次に行われる食堂の優先権のニ番を取れる勝負から、サブギルドマスターの浄歳が抜けることとなる。

 その場の勢いというか、連続のあいこによって何とも言えない熱気に包まれている食堂内で、小虎の掛け声と共にサブギルドマスター達がじゃんけんを開始した。

 激しいあいこ戦の末。勝負の結果が出ると、次に勝ったのはギルド『メルキュール』のサブギルドマスターのリアンだった。

 彼女はチャームポイントの茶色の三つ編みを揺らしながら、何度もお辞儀をしている。
 そんな彼女の勝利を当然と言わんばかりに腕を組んでいる漆黒の甲冑に、漆黒のドラゴンの兜の男が何度も頷く。

 まあ、これでこのギルドホールの持ち主であるメルディウスのギルド『THE STRONG』の後に、一番目と二番目に食堂を使用する権利を得たギルドが決まり。残った2組でじゃんけんをして、次に『LEO』『POWER,S』の順で決定した。

 勝負が決した直後。今まで謎の熱気に包まれ、人でごった返していた各ギルドのメンバー達が次々に部屋へと戻っていく。

 残されたのはギルド『THE STRONG』のメンバーと各ギルドマスター、サブギルドマスターとエミル達のみ。

 その場に居た者達が小虎に席に着くように言うと、皆も素直にそれに従う。だが、一番の気掛かりは、この場にマスターが居ないことと、メルディウスや紅蓮と言ったこのギルドの主要メンバーが姿を現わさないことなのだ。

 もしも、マスターに周囲の探索を依頼したのなら、マスターが居ないのは納得できるが、彼等は逸早くエミル達と接触するはずだ。しかも、当事者であるはずのマスターからも連絡がない。

 弟子であるカレンの姿も見えないことから、彼女も一緒に行った可能性があるのも捨てきれないだろう。

 イシェルは後から合流して、ちゃっかりエミルの席の横に腰を下ろしている。すると、食堂にメルディウスと紅蓮。それと剛と言う男だった。

 彼等は簡易的に容易された最前列のテーブルに着く、その様子はさながら記者会見のようだ――。

 席に着いて大きく息を吐いた紅蓮が、隣に腕を組みながら座るメルディウスの変わりに少し間隔を空けて口を開く。 

「……この場に集まって頂いた方々は、我々に味方してくれる方々であると信じております。今回はお願いがあってこの場を設けました。剛さん説明を……」

 その言葉に頷くと、彼女が座ったのと入れ替わるように立ち上がった。

「私はこのギルドの軍師的な役割を担っている。剛・里羅です。今回皆さんにお願いしたいのは、この街に入って気付いたと思いますが、まだこの街の防衛網は完璧ではない。殆どのモンスターは聖水には近付けない――それを利用して、今は一時的に侵入を阻んでいる状況です。ですが、突破される事がないとは言い切れません。その為、一日でも早く千代の防御を完成させる必要があります。その為に、明日の深夜に我々のギルドと一緒に伐採の手伝いと運搬時の護衛をお願いしたいのです。敵に感知させる危険を最低限にする為、1つのギルドのみにお願いしたい。立候補するギルドはお手を……」

 剛の話を聞いて、各ギルドマスター達が静かに手を上げる。さすがと言うべきか、全てのギルドが立候補という素晴らしい結果となった。

 いや、拳帝という絶対的な強者が消えた以上。それぞれが自分のギルドが最強であると確信に似た自信を持っているのだろう。
 その表情は皆真剣そのもので、こんな状況で先程と同じようにじゃんけんで……なんてことを言える状況ではない。何故なら、それぞれに自分達のギルドでなければ作戦の成功はないと考えているからだ……。

 互いを牽制する様に激しい視線をぶつけ合っている彼等に、今までだんまりを決め込んでいたメルディウスが徐に口を開く。

「――丁度いい。この気にそれぞれのギルドの長の実力を測っておくのもいいだろう。丁度、今日一日あるんだ――俺を含め、誰が一番なのかはっきりと準備を付けておこうぜ!」

 ほくそ笑むメルディウスの言葉を、皆無言のまま頷いて受け入れる。

 現実世界ならば、性別、年齢などで絶対的に不利になるプレイヤーが出てくるのだが、ここはゲームの中の世界――今の体は現実の肉体をトレースして作り上げたアバターに過ぎず。多少の変化は、システムのアシスト機能でプラマイゼロにそれぞれのステータスを調整される。
 
 っとなれば、老若男女。大人でも子供でも公平に勝負ができるということになるのだ――それならば、誰もわざわざ下手に出る者などこの場にはいない。
 何故ならこの場に居るギルドマスター、サブギルドマスターはそれぞれのギルドの看板と仲間達の名誉をその肩に背負っているのだから……。

 だが、紅蓮はそれに反対のようでむっとしている。しかし、今は何かを言うことはない。いや、できないと言ったほうがいいかもしれない。
 それもそうだろう。少なくとも皆納得した様子で手を下げたからに他ならなかった。確かにこの場で優越を付けるには実際に戦闘を行って決めるのが確実な方法だろう。

 しかし、逆を言えば一時的とはいえ、ギルドを指揮する者達が著しく疲労するのに変わりはなく。ここでもし敵が水に囲まれた城壁を突破してくるようならば、戦力と士気の低下は著しいものになってしまうのは明白だ。
 おそらく。メルディウス本人もその戦闘に参加するということだから、ただ単に自分がこの場に集まっている強敵達と戦ってみたいというところから来るものなのだろうが、問題は戦闘のルールを決めることだ。

 勝敗はHPを削り切った者の勝利というのは言うまでもないが、勝ち抜き戦にするのか総当たり戦にするのかということでも大きく結果は変わってくるだろうし。何より、武器の使用にも大きな問題がある。

 手に馴染んだ武器が最も扱いやすいということには違いがないが、このフリーダムの世界の中には『トレジャーアイテム』と言われる武器や防具、装飾品などのアイテムがある。それぞれに強力な付属効果を持ち、己の固有スキルとも相性のいいアイテムを持っている者も大勢いる。

 メルディウスの武器『ベルセルク』もその1つで、本人の固有スキルの爆発の能力を大斧状態のベルセルクの爆発効果に付加させることができるのだ。これにより、武器の攻撃力は何倍にも跳ね上がる。確かにチート級の能力だが、それが彼だけの特権と言うわけではない。

 この世界で『トレジャーアイテム持ち』の人間は珍しいわけではなく。逆に固有スキルという初期で有無を言わさずにランダムで決定するそれを単純に強化するには、トレジャーアイテムが最も適しているのだから。

 すると、ギルド『メルキュール』のギルドマスター。ダイロスが手を上げて提案する。

「ギルドは個人ではなく集団だ――その集団の長であるギルドマスターは勿論。連携も見なければ分からない。ルールは二対ニでの勝ち抜き戦でどうだ? 総当たり戦では疲労が大きくなる分ペース配分を考え、全力を出しきれないだろう。皆、手練揃いだからこそ全力で戦えなければ意味はない」
「全力と言うのなら、武器も自由に使えると言うことで良いな?」 

 メルディウスの言葉にもちろんと言わんばかりに、皆が頷く。どうやら、今回のことは本当に対決によって決定する様だ――。

「分かった……組み合わせは追って連絡する。全力を出し切っていい試合にしようぜ!」

 ガタガタと音を出して席を立つと、メルディウス達はいったんその場を離れた。
 それを見送ると、各ギルドマスター、サブギルドマスター達も自分達のギルドの部屋へと戻っていった。
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