第351話  太陽を司る巨竜14

文字数 2,709文字

 自分を毛嫌いしているメルディウスの様子など構うことなく、勝ち誇った様に見下ろしたデュランが徐に口を開く。

「――無様なものだね。無駄だと分かっていながら、人の上に立つ者としては体を張らずにはいられない」
「……なんだと? てめぇー。わざわざ喧嘩を売りに来たのかッ!!」

 攻撃する手を止めることなく怒鳴るメルディウスに、デュランは笑顔を見せると。

「でも、俺はそんな君が嫌いじゃないよ……」
「はあ?」

 首を傾げるメルディウスを無視し、デュランは空に伸びる根っこの上に乗ったまま視界の外へと消えていく。

 メルディウスは不機嫌そうに眉をひそめ「何だあいつ」と呟くと、切り替えてベルセルクを振り抜いた。


 横で戦うメルディウスの闘気が伝染したのか、逆の足に組み付いた小虎も6本の腕を駆使して休みなく斬り掛かっている。

 そしてその闘気が伝染したのは、なにも小虎だけの話ではない。 
 体を張って赤い鱗の巨竜の進行を阻止しようと奮闘しているメルディウスと小虎の姿に、今度は漆黒の鎧とドラゴンの兜を被ったダイロスが漆黒の大剣を手に巨竜の後ろ足に飛び掛かった。

 ダイロスは漆黒の大剣の刃の腹を巨竜の足に押し付けると、地面を足で踏ん張って堪える。

「ダメージが通らないのは重々承知している! 止めるのなら、全神経を足に使って地面を掴んで踏み止まれー!!」

 だが、踏ん張っている足は無情にも、地面に線路の様に二本の線が刻まれるばかりでその勢いを全く殺せていない。
 
 その彼等の戦いを見ていて奮い立ち、拳を握り締めていたのはギルド『LEO』のギルドマスターを代行しているゲインだ――彼は今にも飛び出して行きたい思いを必死に抑え、彼等を援護する為少し離れた場所から攻撃している。

 参加したくても参加できない理由がある。彼はあくまでもギルドマスターのネオの代行しているに過ぎない。

 つまり。ギルドでの立ち位置はあくまで序列にして3番目であり、1位と2位のギルドマスター、サブギルドマスターとは大きな差がある。彼は他のメンバー達からすれば同じメンバーというだけであり、メンバー全員がギルドマスターに惚れ込んで、この『LEO』というギルドに入ったのだ。もしも、彼がここで飛び出せば、手柄を横取りされまいと他のメンバーも同じく飛び出すに違いない。

 少数でも勇猛果敢な獅子の集まり、それがこのギルドが『LEO』と名付けられた理由でもある。だが、もう一つ。ゲインの脳裏に浮かんでいたのは、今はもう居ないギルドマスターであるネオなら、こういう場面では迷わず飛び込んでいくだろう……ということだ。

 それは、以前ダンジョン攻略を祝してギルドで宴会を開いた時のことだ――私生活でちょっとした悩みを抱えていたゲインは、ギルマスであるネオにそのことを相談したことがある。

 その時、彼はゲインの悩みを聞いたネオはすぐに大きな声で笑い声を上げた。腹を抱えて笑うネオを見てゲインは不機嫌になった。

 当然だ。自分は真剣に悩んでいて恥を忍んでネオに胸の内を打ち明けたのだ。それを笑われれば不機嫌にもなる。

 だが、それに気付いたネオはすぐにゲインの肩をポンポンと叩いて「すまん」と一言謝った。そして、次に彼がジョッキの中のビールを飲み干して再び口を開く。

「だがな。お前を馬鹿にしたわけじゃない。お前は本気で悩んでるんだろ? それは俺にも分かるさ。でもよ、悩んでる時間が勿体無いぜ? 時は有限なんだ、待っちゃくれない。自分の気持ちにもう少し正直に生きろよ!」
「急に決めろって言う方が難しいですよ……やっぱり。それに人生って悩んでばっかじゃないですか、このメニューにあるビールにするかハイボールにするかって2択でも悩むでしょ?」

 メニュー表の中で並んでいる2つの文字を交互に指差してゲインが言った。
 
 すると、ネオはゲインの持つメニュー表を奪い取ってテーブルに裏側に伏せる。

「……迷うってんなら見なきゃいい。選択なんざ、自分でどっちも取りたいと思うからくるんだ。お前は目隠しされ、目の前に絶世の美女が2人いたとして、そのどっちかと結婚していいって言われたらどっちを嫁に貰う? どっちが正解だと思う?」
「そんな漠然と言われたって、見てみないと決められないですよ。性格とかもありますし、結婚って言ったら人生かかってるんだからしっかりと付き合ってみないと……」
「フンッ、なんだ。分かってんじゃねぇか…………それが正解だ!」
「はい?」

 キョトンとしているゲインを横目にニヤリと口元に笑みを浮かべたネオは、懐に忍ばせていた龍を模った煙管を取り出し吸い始める。

「――いいか? 悩むって時は大抵どっちを取っても正解なんだ。ただ、初めてやる事には拭い去れない恐怖が付き纏う……でもな。ビビってる余裕があるんなら、まだまだ本気じゃねぇのさ。それだけ余裕があるってことだ。その時その時に全力で当たれば、どっちを取っても正解だ――選択ってのは、片方を切り捨てるってことさ。なら、もう過去には戻れねぇだろ……さっきも言ったが、時間は有限だ。選択なんざつまんねぇ事に時間を使うな! 最初のフィーリングで選んで、後はがむしゃらに突き進め! 男の寿命は短いんだぜ? 男である間は漢であり続けろ! 自分を信じろ、お前が決めたんだ。ならどっちを選んでも正解しかねぇだろ……俺の知ってるお前なら、どっちに行っても成功できる!」

 持っていた煙管を灰皿に置いたネオは、隣に座っていたゲインの肩に腕を回し強引に自分の方へと引き寄せ「頑張れよ」と小さく耳元で励ました。

 その時、ゲインは彼の優しさに涙を浮かべて頷いた。それからというもの、悩みが悩みではなくなったのだ――。
 
(リーダー俺は……俺もあの人達みたく命を懸けて戦いたい! だが、仲間達が……俺はどっちを選択すればいいんだ! 教えて下さいリーダー!!)

 ゲインが瞼を閉じていると、鼻にネオが吸っていたタバコの葉の匂いが漂ってきた。
 瞼を開いたゲインの前には、サングラスを掛けライオンの毛皮に短い金髪に黒いバンダナを巻いた右目に傷のある男が立っていた。

 その口には龍を模した煙管が咥えられている。彼のその優しい顔は、ギルドマスターである彼から等しくギルドのメンバー達に接する時のものだった。

「おう、ゲイン。どうした? しけたツラして」
「……リーダーどうして?」

 驚きを隠せないと言った表情で突如現れたネオを見つめているゲイン。

 まあ、無理もない。彼は始まりの街の攻防の時に消えた仲間達の弔い合戦の為に、サブギルドマスターのミゼと一緒に始まりの街に残って討ち死にしたはずなのだ――。
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